三門市に引っ越しました   作:ライト/メモ

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鳩原についての捏造設定


八神視点


確認

 

 

 

 防衛任務の報告書を隊室でまとめ終え、軽く休憩を取ってから資料室へ向かった。アフトクラトルについての情報をもう一度確認し直そうと思ったからだ。

 

 (マザー)やら女王(クイーン)やら、色々な名称がある星国の根幹に存在する巨大トリガー。近界(ネイバーフッド)遠征任務中、戦争に関わると度々その名に触れたが肝心の()()は見たことがない。戦争に関わったとしてもこちらは部外者なのだから、仕方ないのかもしれない。

 

 しかし、こんな形で相手にすることになるとは。

 

 ドクトリンの1つにある"警戒の原則"を怠っていたようだ。教本の説明にあった『言うは易し、行うは難し』という言葉を身を持って知る。

 軍事的に「想定外」という言葉は「己を無能」と言っていることと同義。出来る軍人は常に異常事態・突発的な事態へ備え、事前研究を怠らず、情報収集や事態に備えた訓練を行っている。私は軍人ではないが、戦う者として表に立っている身。

 今回、私は"敵に攻められる条件の発生"を見過ごしていたわけだ。無意識にも『対岸の火事』とでも思っていたのだろう。まったく、無能め。

 

 そういうわけで、巨大トリガーについての情報と、他にも想定される"条件"の洗い出しをやらなければならない。

 

 黒ラッドに巨大トリガーの構造をエンジニアたちが問いつめているらしいが、胡散臭い。というか、興味がなかったから知らないのだそうだ。

 たしかに、私も地球の核やマントルなどは授業で習った概要くらいしか知らないし、専門的な知識なんてない。狙撃手として気象や重力など必要なことは勉強したけど、さすがに星の核は調べていない。

 

 とりあえず遠征に必要な情報を根気強く聞き出していくしかない。人格を引き継いでいるせいで面倒な手間が掛かるけど、"訊かなければ答えない"機械を相手にするより情報をくれると考えればラッキーだ。

 

 情報の真偽については、明日空閑くんを喚んでみることになった。

 

 なんでも空閑くんの父親は『嘘を見抜く』副作用(サイドエフェクト)を所持していたらしく、(ブラック)トリガーになったことで空閑くんにも引き継がれた可能性が高いのだとか。

 今までの接触で納得出来る節があったし、副作用(サイドエフェクト)持ちじゃなくても空閑くんの鋭い感性ならば胡散臭い話も少しは信用出来そうだ。

 

 それにしても……視線が気になる。数日前に目立つ行動をしてしまったとは言え、今朝はまだマシだったはず。

 なんで視線が増えているんだろうか。

 

 

「八神。任務帰りか?」

 

「二宮さんこんにちは。はい、任務終わりです」

 

 

 そんな廊下の先で二宮さんと鉢合わせた。私服姿の二宮さんに挨拶すると、一言「来い」とだけ告げて背中を向けられる。

 

 ぶっきらぼうな物言いは前からなので気にならないが、周囲の反応がギョッとしているのは気になった。

 あの、別に私は脅されているわけではないので、皆さんその反応は止めません?

 

 

「どうした」

 

 

 振り返った二宮さんが首を傾げるので、小声で何故か注目を浴びている気がすると伝えると納得してくださった。

 

 

「解説で迅が惚気ていたからそのせいだろう。いつものことだ。行くぞ」

 

 

 平然と歩き出す二宮さん。ちょっと待てーッ!?

 

 二宮さんが天然さんなのは知ってた。けど、その爆弾は威力がありすぎる! なんで解説席なんかで惚気たの悠一! そしていつものことってどういう意味ですか二宮さん!!

 

 ツッコミしたいのに二宮さんはスタスタ進むし、周囲の視線が居たたまれない。結局、感情を持て余しながら二宮さんの後を追うしかなかった。

 

 

「飲め」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 自販機でヤクルトを奢られた。懐かしい。二宮さんはカップのジンジャーエールを飲んでいる。

 

 

「おまえ、玉狛第二をどう見る?」

 

 

 自販機前のベンチに座った二宮さんがそんな問いを投げてきた。意図は不明だが、何か引っ掛かるものが三雲くんたちにあったのかもしれない。

 

 

「新人ばかりですが、その分伸び代が目立つチームだと思いますよ。空閑くんはチームに合わせてまだ実力を抑えていますし、三雲くんは手探り状態。雨取ちゃんはきっかけがあればすぐにエース級ですよ」

 

 

 空閑くんという大エースがいるからこそ、三雲くんと雨取ちゃんがゆっくり成長できるチームだね。

 空閑くんはワンマンタイプかと思えば、意外にも2人と連携を積極的に行うから成長の手助けにもなっている。

 

 破竹の勢いでB級隊員になった3人は玉狛支部所属なので、一緒の任務を担当したことがないけど、しっかりと先輩の玉狛第一に教育されているようだ。たまに崩れた平仮名の報告書が上がってきて、空閑くんの学力が心配になったくらいである。

 

 

「その雨取だが……似てると思わないか、あいつに」

 

 

 少しだけ目を伏せた二宮さん。あいつとは、隊務規定違反をした鳩原ちゃんのことだろう。

 

 事件当時、私自身は遠征部隊に選ばれてこちらに居なかったが、帰ってきてから聴取をされた。遠征前にしていた会話内容や様子、遠征先で噂や姿を見なかったかなど。

 

 鳩原ちゃんの"人が撃てない"という感覚は正常で善いことだ。彼女はトリオン兵専門の狙撃手として実力を遺憾なく発揮していた上、武器破壊も他の追随を許さない完璧な精密さで実行していた。

 

 けれど、近界(ネイバーフッド)遠征任務は遠征艇規模の関係上人数が限られる。時には戦争に参加しなければならない。そういう時、衛生兵などの裏方へ回れるかと尋ねると『スナイパーとして役立ちたい』と鳩原ちゃんは正直に答えた。

 そして、部隊から外された。

 

 狙撃手は堂々と姿を現して戦う前衛とは違い、後方から姿を見せず情報偵察を行い、急所を撃ち抜くのが仕事だ。

 

 姿を見せないことや技術の高さから『一番に排除すべき駒』と認識され、たまに『卑怯者』と詰られる。国によっては不遇されたり、忌避されたりするため捕まったら酷い扱いを受けることもある。

 

 いざという時、鳩原ちゃんの"自分を守るため"でも撃てないのは致命的だ。

 もし対峙した敵が武器ではなく肉弾戦を仕掛けてきたら鳩原ちゃんはどうにも出来ない。緊急脱出(ベイルアウト)範囲が限られる近界(ネイバーフッド)で、戦闘員として鳩原ちゃんは相応しくないと判断されて外されたのだ。

 

 一時期、鳩原ちゃんも人間を撃つ訓練を行っていたが、弾は一発たりとも掠ることはなかった。

 

 

「そう、ですね……でも同じではないと思います」

 

「?」

 

 

 怪訝な顔でこちらを見る二宮さんが「何言ってやがる」と視線で訴えてきた。

 

 

「同じスナイパーとして受けた印象ですが、雨取ちゃんは臆病ではないんです。むしろガンガン攻めるタイプです。ただ、自分のトリオン量にびっくりしてて、それを人に当てるのが結果として怖いんだと思います」

 

 

 だからきっかけがあれば撃てるし、もう少し周りを見る余裕が出れば技術も上がるのではないかな。威力調節だってゆくゆくは覚えるだろうし、己で難しければエンジニアに協力を仰げば良い。栞ちゃんも色々と考えているはずだからね。

 

 将来有望な狙撃手だ、と一人納得していたらスッと立ち上がる二宮さん。

 カップの中身は既に空で、自販機横のごみ箱へ入れられた。

 

 

「参考になった。ヤクルトの返しは要らん」

 

「いえ、明日に」

 

「その分はもらった。じゃあな」

 

 

 来た時と同様にスタスタと去って行く二宮さん。足が長いからか遠ざかるのが早いなぁ。

 

 後ろ姿だが不機嫌な様子ではない。1人で何か考えたいことが出来たらしい。

 

 

「……ヤクルト持ってったら『くどい』って呆れられるかな」

 

 

 手元の空になった容器を見下ろして呟く。

 

 そういえばなんでヤクルトをチョイスしたのだろう。前は怪我してたからカルシウムの意味でチョイスしたと思うけど。

 

 

「……マジか」

 

 

 自販機の販売一覧を見て、びっくりした。

 

 煮玉子味の何か、新感覚黒酢コーラ、ヤクルト、豆腐味のポタージュ、塩水(※少しずつ飲んでね)、ジンジャーエール、たんぽぽコーヒー、DASHI...etc.という、異色過ぎる一覧だ。

 なんだこのチャレンジャー御用達の自販機は。こうして並ぶと普通の飲み物も異色に見えてくる不思議。DASHIとか何の出汁なのかすっごい気になるじゃん!

 

 おそらく二宮さんもこの一覧を見てビックリしたのだろう。天然さんだけどチャレンジャーではない二宮さんは、無難にヤクルトとジンジャーエールを選んだのだ。興味を惹かれるけど、飲みたいとは思わないので買わない。

 

 

「とりあえず、写メって出水くんに教えておこう」

 

 

 探し物が見つかって良かったね、とコメントを添えて写真を送った。

 

 さて、休憩は十分取れたから資料室へ向かおうかな。

 

 

「や。待ってたよ」

 

「! 解説お疲れさま」

 

 

 資料室の扉を開くと、悠一に出迎えられた。

 

 まさか居るなんて思わなかったからかなり驚いたけど、悠一が数枚の書類をヒラヒラと振ってくるので受け取る。

 

 内容に目を落とすと、次に予測される侵攻についてのまとめだった。

 

 

「これ……」

 

「うん。アフトクラトルの2つの従属国が近い内にね」

 

 

 従属国のガロプラとロドクルーン。どちらも星国の軌道がこの世界に近い。

 

 悠一は第二次で相対した近界民(ネイバー)から未来視を用いて、ある程度の予測が出来たようだ。

 しかし、はっきりとした情報ではなく不明点が多いので、この資料室で2国についての情報を補完していたらしい。

 

 

「玲の真似して纏めてみたけど、やっぱ俺には向いてない作業だわ。だからさ」

 

 

 悠一は一度肩を竦めてから、私の左手を同じ側の手で握った。指が絡まって、リングがコツリと小さな音を立てて触れ合う。

 

 止められた言葉の先が解る。同時にそれが嬉しくて、ギュッと左手を握りこんだ。

 

 

「っうん……一緒に、やろう」

 

「よし、玲が一緒なら百人力だ」

 

「それはこっちのセリフだよ」

 

 

 なんだか名残惜しくて、左手は離さずそのまま。

 悠一も離すことはしなかった。

 

 

 

 


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