三門市に引っ越しました   作:ライト/メモ

68 / 92
八神視点


狙撃手と猫

 

 

 必要書類を整え、サインを集めて上層部からの承認を貰って一息ついたところで、端末から隊用の着信音が鳴った。

 着信欄には当真くんの名前。

 

 

「はい、ご用件は?」

 

 

 時間を確認すると、狙撃手の合同訓練が終わった頃だ。

 

 当真くんが訓練監督側に回ることは少ないが、それでも狙撃手の中では年長者に位置するので、たまに不備があると報告をくれることがある。

 今回もそれだと思って電話を取った。

 

 

『おつかれ~玲さん。あのさ、ちょっと紹介したい女子がいるんだけど、今から訓練場来れるか?』

 

 

 電話口で言われた言葉に、ちょっと思考が追い付かなくて固まった。えっと、紹介したい"女子"、って言ったよね?

 

 まさか当真くんに彼女を紹介される事態が来るとは。それも訓練場ということは同じボーダー隊員か。

 

 しかし、しかしだ当真くん。

 

 

「あっとー? それって、すぐに必要かなー?」

 

 

 流石に彼女を紹介するのは仕事中じゃなくても良いと思うんだ。確かに他の正社員の方より私は暇だよ。でもちゃんとお給料分お仕事してるからね?

 

 

『どうせなんだかんだ仕事入れるから捕まんねーし。じゃ、待ってっから早くな』

 

「おい」

 

 

 ピッと切れた通話に、聞こえないとわかっていてもツッコミを入れた。

 切れた後に訓練場のフロア場所をメールしてくるのを見て、肩を落とすしかない。納得できないけれど、同じ隊の弟分に言われては無視できないのも事実。

 

 時間をもう一度確認して、ため息を一つ吐いてから、覚悟を決めて訓練場へと足を向けた。

 

 

「お、来た来た。玲さーん」

 

 

 片手を挙げてヒラヒラと振ってくる当真の姿を認め、周りにいる女子が2人なことに軽く目眩を覚えた。

 しかも1人は雨取ちゃんじゃないか。いや、しかし雨取ちゃんに近いのは絵馬くんだ。ということは、もう1人が当真くんの彼女──あれ?

 

 観る限りそんな雰囲気はない。当真くんは普段通り飄々とした体で、その子は特に気負うことなく立ち、イーグレットを手に私を見ている。

 まさか。

 

 

「こいつ、夏目出穂。師匠を探してんだとさ」

 

「よろしくッス」

 

 

 当真くんに紹介されてペコリと頭を下げた夏目ちゃん。

 

 私は自分のあまりの勘違いの酷さに顔を覆いたくなった。されど、それはまた失礼を重ねてしまうので我慢する。

 

 

「こんにちは、八神玲です。私が呼ばれた理由はその師匠探しを手伝う為かな?」

 

 

 変な勘違いをしてごめん、と内心謝りながらそう問いかけた。そこそこ顔が広いと自負しているが、当真くんだって交流は広いはずなんだけど。

 

 すると、それを見越していたかのように当真くんが即否定した。

 

 

「玲さんの弟子にどうかと思ってよ」

 

「私の?」

 

 

 当真くんの言葉に思わず眉をひそめてしまったのは仕方ない。

 

 何しろ私が弟子を持ったのは一度きりで、しかもそれは二宮さんというハイスペックな弟子兼師匠みたいな人間だっのだ。

 師匠と臨時の隊長とでは勝手が違うし、何より仕事優先なので1人の弟子に時間を掛ける訳にもいかない。

 

 けれども、これは当真くんの紹介であり、後進の育成も仕事の一つではあるのも確かだ。

 狙撃手の基礎などは東さんや佐鳥くんたちが教えているが、彼らも部隊に所属している身。

 

 

「お願いします!」

 

「あの、わたしからもお願いします!」

 

 

 夏目ちゃんがイーグレットを消して頭を下げると、見守っていた雨取ちゃんまで頭を下げてきた。罪悪感が半端ない!

 

 小さい子たちが頼む様子は、まるで私が悪者のような感覚があり、絵馬くんから無言の視線が突き刺さる。

 事態の元凶である当真くんはリーゼントの上に猫を乗せて、のほほんと様子を窺っている。コノヤロー、猫可愛いな。

 

 

「…………いいよ」

 

 

 熟考の末、私は頷いた。罪悪感に負けたというわけではない、決して。

 

 

「ただし」

 

 

 顔色を明るくするちびっ子たちに水を差すようで悪いけど、こちらの言い分も受け入れてもらうよ。

 

 

「私は職員として所属しているから仕事優先になる。訓練に付き合えるのは一時間もない日もあるよ」

 

「は、はいッス」

 

「そこで、だ。撃ち方とか質については、そこの当真くんに師事してもらう」

 

 

 ビシッと当真くんを指せば、これまた「あ、そう来る?」と笑みを浮かべた。

 当真くん自身、夏目ちゃんに教えるのは吝かではないのだろう。なんせわざわざ私に紹介してきた程だから、筋は良い筈だ。

 

 

「師匠は何を教えてくれるんスか?」

 

 

 早速師匠呼びをしてくれる夏目ちゃんが、とても素直な子だと印象を受ける。

 

 

「私はスナイパーとしての心得とか隠れ方とかかな。実際、私の腕より当真くんが上だからね」

 

「たしかにリーゼント先輩のムダに正確なアレは真似できんわ~」

 

 

 夏目ちゃんが腕を組んで感心するようにぼやく。

 

 既に合同訓練で当真くんの腕前を見たのだろう。真似出来ないって言ってるけど、キミこれからその人が師匠だからね?

 

 

「基礎については通常の訓練や当真くん。私は応用・発展かな」

 

 

 私が教える範囲は、ほとんどの狙撃手がB級に昇格してから実戦で覚えていくものだ。そこは師匠を見つけた特典の一つみたいなもの。

 

 当真くんにすべて教えてもらえば、とも思うが当真くんは基本的に直感型なので他人に教えるとなると、同じ感性+才能がなければ理解が出来なかったりする。

 一度狙撃のコツを尋ねると、奇々怪々な擬音を言われて「さあ、撃て」と指示を受けて理解しないまま撃つと、ど真ん中。4、5回指示されるがまま撃ったが、その都度擬音が変わる。終わった後に、自主練するとまったく身になっていなかったのには真顔になったものだ。

 

 しかし、私には合わなかったが、こちらをジッと見てくる絵馬くんなんかは当真くんの指導で実力を伸ばした人間の1人である。感性の合う合わないは重要だし、当真くんの腕前は疑いようがないので、彼のやる気があるのなら夏目ちゃん指導を任せた方が良い。

 

 どちらにしても私は仕事優先なので当真くんから習う機会が多いだろう。

 

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

 

 丁寧にお辞儀する夏目ちゃんの仕草に「おや?」と思う。礼の癖が武道家のソレであった。そこでピンとくる。

 

 

「ああ! 特別訓練の空手少女か!」

 

「へ!?」

 

 

 ポンと手を打てば周囲からポカンとした表情をもらい、少しだけ恥ずかしかった。

 

 一度咳払いして、にっこり笑顔を作る。

 

 

「いや、ごめん。人の顔覚えるの苦手で、やっと今思い出したからさ」

 

「へ~、おまえ空手やってんの?」

 

「一応、家が道場なんで」

 

 

 当真くんの問いに肯定した夏目ちゃんに、雨取ちゃんと絵馬くんが口々に感心の声を上げる。夏目ちゃんは気恥ずかしいのか、ちょっとツンデレ風味の言葉をもごもごと呟いている。

 

 

「礼が綺麗だし、猫背でもなく、体幹も芯が入ってる。実力とかは判らないけど、基礎がしっかりしている証拠だよ」

 

 

 家が道場だからと言っても、しっかりと取り組むかは本人次第。C級選抜にて面接した時にボーダーや学業で練習時間は減っていたがまだ続けているようだったし、状況判断力と精神力は基準よりも高かったのだ。なるほど、やはり当真くんの直感は凄いな。

 

 チームのエースを内心で持ち上げていると、ちびっ子3人から目を丸くされていることに気づいた。

 絵馬くんは丸くというより普段より開いているぐらいだけど。

 

 首を傾げて「どうしたの?」と訊こうとしたら、当真くんが前に出て後ろ手に私を指差してニヒルな笑みを浮かべて言った。

 

 

「おれが紹介した理由な。腕はおれより下だが実力は確かだぜ」

 

 

 ちびっ子たちが納得したように頷くのを視界に入れながら、リーゼントの上に乗っている猫が何故か反転して私をジッと見下ろしてくる。

 

 そしてゆっくりと両目を閉じたかと思えば、フイッと顔を逸らされた。

 何度か見たことのある猫の仕草に、敵意を持たれていないことを知る。

 

 

「そういえば、その猫どうしたの?」

 

 

 基地は動物禁止ではないけど、堂々と猫が居るのは疑問だ。隊室とかプライベートルームならまだしも訓練場に居るのはおかしくないだろうか。

 

 

「そういや、どうしたんだ?」

 

「わっ!?」

 

 

 当真くんが首を捻った拍子に、猫が私に向かって飛びかかってきてビビる。

 咄嗟に腕を広げたら胸にくっついて、制服に爪を立てられながら肩によじ登られた。トリオン体で良かった。普通だったら制服が穴だらけだよ。

 

 某アニメの黄色い悪魔を乗せるかの如く猫を肩に乗せた私に、夏目ちゃんが申し訳なさそうに説明をくれた。

 

 なんでも、第二次大規模侵攻の避難誘導の際に助けた猫らしい。作戦開始した時に安全な場所へ置いてきてそのままだったが、大侵攻が終わったら本部基地の玄関前で夏目ちゃんを待っていたらしい。それからずっと着いて来るのだとか。なんて律儀で賢い猫なんだ。

 

 本部基地に何度も現れるせいか、今では本部付きの猫であり一番懐いている夏目ちゃんの猫でもあるようだ。本人は動物があまり得意ではないらしいが、そういう体質なのだろう。

 

 

「アタシより可愛がってくれる人のトコに行けばいいのに」

 

「めちゃくちゃ可愛がる人より、程々に可愛がってくれる人の方が心地良いんだよ」

 

 

 唇を尖らせる夏目ちゃんへ微笑む。

 

 次いで時計を確認すると、あまり余裕がないことに名残惜しく感じた。一応、私だって猫好きだし、ちびっ子3人組のやりとりも非常に和む。されど仕事も大切だ。

 

 

「申し訳ないけど、今日は余裕がないから訓練は見れない。とりあえず連絡先を交換するだけで良いかな?」

 

「はい! リーゼント先輩、師匠、ありがとうございます!」

 

 

 元気な返事を貰えてこっちも元気になる。それにしても、当真くんってちゃんと自己紹介したのだろうか。"リーゼント先輩"って独特なあだ名だ。

 "師匠"と呼ばれるのは初めてで、なかなか擽ったいのだがその"リーゼント先輩"も"師匠"となるんだけどな。いや、むしろ私より"師匠"だと思うよ。

 

 しかしそう言っても、夏目ちゃんは呼び名を変える気はないらしい。既に彼女の中ではしっくりしているのかもしれない。

 

 

「八神さん、わたしもいいですか?」

 

「いいよ」

 

「ユズルはいいのか~?」

 

「おれは、別に……」

 

「おいおい、遠慮すんなって」

 

「チームの関係で良く会うから必要ないよ」

 

 

 雨取ちゃんとも交換していると、当真くんが絵馬くんをからかう。

 

 影浦くんと北添くんは、私が学生の時から学校内とボーダー内で交流があったからそれなりに仲良くしてもらっている。仁礼ちゃんにはたまに「課題手伝って~」と甘えてもらえる……もしかして便利屋だと思われていないか不安になったけど、うん、仲は良好である。

 

 絵馬くんは鳩原ちゃんが居る時は普通に可愛い中学生だったが、居なくなってからはスレてあまり口を利いてくれなくなった。鳩原ちゃんのこともあるだろうけど、多感で複雑な少年の心は難しい。

 何度か影浦隊と一緒にご飯を食べる時は、取り皿やソースなどを取って渡してくれるので嫌われたわけではないと思いたい。

 

 結局、絵馬くんとは交換せず、可愛い女子たちの連絡先をゲットだぜ!

 

 猫を夏目ちゃんへお返しすると頭によじ登られていた。夏目ちゃんと当真くんの頭が定位置らしい。

 髪の毛って結構つるつる滑ると思ったけど、さすが猫。バランス感覚はピカイチだね。

 

 さてさて、名残惜しいけど仕事しますかっと。

 いや~、それにしても恥ずかしい勘違いを我ながらしてしまったなぁ。

 

 

 




 ・夏目出穂
師匠ゲットだぜ!
原作者のコメントにて「もともとはB級だったけど千佳と絡ませるために~」とあったので、自力でもB級に昇格できる素質があるのは確実。作者の好みもあります。
感覚派と努力派のA級隊員による育成計画。頑張れイズホちゃん。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。