●八神玲 19歳 168cm
努力派スナイパー。
サポートにこれでもかと特化した働きで隊を支える。
迅とは婚約者で同棲中。
基本的に恥ずかしがり屋だが、たまに大胆になる。そして恥ずかしがる。
ボーダーの戦略頭脳の一角で、上層部からの信頼も厚い。嫉み妬みによる苦労をしているはずだが、当の本人は一切気にしていない。
副作用は持っていないが、周囲から「なんで持ってないの?」と怪訝にされるほど優秀な人材に育ってしまった。
なんだかんだで迅を甘やかす。
●迅悠一 19歳 179cm
実力派エリート。
風刃を手放して広範囲防衛力は減退したが、それでもスコーピオン使いとしてS級と同等の働きをやってのける。
八神とは婚約者で同棲中。
基本的にセクハラで大っぴらに八神との関係性を主張し、たまに八神から反撃を貰って身悶えする。
個人で1部隊と数えられる実力者で、上から下までの多くの人間に認められている。女性人気も年々、ゆっくりと上昇中。
「未来視」を持ち、色々と複雑な心を持って暗躍している。
八神を甘やかしたいのに結局は手玉に取られて「なんだかなぁ」と思いながらゴロゴロしている。
八神視点
今朝は訓練に行かず、悠一とのんびり朝ご飯を食べた。
あとバレンタインデーのチョコケーキも渡して喜んでもらえた。チョコ味のキスはしなかったけど『はい、あ~ん』はやった。自分でも朝から甘いなぁ、と自覚している。
目覚ましの時刻を勝手に変えられた怒りはあったけど、アレは私のことを想っての行動だ。
一見、悠一が駄々を捏ねたように思う。でも、ちゃんとタイミングを見計らっていたのだろうとも思える。
早朝訓練を始めたのは、勤務中の空き時間に空閑くんの件について纏める為に動いていて、訓練時間まで割く余裕がなかったからだ。
空閑くんへの提案と、林藤支部長に書類を預かってもらえた後は通常の出勤時間へと戻しても問題なかったが、早起きの癖がついてそのまま続けようとしていた。
そこに悠一は「無理するな」って釘を刺してくれたんだ。色々と突っ込み所が多い発言があったけど。
でも、おかげで私も未来を考えられた。
自分の口から出したことでやっとはっきり……その、将来は"迅 玲"になるんだなぁって。
うわぁ! ちょっと考えるだけで胸がぽかぽかしてなんかすっごく恥ずかしいよ!
思わず本部基地の廊下の壁を叩いてしまった。あ、壁ドン……違うか。
子供、かぁ。
まだ結婚してないし早く考え過ぎかもだけど、男の子でも女の子でも悠一似だといいな。間違っても地味顔の私には似てくれるな。
悠一似の女の子……ちょっと想像し難いから今度女装でもして貰おうか。割とノリでやってくれる気がする。
よし、なんとか顔の熱は引いた。まさか廊下で悶えるとは不覚。
「……」
顔を上げると、紙コップを持った寺島さんと目が合った。目が赤いので徹夜明けだと思われる。
「……見ました?」
「うん」
間を空けることなく即答されてうなだれた。なぜ私は本部基地で悶えてしまったんだ。後悔が押し寄せてきたが、すぐに思い直す。
見られたのが寺島さんだけで良かったじゃないか。他の後輩とかだったら即ボーダー全体に広がるし。
そう考えると、今日が平日で本当に良かった。
「そういえば、ラービットの解析が完全に終わった。この前の小型も2日くらいで終わるはず」
話題を引っ張ることなく、ゆっくりとした足取りで歩き始めた寺島さん。
たまにフラフラと傾いて心配になったが、紙コップが常に水平を保っていたのは流石だと思った。きっと中身はコーラだね。
「わかりました。今日の午後にでも開発室へお伺いさせていただきます」
「うん。壁ドンの練習もほどほどにね」
「……はい」
フラフラしながら去っていく寺島さんに、挨拶をして別れた。
壁ドンの練習をしていたわけじゃなかったけど、傍から見たらそうだったらしい。
悠一との関係に悶えていたという事は、ソッと胸の内に仕舞っておこう。
午後、寺島さんに伝えた通り開発室を訪れた私は徹夜明けのエンジニアたちに出迎えられた。
というか、お昼ご飯を作ってと強請られた。
鬼怒田さんを始めとしたエンジニアたちのほとんどがカップ麺やインスタント食品を好んでいるが、流石に約1ヶ月も続くと食傷気味の人員が出てきたらしい。
どちらの食品もあまり好きではない私には容認出来ない食生活だが、自己主張を押し付ける方が嫌いなので強請られたら作るスタンスを取っている。
以前の泊まり込みの際に揃えた調理器具と調味料を確認して、カフェエリアの調理室から材料を分けてもらった。材料分のお金は開発室から払ってるよ。
カップ麺ばかりだとビタミン・ミネラル・タンパク質などが欠乏する。一回の食事では改善しないし、中には濃い味しか受け付けない人もいるので悩んだ。
とりあえずリクエストの白いご飯は確定。
5分程悩んだ結果、鶏野菜スープとアサリの酒蒸しに生野菜のサラダを作ることに。
白米を炊飯器で炊き始め、スープ用の野菜と鶏肉を小さく切っていく。口内炎が出来てしまっている人がいるので響かないようにと、速く火を通す為だ。
アサリは既に調理室で砂抜きをしてあったが、炊き上がるまで時間があるから念のため水に浸けておく。圧力鍋という時短調理の味方に野菜と鶏肉、水と調味料を入れて蓋をして火にかける。
サラダ用の野菜を食べやすい大きさに調え、キッチンペーパーでしっかりと水気を拭き取ってから皿に盛り付けて、ラップで覆ってから一時冷蔵庫へ。
アサリを水から揚げて笊へ移す。
炊飯時間を確認してからドレッシングの製作を始める。味の系統は、酢やレモンをメインとしたサッパリ系と、刺激が少ないクリームメインのまろやか系だ。2種類をそれぞれ容器に入れてこれも冷蔵。
圧力鍋を火から降ろして、フライパンをセット。油をうすく広げて刻んだニンニクを炒めて香りを出す。そこに水気をきったアサリを投入して軽くフライパンを回して熱を均一に。酒を掛けて蓋をして2分程蒸し焼きにするとアサリが口を開けたので、蓋を外して少量の醤油を入れて味を含ませる。
火を止めて皿へと盛り、刻んだ小葱は別皿に用意した。葱の好き嫌いって多いよね。
圧力鍋の蓋が外れたので中をゆっくり混ぜて、小皿で味見。うん、バッチリ。野菜も柔らかく、鶏肉もホロホロといい感じに崩れて食べやすいはず。
お米も炊き上がり、しゃもじでササッと混ぜて膨らみを持たせればツヤツヤと輝いた。
「ご飯できましたよー」
給湯室から顔を出してそう言うと、歓声が上がって仕事机を大急ぎで片付け始めるエンジニアたち。
そんなに大層なものは作ってないんだけどなぁ。栄養状態も気にかかるし、開発室付きの料理人とか派遣した方が良くないかな、と真剣に悩んだ。
臨時のテーブルを出して、皿を並べる。炊飯器から白いご飯をお茶碗へとよそえば、エンジニアたちが笑顔で受け取って席に着いた。
すごく、給食の先生の気分です。
エンジニアたちが嬉々として食事に勤しんでいる間に、私は研究室へ向かった。
今日の勤務後に夏目ちゃんの訓練をみる約束がある。まさか昼ご飯を作るとは想定していなかったので、少し急ぎたい。
「あれ? 君こんな所にいたの?」
研究室の扉まで来ると、足に夏目ちゃんの猫がスルリとすり寄ってきた。
本部付きとは言え、研究室近くに居るとは思わなかった。いや、雷神丸と同様に賢いらしく、悪さをしないので自由にさせているのだろう。
「ここは大事な資料とか危ない物が多いよ」
流石に猫と一緒に入室はダメだろう。
賢いから分かってくれると思ったが、あの感情の読めない顔のままヒョイヒョイと肩に乗られた。
「……大人しくしててね」
降ろそうと手を伸ばしたが、可愛いネコパンチを食らって諦めた。可愛いって正義。
研究室内は誰も居らず、雑然と資料が並べられていた。スリープ状態の機械には触れず、重ねられた資料の山から目的の束を抱える。
荷物で半分埋まっているソファーへ移動して、内容の黙読を始めた。
「───ふぁ~」
集中力が切れて一気に眠気に襲われて欠伸が出た。かなり集中していたらしく、時間を確認するとそんなに経っていないことに驚く。
肩に乗っていた猫がトンと足元に降りて、私と同じく大きな欠伸を見せてくれた。
それにすっごく癒される。
ラービットの解析結果報告を項目だけ抜き取ると、ラービットの基本構造、キューブ化について、エンジニアとしての発想の違いと「
注目した部分はやはり捕獲機能だ。
先ず腹の触針を獲物に刺すことで、獲物の脳からトリオン体への情報伝達を阻害して動きを止める。阻害方法は微弱な電流へと転換したトリオンだ。
次に、トリオンエネルギーへ転換命令を発してエネルギーの形を命令通りに変形させる。個人的にハッキングや乗っ取りと似た印象を覚えた。
これはボーダーでも建物やトリオン体の服装調整などで使用する技術であり、そう難しいことではないらしい。肉体の形からキューブの形へ組み換えるだけ。だから決まった手順でなければ、元に戻せなかったようだ。
捕獲からキューブ化への流れを、難しい用語を抜いて纏めるとこんな感じだ。
使用技術自体は珍しくはないが、この機能をトリオン兵が有するのは脅威であり、既存の技術を応用した発想力にボーダーのエンジニアたちは対抗意識が湧いてるらしい。
後は、キューブ化を利用すれば機材の軽量化や移動が楽になる、とのこと。
確かに長距離の移動用に、トリオン構造の車やバイクを遠征艇の格納庫に保管していた。また、非常時の医療器具や予備の隊員ベッドなど、艇内の場所を取る荷物を軽量化出来れば色々と余裕が出来る筈。
素人ながらもこれだけ読み取れるのだ。是非とも研究を進めて欲しい。
「言った通り大人しくしててくれてありがとう」
足にスリスリしてくる猫に自然と笑みが零れる。
書類束を膝からソファーに降ろして、代わりに猫を乗せた。
猫は心得たように見上げてくる。賢過ぎるよ。
指先で顎の下をくすぐれば、気持ち良さそうに喉がゴロゴロと鳴って、可愛い。
「にゃあ~ん」
思わず私の口から猫の鳴き真似が出てしまった。
夏目ちゃんの猫はピクリと耳を動かして反応しただけで、更に「もっと撫でて」とすり寄ってくる。可愛い。
しばらく1人と一匹でじゃれていた。
「ふふ。にゃー……!?」
すると、いつの間にか悠一がスマホを構えて、ソファーの背もたれからこちらを見下ろしているのに気づいた。
ピシッと固まった私に、猫はテシテシと続きを前足で強請ってきてすごく可愛い。
でもちょっと待って。一大事なんだ。
「……」
「!?」
ニヤリと悪い笑みを浮かべた悠一に悪寒がする。
スマホをスッとおろした悠一が手元で操作をすると、音声が流れ出した。
『にゃー、にゃあ』
「う、ひぃ……き、鬼畜!」
「かわいいじゃん。あー困ったなぁ、今日はにゃんこプレイでもやらない?」
「やらないよ!? 変態か!」
「男はみんな変態です。ネコ耳と尻尾も用意するからさ」
信じられない! 他人が居ないからって仕事場でそんな話題を振るなんて!
いや、私も仕事中に猫と遊んでたのは悪いと思うけども!
「っだから! もっ、えっ……変な発言禁止! だいたい何時の間に入ってきたの!?」
テシテシしてくる猫を胸に抱いて立ち上がり、ソファーから二歩ほど離れて悠一を睨む。
ニヤニヤとした笑みを戻さないまま、彼は懐から一枚の書類を取り出してみせた。
「玲が猫の鳴き真似をやり始めた頃にそっと扉から入ってきましたー。あ、そうだ。着信音に設定しとこう」
再びスマホを操作しだした悠一に慌てて取り上げようとソファーを避けて近づけば、私の手よりも先に、猫が悠一の顔に飛びついた。
「うおっ」
見事に張り付いた猫。
あの表情の読めない顔だけ私の方を振り返って、何故かどや顔してるような印象を受けた。
「……ぷっ」
たまらず私は噴き出した。
スマホと書類を片手ずつ持ち、微妙に仰け反った悠一。
その上でどや顔をしていると思われる猫。
絵面がおもしろ過ぎた。
一応、スマホを奪おうとしたが、猫をくっつけたまま逃げられた。
それにも笑ってしまうが、データを消さなくてはこれからずっと弄られるに違いない。どうにか消す方法はないか。
「悠一お願い、消して」
「やだ」
やはり正攻法はダメか。
「じゃあ、今日は肉じゃがにするから」
「玲……ここは胃袋じゃなくて、エロい方向に持っていく場面だと思うんだ」
「茶碗蒸しも付けるから」
「……えー」
一瞬躊躇ったのは見逃さないぞ。
しかし、これでも譲ってくれないとなれば仕方ない。円城寺さんから教えてもらった必殺技を挑戦するしかない。
正直あれだけでいいのかサッパリ不明なのだが、肉食系女子な円城寺さんが豪語するからには大丈夫なはずだ。
猫の首根っこを掴んで顔から引き剥がした悠一の胸襟を、指先でやんわりと握って、出来るだけ下から覗き込んで小首を傾げる。
「……おねがい」
「……」
ジッと見下ろされる。あれ? なんか間違えた?
あ、ちょっと待てよ。チョイスを間違えた。こ、これは……たしかキスを、おねだりする時の……うわああ!
どんどん顔が熱くなる。
どうしよう。悠一も無言になっちゃったし、ここは一旦離れて形勢を立て直した方が良いんじゃないか!?
そうだ撤退だ! 退却だ!
「うん、いいよ」
無言からニッコリと笑顔を作った悠一に、離そうとしていた指先ごと硬直する。
なにーッ撤退を防がれたぞ!?
しかし隊長! 相手は効いてる模様です。これは大丈夫では?
油断するな新兵! あの笑みを浮かべている奴の恐ろしさはこれからだ!
いつの間にか猫を手放して空いた手が、私の顎を掬う。
こ、これは顎クイッというヤツではないか!?
「玲からキスしてくれる? ふかーいヤツ」
「!?」
「してくれたら消してもいいよ。俺の妥協はここまでだから」
ある意味で危険なオーラを発した男の言葉に、動揺が隠せない。
キスを強請る必殺技を実行したら、反対にキスを強請られているんだが。きっと顎クイッは悠一の必殺技なんだ。カウンターか。
いや、でも、私はキスを強請っていたわけじゃなくて……ああもう! どうしてこうなった!!
「どうする?」
疑問符を付けていながら「ホラやれよ」というオーラを出さないでほしい。
ええいッ女は度胸!
腹を決めて踵を上げたら、モフモフの毛玉が肩に登ってきて、頭に移動。
そして、悠一の眉間に強烈な猫パンチが繰り出された。
「いったッ!?」
悶絶した悠一が崩れ落ちる。あれはクリティカルヒットだ。
そして、その拍子にスマホが私の手元に降ってきた。
「猫さん、強い」
賞賛してからとりあえずスマホを操作する。ロック画面じゃなくて良かった。
「ああ! 後生だから他のデータは消さないで!」
「ほう……私が消したがるデータが他にもあると」
「あ……ヤだなぁ、玲ちゃん深読みし過ぎダヨ~」
白々しい言葉に半眼になりながら操作していれば、絶句する。
こ、こんなモノを常に持ち歩いているのか!?
何か文句を言いたいのに、ショックが強過ぎて言葉が出てこない。そうこうしている内にスマホを奪い返された。
「ちょ、ちょっと待って! 初期化させて!!」
「やだ。はぁ~猫パンチが思ったより痛くて誤算だったな……でも、玲も頑張ってくれたからさっきの分は消すよ。それで勘弁」
手を伸ばすがあっさり避けられ、悠一は眉間を擦りながらスマホを操作する。
「ひ、被写体の意見も考慮して下さい!」
「却下。だいじょうぶ大丈夫。俺以外に見る人間はいない。俺のサイドエフェクトがそう言ってる」
「そういう問題じゃないよ……」
肩を落とすと猫が肩に降りてきた。
あぁ、ありがとうございます。君の黄金の右前足は見事だったよ。チャンスを無駄にしてしまった私が悪いんだ。
お礼の意味を込めて顎の下をくすぐると、気持ち良さそうに喉を鳴らしてくれた。かわいい。いやされる。
「それで……その書類は?」
スマホ操作を終えた悠一に問えば、ピラリと差し出されたので受け取る。
「宿題をしてきたよ、せんせー」
「……うん、お疲れ様」
「ノリ悪いな。なに? 疲れた? キスする?」
「しません。誰のせいだと思ってるの」
「さあ?」
愉しそうに笑む悠一を尻目に、受け取った書類に目を落とした。
簡易地図が載せてあり、悠一の字で追記補足が書かれている。
「全滅か……」
「うん。今のところは、ね。人命被害もまだ視えない」
来たる襲撃に備え、予測される戦闘現場を数日掛けて悠一に視回ってもらっていた。確かに宿題とも言えるだろう。
人命被害がないのならひとまずは安心だが、懸念事項が完全になくなったわけではない。下手をすれば組織の活動を縮小させかねないものばかりだ。
「そう……なら、そろそろ報告を上げよう。この結果ならパターンもほとんど決まっているようなものだし、防衛対策も固めたい」
「了解。一応視回りは続けるけど、追加はある?」
「場所の追加はないけど、壊れ方で不自然な部分があれば教えて。敵のトリガーがどういうタイプかの推測材料になる」
「不自然な部分ね……また難しいところを突くなぁ」
書類から顔を上げると、悠一は困ったような言葉とは裏腹に、嬉しそうな微笑みを浮かべていた。
解っているみたいだけど、改めて言葉にする。
「ベテランの勘と、今まで収集した情報と、懸念する思考を信じてるんだよ」
「そこで『ダーリンだけを信じてる!』って言わないトコが玲らしいね」
「言わないよ。私も考えて、これから皆も巻き込んで一緒に戦うんだから」
独りだけに背負わせたりしない。
胸を張って強めに言い切れば、へにゃりと悠一が笑う。ちょっと、かわいい。
「……やっぱり、玲にはかなわないなぁ」
ギュッと抱き寄せられて、猫がいる肩とは反対の耳元でそう言われた。息が掛かってくすぐったい。
「うん……? そう、かな?」
「そうだよ。おれいっつも負けるもん。悔しいから猫耳と尻尾つけて」
おい、なんでそうなる。あ、そういえば。
「じゃあ、悠一が女装してくれればいいよ。それなら着ける」
「え……いや、よく考えて。ベッドでその光景はかなりシュールでしょ」
耳元から顔を上げた悠一の真面目な顔と向き合う。まったく、これだから残念なイケメンは。
「なんでベッドなの。リビングでもいいでしょ」
「も~大胆だなぁ玲は」
「ちょっと待て。なんか余計に悪化した? リビングがダメなら玉狛支部にでも行こう」
「情操教育に悪いでしょ」
「それもそっか……陽太郎くんが女装に目覚めたら取り返しがつかないよね……」
「うんうん。じゃあ、今日の夜にでも」
「今日の夜はムリ。だって悠一のサイズを用意してな……って! もうこんな時間!?」
首を横に振った拍子に時計が視界に入って焦る。予定時間を完全にオーバーしていた。
もともと仕事予定時間は余裕を入れて調整しているとは言え、今回はそれを踏み倒す勢いで行わなければ間に合わない!
「ごめん仕事に戻る! あっと、報告書ありがとう! もう一回読み直してからファイリングしとくね」
悠一から離れ、ソファーに置いていた書類束を素早く元の場所に戻して、急いで研究室を後にした。
研究室から出た途端、エンジニアたちからギョッとされた気がしたけど構ってられない。
駆け足で仕事場に戻ってから、肩に猫を乗せたままだったと気づいて申し訳なく思った。ごめん、よく落ちなかったね。
上着に穴が空いてたのは仕方ない。
・エンジニアたち
「あー美味い。八神を嫁にしたい。この飯が毎日食えるなら這ってでも家に帰れる気がする」
「おい、滅多なことを言うんじゃねェ。セコムが来るぞ」
迅「ドモ~実力派エリートのセコムです」
「「ぎャー出たーッ!?」」
迅「じゃ、おれはイチャイチャしてくるんで邪魔しないで下さいネ」
「くそッ! リア充がッ」
「やべーな。研究室は防音だ。まさかそれを狙って……」
「あのセコムなら有り得る」
「……マジでヤってんじゃねェだろうな? 結構時間経ったぞ」
「……覗くか?」
「やめろって。あの真面目っ娘が仕事場でヤるわけない」
「そう言って扉に近づいてんのはオマエだろ」
「いやオマエ等だって……!?」
「!?……走ってったな」
「ああ……わかんなかったな」
「……猫と一緒だったんなら、猫に夢中だったんかな?」
「そうかもな」
「きっとそうだ」
「そうに違いない」