三門市に引っ越しました   作:ライト/メモ

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三人称


ヒーローは自覚がない

 

 

 玉狛支部の屋上へ続く階段前で、三雲は改めて今日のランク戦を思い返す。

 

 三雲は今日のランク戦で、何も出来ずに終わった。空閑の負担を減らそうとした行動は裏目に出て、結局はチームの足を引っ張る結果となってしまった。

 

 せめて何か一つでも出来ていたなら、三雲は己を責めなかっただろうか。

 否。これまでのランク戦で常に実力不足を感じていた彼は、どれだけ最善を尽くしても己を責める。ランク戦で戦う度に課題を見つけて、けれど、現段階でどうすることも出来ないそれを見つめるしかない無力感。

 

 ───僕は、主人公(ヒーロー)ではない。

 

 三雲は唇を噛み締めて、叫び出しそうな悔しさを押し込めた。

 

 空閑のように強ければ、雨取のようにトリオンがもっとあれば、もっと上手く作戦を立てられてたら。たらればは幾つも浮かび、そしてそれらは総て三雲の無い物ねだりだった。

 

 フィクションの中で自分の強みを生かして成長していく主人公(ヒーロー)たち。

 もちろんフィクションと現実は違うことを三雲は理解しているが、それでも「自分も彼らのように」と考えてしまうのは止められなかった。

 

 これと言った強みがないことの自覚はあれど、理想を棄てることなど人間は出来はしない。

 三雲の悔しさは当然だ。

 

 これまで掛けられた言葉が次々と三雲の脳裏に浮かぶ。厳しい言葉が多くとも、決して心を折るような責めるものではない。

 

 彼は一度大きく息を吐き出してから、玉狛支部の階段を上る。

 

 

「『隊長としての務め』……」

 

 

 風間の言葉だ。

 

 三雲は今回完敗したが、周りは誰も彼を責めることなく成長を促してくれた。

 それに応えるために、三雲は行動するしかない。チームメイトの為にも立ち止まることなど、三雲修には選べない。

 

 どれだけ反則級なことだろうと、がむしゃら過ぎる手段だろうと、己の名誉よりも友達の命と約束が大事だから。

 

 その行動力こそ三雲修(ヒーロー)に相応しいことを、彼は知らない。

 

 

「お、メガネくん……話って何だ?」

 

 

 屋上の扉を開けると、コーヒーのマグカップを片手に持った迅が三雲を出迎えた。

 

 

「……迅さん、僕たちの部隊(チーム)に……玉狛第二に入って下さい」

 

 

 何の前置きもせず、三雲は神妙な顔で口火を切った。

 

 迅はその様子を見て、視て、三雲の感情(表情)()る。軽い気持ちで答える気は最初からなかったが、識ることでより明確に迅の心は定まった。

 

 

「…………おいおいメガネくん、急にどうした? この実力派エリートを部隊(チーム)に入れるとか、なかなかの反則技だろ」

 

 

 だが迅は答えをすぐには返さず、髪を撫でるように緩く頭を掻いて応えた。

 

 

「いえ、規則は確認してきました。迅さんは今無所属(フリー)の正隊員。勧誘しても問題はないはずです」

 

 

 屋上に来る前に三雲は宇佐美に、勧誘についての規則を確認してきていた。

 基本的に部隊への加入・脱退に制限はなく、それはランク戦シーズン中も可能である。制限と言えば『部隊の戦闘員は4人まで』という、オペレーターの処理能力の範囲内に留める為のものくらいだ。ただ、隊員が増えれば連携の練度は下がりランク戦で勝ち上がることが難しくなるので、シーズン中はあまり良い手ではない。

 

 しかし、玉狛第二の部隊結成期間を考えれば、連携の練度に差はあまりないと思われた。

 

 

「迅さんには予知(サイドエフェクト)がある。勿体振っても意味ないと思って単刀直入にお願いしました」

 

「なるほど……じゃあ、その結論に至るまでの考えを聞こうか」

 

 

 迅は屋上の縁へ三雲を誘って話を聴く姿勢を取った。

 快諾されることはないと予想していた三雲は、迅がひとまずは話を聴いてくれるのだと知って少しだけ安堵する。

 

 迅の隣に腰掛けた三雲は今日のランク戦での反省と、たった今迅を勧誘している理由を話し始めた。

 

 今期でA級部隊へ昇格するためにはもう負けられないこと、最短の遠征部隊に選ばれて空閑をレプリカに早く会わせて治療を受けさせたいことを話し出した三雲に、迅は「焦る必要はない」と首を振った。

 

 

「玉狛第二はデビューしたばっかの新人(ルーキー)だぞ? そんな自分を追い込むことないだろ。

 そもそも結成直後でAに上がる隊なんてめったにいない。今日は確かに負けたけど、メガネくんは今修行中で伸びるのはこれからって感じだし、千佳ちゃんだって今回一歩踏み出した感じはあった。

 それに、玲も遊真の事情を知っているし、今回メガネくんたちが選ばれなくてもレプリカ先生を取り戻してくれるはずだ。焦って成長のチャンスを潰すのはもったいないぞ」

 

 

 ニッと笑った迅を見て三雲はグッと黙り、それから言葉を絞り出した。

 

 

「…………たしかに、これは僕の我が儘なんだと思います。大侵攻の最後に、レプリカを犠牲にしてしまった罪悪感を消したいのかもしれない……けど、ひどい話、僕はそれよりも自分が言ったことを曲げたくないんです。中途半端に投げ出してしまえば、僕はこの先ずっと後悔してしまうと思うから。

 後悔しないために僕は僕のやれることを全力でやりたいんです」

 

「……それで俺のスカウトに繋がるわけか。まったく、そういうところ玲と似てるなメガネくんは」

 

 

 正直に心情を吐露した三雲に、迅は感慨深く呟いた。

 

 迅は元から三雲のことを応援したいと考えているし、八神と似た部分を見せられてその指揮下に入る魅力にも惹かれている。

 

 だが、まだ時期ではない。

 

 

「……でも残念だけど、俺は玉狛第二には入れない」

 

「……!」

 

「俺には今、他にやらなきゃいけないことがある。チームランク戦に参加するのはムリだ。すまない」

 

「……………………いえ。こっちこそ無理なお願いして、すみませんでした」

 

 

 やはり、という思いが三雲の中にはあった。

 それで完全に納得出来るわけもなかったが、三雲は食い下がることなく、申し訳なさそうに頭を下げた。

 

 彼のその様子を迅は静かに見つめてから、視線を正面へと移した。

 

 

「メガネくん、自分だけを責めるなよ。俺だってあの場にいた人間だ」

 

「! でも……レプリカは僕が」

 

「メガネくんがそう感じるのもムリないと思うけど、俺の責任まで取ったらダメだ」

 

 

 三雲が顔を上げたが、迅は視線を正面に向けたままスッと立ち上がる。

 コーヒーの香りが一瞬だけ強まった。

 

 

「知っての通り、俺には予知のサイドエフェクトがある。玲の作戦結果もいくつか視えていたし、レプリカ先生がいなくなるのを阻止することも出来る未来もあった」

 

 

 その告白に、三雲はただ唖然とした。

 

 そして、続けられた話で更に言葉を失う。

 

 

「でも予知と言っても視えるだけで、進む未来を自由に選べるわけじゃない。言い訳がましいけど、俺に出来るのは未来を知って最良に近づけることだけなんだ。

 だから、レプリカ先生がいなくなったのは俺の力不足でもある」

 

 

 感情の起伏を感じさせない淡々とした迅の語りに、三雲は迅が自分を慰めるために言ったわけではないと理解した。

 

 迅は少しだけ悲しげに顔をしかめた後、表情を普段通りに緩めて三雲と目を合わせた。

 

 

「な? 俺にも責任あるだろ? メガネくんのより重いぞ」

 

「……でも僕のだって重いですよ。重さの感じ方は人それぞれです」

 

「ははは、まぁな」

 

 

 湯気がほとんど立っていないマグカップを傾けて迅は笑う。三雲も屋上に来た時とは違い、凝り固まっていた表情を弛ませた。

 

 

「俺は千佳ちゃんにもメガネくんにも、もちろんレプリカ先生と遊真にも大きな()()がある。だから、今はちょっとムリだけど、この先メガネくんたちが困った時には必ず力を貸すよ。 約束する」

 

「……はい!」

 

 

 目的が達成出来なかった三雲だが、迅との対話はきちんと意味があったのだと感じる。現に三雲の心に掛かっていたモヤは薄くなっていた。

 

 更に迅は三雲の未来にヒントを与える。

 曰く、()()玉狛第二には己より適任なやつが居る、と。

 名指しすることはまだ躊躇われる為、どうするかは三雲の判断に委ねるとのこと。

 

 

「自分の弱さを理解して、なりふり構わずいろんな手を考えられるのがメガネくんのいいとこだ。今回も探してみるといい」

 

「わかりました」

 

「じゃ、がんばってね」

 

 

 また一つ、前を向く理由を与えられた三雲(ヒーロー)。彼の中にはもうモヤなど無くなっていた。

 

 三雲は離れていく迅の背中に呼び掛ける。顔だけを振り向かせた迅に、三雲は───

 

 

「僕の弱さが招いた責任は僕が負います。まだまだ迅さんに助けてもらってばかりですが、いつか迅さんに恩返しをしてみせます。

 ()()()()とか関係なく、お世話になったみんなに"倍返し"です」

 

 

 ニッと珍しく強気な笑みを浮かべた三雲に、迅も吊られて口角を上げる。

 

 

「……っ! 倍返しかあー!!」

 

 

 そして、我慢出来ずに迅は大きな笑い声を上げた。

 腹まで抱えて笑い出した迅に、さすがの三雲も先ほど言ったものを取り消そうかどうか迷う。

 

 マグカップを落とさないよう、しっかりと握りながら大笑いしていた迅が徐々に声を落とし、笑いの余韻を残したまま嬉しそうに話し出した。

 

 

「ごめんごめん、嬉しくってさぁ……昔の俺じゃあ考えもしない展開が今なんだよ」

 

「はあ……」

 

 

 要領を得ない迅の言葉に三雲は曖昧に頷くことしか出来なかったが、それでも迅は満足そうに微笑む。

 

 三雲はそれに、よく分からないが迅さんが良いのなら、と無理やり納得した。

 

 

「さ、中に戻ろう。メガネくんもすっかり冷えちゃったしな」

 

「あ、はい。そういえば、今日はこっちに泊まりですか?」

 

 

 階段へ手招きする迅の後ろに続いて三雲も屋上を後にし、降りながらふと思い付いた問いを迅へ向ける。

 

 迅はマグカップに残っていた最後の一口をグイッと飲み干して、冷めてまずくなっていたコーヒーの味に渋面を作ってから問いを軽く肯定した。

 

 

「うん。帰っても良いんだけど、玲は夜間任務だからいないんだよね~。ちょうどメガネくんとの話もあったし泊まるつもりで来たんだ」

 

「夜間任務ですか。僕は入ったことないんですけど、やっぱり大変なんですか?」

 

「慣れたらどうってことないさ。ただ、今日のは玲もキツかったと思うから、明日もし会ったら(いたわ)ってやってね」

 

「はい」

 

 

 三雲の素直な返事に、渋面を崩した迅は明日のことを考えて含み笑いを浮かべた。

 

 幸い、迅が先に階段を降りていたおかげで、三雲が迅の表情変化に気づくことはなかった。

 もしも見ていたなら、三雲は冷や汗をかいてそっと目を逸らしていただろう。

 

 

 


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