三門市に引っ越しました   作:ライト/メモ

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サブタイトルは
『"知らない(悟らせない)"ことは当然である』
です。


八神視点


月曜日 後編

 

 

 2人っきりの食卓とは違う賑やかな食事を終えると、皆仕事の続きや訓練の続きへと戻って行った。悠一は報告書を出す為に二階の自室へ上がって行ったし、林藤支部長は煙草を買いに出掛けた。

 

 

「陽太郎くん、ヒュースと一緒に歯磨きしておいで」

 

「ふむ。だがおれは『ヒーローとつるぎ』をよまねばならぬ」

 

 

 口をへの字にして抗議する陽太郎くんに苦笑する。

 

 『ヒーローとつるぎ』とは、黄道十二星座の神話を子供向けに書かれた絵本である。一ページ毎に感性を刺激する色彩と簡潔な言葉で綴られた冒険は、少年の心をガッチリ掴んで離さない。

 幼い頃に私も読んで大好きになった絵本であり、今でも読み返すと言葉の読み取り方が違うからか、新しい冒険を空想出来たりする魅力的なお話なのだ。

 

 

「"友こうのあかし"のところでハンバーグだったからな」

 

 

 掌をトンと軽く胸に当てた陽太郎くん。

 "友好の証"とは作中に出てくるハンドサインなのだが───

 

 

「違うぞ。"友好の証"はこうだ」

 

 

 間違っていた部分をヒュースが指摘し、陽太郎くんの隣で正しいサインをやって見せた。

 拳を作り、親指だけ立てて胸にトンと当てる。

 

 それを見た陽太郎くんは自分のサインを見下ろしてから、慌ててグーとパーを作ってから正しいものへ変えた。

 

 

「こ、こうだな! さすがはおれのこうはいだ。わたくしもはながたかい」

 

「気に入ってくれて嬉しいよ。プレゼントした甲斐があった」

 

 

 一人称まで変えて胸を張った陽太郎くんが、面白い上に可愛い。思わず微笑んでしまうのを抑えず、私も"友好の証"を作った。

 

 ヒュースが来てから陽太郎くんは外で友人と遊ぶ日が減っている。 

 三雲くんたちが所属したことで以前より人数は増えたが、それでも全員忙しい為、陽太郎くんを連れ出せる余裕がないのだ。形だけの監視もヒュースに必要だから仕方ないことである。

 

 室内にいるのなら、と最近贈ったのが『ヒーローとつるぎ』だ。テレビばかりも疲れるだろうと思って。

 

 

「ヒュースと一緒に読んでくれてるんだね」

 

「フン」

 

「ヒュースにはわたくしがいろいろしこみました」

 

 

 手を下ろしてそっぽを向いたヒュースの隣で、陽太郎くんが得意げに笑った。

 

 驚くことに、平仮名とカタカナを既にマスターしている陽太郎くんならば、ヒュースに文字を教えることも出来たのだろう。

 本当に2人仲良くなったなぁ。もう捕虜というより、支部員のように馴染んでいる印象だ。

 

 

「さてさて偉大なるセンパイ殿、歯磨きをしないと虫歯になります。虫歯になったら行く所があるのだけど、それはどこでしょう?」

 

「……はいしゃ、だ……ハミガキをサボるのはヒーローにあるまじきことゆえ、ヒュースもいこう」

 

「ハイシャ? なんだそれは」

 

「とてもコワイところだ……みんながひめいを上げる、な。ヒュースはまだだいじょうぶだ」

 

「拷問の場か? だが何があろうと俺は情報を喋らないぞ」

 

「ぎゃくにしゃべれなくされるトコだ」

 

「どういう所なんだそれは」

 

 

 陽太郎くんに手を引かれてヒュースもリビングを出て行った。

 

 陽太郎くんからの情報だけだと、歯科医を拷問官だと誤解しそうだな。歯磨きをサボらなければその認識でも良いと思う。

 歯磨きを終えたら2人は部屋に戻って絵本の続きを読むのだろう。何にせよ、私が贈った本を2人が気に入ってくれて嬉しいものだ。

 

 

「さすが陽太郎くん、ってね」

 

 

 機嫌良く布巾でテーブルを拭き終わり、食器の片付けでも、と思ったところで烏丸くんたちがやってきた。

 烏丸くんは相変わらずのポーカーフェイスだけど、三雲くんは緊張した面持ちである。三雲くんと会う時は毎回緊張させている気がするなぁ。

 

 

「玲さん、弟子がいきなり応用をやりたいと言い出したら何て返しますか?」

 

「いきなりだね。うーん……『一時(いっとき)のパワーアップであり、その後の成長を諦めることだ。君は限られた場面でしか活躍出来ず、他の隊員に追い抜かれることも承知とするならば、私ではなく他の人間に師事しなさい。残念ながら私の方針とは違うから』って返すかな」

 

 

 烏丸くんの問いかけに答えれば、彼は頷いて三雲くんへ振り返った。

 

 

「俺も同じ意見だ。新しいことを始める気概は認めるが、基礎を疎かにさせるつもりはない」

 

「……はい」

 

 

 体の横に置いていた拳をギュッと握った三雲くんが、噛みしめるように返事をした。

 

 今のやり取りで大体の経緯を察する。たしか、玉狛第二は前回のB級ランク戦で大敗したのだ。内容はまだ観ていないが、三雲くんが早々に落とされてしまったことは知っている。

 

 敗北から何を学び、何を感じたのか。それらを師匠の烏丸くんへ相談していたのだろう。

 

 

「まぁ、それも踏まえて玲さんに話を聞いてみろ」

 

「ん?」

 

「はい! よろしくお願いします」

 

 

 てっきり先程のやり取りで、訊ねたいことの件は片付いたのかと思っていただけに、そのパスは戸惑うしかない。三雲くんも表情を明るくするし。

 

 布巾を烏丸くんが受け取って「片付けはやっておくので、お願いします」と言われてしまえば頷くしかない。

 ソファーへ座って向かいに三雲くんを勧めた。

 

 

「ありがとうございます。あの、早速なんですけど、僕はスパイダーを使いたいと思っています」

 

 

 三雲くんが本題に入る。先を促すと、少しだけ迷うように彼は続けた。

 

 

「……僕は自分で点を取れるよう先輩たちにお願いして前回のランク戦に挑み、何も出来ずに終わりました。先輩たちの言う通りだったのだと実感しました。

 自分一人の力を実感して、その上で僕は、勝つためにスパイダーを使いたいんです。八神さんはスパイダーのスペシャリストと聞いています。だから話を伺いたくて」

 

「スペシャリスト? いやいや、私じゃないよソレ。人違いだと思うけど」

 

 

 覚えのない肩書きを言われて咄嗟に話を遮ってしまった。思ってもいなかった切り口だけに、首と手まで横に振って全否定です。

 

 しかし、三雲くんも私の反応に冷や汗をかいて驚いている。

 

 

「え!? でも木虎とか嵐山隊はそう言ってて、空閑も八神さんのスパイダーが凄いって」

 

 

 木虎ちゃん? え、本当にそんなことを言ってくれたの? ツンデレっぽいと思ってたけど、デレを見たことがなかったからてっきり嫌われているのかと。

 そうか、とうとうデレてくれたのか。出来れば私の前でデレてほしいです。

 

 空閑くんは、たぶん前に行ったランク戦のことだろうけどさ。

 

 

「修が言ってる通り玲さんは『スパイダーのスペシャリスト』って言われてますよ。もしくは蜘蛛女です」

 

「く、蜘蛛女……」

 

「それはウソですけど」

 

「…………烏丸くん、ちょっと桐絵ちゃんと空閑くんの戦闘訓練に参加してこようか」

 

「片付け中なんで遠慮します」

 

 

 皿を洗いながら会話に参加してきた烏丸くんは悪びれる様子もない。ふざけられる瞬間を見逃さない所を、流石と言えば良いのか呆れたら良いのか。

 

 小さくため息を吐いて気を取り直した。一応、私はスペシャリストと他称されているらしい。なかなか重い肩書きだ。

 

 

「今知ったけどスペシャリストらしい。えーと……スパイダーの何が聞きたい? というか、スパイダーについて知っていることをまず聞こうかな?」

 

「あ、はい」

 

 

 木虎ちゃんに教えてもらったらしいスパイダーの使い方。基礎の基礎という段階であり、さすが木虎ちゃんだと感心する。

 それと同時に、三雲くんはソロでの戦闘よりチームでの戦闘を主体とするのだと理解した。

 

 ある程度話し終え、小さく息を吐いた三雲くんの瞳は強い光が宿っている。

 語調から既に使い方のビジョンを持っているのを察していたが、瞳の方が如実に自信を表しているようだった。

 

 

「なるほど……既にチームメイトと試してみた?」

 

 

 チームでの戦闘主体ならば既に試していなければおかしい。なんせランク戦は水曜日だし。

 

 私の問いに三雲くんは少しだけ表情を曇らせて頷いた。

 

 

「はい。昨日の内に話して短時間ですけど、試しました」

 

「その顔だと納得できない箇所があったってことかな? それで私に連絡したと」

 

「はい……」

 

 

 肯定した三雲くんが述べるその箇所は、スパイダーを張る間隔と張っている最中の己自身のことについてだった。

 

 

「今度の作戦は空閑の機動力と、千佳の新しい狙撃を高めるものです。スパイダーはその起点になります」

 

「うん」

 

「でもまだ噛み合わなくて、それに張っている最中は無防備になるので、そういうカバーの面を八神さんに教えていただけないかと。お願いします!」

 

「わっ」

 

 

 突然ソファーから立ち上がった三雲くんが、勢い良く綺麗な90度で頭を下げてくるものだからビックリした。学ぶ姿勢があることを大切だし良いことだと思う。ビックリしたけど。

 

 ひとまずは頭を上げさせてソファーへの着席を促してから、烏丸くんへ視線を向ける。

 彼もこちらの話を聴いているから流れは分かっているのだろう。ビシッと泡だらけの親指を立てられた。

 ふむ。

 

 

「あの……」

 

 

 視線を三雲くんへ戻すと、戸惑いの表情を浮かべていた。

 うん、ごめんね。頭を下げたのに余所を向かれたらそんな反応になるよね。

 

 

「三雲くん、ちょっと厳しめの言葉を言うよ」

 

「は、はい」

 

「まず、張りの間隔はチーム戦闘なんだからチームで試行錯誤しなさい。なんでもかんでも自分1人で背負わずチームの仲間を頼れ。隊長がそれではチームメイトも1人で問題を抱え込もうとするぞ」

 

「!」

 

 

 何か思い当たる節があるようで、三雲くんは「あ」と小さく声を漏らした。

 

 思春期真っ最中の中学生だし、自分も他人も大変だとは思うけどそこんとこしっかり頑張れ。

 

 

「で、張っている最中の無防備な点だけど」

 

 

 言葉を切って三雲くんを見据えれば、彼はゴクリと緊張で喉を動かした。

 

 

「はっきり言って君の実践不足が原因だ」

 

「実践ぶそく……?」

 

 

 首を傾げた三雲くんに、やはり実感がないのかと嘆息する。

 

 

「三雲くんは自力でB級に上がったわけじゃない。これの意味が分かる?」

 

「えっと……」

 

「前衛ポジションのC級がB級に上がるには、定期的に行われる訓練でポイントを稼ぐか、ソロランク戦で稼ぐかだ。ランク戦で稼いだ方が早く上がれるけど、訓練だけでだって上がれないこともない。

 C級の期間は、あくまでトリオン体に慣れて身体能力を引き出させる為だから、ランク戦で稼げるということは上手く引き出している証拠。訓練だけでゆっくり稼いだとしても、4ヵ月もすればほとんどの人間がトリオン体に慣れて生身以上に行動できる」

 

 

 訓練をサボらなければ、という前提が入るけど。

 

 そう付け加えたとしても、今の三雲くんの耳には届かないだろう。なぜなら私の言っている意味を理解し、愕然としているからだ。

 

 三雲くんは一番最初の入隊試験を、悠一の口添えでギリギリ滑り込み合格という形で受かっている。悠一がひとりで動いていた時期だと思う。

 一応、問題はそこじゃない。その滑り込んだ日にちが、どうやら訓練生説明会の後だったらしい。

 入隊式前に行われるその説明会で、訓練生期間の目的や、訓練用トリガーの使い方と仕様、注意を知るはずだったのだ。だからこそ、三雲くんには中途半端にしか内容が伝わっておらず、隊務規定違反を犯した際もそれを考慮された上に戦功を立てたことで帳消しになった、という大人の事情があったりする。

 悠一がそれも計算しての口添えだったのか、それとも忙しさ故に忘れていたのかは、私にもわからない。でも、先月の大侵攻で三雲くんの存在が必要不可欠だったことは間違いない。

 

 三雲くんが知らなかったのは、私たち上の立場にいる人間の不手際だ。けれど、それでトリオン能力が低い彼ひとりを特別視するわけにはいかない。

 A級を目指すなら、どう足掻いても三雲くんひとりでは無理なことだから。

 

 構わずに続けよう。彼がそれで折れるわけがないと信じて。

 

 

「君のC級時代の成績を観る限り、トリオン体に慣れているとは言い難い。烏丸くんに師事して少しはマシになっているが、まだまだ動作が完結していることが多い。無防備になるのはそういうことが原因だ」

 

「……じゃあ、烏丸先輩がスパイダーより基礎訓練に時間を取っていたのは」

 

「良い師匠じゃないか」

 

 

 烏丸くんは三雲くんの欠点を早々に見抜いて訓練をしていたのだろう。ただ、言葉が足りなくて三雲くんにとって思うような訓練が出来ず、悩んでいたのではないかな。

 

 焦りがあるのは解るけど、急がば回れという言葉があるじゃないか。

 

 

「動かない的に当てるのは簡単だ。その時に君自身が動かなければもっと簡単だろう。でも戦場でそうはいかない。スパイダーを張るにも角度が必要だし、常に周囲の警戒だって必要だ」

 

 

 つまり『動きながら張りたい場所に張る』という訓練が三雲くんの必要とするところだ。

 

 スパイダーの運用については、シュータートリガーと似ているのでそういう面でも、烏丸くんは基礎訓練の方に重きを置いたのだろう。

 

 納得したらしい三雲くんが顔色を戻したので、内心安堵する。三雲くんが思考するタイプの人間で良かった。

 何せ「キミ、基礎の基礎も出来ていないんだから」と言ったようなものなので、もし短気な人間ならキレられていた。それでも言葉を撤回しないけどさ。

 

 

「訊きたいことは以上で良いかな? 頭を下げられた手前悪いけど、師匠の烏丸くんを押し退けてまで教えようとは思わない。それにスパイダーなら同じ支部所属の木崎さんだって使うからね」

 

「え、レイジさんですか?」

 

「そういえばですね。どうぞ」

 

 

 断りの言葉に反応を示した三雲くんと、お盆に紅茶を載せて出してきた烏丸くんも思い出したように呟く。

 

 紅茶のお礼を言って受け取れば、烏丸くんは三雲くんの隣に腰掛けた。

 洗い物は終わったらしい。ありがとう。

 

 温かい紅茶にホッと息を吐く。

 

 

「レイジさんは時々しか使わないので忘れてました」

 

 

 烏丸くんのポーカーフェイスは変わらないが、ちょっとだけ申し訳なさそうな声音だ。君の師匠だと思うんだが。

 

 

「烏丸くんのうっかり屋さんめ。そもそも、スパイダーを罠として使い始めたのは木崎さんが最初なんだよ」

 

「え!?」

 

 

 三雲くんの驚きに隠れているが、烏丸くんもかなり驚いている。

 

 もしかして知らなかったのだろうか。入隊時期からして知ってても不思議はないのだが……あ、そっか。

 

 

「えっと、2人はスパイダーの開発理由を知らない、かな?」

 

「知りません」

 

「たしか『(ポイント)に直結しないから人気がない』としか……そういえばなんで不人気なのに開発されたんでしょう?」

 

 

 首を横に振った烏丸くんの隣で、三雲くんが良い質問をしてくれた。鋭いね三雲くん。

 烏丸くんが知らないのは、単純に彼が前衛ポジションだからだろう。

 

 

「私が入隊した頃の話になるんだけど、って訓練に関係ないけど聞く?」

 

「そこまで話されたら気になります」

 

「ぜひ聞かせて下さい」

 

 

 なんか話がズレて申し訳ない。紅茶で喉を潤してから私はスパイダーの開発理由について話しだした。

 

 そんなに長い話ではない。まず、スパイダーを考案したのはボーダー最初の狙撃手である東さんだ。

 当初は"スパイダー"という名称さえなく、鳴子として使用するべくスナイパーの基本装備として組み込まれていた。

 接近戦ばかりの以前では必要なかったが、狙撃手は寄られたら負けである。なので敵の接近をいち早く察知して、素早く移動する為の小細工が必要だったのだ。

 

 それと言うのも、今でこそオペレーターのサポート技術が向上しているが、初期は人員不足な上にサポート技術もあまり発展していなかった。故に、スナイパーたちは敵の接近を自力で察知する必要があったのだ。

 ちなみに、相手の足を掬ったり絡ませたりする手法は、この時点で木崎さんが始めた。もともとの実戦経験から罠の有用性を認めていたんだと思う。

 

 また、人員不足で早々に実戦登用されていた為に、技術不足を補う意味合いでも使われていた。

 以前では目標と己との距離なんてトリオン体の視界に表示されていなかったので、慣れない実戦やフィールドでは、ワイヤーに等間隔で色を付けて距離や高低差を一目で判るようにする。

 初心者たちはそうやって実戦に慣れるところから始めたんだ。

 

 ガンナーとシュータートリガーが開発されたことで、スパイダーも改めて名付けられ、やっと一つのトリガーとして分けられて登場する。

 分けられた大部分の理由は、スナイパーだけ規格の違うトリガーだと量産の手間となるからだった。

 理由の中には木崎さんが「他のポジションに移るがワイヤーも欲しい」とエンジニアに申請したことも関係していると思われる。

 

 オペレーターの人員が増えた頃にはサポート技術が段違いに進化し、トリオン体の視界に距離が表示されるようになった為、スパイダーの需要がスナイパー内でもかなり減った。

 そして、グラスホッパーという上位互換の登場により、益々需要が減ったのである。

 

 

「それが今日までの簡単なスパイダーの歴史? かな? こういう理由というか裏話を知っているから、私がスパイダーのスペシャリストと言われてもいまいち納得出来ないなぁ」

 

 

 むしろ木崎さんの方が相応しいと思う。たしかに木崎さんは全てのポジションのトリガーを使い分けるので、スパイダーを使うのは稀と言っても過言じゃない。

 それでも扱いはマスター級だから、玉狛支部のA級って本当にエリート集団だよね。

 

 

「基本装備だったんすか。知りませんでした」

 

 

 相変わらずのポーカーフェイスでカップを傾ける烏丸くんに、もうちょっと感情出してほしいな、と思わず考えた。

 

 私は慣れたけど、知らない人から見たら烏丸くんの反応は興味がないように取れるからね?

 

 その隣で「鳴子……等間隔……」とブツブツ考え込んでしまった三雲くんに苦笑する。

 

 昔と今じゃあ仕様が若干異なっているため、映像を見せてもあまり参考に出来ないだろう。

 

 

「今のスパイダーで出来る手を考えた方が良いよ、三雲くん。三位一体の作戦ならチームメイトとの話し合いを大切にね」

 

「あ、はい……? ぼく八神さんに作戦の詳細まで話しましたか?」

 

 

 思考を遮るように声をかければ、三雲くんは一瞬の間を空けて首を傾げた。

 

 それにニッコリと笑って見せる。

 

 

「……もしかして、鎌掛けました?」

 

「いやいや誤解だよ。でもスパイダーを使う時点で、というかここまで話されたら予測出来る」

 

 

 ヒントは随所に散りばめられていた。空閑くんの機動力と雨取ちゃんの新しい狙撃。

 

 空閑くんの戦闘スタイルはスピード重視だ。

 スパイダーを張れば本来ならスピードを落としかねないが、隊長の三雲くんがそれでも張ると言うならスパイダー型の乱反射(ピンボール)が真っ先に思い浮かぶ。"間隔"と言っていたことも大きい。

 

 雨取ちゃんに至っては、最近絵馬くんと仲が良いみたいだし、大変申し訳ないが夢うつつでぼんやりと聞いていた夏目ちゃんの話から、鉛弾(レッドバレッド)の狙撃だと思う。

 人が撃てないという弱点を、そういう形で補ってきたんだ。A級に上がってきた暁には、私が開発提案した狙撃銃を使ってくれないだろうか。現在と変わらないスタンスならば気に入ってくれると思うんだ。

 

 新しい玉狛第二の作戦は、マップによって戦局は変わるけれど、密集した場所でも拓けた場所でも戦えるように構えている。

 

 スパイダーを張ることに技術が要らない、なんてことは有り得ない。

 場所やタイミング、敢えて見せる囮に、隠す本命、視覚・聴覚・触覚などに訴える罠。汎用性の高いトリガーだからこそ、使い手の機転やチームの連携次第で持ち味が変わるんだ。

 

 しかし、現段階の三雲くんはまだまだ荒削り。B級隊員として上手くスタートが出来ていない彼に、基本以上のことを要求するつもりはない。

 

 そして私の事情としても、玉狛支部所属の三雲くんに多くを教えることは出来なかった。もう少し前の時期ならば可能だったけれど、それでも師匠と弟子のようにきちんと教えることはかなわない。

 "教えてほしい"という真摯なお願いを、スパイダーの歴史なんてものを語って、木崎さんに押し付けて誤魔化した自覚はあった。

 

 

「個人の技量も重要だけれど、チーム戦で何より一番大切なのは、味方の邪魔にならないこと。足手まといにならないことだ」

 

 

 大侵攻の最後に足を引っ張った私が言えることじゃあないけどね、と付け加えて肩をすくめる。

 

 

「高みを目指す姿勢は、烏丸くんが言った通り好感が持てるよ。けど、上を見過ぎて目の前の壁を忘れてはいけない。1人で越えられない壁は仲間と協力して越えるんだ。隊長が声を掛けてくれないと、メンバーは足並みを合わせられないものさ」

 

「隊長に強さは必要ないってことですか?」

 

「強さの形はそれぞれ、かな。現に私の所属する冬島隊は隊長が攻撃手段を持っていないし。でも、そんな隊長がいるだけで作戦が変わる」

 

特殊工作兵(トラッパー)の冬島隊長……」

 

「他にも草壁隊はオペが隊長だ。そういうチームがあるからこそ、隊長が強くなきゃいけないなんて誰も思っていないよ。選択肢は無限大ってね」

 

 

 悪いけど、現時点で私が三雲くんへ言えるのはこれくらいが限度だ。

 

 罪悪感を心の底へ押し込んで、ニヤリと挑発的に笑ってみせる。

 

 

「だから、玉狛第二には皆が注目している。三雲くんがどういう隊にしていくか、楽しみで仕方がないんだよ。それに、スパイダーはB級ランク戦ではあまり観ない手だ。作戦の成功を祈っている」

 

「! はい!」

 

 

 話しだした初期と程遠い、迷いの晴れた顔で三雲くんは強く頷いた。

 

 烏丸くんと三雲くんの後方にある扉が開いていて、そこから顔を覗かせていた空閑くんと雨取ちゃんも、グッと拳を握って見せてくれた。

 中学生組って本当に癒やされるなぁ。

 

 

 


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