苦手な方は*まで飛ばして下さい。
※部屋(迅)を軸とした三人称
八神視点の一人称
草木も眠る丑三つ時。
控えめな音量の着信音がナイトテーブルの上から響く。
「んン……」
枕に額を押しつけて八神が反応する。しかし眠気を完全に払うことは出来ず、目を閉じたままもぞもぞと手を伸ばした。
だがその手もすぐに毛布の中へ戻る。室温は暖房によって温められているが、素肌を包む毛布の方が温かいのは道理。動いたことで隙間から外気が侵入し、八神は寒さにふるりと体を震わせた。
それでも響く着信音に、八神はそのままもう一度手をさ迷わせたが、それがナイトテーブルへ届くことはなかった。
「ふぁ、っ」
風呂から戻ってきた迅によって伸ばした手は絡め取られ、濃厚な口づけをいきなり始められたからだ。
うつ伏せ状態からひっくり返された八神は突然の事態に瞼を上げるが、抜け出せるわけもない。
下半身にだけ服を身に着けた男は、風呂上がりの火照る体で白い肢体に覆い被さり、柔らかさを堪能する。
寝ぼけた頭に性急な快楽をぶつけられ、八神の意識から着信音が除外された。
最初に逃げていたこともすっかり忘れて熱い体温に縋り、自分から「もっと」と強請るように求め始める。
「はぁ、はぁっ」
唇を解放された時には頬は上気し、肩を動かすほど息を乱し、余韻で身体を震わせる。
艶を帯びた女の姿に、迅は機嫌良く笑って見せた。それさえも敏感に反応する八神を視覚で愉しみ、更なる快楽へ堕とす為に右手を動かした時、迅は再び鳴り響いたスマホを見て小さく溜め息を吐く。
八神の上からゆっくりと体を退かし、左手は華奢な指先と絡めたまま右手をナイトテーブルへ伸ばしてスマホを掴む。
気の進まないながらも迅はベッドの縁に腰掛けて通話を始めた。
「もしもーし冬島さんこの時間は非常識ですよー」
八神のスマホを操作した迅が──ついさっきまでの艶を完全に隠した──平常と変わらない声音で相手に苦言を入れる。
『あ? 迅? 冬島さーん、なんか迅が出たけどーってダメだ。あのオッサン落ちたわ』
「げ」
通話口から聞こえてきたのは太刀川の声だった。冬島からの電話だったはずが、一番可能性の低かった太刀川からの電話に変わってしまったらしい。
これからの会話を察して、迅はせっかくの官能の火が徐々に治まっていくのを感じた。
けれど未来視では電話を切っていない己がいて、どうするべきか選択に迷う。
『"げ"ってなんだよシツレーな奴だな。つーか、八神の電話になんでお前?』
「冬島さんので電話してる太刀川さんには言われたくないなー」
『おれはいいんだ。この際お前でもいいや。ズバリ、今なにしてる?』
太刀川の物言いに迅は「この酔っぱらい面倒くさい」と深い溜め息を吐いた。
通話口の向こうからはガヤガヤと騒がしい声が響き、太刀川と冬島を始めとした大人たちが、非番を利用してどこかの居酒屋で集まっているのだ。
この電話に意味はなく、迅としては早急に切りたい。
だが、切ってもしつこく鳴らしてくる未来が確定しており、スマホの電源を落とせば家に突撃してくる未来がうっすらと視えて肩を落とした。
『ナニか? ナニなのかこのバカップル1号め!』
「彼女がいない太刀川さんには縁のない言葉だよね」
『うるせー!』
「男ばっかりの居酒屋で何してるんですかー?」
『そりゃあ居酒屋なんだから酒飲むしかねーだろ』
「……うん、ソウダネ」
煽り返したらマジメな返事が酔っぱらいから出てきて、迅の気分はどんどん萎んでいった。何故よりによって太刀川なのか。
絡めていた左手がそっと解かれる。
彼の気持ちを八神が察したのかどうかは、背を向けている迅にはわからなかった。通話中に続きが出来るわけもなく、追いかける気にもなれなかった迅は背後から聞こえ始めた衣擦れの音をただ感じていた。
されど残念な気持ちは当然あるので、未練がましく同行者たちに早く暴走を止めてくれ、と願うも太刀川のトークは続く。
『そういえば前から思ってたんだけどよぉ』
「もう帰って寝なよ」
『どーせー中ってエロ本どうしてんの?』
「うわぁ……マジで聞いてきたよこの人。ん?」
酒の力と深夜テンションで下世話な爆弾を投げてきた太刀川にドン引きしている迅の胸に、するりと細い腕が回された。
次いで布越しの柔らかく温かいものが背中に当たる。
首を動かして振り返ると、ちょっぴり拗ねた顔の八神と目が合った。
そして迅と目が合ったと解った途端、表情をころりと笑みに変え、迅の胸から片腕を外して「しーっ」と静かにするよう悪戯っぽくジェスチャーする。
かわいい、と迅が考えた瞬間に通話口から『どうした? エロ本探しか?』という太刀川の声が聞こえてきて頭を抱えたくなった。切実に電話を切りたい。
「っ」
柔らかな唇が肩へと触れ、ちゅ、と可愛らしいリップ音を発して離れた。そして少しだけ場所をずらしてまた触れて、離れるのを繰り返していく。
今朝まではまともに音が出せなかった八神だが、コツを迅によって教えられた彼女は成果を見せるように背中へ口づける。
『おい、マジでナニ中なの? おれジャマか?』
「そりゃあもう思いっっきり邪魔だね。はやく寝たいから切るよ」
『まてまて寝るな! 切ったら乗り込むぞ』
「心の底から面倒くさい」
八神によって官能の火へ薪がくべられているのに、太刀川のせいでいまいち燃え上がらない。
何の拷問だ、と迅が眉間に皺を寄せたところで、キスがだんだんと下へと降りてきているのに気づいた。
肩から始まった口づけは項へ移動し、背骨を辿るように唇でなぞる。
後ろから胸へと回されていた手も、唇と連動するように肌を撫で、少しずつ下がってきた。
『ねるなよじん~聞けって』
「……寝てないから勝手に話しててクダサイ」
恐ろしい拷問が始まった、と迅は内心で呟く。
ゾクゾクとした期待で下半身へ熱が集まるが、
『さいしょは風間さんに電話してたらソッコー切られてよぉ。もっかいかけたら着拒されてんの。しょっくだ』
まだ飲酒を続けているらしい太刀川は、だんだんと呂律が怪しくなっていく。はやく寝ろ、と内心で応えながら迅は相槌を打った。
ちゅッと可愛らしいリップ音が聞こえるが、行動は決して可愛くはない。
いや、迅にとって八神が可愛いことに変わりないが、いつもとは違う悪戯に気が気ではないのだ。
嫌ではない。
ただ、何故このタイミングなのかと問い質したい迅だった。
既に背中の中ほどを過ぎて腰へと差し掛かり、指先も腹をやんわりとなぞる。
「!」
迅は辛うじて声を我慢することが出来た。
『あ、えだマメ追加でー。そういえばきな粉もちある? まじ? じゃあそれも追加で』
いきなりチクリとした刺激が、迅の腰を襲ったのだ。
迅が振り返ると同時に、腹に回されていた腕もするりと抜かれて背後の体温も離れてしまった。
八神は振り返った迅へ視線を向けることなく、ベッドから降りて脱ぎ散らかされていた衣類とタオルを拾う。
八神が現在身に付けているのは、迅が風呂に入る前に脱ぎ捨てていた緩いタイプの長袖シャツ1枚のみ。所謂"彼シャツ"状態だった。
視線に気づいた八神が顔を上げる。
「……ばか」
しかしその顔は不満そうにそっぽを向いた。
先ほどまで熱烈に背中へキスしていた赤い唇は、彼女の心情を表すように尖っている。
男物のシャツで丈や袖には余裕があるが、豊かな胸に押し上げられて前側の裾は心もとないはずだと迅は咄嗟に視線を滑らせた。
だが男の期待を嘲笑うかのように、拾った衣類とタオルで完璧にカバーされて隙などない。
されども女体特有の柔らかな曲線は服の上からでもはっきりと確認でき、迅の性癖に訴える括れから尻のライン、白く伸びる生足は彼を裏切らなかった。
そんな迅の邪な視線がわかった八神は、衣類とタオルをきゅっと抱きしめて男を不満げに睨む。
「えっち」
抱きしめることによって胸が寄せられ、しかし衣類とタオルでふにゃりと柔らかく潰れる。動きに連動して腰下の誘惑も増す。
そして何より、不満そうなのに"えっち"と可愛く詰ってくる様は、実に男心を擽る。
魅力的な光景に、迅の耳は一時的に太刀川の声を拾わなくなっていた。
迅が怪しい笑み──見る人によっては悪役のような──を浮かべ、手を伸ばす。
だが、八神はフイと顔を逸らしベッドから離れていく。
「玲っ」
「おふろ」
迅が名前を呼ぶも、八神は振り返ることなく寝室を出て行った。
『おねーさんもちウマいわ。ど? おれと今度もち焼かない? おれのもちもウマいよ?』
「…………」
『えーいやぁオヤジさんはいいって。おれはおねーさんといたいんだって』
太刀川の下手くそなナンパ台詞が通話口から響く。
虚しさとやるせなさが同時に迅を襲い、けれど、高ぶった下半身を持て余す。
───俺がいったい何をしたんだ。
理不尽な仕打ちに、迅は盛大にため息を吐いた。
そしてすぐに、ふつふつと怒りがこみ上げる。このウラミを晴らさずにいられるか。
「太刀川さん」
『んぁ?』
「明日ランク戦しよう」
『マジか!? よしやろう!』
「うん、明日やるから電話切るよ。むしろ電話切らないとランク戦しない」
迅が言い終えるや否や、通話はあっさりと切れた。
迅はそれを無表情、かつ、据わった目で確認して電源を落とす。スマホをナイトテーブルへ置くと、ゆっくりとした足取りで風呂場へと向かった。
「先ずは1人目」と呟いた男の顔を見て、洗濯機を操作していた八神は「ひっ」と怯え、真夜中の浴場で高い声が響くのだった。
熱を解放し、頭の熱も幾分か冷めた迅は、電話の途中から視えていた未来をやっと冷静に視ることが出来た。
「なんでそうなる……いや、でも、ああすればまだ」
ややこしくなった未来に頭を抱えるしかない。
そして最終的に達観した迅は、腕の中にしっかりと八神を抱き込んで眠りへ落ちた。
*
端末にPDF形式で入れた情報へ目を通しながら、本部基地の通路を歩く。
完全に端から見たら歩きスマホ状態だ。いや、大きさ的にスマホよりタブレットに近いから歩きタブレット……どうでも良いか。
周りを見ないで歩くことは危険だが、悠長にベンチで座って読む時間も惜しい。早く昼食も終わらせて外へ行かなくては。
そこでポケットに入れていたスマホが震え、その振動の長さから着信を伝える。
画面に表示されたのは"冬島隊長"だった。
「はい、八神です。どうかされました?」
左手に端末を持って、右手でスマホを耳に当てながら応答すると、少し嗄れた声の冬島隊長が『おう』と答えた。
『あー……夜中に電話かけて長時間しゃべったみたいなんだが、わりー……記憶にない』
声だけでかなり困っている冬島隊長の様子がわかって、思わず苦笑する。記憶にないって、当たり前のことですから。
「それ、太刀川さんですよ。なんか隊長のを使って私に掛けてきたんですが、悠一が対応していたので内容は知らないです」
『あのヤロ……! てっきり俺は酔っぱらって迷惑かけたのかと心配したじゃねーか。迅が対応したってのは?』
「良い子はあの時間寝てますから」
『へー。にしては、おまえ声が掠れて』
「コホン! それ以上言えば隊長と太刀川さんが揃って声を嗄らしてるって話を本部で流します」
『ごめんなさい』
セクハラに入りかけた冬島隊長に釘を刺せば即謝ってきた。噂話は最初になんてことはないネタから、最終的に尾ひれ背びれ胸びれが勝手に生えてしまうものだからね。
『マジでやめろよ。今日は本部にいねーから鎮火もできないんだからよぉ』
「太刀川さんは居たのでチャンスですね」
『なんのだ。太刀川いんのかよ。俺よりも飲んでたはずだぞアイツ』
「そうなんですか? あ、用件はそれだけですか?」
『ん? ああ、それと最近エンジニア内でも鞍替えかと噂されてるぜ』
「あー、やっぱりですか。通りで情報が入りにくいと思ったんですよ」
ため息を吐こうとして、電話越しにため息はかなり失礼だよな、と思い直して止める。眉間に皺が寄ったけど。
『早めに対処を打てよ』
「はい。忠告ありがとうございます」
第二次大規模侵攻直前に
それに、記者会見や空閑くんの件など玉狛に寄り過ぎている自覚があった。空閑くんの件はプライベートの時間を利用していたが、本部内で動いていたから隠すなんて無理。
今回の作戦に乗っかる形で対処はしているので、一応の解決の目処は立っているけれど。
それでも、こうして忠告してくれる隊長の存在に改めて感謝した。
『仕事中に悪かった。じゃあな』
「お疲れ様です」
忠告以外に大事な用件はなかったようで、通話はそこで切れた。
さて仕事に集中しよう。流石に電話しながら&資料を読み込みながら&歩きながらの3コンボはバランスが悪かった。
スマホをポケットに突っ込んで2コンボに戻し、通路を進む。
先ずは隊室に寄ってからお弁当を食べて、それまでに資料を読み終えてしまわないと。外へ行くのに端末は邪魔だし、隊室に置いて身軽になってから行きたい。
足を進めている途中で盛り上がる声が耳に届いた。
「?」
ランク戦ロビーから響くそれに首を傾げる。今日は火曜日だからB級ランク戦ではないはずなのに、何故そんなに盛り上がっているのか。
気になって足を運べば、理由が解った。
太刀川さんと悠一が個人ランク戦をやっていたのだ。戦績は2ー4で悠一がリードしている。
ロビーの入口で足を止めた。
モニターに映される実力者2人の攻防を、ロビーにいる全員が見上げて注目している。
「……いいなぁ、っ」
ふと気がつけば口から突いて出ていた言葉に、咄嗟に口を手で覆った。
でも誰も聞いている人間はいなかった。良かった。
視線をモニターへ戻して、心に浮かんだ──羨望を認める。
弧月の太刀川さんに対して、悠一はスコーピオンを振るう。
小細工なんて一切行われない純粋な接近戦。瞬きさえ惜しい、否、許されないその攻防戦に誰もが魅了されていた。
互いしか目に入っていない──個人ランク戦なので当たり前だが──彼らの瞳は獰猛に輝き、無意識だろう酷薄な笑みさえ浮かべて刃を合わせている。
耐久力に劣るスコーピオンが弧月と接するのは一瞬。
その一瞬で、悠一も太刀川さんもそれぞれが心を読んだように動きを変える。それは殺陣かと思えるような合わせ技に見えた。
いつまでも見ていたい。
そんなの見たくない。
相反する想いを胸に抱え、視線を引き剥がしてロビーに背を向ける。再び隊室へと足を動かした。
「なんだろ、引きずってるなぁ」
昨日というか日付的には今日のことだろうけど、夜中のことを思い出す。
キスしてくれたのに、途中で太刀川さんとの電話優先されたし。頑張ってこっちからキスをいっぱいしたのに電話止めてくれなかったし。
口にしなかったのがやっぱりダメだったのかな。でも悠一も嫌がってなかったと思う、けど……太刀川さんとの電話に集中して嫌がる素振りも面倒だったとか。
電話ってランク戦のことだったのか。それなら早く返事すれば良かったのに……ダメだ!
頭を振ってぐだぐだとしたバカな考えを追い出す。嫉妬とか重いだけだし、それこそ面倒だから!
「……でもちょっとベタベタし過ぎたかもしれない。これからは控えよう」
八神玲は自重を覚えます。
家の中なら、と私は思ってたけど悠一にとってはしつこかったのかもしれない。
我慢しないとは考えていたけど、悠一の負担になるような嫉妬とか重い感情は要らない。前みたいにサバサバしてるくらいが丁度良いはず。
でもでも、キスくらいは許してくれないかなぁ。ううん、それこそ自重だな。付き合ったばかりじゃないんだし、もうそんなバカップルみたいなことはしません。だけど"おはよう"とか"いってきます"のキスはしても良いのかな? むしろそれ以外でのキスはアウト、とか。
いやいや落ち着きのあるカップルはそんなこと……落ち着きのあるカップルってなんだろう。キスをしないとか、手も繋がなくて、会ってもお互いに挨拶程度しか話さないとか? それは、すこーし……ちょっぴり悲しいような、他人のような。
心の中で誓ってみるが、だんだんと思考が迷走し始めて混乱する。
あれ? 結局どうすればいいんだ!?
「こんにちは玲さん」
「こんにちはー、八神さん?」
途方に暮れようとしていたところで、那須ちゃんと熊谷ちゃんに声を掛けられた。
熊谷ちゃんは鋭く私の混乱を察したらしく、首を傾げられた。さすが姉御ポジション。
「こんにちわん!?」
なんとか思考を停めて挨拶を返そうとしたところで、那須ちゃんが勢い良く正面から抱きついてきた。
「うぅ……やっぱり同じ名前なのに不公平です」
「玲、あんたね……」
私の胸に顔を押し当てた那須ちゃんのセリフに、熊谷ちゃんが呆れていた。
私も空笑いを返すしかない。女の子同士だからこそのスキンシップだけど、あんまり揉まないでほしいです。
「えーと、毎回のことだけど一応言うね。いきなりのわし掴みは止めましょう。それに大きくても重いし肩凝りで辛いよ? ね、熊谷ちゃん」
「確かに重いですね……走る時とか邪魔ですし」
「もうっ! 2人して持っている者の余裕なんだからっ」
熊谷ちゃんの同意を貰えたところで、胸から顔を上げた那須ちゃんが頬を膨らませた。かわいい。
「まぁまぁ。でも私は那須ちゃんみたいな美人に生まれたかったよ」
宥めるように頭を撫でると、今度こそ彼女はむぅと不満を主張した。あ、やってしまった。
「名前」
「いや、その……」
「私だけ呼ぶの不公平です」
ぎゅうっと抱きついたまま上目遣いで睨まれる。怖くはないけど、罪悪感がハンパない。
ボーダー内でファンが多い那須隊の2人に囲まれた上に、隊長な美少女に抱きつかれている。もし私が男だったら刺されること間違いなしの状況だよコレ。
美少女の上目遣いを、頭を撫でていた手でやんわりと遮ってみる。
わぉ、お肌すべすべもちもち……思考が脱線した。
「ごめんね。自分の名前に"ちゃん"付けしてるみたいで違和感が強くて。だから苗字で呼んでい」
「でも迅さんと結婚するんですよね? なんか騒がれてましたし」
熊谷ちゃんの援護口撃が私を襲う。記者騒動はもう終わったことだと思ってたのに、そんなことはなかった。うぅ、75日って遠いよ。
隊員の援護を受けた那須ちゃんが子犬のように頭を振って私の手を払うと、通常よりキラキラとした瞳で見上げてくる。
こんなの可愛いに決まってるじゃないか!
「結婚したら『八神』じゃなくなりますよね? 『迅』だと被っちゃうので今のうちから名前呼びがいいです。だから私のことも名前で呼んでください」
「迅さんが『八神』になっても結局は被りますし、観念して下さい。玲はこうなったら頑固ですから」
このコンビ強い。さすがだよ。
那須ちゃんが最後の一押しとばかりに「だめ、ですか?」と腕の中で小首を傾げてきて、もう降参です。
ついでにハンズアップもしてみるけど、密着は解かれなかった。制服越しだからそんなにボリュームないと思うんだが。
「降参です。ちゃんと名前で呼ぶよ」
「じゃあ練習です、玲さん」
「……玲ちゃん」
改めて面と向かって呼び合うのって気恥ずかしいな。なんだか、その、迅を悠一と呼び変え始めた頃の心境を思い出す。
『玲ちゃん』と呼べば彼女は嬉しそうに微笑むものだから、こちらも自然と顔が緩む。
「玲さん」
「なにかな、玲ちゃん」
「玲さん」
ふんわりと微笑む玲ちゃんが一心に名前を呼んでくれて、照れがまだ残るけど私もお返しに名前を呼ぶ。
「玲さん」
「玲ちゃん」
「っお見合いか! 2人とも見てるこっちがむず痒いから!」
少し楽しくなって呼び合っていたら熊谷ちゃんに止められた。
玲ちゃんと目を合わせる。よし、わかった。
私たちは体を離すと、素早く熊谷ちゃんの両脇を固める。
「そんなに怒らないで友子ちゃん」
「放ってごめんね友子ちゃん」
「な、なんで玲まで名前呼びなの」
「たまには、ね? わたし友子って名前、好きよ」
「響きも字も素敵だよね」
動揺してちょっぴり照れた友子ちゃんが可愛くて、玲ちゃんと一緒に微笑む。
「うぅ、W玲がいじめる……」
すると、友子ちゃんは両手で顔を覆って隠れてしまった。少しやり過ぎちゃったかな。
体を離して謝罪すると、友子ちゃんは手を外してはにかんでくれた。
玲ちゃんもその隣で嬉しそうに微笑んで、これからも名前で呼ぶことを念押しされる。
「ちゃんと呼ぶよ。玲ちゃん、友子ちゃん」
美人さんな2人が微笑むと周囲が輝いて見える不思議。絵になるなぁ。
「じゃあ、あたしたちこれからランク戦してきますね」
「玲さんと話せて元気もらいました」
「元気を貰ったのはこっちだよ。うん、休憩しながら頑張ってね」
ランク戦ロビーへと向かう彼女たちに手を振って別れた。
時間を確認すると、当たり前なことに予定していた時刻を過ぎていた。
ため息を吐くけど、玲ちゃんたちと話したことに後悔はない。
移動を再開する。
誰かと話すことで、ごちゃごちゃしていた思考を上手く切り替えられた。2人には感謝しかない。あのままだと仕事にも支障を出していたかもしれないのだ。
仕事も恋愛も焦ってはいけない。初心を忘れるべからず。
昔みたいに油断して
タイミング良く私は今日から本部基地へ泊まり込みだし、第一作戦後の予定でも数日は家に帰れないはずだ。
その間に頭を冷やして初心へと立ち返ってみよう。
真夜中の電話にロクなものはない(経験談)
初心へ返ろうとして迷走する方の玲。浴場で襲われるという字面だけならホラーシチュも有り得る。
事後に冷静となった迅。とりあえず太刀川さん絶対ゆるさないマンと化した。
ポイントを毟り取られながらイキイキする太刀川。ナンパは失敗、トリオン体解除でモチを吐く。
やっと登場させられた妹属性が付与された病弱美人な方の玲。おそらく末っ子。
姉御に見えていじられ妹ポジとなった熊谷。おそらく次女。