『那須隊が敵性
プロモーション・クイーンを続けていると、真木ちゃんから朗報が齎された。
内部に侵入していた敵性近界民は3人。
那須隊はその中の1人を分断させた上に、今回の任務を知らされていないC級や一般職員などに悟られることなく、撃破を成功させてくれたらしい。
さすが頼もしいね。玲ちゃんの体調が心配だけど、それは終わってから確かめよう。
『エース機変更。いえ、後退します』
何十本目かのスパイダーを踏んだ時、エース機が2体とも下がっていく。
仲間がやられたことで何かしらの変化があると予想していたが、エース機だったか。
エース機は私を追うのを止めて基地側へと向かっている。基地周辺は撃ち合いメインだ。邪魔されるのは避けたい。
罠を幾つか作動させようと、視界のマップに焦点を合わせかけたところで、冷見ちゃんを通して二宮さんから通信が入った。
『こちら二宮。八神、エース機はアタッカーに任せる。お前は奴らが一気に後退した時に備えて数を減らしておけ』
『! 了解です』
伝えられた二宮さんの指示に応えてバックワームを起動し、基地へ向けていた足を方向転換した。
エース機が来ないのならプロモーション・クイーンより、安定した狙撃ポイントからの狙撃へと移行しよう。
変わらず足での移動だけど、狙撃に余裕が出るのは大きい。
第一の狙撃ポイントへ到達。
『こちら三輪隊の月見。Kー7番からKー12番までの罠を貰います』
『冬島隊、了解』
イーグレットのスコープを覗いている最中に、蓮ちゃんからの宣言が隊の回線を通して伝えられる。
真木ちゃんが応答したのを機に、視界に映されていたマップ上から罠ポイントの一部に×印が付けられた。
罠をすべて把握しているのは中央オペレーターたちと冬島隊な上、主に作るのも使うのも私なので、こういう伝達があると非常に助かります。
と言っても、前もって宣言するのは蓮ちゃんぐらいなんだけど。他の隊は戦闘がひと息ついてから使用報告を入れてくれる。
それでも全然構わない──むしろそうとしか考えていなかった──のだけど、蓮ちゃんだけはその慧眼を持って宣言通りの物しか使わない。
同じ師匠を持つ者として憧れるし、同性としても見習いたい女性の1人です。
スコープの中は、盾を重ねて行進する人型トリオン兵3体の側面。
意識がスッと落ちた感覚。余計な思考と情報を削ぎ落とす。
引き金に掛けた指先へ繋がる神経だけが妙に熱い、錯覚。
まだ。まだ、まだ───3体の頭部が重なる。
「ヒット」
1発で3体のコアを破壊することに成功。イーグレットを起動したままバックワームを翻して即座に移動を始める。
右腕に巻きつけたスパイダーへチラリと視線を落とした。
撃ち抜けたけど、3体目は微妙に着弾箇所がズレていたように思う。構えを少し修正するか。
三つ編み部分がなくなったせいで心なしか頭が軽い。トリオン体に重さはあまり関係ないはずだが、これも日頃のイメージ感覚だろうか。
やっぱり
でも髪留め……いやいや、さっきの戦闘で自覚したけど物に執着してると危険だ。完全に無意識の執着だったな。うーん、指輪とか戦闘体に着けられそうにないぞ。
次の狙撃ポイントに着いた。
胡座をかいて上半身を前へ倒した座射姿勢。
「ヒット1……ヒット2」
1発目も2発目も狙いは違わず。構えの修正はこんなものか。
座射を崩し、その場から3mほど移動して片膝を着いた膝射姿勢。
「ヒット」
イーグレットを抱えて移動。
撃てば当たるってほど敵の数はいないし、建物で射線が限られるし、何気に人型トリオン兵の行動プログラム精度が高くて面倒だな。
でも、以前に当真くんと2人で強行した殲滅戦よりは楽だ。
正直あれはもう二度と立ちたくない、立たせたくない戦場の一つである。私の腕が足りないばかりに、年下の当真くんへ任せきってしまった。当真くんが「エースとしてとーぜんだろ?」と笑ったのに、私がどれだけ救われたことか。
今でも思い出すと情けなくて涙が出そうになる。ダメだな、なんで感傷的になってるんだか。
「ヒット」
それでもスコープを覗いた瞬間、思考が切り替わる。
当真くんや奈良坂くん、東さん、他にも尊敬するスナイパーたちには遠く及ばずとも、私だってスナイパーだ。感情とは別に指先を動かすことは普通にできる。
与えられた役割に徹し、移動を繰り返しては次々と引き金を引いた。
プロモーション・クイーンより時間を置いて集中する為、撃つ度に精度は上がっていく。移動スピードは格段に落ちたけど、2体ずつとか3体ずつとか貫通させているので殲滅スピードはちょっと落ちたくらいだ。
トリオンの節約にもなっているので安定している。
『三輪隊が敵性
どうやら蓮ちゃんが宣言した通りの罠の数で、近界民を追い込んで仕留めたらしい。
罠を囮にしたのかな。三輪くんの
むしろ罠の方が邪魔だったのでは、と心配になったがすぐに「蓮ちゃんの策なら最良に決まってる」と思い直す。尊敬する東さんの弟子仲間が2人も三輪隊には在籍しているのだ。私が戦闘や作戦面で心配するのは烏滸がましいだろう。
基地周辺の戦線では笹森くんと辻くん、木虎ちゃんと黒江ちゃんのペアがそれぞれエース機を引き付けている。
相対した当初に黒江ちゃんがエース機を倒したことで、また新しいエース機1体が発生した。どうやら倒したら増えるってわけじゃないようだ。
もしもを考えて私が3体同時に相手をするのは厳しかったから、黒江ちゃんの戦果は貴重な情報である。
エース機を一気に出されたら戦局はあちらへ傾くけど、場に出ているノーマルな人型トリオン兵に色が移っていくだけ。無限コンテニューかな? 一応残機があるから無限ではないのか。
憑依、は言い過ぎだから単純に遠隔操作系のトリガーかな。
遠隔操作という点では私の繰糸も似たようなものだが、スパイダーよりも出来る幅が広い。バンダーやモールモッドとは違い、人型トリオン兵なので操作性に違和が少ないことも大きいだろう。
最初は双子や血縁者が操作しているのかとも考えたが、天羽くんの言い方からして違うみたいだ。
一応、私が第二次大侵攻時に証明したような方法で、1人の人間が人型トリオン兵を同時に操作出来る理論はある。
されどあそこまで精密な動きは難しいはず。いくらこちらの世界よりもトリガー技術が発展しているとは言え、操作しているのは私たちと変わらない人間だからだ。
ともあれ、ガロプラとロドクルーンの詳細なトリガー技術がない現時点では『1人で2体を精密に操作出来る』という推測までが限界か。
どれだけ並列思考処理に優れた人間でも、機械じゃない限り操作に意識が取られるのは必至。
しかも相手をしているのは技巧や機転力の高い木虎ちゃんたちだ。スナイパーの私に倒されるくらいのエース機1体ずつなんて、前衛が本職の彼女たちなら楽に相手を振り回せるだろう。
せっかくの余裕だ。思考を回そうか。
おそらく、エース機を操作している者は人型トリオン兵軍の指揮をしていない。三輪隊が相手にしていた近界民もどうやら違った。内部侵入組が指揮するには、人型トリオン兵軍の連携が的確過ぎる。
もう1人、もしくは2人が表に出ているはずだ。
「ん?」
『警告。敵6体が真っ直ぐに向かっています』
『了解』
基地へ向かっていた内の6体が、マップ上で私の方へ駆け始めた。動き始めた初期地点からして、もしかしてこの中に近界民がいるのだろうか。
しかしそうであっても、判断が遅いぞ、と思わず考えてしまう。
戦況が不利に傾いてから私を撃破することにしたようだが、それはエース機を出した時点でやるべきだった。タイミングが悪いと言わざるを得ない。
いや、むしろそう思わせることが狙いか?
反応の全部が近界民だったりするなら最適解だと思うが……基地側の戦線を放り出す意図が不明だ。
エース機との攻防戦は相手も知っているだろうし、それを加味しても私を逃がすことなく消耗もそこまでしないトリガーの持ち主とかも有り得る、のか?
けど、正直やぶれかぶれの行動にしか見えない。もしこの懸念を抱かせることが相手の策なら、成功しているぞと伝えてあげたい気分だ。
バカにしている気持ちも多少あるが、どういう相手か未だ判明していないので油断はしない。
結論としては「どういうトリガーだろうと問題ない」と考えるが、すべてが近界民だった場合も想定してこの辺り一帯を罠だらけにしよう。私が突破された後に易々と市街地へ向かわれては面倒だからね。
私自身そう簡単にやられるつもりはないし、やられるにしても出来るだけ相手の手札を暴いてから
よし。わざわざこちらへ飛び込んできてくれるなら、ポイントへ誘導して仕留めてやろう。地形戦でこちらに勝てると思うなよ。
『こちら諏訪だ。援軍はいるかぁ?』
『こちら八神。いえ、そちらの数を分断させることが狙いかもしれないのでそのままで。私1人が落ちても戦線には響きませんし、市街地の被害は出ないと予想しています。むしろ玉狛第一のトリガーで殲滅速度上げて泡吹かせてもいいですよ?』
『了解了解っと』
小佐野ちゃんを通した諏訪さんからの通信。
先に二宮さんから指示が飛んできたから、てっきり二宮さんが指揮しているのかと思ってた。
けどよくよく考えてみたら、東さんがいない中で加古さんが二宮さんの指示を素直に聞き入れるわけがなかった。その場に居てくれてありがとうございます諏訪さん。
さて、切り替えよう。
諏訪さんに伝えた通り私1人が落ちても問題ない。
罠を増やすことが出来ないってくらいがデメリットかな。でもそれも冬島隊長を通せば簡易
張り巡らせたスパイダーも中央オペレーターたちが分担して操作しているから、敵をタダで市街地へ出すこともない。出そうになればトラッパーのワープで先回り出来る。
支障が一つだけ。
このまま
「……心配がなくなったな」
マップ上で6体が足を止めた。相対するのは、
『訓練用トリガー反応。ダメです、監視カメラに映らない場所です』
真木ちゃんの声音も少しだけ固くなる。
そして上へ告げて
中央からの合図は未だ無し。
この闘いはただの通過点だ。次へ繋げる為の闘いだ。今攻めてきている相手には悪いが──悪いとはこれっぽっちも思っていないが言葉の綾である──私たちボーダーは先を見据えている。
望む未来の為に利用させてもらう。
息を深く吐いて、覚悟を固めた。
これから行うのは、悠一の立場では出来ないことだから。そして、私の立場の為でもある。
『こちら八神。今すぐに確認へ向かいます』
通信を入れて、せっかく用意した罠たちを放って飛び出した。