三門市に引っ越しました   作:ライト/メモ

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三人称


悪役の席はぐらぐらグラグラ

 

 

 

 基地内部へ侵入した3人の内の1人が倒されたことを皮切りに、ガロプラ側の戦局は不利に傾く一方だった。

 いや、もしかしたら初動から不利だったのではないか、とガロプラの精鋭たちは懸念を脳裏に過ぎらせる。ロドクルーンから送られてきたアイドラもドグも、当初の予定よりかなり数が減らされていた。

 

 コスケロが糸使いに発見された際はやむなくヨミの操縦するアイドラが対処にあたるも、他の部隊にコスケロは足止めを食らい、アイドラも早々に破壊された。それでもコスケロの方へ狙撃援護に向かわれるよりは、とアイドラを2体あてがえば、糸使いはまともに相手することなく広範囲に渡って動き出す。

 

 従って、レギンデッツはトリオン兵の指揮を行いながら、糸使いに発見されないよう常に気を張って移動することを余儀無くされた。

 

 これ以上の損失を防ぐ為にヨミのアイドラが基地へ向かうも、ボーダー側の防御を崩すことはかなわない。手を(こまね)いている間にコスケロが倒された。

 

 先手を打った筈のガロプラ側が完全に後手へ回っている。

 

 だが『遠征艇の破壊』という作戦目標を達成できる可能性が残っており、合図がないまま外の攻撃を止めるわけにはいかなかった。

 

 しかし、このままではジリ貧になるのは明白。

 

 

『レギーそっちへ行けば糸使いに見つかるよ』

 

 

 ヨミの怪訝そうな声がレギンデッツの内部通信へ届いた。

 

 今まで避けていた糸使いの方へレギンデッツが真っ直ぐ駆けているのだから当然だろう。

 

 

『わかってる。けどこのまま続けたら消耗する一方だろ! だからオレが糸使いを狙う。護衛がいないのがわかってる今のうちにやった方がいい! 糸使いが落ちれば奴らの意識を市街地の守りに割ける! そうすれば前衛もバラけるはずだ!』

 

 

 レギンデッツは焦っていたが、状況を理解できないほど気が立っているわけではなかった。

 打破までは出来ずとも"足止め"の任を貫く為に行動を起こしただけだ。

 

 

『それなら僕も』

 

『いや! お前は見つかってるし、他の奴らに集まられて糸使いと組まれるのは面倒だ。オレはたぶん見つかってない。おそらく玄界(ミデン)の監視の目に入ってるかいないかの違いだ。相手がまだオレをトリガー使いと判っていない今のうちにやるんだ! オレを追いかけて来たら来たでそのぶん軍事施設を攻めやすくなるし、それまで牽制を続けてくれ!』

 

 

 ヨミは辻と笹森、木虎と黒江のペアをそれぞれアイドラで相手しながら、レギンデッツの行動が悪手ではないかと考える。

 

 糸使いの相手をするならば、ヨミが操縦するアイドラも向かわせた方がより効果的だ。だが操縦する機体を変えても、何故か捕捉してくる相手のペアを振り切るのは難しい。

 それにアイドラを糸使いの元へ向かわせた場合にペアも共に集結されると、いくら多勢に有利なトリガーを持っていても、現在のレギンデッツはトリオン兵の指揮も行っている。処理能力が落ちて軍事施設への戦線が崩れ、トリガー使いたちに何も出来ず倒される可能性が高い。

 伏兵だったレギンデッツが発見されるデメリットがあれど、厄介な糸使いを倒すメリットは大きい。

 もし倒せなくてもレギンデッツの実力ならば、敵をかき乱して相手の意識を彼に集中させられるだろう。下手にヨミが動くよりもレギンデッツの行動は正しいのかもしれない。

 

 

『わかったよ』

 

 

 レギンデッツの要請に頷き、ヨミはアイドラの操縦に集中し始めた。

 

 5体のドグ・タキアを引き連れて駆けていたレギンデッツだが、ふと状況がおかしいことに気づく。

 

 

「チッ……!」

 

 

 レギンデッツはきちんと想定をしていたが、少しはアクションがあると考えていた故に思わず舌打ちを漏らした。

 

 基地周辺の相手戦力が、マップ上で一切動いていないのだ。

 多少は己を追いかける、または糸使いの元へ駆けつける人員が出てきてもおかしくないのに。けれど、そんな反応は微塵も出ておらず、相手は先ほどから変わらない速度でアイドラたちを破壊し続けていた。

 

 ヨミが上手く相手を牽制しているわけでもない、変わらない相手の布陣。

 

 

「は!?」

 

 

 動きがあった。

 それは、いきなりアイドラの数が次々と減っていく現象。

 

 ガロプラ側が知る由もない、玉狛第一の消耗度外視トリガーの発動だった。

 

 考えてもいなかった想定外。まるでさっきまでは手を抜いていたかのような殲滅スピード。

 

 

「くそっふざけやがって……! なんで、誰も追って来ねえんだよ! 仲間が大事じゃねえのか!? 糸使いがそんだけ強いのかよ……!! オレなんかじゃ怖くもねえっていうのかっ!?」

 

 

 レギンデッツの冷静な部分は「まだ剣竜(テュガテール)を起動しておらず、己がトリガー使いとバレていないから当たり前だ」と解っているが、納得など出来るはずもない。

 

 それだけ視界に映された味方戦力の消耗スピードは驚異的だった。

 

 憤るが動き出してしまった手前やるしかない。好機であるのは間違いないのだ。

 糸使いに応援がないのなら手早く仕留めてやる。隊長たちの任務がまだ終わらないのは内部でも手間取っている証拠。ならば己がもう一つの命令を実行して撤退合図を送った方が楽な筈だ。

 

 そうレギンデッツが結論した時、マップ上の索敵範囲に弱々しい点がこちらへ向かってくるのが映る。

 認識は敵側。

 しかし、その弱々しさは「お前ほんとうにトリガー使いか?」と眉を顰めるものだ。

 

 まさかコレが糸使いの応援なのか、と考えた瞬間。

 

 

「ナメやがって!!」

 

 

 レギンデッツの怒りが爆発した。

 格の違いを教えてやらねば気が済まない。1人で向かってくるというのなら都合が良い。

 

 辛うじて"玄界(ミデン)の恨みは最低限に"という思考が残ったレギンデッツは、そのまま監視がない場所を選んで移動を始めた。

 

 

 

 

 

 斯くして、レギンデッツは敵と遭遇する。

 

 5体の犬型トリオン兵ドグ・タキアを周りに待機させ、レギンデッツは相対した青年、ヒュースを見て顔を強ばらせた。

 

 怒りに傾いていた感情が、徐々に戸惑いへ変わっていく。

 

 

「ガロプラの遠征兵か」

 

「アフト……クラトル……!!」

 

 

 パーカーのフードをおろし、トリガー(ホーン)を露わにしたヒュースに、ますますレギンデッツの戸惑いが強くなった。

 

 

(なんでこんなところに! 逃げてきた……? クソっ玄界(ミデン)の拘束はザルかよ!?)

 

 

 捕虜は厳重に拘禁しているもの。

 その考えが常識なのだが、玉狛支部預かりだったヒュースには幼い監視人がついていただけだった。そしてその監視人とも未練なく別れてきたところ。

 

 捕虜となって行われたのは蝶の盾(ランビリス)を取り上げられたことくらいであり、それも何故か監視人から返却されたばかり。

 

 ザルよりもワク、むしろ何もないと言っても過言ではない。

 

 レギンデッツは戸惑いをひとまず脇に置いて、素早く頭を回転させる。

 遭遇してしまったのだから、どうやって逃げてきたのかは、もうどうでもいい。これから相手がどう動き、己が如何に対処するかの方が重要だ。

 

 

「わかっているなら話が早い」

 

 

 ヒュースはボーダートリガーを解除して、左手首に装着していたランビリスを起動させた。

 アフトクラトルの制服に黒衣の外套が風になびく。

 

 

「私はアフトクラトル、ベルティストン家直属エリン家のヒュース」

 

「わかったぞ……」

 

 

 母国までの帰還に手を貸してもらう──そう続けようとしたヒュースだったが、レギンデッツが顔を俯けて言った言葉に遮られてしまった。

 

 

「?」

 

 

 即了承したかのようなレギンデッツのそれにヒュースは首を傾げるも、母国または敬愛する主から己を回収する指示があったのかもしれない、と軽く捉えた。

 

 だがすぐに勘違いだったことを知る。

 

 

「思えば始めから糸使いはオレたちの対策をしていた、想定外ばかり起きる……納得したぜ。っあんたは国を売ったんだ!」

 

「……なんだと?」

 

 

 顔を上げていきなり激昂したレギンデッツの言葉に、ヒュースは反射的に殺意を抱いた。

 されど理性が追いついて、殺意を怒気まで抑えて言葉を返す。

 

 そんな彼の努力を踏みにじるように声を荒げてレギンデッツは続けた。

 

 

「敵のトリガーで擬態してまでオレに近づいた理由はなんだ!? 不意を突いてオレを倒し改めて玄界(ミデン)に尻尾でも振るつもりだったみてえだが、あいにくオレはあんたに気づいていた!」

 

「俺は」

 

「だから今更アフトのトリガーを見せて油断を誘った! その手には乗らねえ!!」

 

「…………」

 

 

 聞く耳を持たないレギンデッツにヒュースは口を閉じる。芽吹きかけていた希望が萎んでいくのを感じた。

 

 もともとヒュースは感情で先走る相手と相性が良くない自覚がある。特に激昂中の相手など、冷静に話ができるわけがなかった。

 

 それに売国奴のレッテルを問答無用で貼られたヒュースも、冷静な心とは程遠い。

 

 

「「捕虜を見つけても助けなくていい。いざとなったら始末していい」っておまえの上役から通達が来てんだ!! 国を売ったおまえに相応しい通達だぜ!」

 

 

 レギンデッツの言葉にヒュースは表情を無くした。冷たく、重いモノが胸に落ちてきた錯覚。

 

 ヒュースは言葉の真意を悟った。

 目の前で怒り狂うレギンデッツは嘘を吐いていない。それはつまり母国にヒュースが見捨てられたと同意義。国の為に個を切り捨てる必要性をヒュースは知っている。

 

 しかし、敬愛する主の方針がそうではないことも彼は知っていた。更にヒュースはエリン家所属の中でも優秀な功績を収めている。

 

 領内で随一のトリオンを保有しているエリン家の方針を知っていながら、それを反故にする理由とは何か。

 

 玄界(ミデン)に置いていかれ、驚愕するヒュースに烏丸が言ってきたことを思いだす。

 

 

「複雑な気分だな……けど、歓迎する。悪いようにはしない」

 

 

 ランビリスの欠片を弧月一本で捌ききり、本来ならば盾の一つであるエスクードさえも攻撃手段や足場として猛攻を繰り出してきた戦士の言葉に、ヒュースは疑問を感じずにはいられなかった。

 

 それも迎えに来た迅が己の副作用(サイドエフェクト)を明かし「お前はこっちに残って良かったと思うよ」と薄く笑ったことで有耶無耶となったが。

 

 国と主。どちらを選べと言われたらヒュースは迷わず主を選ぶ。

 つまりは───そういうことなのだろう。

 

 

「けどな!」

 

 

 無表情のまま思考に沈んでいたヒュースの意識は、レギンデッツの怒声に戻された。

 

 

「オレたちまで巻き込むなんざ許さねえっこのままアフトのクソ野郎どもに利用されたままで堪るか! おまえはオレが今ここで始末してやる!! テュガテール!!」

 

 

 戸惑いは既に怒りへと転換され、レギンデッツは己のトリガーを起動させた。背骨に似た形状で刃が幾つも連なった鞭が彼の右肩から伸びる。

 まずは己の間合いに追い詰めることを先決し、待機していたドグ・タキアへ指示を送って、散開させながら相手の動きを制限するように向かわせた。

 

 相手の怒りに呼応するように、ヒュースの心も敵意に満ちていく。

 だが目の前の男とは違って感情に囚われず、静かな怒りと戦士としての誇りを持って、己のトリガーを起動した。

 

 

蝶の盾(ランビリス)

 

 

 黒い破片の群れがヒュースの周囲に舞い翔んだ。

 どこか幻想的とも言える光景だが、相対した者にとって畏怖を抱かざるを得ない。

 

 

「う……ぐっ……!!」

 

 

 破片は容赦なくレギンデッツとドグ・タキアたちに殺到した。

 全身に突き刺さった破片と地面に刺さった破片が反応し、レギンデッツは地に這いつくばるしか出来ない。

 

 相手に不利益を与え、且つ攻防も兼ねたランビリスには、近距離武器だろうと中距離武器だろうと関係ない。そもそもヒュースは一歩も動くことさえなかった。

 

 ヒュースは冷徹を湛えた瞳で彼を見下ろし、ただ一言。

 

 

「貴重な情報提供、感謝する」

 

「……!!」

 

 

 一瞬のうちに破片を収束・形成させ、巨大な歯車をレギンデッツが目視した時には、既に彼の首が飛んでいた。

 あまりの不甲斐なさに悔しさを吐き出すことも出来ず、レギンデッツは新型トリガーで逃走するしかなかったのだった。

 

 それと同時に、民家の屋根に降り立った八神が現着する。

 ヒュースとの距離は約100mほど。彼女はヒュースとレギンデッツが居た場所を交互に見やって、小さくため息とも安堵とも判別出来ない息を吐いた。

 

 八神の存在に気づいたヒュースは顔を上げ、敵意がないことを示す為にランビリスを解除した。今では見慣れた玄界(ミデン)の服装で、屋根から降りて近づいてくる八神をその場で待つ。

 

 互いの距離が10mほどになったところで八神は足を止めた。

 

 ヒュースがトリガーを解除しているとはいえ、凄腕の戦士であることに変わりない。その気になればランビリスを起動してレギンデッツと同様に八神の首をはねることが出来る。

 

 だからこそ八神がこれ以上近づくことはないだろう、とヒュースは結論してその距離のまま"降参"を口にしようとした。

 

 

「!」

 

 

 しかしヒュースが声を発する前にそれは行われた。

 

 右手をトンと胸に当てる所作。

 つい先ほど陽太郎とも交わした"友好の証"。

 

 八神がスッと左手をヒュースへ向けた。まるで「そちらが"友好の証"を返す番だ」と言うように。

 

 なんとなくではあるが、ヒュースは玉狛支部の者らが近界民に対して甘過ぎるのは承知していた。玉狛支部所属ではない八神もヒュースに対して甘いことに変わりなかったが、流石に無条件でヒュースを受け入れるつもりはないらしい。

 おそらく、トリガーを解除しても信用出来ないが友との誓いを示すなら信用する、ということなのだろう。それでも八神は敵を見るような目をしていないのだから、ポーズであることが丸わかりだった。

 

 内心で苦笑をこぼし、そう解釈したヒュースは躊躇うことなく右手を動かし───

 

 

「なっ!? っっ!!」

 

 

 完全に不意を突かれた。

 

 生身の胸を撃たれ、耐え難い激痛は不意を突かれて緩んだ精神に直撃し、呆気なくヒュースは気絶した。

 

 八神は声も無くバタリと倒れたヒュースを注意深く見つめ、ライトニングの銃口を下げて立射姿勢を崩すが、警戒を解かないままヒュースへ近づいていく。

 

 

『本部、こちら八神。捕虜を発見。トリガーのセーフティー解除許可を願います』

 

 

 

 




・ガロプラ側の訓練用トリガーへの描写
原作1巻(2巻含)にて三雲が無断でトリガーを使用しましたが、その後は現場を詳しく調べてから『トリガー反応を検出』しています。このことから訓練用トリガーは正式なトリガーとは違い、出力が小さくすぐには判別がし難い。正式なトリガーとは違う照合方法があると独自解釈しました。
今回ボーダー側が判別しているのは拙作の第二次大規模侵攻にてC級と連携をしていたので、訓練用トリガーも積極的に拾うようプログラムが組んであったからです。

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