三門市に引っ越しました   作:ライト/メモ

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三人称


後方の自覚

 

 

 

 ヒトは強い力を持つと気が大きくなる。

 この力とは、武力だけを指すのではなく、財力や周囲の人間関係なども例として挙げられる。

 

 そのため武器という形状上、トリガーによる暴行が起こらないとも限らなかった。それも扱っているのは未成年者ばかり。危惧して然るべきである。

 

 因って、ボーダーのトリガーには、生身への傷害防止にセーフティーが設定された。

 ただ「セーフティーがあるから斬ったり撃ったりしても大丈夫」と安易に捉えられては本末転倒。故に、当初のトリガー説明の際に「無闇なトリガーの使用は禁ずる」とだけ加えられているのだ。

 

 セーフティーが設定された状態で斬られた、もしくは撃たれた場合は、外傷はなく激痛だけが走る。その激痛が気絶するほどの、という注釈が入るので危険には変わりない。

 

 セーフティーについては改めて周知されることでもないが、隠されていることでもない。

 訊かれたならば説明をし、戦闘面で悩んでいるならば説明をするという方針だ。トリガー技術漏洩を防止する意味でも、一般人や組織内でのいざこざにトリガーを用いられて傷害沙汰となるのをとにかく防ぐ為の措置。

 

 現在のボーダー隊員の半数以上が「高性能なゲーム感覚」であるが、中には「ゲームでも恐ろしい」と考える者もいる。他者へ武器を向けることに忌避を覚えることは道徳的に正常だ。

 

 だが、悲し哉。近界(ネイバーフッド)と争っている現状では武器を持たねばならない。

 

 強い武器を、優秀な性能の武器をと、開発者たちは日々研究に明け暮れているのだ。

 彼らは前線に立つ若者たちを守る為に。

 命を守る為に。

 

 そのはずだった。

 

 

「───っ!!」

 

 

 モニター越しに突き付けられた現実に、今回の任務の為に集められていたエンジニアの半数が絶句して作業の手を止める。

 

 八神が何をしているか理解をしたくなかった。

 

 近界民(ネイバー)に法律は適用されない。それは解っているが、同じ知能を持ち言葉を交わせる生き物を"非人間"と断ずるのは難しい。

 憎悪や嫌悪を持っているならばあるいは───。

 

 絶句した半数は第一次大規模侵攻を経験していない者やあまり恨みを持っていない者、中途半端な正義感を持った者などが当てはまる。

 

 そう、彼らは覚悟をしていなかった。理解していなかった。

 

 自分たちが誰かを殺せる武器を作っていたことを。

 武器を持たせていたことを。

 ゲーム感覚は自分たちも同じだったことを。

 

 第二次大規模侵攻にて敵が仲間であるエネドラを殺した時、ほとんどのエンジニアたちは避難を済ませ、事後報告としてそれを聞いた。その際は「近界民はこわいな」という他人事で終わり、新しい技術知識に飛びついて深く考えなかったのだ。

 

 己と味方を守る為に、敵を害する必要がある。

 それを知識として知っていても、目の当たりにすることはないと心のどこかで高を括っていた。

 

 だからこそ、セーフティー付きでも撃ったことを驚いているのに、解除して撃とうとする八神が受け入れられない。

 

 

「何をしているんですか。まだ解析は終わっていません。手を動かして下さい」

 

「っ」

 

 

 円城寺の鋭い声に、絶句していた者たちがビクリと肩を震わせた。

 次いで自分たちの重要な役割を思い出して手を動かし始めるが、作業のスピードは遅い。

 

 円城寺の隣で作業していた1人が彼女へ問いかけた。

 

 

「貴女は八神の行動をどう思うんだ? 恐ろしいと思わないのか?」

 

「全然。むしろあれくらいの覚悟がないと近界でどう戦うんですか。それに半端な覚悟を持った人に、自分の開発したトリガーなんて渡したくありませんから」

 

 

 円城寺のキッパリとした答えに、問いを投げた1人は困ったように眉尻を下げた。

 

 八神が主に使う改造スパイダーと繰糸(そうし)の開発は、提案は八神自身だが、きちんとした設計と調整は円城寺が請け負って完成させたトリガーである。決して攻める為のトリガーではないが、戦場で使用する以上は武器だ。

 

 円城寺はオペレーターを経てのエンジニア転属だったがきちんと経験を糧に、戦闘員からエンジニアへ転向してきた寺島とはまた違う観点から隊員をバックアップし続けている。

 

 周りで聴いていた者たちの中には肩を縮こまらせた者が複数。彼らの胸中には『自分たちは何と戦っていたんだ』と後悔が浮かんでいた。

 

 ボーダー組織内には派閥がある。

 開発室は室長の鬼怒田が城戸派なのでそれに追従する者がほとんどだ。もともと研究ばかりで俗世に疎く、開発出来ればそれで良いみたいなタイプの人間ばかり。派閥の主張に心から同意している者は実際のところ少なく、流れに身を任せていたら派閥に属していたという者が全体の8割を占める。城戸派筆頭の三輪が聞けば激怒間違いなしの集団だ。

 

 それなのに、いつの間にか所属派閥を重視するようになっていた。三門市に住む市民たちと同様に、疑似的な平和である現状に慣れてしまったから。

 無意識に刺激を欲して、内部で対立関係が始まっていたのだ。

 

 ───敵は"誰か"。

 

 第二次大規模侵攻にてその"誰か"という虚像が"近界民"へと軌道修正されるはずだった。

 されど、玉狛支部に隔離された捕虜の扱いは甘く、開発室へやってきたエネドラは重要な知識として納得され、はっきりと"近界民が悪"と断ぜられる者は少なかった。

 

 結局、"誰か"は"誰か"のまま内部の対立は停滞し始める事態へ。戦闘員と同等に貴重な技術者たちの停滞である。

 

 八神の行動はその停滞に一石投じるものだった。

 

 強制的に事態を認識させ、初心へと立ち返らせる。所謂ショック療法に似たものだ。

 

 もともと八神は所属派閥と役割から、組織内で特殊なポジションに立っている。もしも他の者がこうして組織を蜂起させる(メスを入れる)ような真似をした場合、派閥内でも分裂が起きかねなかった。

 

 それを今更ながらに理解して、ほとんどの職員が内心で冷や汗をかく。

 

 近く大きな遠征を予定している現在、内部崩壊など以ての外。そして主力が遠征へ向かっている最中に、緊急事態が起きてしまえばバラバラの方向を向いたままの組織で対応しなければならないところだった。

 表立って戦うのはもちろん戦闘員だが、後方支援が万全でなければ年若い彼らを早々に無駄死に(緊急脱出)させてしまうだろうことは想像に難くない。

 

 八神の行動は危険な行為であることに変わりないが、組織のことを考えての行動だとエンジニアのほとんどが理解を示した。

 

 ヒュースに銃口を向けているがきっと本気ではないのだろう、相変わらず無茶をする、と苦笑を零した者が大半。戦略に疎い者は、()()()()しか読み取れなかった。

 

 次いでまたもや驚きの光景がモニター映像に映し出されたが、混乱はしてもエンジニアたちの手が停まることはなかった。

 

 

 


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