※進行上に必要だと結論し、強めのアンチ要素を入れています。しかし原作を批判しているわけではなく、拙作だからこそのアンチ要素となっています。作者はきちんと原作こそ正道だと理解しています。
三人称
ヒュースの単独行動は事前に伝えられていた作戦の1つだった。迅と八神が想定し組み立てた作戦である。
しかし"どこで、どのタイミングで"などの細かなことはぼかされ、一切伝えられていないことを上層部は今更ながらに気付いた。
それは「信頼しているから」とも言えるが、傍から観れば「依存」とも捉えられる。
迅の予知も八神の策も万能ではない。それは全員が承知していた。
だが珍しく迅が予知の内容を話したことで、
だのに何故、今回の作戦に限って口にしたのか。
ボーダー組織を裏切るような真似をする2人ではないが、情報を隠した意味は何なのか。
瞬時に見抜いてくれそうな人物はその場に揃っていない。
開発室は円城寺による補足と理解への誘導で早々に立ち直った。それに対して司令部も中央オペレータールームも、八神の申請によって降りかかった突然の重い判断に騒然としたまま。
無理もない。
セーフティー解除は言い換えれば、"射殺許可"だからだ。
『なにっ!?』
『は、ちょっと待て!』
『何を言ってるんですか!?』
上司たちの戸惑いを通信越しに聞きながら、八神は早足気味にヒュースとの距離を詰めた。
そう時間を掛けることなくヒュースを足元に見下ろした八神は、何の躊躇いもなく銃口を彼の側頭部へ向ける。
許可が出た瞬間、撃ち抜けるように。
『りょーかい』
『ば、バカ者!!』
『あ』
そこで騒然としていた通信の向こう側から、冬島の抜けた声と鬼怒田の罵倒が八神の通信へと届いた。
「待って」
空気がぐわりと動いた途端、固い声が制止をかけた。八神には聞き慣れない色を乗せた音である反面、聞き慣れた声。
八神がそれに対して何かしらのアクションを起こす前に、伸ばされた手がライトニングの銃身を引き、銃口は地面へとズラされた。
腕を辿って目を動かせば、感情の見えない青と黒の視線がぶつかる。
『──』
通信越しから誰かの息を呑む音が2人の耳へ届く。
「ヒュースは玉狛支部預かりの捕虜だよ。そっちにヒュースをどうこうする権限はないだろ?」
表情の失せた八神に、迅はうっすらと口角を上げてみせた。それを受けて八神は静かに目を伏せる。
迅に先ほどの申請は聞かれていない──彼は直前まで冬島と連携して
それ以前に未来視で
「迅隊員、その手を離せ」
「玲……?」
八神の反応に迅は戸惑いを見せた。
そして、それは事態を見守っていた上層部も同じだった。
普段から2人は下の名前で呼び合っている。基本的にボーダーは所属隊員の年齢層が未成年者ばかりでそこまで言葉遣いや上下関係等に厳しくない。公式の場、と言っても表舞台に出るのは上層部の数人か経験を積んだ嵐山隊あたりが担当するため、所属隊員が堅苦しく"~隊員"と呼ぶのはランク戦実況・解説くらいだ。戦闘でも呼びやすいよう普段の口調と同じ隊員が多い。
更に迅と八神は恋人関係。
プライベートは勿論、任務でも阿吽の呼吸で遠・中・近距離の戦闘をこなし、敵が集団だろうと2人が揃えば無傷で殲滅出来ると言われるだけの実績がある。付き合った初期から「リア充爆発しろ」「もうお前ら結婚しろよ」「むしろ式場が来い」と周囲が悶えるほど甘い空気を漂わせる2人だ。
だのに、なぜいきなり堅い呼び方をするのか。
そこで上層部に、ある懸念が浮かぶ。迅の反応からして八神の勝手な行動ではないか、と。
ここ最近、2人の間が冷めているという根も葉もない噂が出回っている。しかしこれまでも何度か嫌がらせ目的でそういう類の噂は立っており、2人を良く知る者たちはそれを真に受けていなかった。
だが、今回はその噂が本当なのでは、というほど迅と八神の間に甘さがない。
しかし上層部はそれも思い直す。
八神は作戦立案時や敵の目を誤魔化す時など、ここぞという場面で口調を変えることがあった。迅の反応には疑問が残るものの、今回の作戦は2人が考えたはず。
狙いがはっきりせず混乱は治まらないが、それでも事の成り行きを見守ることとした。
「作戦に利用出来ないのなら情報を吐かないそいつに価値はない、と貴方には伝えたはず」
他の戸惑いを気にかけることなく、声に冷たい温度を保ったまま八神は確固たる意思を示すように迅を睨んだ。
「ダメだ」
「そう」
理由を言わずただ首を横に振った迅に、八神は睨むのを止めてライトニングから手を離した。
迅の左手の中に残されたライトニングは質量を無くし、瞬く間に姿を消す。そして一歩退がった八神の手には、新しいライトニングが納まっていた。
1秒も経たず立射姿勢を調え、ピタリと銃口が定まった途端。
実にお手本とも呼べる綺麗なフォームで、何の躊躇いなく引き金が三度、引かれた。
だがこの近距離にもかかわらず最速を誇る弾丸は、迅がいつの間にか抜いていた風刃によりすべて叩き斬られて終わった。
それを認める間もなく八神は更に距離を開け、スパイダーキューブを辺りに漂わせる。されど射出する寸前に遠隔斬撃がキューブをすべて破壊した。
中途半端に伸びたスパイダーが地面に落ちる。
互いに隊務規定を違反した形だが、それだけどちらも譲らないと言外に示しているのだ。
「ヒュースを殺すより生かす方を、本部だって選んだはずだけど?」
風刃の刃の帯を揺らめかせながらそう言った迅に、八神はため息にもならない小さな息を吐いて顎を引いた。
「利用価値があるのなら、ね。玉狛とは違って無条件に受け入れたわけじゃない」
「これから示すよ」
「情報を吐いてくれるの?」
ライトニングの銃口を向けたまま疑問を口にする八神の行動は脅迫じみている。
「そこまでは分からないな」
風刃を右手で握り、薄い笑みを浮かべて小さくおどけて見せた迅だが、青い瞳は注意深く八神を視つめる。
対する八神はその視線を真っ向から睨み、立射姿勢を崩してライトニングを消した。
凄腕の
ただ、迅に八神を倒す意思は見られなかった。倒そうと思えば一閃で終わるはずなのに、説得をしている。
ヒュースの行動はボーダー側が誘導した作戦行動とは言え、その作戦に利用出来なくなったことがつい先ほど判明した。つまり説得を選んだ迅も、価値が落ちた脱走兵であるヒュースを庇うことは、空閑を庇っていた時とは訳が違うことを自覚しているのだ。
いつもの流れならば「俺のサイドエフェクトがそう言っている」と宣言すれば良い。
だが、それをこの場で言うつもりは迅になかった。
少なくとも彼は八神の
ボーダーは完璧な組織構成ではない。その一つの事柄に、八神は踏み込んだ。
これまで迅は上層部からの厚い信頼と、旧ボーダー時代から積み上げてきた実績をもってサイドエフェクトを利用してきた。このスタンスはこれからも迅自身変える気はない。
だが、第二次大規模侵攻にて加えられた実績のとある一つが、周りに疑いの目を持たせてしまっていた。
いくら
そして何より迅は私情で動くことを、動けることを、あの第二次大規模侵攻の最後で示してしまった。恋人を救う為に行動してしまったのだ。
事情を知る人間からして見れば「当たり前であり仕方がない」と言われるだろう。
しかしこれまで迅の
「アステロイド、スパイダー」
二種類のキューブが八神の周囲に浮かんだ。一見するだけではどちらのキューブなのか判らない。
「貴方を否定するわけじゃない、私が言う資格もない。でも情報があるならばそれが私の役割だから、思考停止は許されない。組織の方針と立場に従って、必要なことを必要な時に行うよ」
「ははっ、それがヒュースの処分? 玉狛の方針も忘れてもらっちゃ困るなぁ」
分割されてバラバラと散らばり始める小さなキューブに、迅は視線を流して未来の攻撃を追う。
「ごめん、少し違う。私は
「……そういうことか。やっと本当に作戦を理解した、かも。俺を騙すって玲も強引すぎない? ちょっとショックなんだけど」
迅の浮かべていた笑みが僅かに強張る。
明確に所属派閥を出されたことで、八神がどういう動きをしたいのか察した。最初からこの問答も行動も、互いへ向けた言葉は一部しかない。
「そもそも1人の人間に依存した組織運営のまま大きくなったことで拗れたんだ。新しい成長の兆しとして喜びなよ」
「うん……とりあえず、玲と対立することになって複雑な心境かな」
未来を読み終えた迅が、再び八神に視線を戻した。
作戦を先導していた2人が睨み合う形となり、混乱に騒然としていた上層部だが、徐々に各々の役割を思い出し落ち着きを取り戻し始めている。
迅と八神が対峙するような事態へ陥った経緯の原因は、内部戦闘のサポートに徹していた冬島がホッと一息ついたところで、迅の『玲のところに飛ばしてくれ!』という申請にある。
サポートすることに集中していた冬島は条件反射の如くそれに応え、結果、
『そもそも1人の人間に依存した組織運営のまま大きくなったことで拗れたんだ』
通信越しに聞かされた八神の言葉に、忍田はグッと言葉を詰まらせた。
ボーダー組織が全面的に出しているスタンスでは、
ただし、ボーダー本部基地を建設してからこれまでの4年間の中で、幾度かこのスタンスを曲げていることがあった。
それが迅の
事情を知らない隊員や職員が首を傾げるタイミングで打開策を出したり、これまでと一転した行動を起こしたりと、ほとんどの事柄が結果的に善い方向へと繋がった。
ボーダー組織が一枚岩ではないことは忍田も八神も重々承知している。
それでもいざ戦闘になれば一致団結して敵を打倒することが出来ると、これまでの4年間が証明してきた。
だが、それは第二次大規模侵攻にて少しだけ事情を変える。トリオン兵ばかりだった敵に近界民が現れたからだ。
そしてボーダー組織として異質な立ち位置だった玉狛支部の行動。彼らが主張通りの行動を起こしたことで、組織に疑念が浮かび始めるのを止められなかった。
ちぐはぐに固まり、どちらへ向かうべきなのか下の者たちが方向を見失い始めた組織。
そんな中、第二次大規模侵攻で迅が私情を挟んだことが話題に上った。しかし人間が機械になれるわけもない為、上の立場にいる者であるほどそこまで深刻に見ていなかったのも事実。
迅が居なかった頃、まだまだ小さな組織だった頃はどうしていただろうか。
忍田もこれまでの組織方針が迅のサイドエフェクト頼りだったことを否定出来ない。彼の中にも「迅が未来視でそう言うのならば」という考えがあったからだ。
彼自身、現在の地位に就く前は感情で動くことも多かったため、第二次大規模侵攻での迅の行動も肯定的だった。あの時、改めて迅の優しい人間性を感じたと同時に、年相応の行動だと嬉しく思ったのだ。
今回の事前会議でも、昔から
だが迅が口を閉ざす傾向になったのは、
迅の発言は否が応でも"未来"を意識せざるを得ない。
現に何度となく組織は迅の誘導に従って未来への最善手を捜したことがあった。だからこそ迅は己の能力が組織へ与える影響力を危惧し、自ら口を閉ざすことを覚えたのではないだろうか。
忍田は自己嫌悪に顔をしかめた。
救える数と救えない数の審判を1人の人間に、それも未成年に押し付けていたのだ。いくら当人が役割を受け入れていたとしても、気づいてしまった忍田は以前のようには考えられない。
更に八神は己を中立派だと宣言した。その事から、八神の独断のように思えた迅との対立に多くの者が納得する。
中立派は組織運営の為に作られた派閥と言っても過言ではなく、全体の情報をまとめて内部情報の均整化を図ることが主な目的だ。
いったいいつから出来たのか正確には不明だが、少なくとも2年ほど前から噂され、1年前の頃には八神が代表の所属人となり動いている。特殊な成り立ちと構成から派閥の壁は存在しない為、ボーダーで最も内部事情を把握している派閥だ。
『成長の兆し』とはよく言ったもの、と幹部たちは呻く。
八神は組織全体が迅のサイドエフェクト頼りであることに疑問を持った瞬間を見逃さず、自覚を忘れていた上層部へ問題を叩きつけたのだ。
おそらく八神は今回の作戦を提案する折から、組織の意識を研磨させると同時に、今一度内部の統制を見直せる好機と狙っていた。
そして迅に対しても、背中を押しているのかもしれない。
いきなり迅を作戦中枢部から切り離すことは不可能だが、現在の立場に甘んじている彼ならば徐々に組織から独立させることが出来ると、組織と迅へ脅しているのだ。そして、少しでも迅の行動選択が広げられるように。
迅の能力は上の役職に居ながら自由に動けることが最善である。
そういう意味では丁度良いポジションを戴いていた彼だが、組織の一部にしか容認されていない不安定な立場だ。それでは第二次大規模侵攻の際と同様のケースが起こった時、不信感が募ってしまう。
組織が大きくなるにあたって、相対する未来の事象も大きなものばかりだろう。独りで動いてきたこれまでと同じようには対処できず、必要以上の責任を負って心が潰れてしまう可能性を八神は考え、行動を起こした。
第二次大規模侵攻で多くの戦闘員に転機が訪れたように、ボーダー組織も──敵ではなく味方によってだが──転機を迎えている。
「あー……すんません。どう収拾させます?」
唸る上司の面々へ冬島が気まずそうに問いかけた。迅を投入したのが己である負い目があり、頬を掻く。
「というかセーフティー解除申請って」
「そうだった! だが今は迅を相手にしとる。なら、解除はせんぞ!」
誰もが忘れかけていた混乱の起因を思い出し、鬼怒田は慌てて首を横に振る。
冬島はそれを受けて隊の回線から八神へ伝えるのだった。