射程を落とし威力もそこそこに、弾速特化へ調整されたアステロイドを捌くことは、流石の迅も骨が折れた。常ならば最低限の弾だけ防ぎながら反撃へ出ることを可能とする迅だが、現状では背後のヒュースを狙う弾をも防ぐ必要があるのだ。
「よっと!」
意識の無いヒュースを左肩に担ぎ、右手の風刃で最低限の弾だけを斬り払っていく。
トリオン体故に重さはさほど負担にはならないが、迅の身軽さを殺す選択だということは一目瞭然。迅はノーマルトリガーのスコーピオンを開発提案するだけあって、どちらかと言えば速度と技術重視のスタイルだ。
真っ直ぐ飛んでくるアステロイドの弾道は読み易いが、数が多くてはそれだけ未来の分岐が起こり面倒極まりない。
迅の中を瞬間的に駆け抜けていく未来を掻い潜り、とある
避けることを諦めた瞬間、雪だるまのように重ねられたキューブの群れが視界に飛び込んでくる。
「容赦ないなぁまったく」
返事を求めていない呟きを零した迅は慌てることもなく、八神に向かって思いっきり地を蹴った。
人ひとり抱えているとは思えないスピード、且つ真っ直ぐに飛ぶアステロイドに向かって駆けるなど普通なら有り得ない。
その様を見て、一瞬だけ八神の視線が揺らいだ。
射出後に弾道は変更出来ず、標的を失い調整で射程を落とされていたアステロイドは宙に霧散する。上に置かれていたスパイダーが、迅から離れた後方で軽い破裂音と共にワイヤーを張った。
一発も掠ることなく弾丸の群れとすれ違った迅は、低い体勢を利用して素早く己の背中側へヒュースを降ろす。
そして、動きの流れを正面に置いた風刃へと終息させた。
間髪入れず刀身の腹とイーグレットの銃口が衝突し、姿勢を保ったまま受けた迅は八神が引き金を動かす前に真上へ弾く。
両腕で銃身を握っていた八神の体が軽く伸び上がったが、それを機に彼女は2歩後退した。
されど迅が一歩踏み込んで高さの上下が逆転。
八神は振り下ろされる風刃を見て引き戻したイーグレットを盾にするも、呆気なく銃身は両断された。
だが、トリオン体まで刃は至らない。
「玲がこんなに早く接近戦を選ぶの珍しいね。焦った?」
八神はシールド強度のスパイダーを両指の繰糸に接続し、三重の盾として風刃の刀身を受け止めていた。
揶揄うような口振りの迅だが、風刃の柄をじわりと捻る様子に油断など微塵もない。
「…………容赦ないの、そっちだからっ」
余裕が目立つ迅に対し、八神は口を開くのに幾分か間があった。
左中指が欠けている上、力み難い指先──いつもならば手に一巻きして拳の形に握りこむことで負担を減らし、受け止めるよりも"逸らす"ことを優先していた。──では振り下ろされた刃を正面から受け止めることも至難の技。
そして
ギチリッと鳴くスパイダーと風刃を挟み、迅は未来視ではなくしっかりと眼前の八神を見た。うっすらと冷や汗を浮かべて睨む彼女の焦りようは、ほんの少しだけ迅の溜飲を下げた。
それからこの至近距離にいる八神だけが拾える声量で話しかける。
「色々と言いたいことがあるけど時間がないから後にするよ。ヒュースを回収させたってことはここから作戦通りだろ?」
「……うん。意図が通じてないかもってちょっと焦った」
遠隔斬撃を飛ばされたらどうしようかと、と内心で呟いた八神だったが、余計な言葉を削ぎ落として告げられた次の内容に気を引き締める。本当に時間が無いのだ。
「こっからは俺に合わせてほしい」
「わかってる」
「このまま玲は背後から左脇腹に一突き、左腕が落とされるよ」
「了解。壁は任せて。仕込みをよろしく」
八神の視線がサッと迅の背後に転がされているヒュースへ向かい、すぐに迅と目を合わせる。
他人が聞けば端的過ぎる言葉合わせだが、2人にとっては十分だった。
グッと風刃が押し込まれ、八神の足が後ろへ数cm退がる。
『八神、セーフティー解除は却下だ。迅との戦闘も止めろとさ』
その時、冬島による中央からの命令が2人の通信へ入った。それを受けて八神は口を開く。
『警告!』
「っ」
しかし八神は声を発するより奥歯を食いしばり、左脇腹を貫くブレードからの衝撃を耐えた。
そのブレードは迅の右腕まで及ぶも、彼は一歩引くことで難を逃れる。迅の踵にヒュースの体が触れた。
八神の背後には
頑強な両腕を持つ変わらない出で立ち。だが、左手にはマチェットに似たブレードが握られ、今まで相対してきたアイドラたちとは違い、ブレード自体が別のトリガーだと判るだろう。
ほぼトリガー使いと同様の風体となったラービットは、八神の左脇腹にブレードを生やしたまま右手で彼女の右肩を掴んだ。
ガパァッ!
トリガーを装備している他に変更はないのか、ラービットは第二次大規模侵攻と変わらない動作で腹の装甲を開き、触針を八神へ伸ばし始める。
本部から流れてくる焦った通信を、八神と迅は意識的にシャットアウトさせた。
最低限の情報だけを拾うように意識を切り替えた、とも云える。完全に切断したわけではなく、長く前線に身を置いていたが故の技術の一つだ。
───いくよ。
声もなく、そう目の前の迅へ伝えた八神。
危機が迫っているというのに彼女の表情に動揺はない。そして背後を振り返ってさえもいなかった。
真っすぐに見つめる八神の視線に射抜かれながら、過る
触針がトリオン体に触れる寸前、八神は思わせ振りに左腕を動かした。
途端、設定された動きか、はたまた操作主の意思か──
迅が風刃の切っ先を下げ、腰を落として八神の陰に入る。
──ラービットは触針を動かすよりも先に、手を動かすことを選んだ。
『───! ──‼?』
意識から除外された
八神のトリオン体は迅が宣言した通り、嘘のような滑らかさで左脇腹からそのまま左肩へブレードが斬り上げられた。
肉体を引き裂かれる不快さを僅かに覚えながら、八神は両指の繰糸に繋げたままのスパイダーを操る。
口を開き、悲鳴ではない言葉を発した。
「繰糸」
落とされた左腕を背後へ投げつけるも、ラービットは流れるようにブレードでそれを払った。
2度目の音を発する。
「繰糸」
だがすぐにそのブレードは翻り、ラービット自身の右前腕へ突き立てられた。装甲を持つ腕にブレードは呆気なく弾かれるが、それでも八神の拘束は一瞬だけ緩む。
姿勢を一瞬だけ落とした八神は右肩を解放し、左側へほとんど倒れるように伏せた。
八神が地へ伏せる間際に迅の風刃が振り
纏っていた11本の光の帯は消え、すっきりとした刀身を顕わにしていた。
刹那、
先のトリガー使いと同じくサーチシールドが発動するも、伝播した斬撃は数本ずつ束ねられていた。
それを認識したとて、自動に発動した直後ではどうすることもできない。発動したサーチシールドは役目を果たすことなく簡単に割れ、ラービットの核をあっさりと斬り裂いた。
いくらガロプラのシールドが高性能だろうと、シールド自体の造りは似たようなものだ。範囲を広げれば脆くなり、数を増やしても脆くなる。迅は
ちなみに他の隊員たちも、先んじて
最終的に
それで一つの戦闘は決した。
「はい、確定」
ぼそりと呟いた迅の言葉を離れた八神に拾えたわけでないが、地面に伏せていた体をほんの少しだけ捩った。
さっきまで八神の体に隠されていた地面。
11本目の斬撃が八神の横スレスレから飛び出した。
「さすが」
迅と八神は同時にその言葉を零した。
八神は迅へ、迅は八神へ。互いに贈った賛辞は同じ音に掻き消され、結局互いの耳に届くことはない。
壊れたばかりのサーチシールドが新たに展開し、八神とラービットを隔てた。もちろん1本だけの遠隔斬撃でサーチシールドは破れない。ただ、邪魔をするだけで良い。
迅は投擲されたブレードを弾き、踏み込み、己に可能な最速の動きでラービットにトドメを刺した。
「よしよし、作戦成功っと」
風刃をホルダーに納め、
「……あのさ、
「いやー、うん。ごめんね」
未だ地へ倒れたままの八神へ手を差し出し、わざとらしく困った顔を作った迅に、彼女の眉間に皺が寄った。
「まさか」
「ちゃんと仕込みはしてるって」
「それなら良いけど。でも……」
残っている右手を迅の手に重ねて上半身を起こした八神が言葉を続けようとして、咄嗟に口を噤む。迅が何か告げようとしたのを察したのだ。
相変わらず察しの良い彼女に微苦笑を浮かべて、迅は繋いでいた八神の右手をギュッと握ってから手を離した。
「俺は玲じゃなくて、メガネくんの成長に賭けることにした」
迅の言葉に八神は、一拍の間を置いて目を丸くする。
それから少しだけ目を伏せてからジト目で迅を見上げた。
「……そう。じゃあ、この時点で私はとっくに退場してる予定だったけど、それについては?」
「…………」
八神の問いかけに迅はジッと彼女の黒目を見つめて、表情を隠す為の笑みを浮かべた。
たとえ彼女にその行為が通じなくとも、迅自身の口からはっきりと出したくなかっただけだ。
代わりに出したのはこれからのこと。
「でも他のことは玲に任せるよ。あと、いいものを持っていくからヨロシク」
「は?」
「いいものについてはもう確定しちゃったからさ。作戦ズラして悪いけど玲なら調整してくれるって信じてる。あと、色々お互いさまってことで」
曖昧に濁しながら笑む迅に流石の八神も真意を汲み取れず、困惑の表情で首を傾げた。
次いでトリオンもロクに残っていない、バランスの悪い体を立ち上がらせようと動かそうとして。
『戦闘体、活動限界。
八神のトリオン供給器官が破壊された。
「なんだと!?」
驚きの声を上げたのは迅でも八神でもなければ、ヒュースでもない。
ラービットが所持していたブレードと同じ物を握った、
※作者はスランプとコサックダンスで呼吸しているような状況なので更新は不定期に突入します。