三門市に引っ越しました   作:ライト/メモ

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三人称


第一段階、確信

 

 

 

 ガトリンたちが進行していた『遠征艇の破壊』が失敗した今、第二の作戦目標である『糸使いの捕虜または無力化』を優先しなければならなかった。

 

 それなのに一切役目を果たすことなくあっさりと倒された己に、レギンデッツは遠征艇内の床を殴りつけて憤る。

 

 しかし、勝機はすぐさま訪れた。

 

 迅と八神が捕虜を巡って敵対した時、一足先に戻って来ていたコスケロは迷うことなくラービットの投入を決めたのだ。

 ラービットにはもしもの為にヨミが操作できるよう改造が施されており、加えて個別トリガーであるブレードとサーチシールドを装備させて送り出す。トリオン兵3体分の操作にヨミが指を若干鈍らせたが、それも数秒のこと。

 

 レギンデッツと同じタイミングで戻ってきたガトリンたちは外部での攻防指揮は副隊長のコスケロに任せている為か、内部でのやり取りに思考が偏っていた。

 ───ここでもし、ガトリンが風刃から受けた結果を帰還早々に伝えていたならばラービットの末路は変わっていただろう。

 

 糸使いの片腕を切り落とすことに成功するも、喜ぶ間もなく呆気なく倒されたラービット。

 

 それをモニター越しに観たレギンデッツはトリガーを掴んで(ゲート)へ駆けた。

 

 

「レギー!?」

 

「すぐに戻る! 糸使いを捕えるには今しかないんだ!」

 

 

 仲間の声を背に受け、止められる前に叫んだ。

 

 ヨミ以外の人員は戦闘体を失っても動けるように全員が生身での戦闘訓練を一通り積んでおり、最低限のトリオンで起動できるトリガーを用いればトリオン兵はもちろん、トリガー使い相手にもほんの短時間は交戦可能だ。

 しかも目的の『糸使い』は出入口(ゲート)の傍にいて、更にボロボロの戦闘体。そして難敵である遠隔斬撃の使い手もラービット相手に長所である遠隔斬撃を使い果たし、武器を判り易く納めている。これだけ好条件が揃えば敵の不意を突き、生身にした『糸使い』を(ゲート)まで引っ張り込むことは容易だ。

 

 レギンデッツはラービットが倒される間際に素早く回転させた頭でそう確信して、悪戦況に唸るガトリンの指示を仰ぐ前に行動を起こした。

 小隊で戦場へ赴くにあたって、目的を達成する為にはそれぞれの判断で動けることが必要とされている。戦いで一瞬の攻め時を見失えば挽回の余地は敵次第となってしまうからだ。敵に己の命運を握らせるなど以ての外。

 

 だからこそレギンデッツはブレード片手に飛び出した。

 

 己が『糸使い』という"餌"に食いついてしまったとも知らずに。

 開かれたままの(ゲート)の目前で「戦闘が終わった」と安心している敵の隙を完全に突いたと、本気で考えていた。

 

 

『戦闘体、活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 

 斯くしてレギンデッツにトリオン供給器官を破壊された八神は本部基地へ緊急脱出(ベイルアウト)していった。

 

 目標を失ったブレードが宙に残り、捕らえるために伸ばした手も空を掻く。

 

 ピンと張り詰めていた精神が驚きに束の間、硬直した。

 八神の隙は突いたと言える。

 だが、想定外だったのは作戦の前から ()()()()()()『糸使いのトリオン体に逃走機能はない』という大前提が崩されたことだ。

 

 そして、大きな問題が立ちはだかる。

 レギンデッツを始めとした全員が知り得ぬ、未来視という反則じみたサイドエフェクトを持つ人間が、レギンデッツの行動を待っていた。

 

 

「くそ!!」

 

「はい、どーも」

 

 

 悪態を吐いたレギンデッツが逃げるよりも先に、迅は彼の手首を捻り上げてブレードを手放させると、背後に回り思いっきり手刀を入れる。戦闘体の迅によるその手刀は一切の容赦がなく、レギンデッツは濁った声を上げて意識を失った。

 

 迅は気絶したレギンデッツを引き摺りその場から離れると、ラービットが現れてからずっと開いていた(ゲート)が閉じるのを見届ける。

 

 完全に閉じたのを確認すると、レギンデッツの体を地面に寝かせて後ろを振り返った。

 

 

「よう、無事か? ま、外傷がないのは判るけど一応な」

 

 

 そこには口角を上げた迅とは対照的に、無表情で彼を見つめるヒュースが立っていた。

 

 ヒュースが気絶から目覚めたタイミングは、レギンデッツが飛び出してくる寸前のこと。

 彼がまず確認したのは己の傷だった。

 外傷はない。身体機能も不自由ない。それを意識だけで認め、それから耳を澄ましてすぐ近くで会話が行われていることを知る。男女1人ずつだ。人数を判断すれば、瞼をおろしたままほんの少しだけ身動ぎして身を守るためにトリガーを探した。大事な蝶の盾(ランビリス)は気絶前と同じ場所に存在していたが、()()()()のトリガーはわからなかった。

 

 そこまで確認してヒュースは目を開き、素早く周囲を目視する。

 すると、目に映ってきたのは己が倒したはずの敵にボロボロの戦闘体を破壊される八神の姿だったのだ。

 

 

「…………」

 

 

 ヒュースは己の目で見た光景に思考を彷徨わせる。

 

 捕虜として置かれている玉狛支部にて深める気のなかった親交を陽太郎と交わし、その過程で支部内の人間関係や人となりは把握しているつもりだった。迅悠一という男のことも「胡散臭い」とは考えながらも、八神を婚約者だと紹介した時の感情に嘘はないと考えていた。

 

 だからこそ、先程の光景はどういうことだろうか。

 

 迅が八神を見捨てることは有り得ない、はず。

 八神を婚約者だと紹介して以降、迅はヒュースの前でも惚気を自重せず、周りもそれを放置しながら2人の仲を楽しそうに見守っている様子だった。

 

───俺にきさまの弱点を教えるとはな。相変わらず甘い奴らだ。

 

 貴重なサイドエフェクトを持つ人間の弱みを簡単に暴露されたことに呆れを覚えた。

 だがその思考が過ったと同時に迅が浮かべていた表情をすべて消し、ヒュースを鋭い視線で射抜いて釘を刺してきたのは記憶に新しい。

 

 急変した迅に一瞬怯んだヒュースを認めて、彼は得意げにまた笑ったのだ。

 

───俺と玲は相思相愛だからね。玲が俺を裏切ることはないし、俺だって玲から離れるなんて有り得ないよ。

 

 

「お前には残念だと思うけど、こいつらは負けるよ」

 

 

 ヒュースの思考を遮るように迅が足元のレギンデッツを指して未来(確信)を告げた。サイドエフェクトを明かされているヒュースにとって──玉狛第二の4戦目で行った賭けを思い出させたが──それは最後通牒と同じ意味となる。

 

 ヒュースは八神から騙し討ちを食らったことで、始めから己が利用されていたことを気絶から意識を取り戻した時点で既に理解していた。

 幼い陽太郎が共謀したわけではないことは解っている。玉狛支部の人間は目の前の男以外、何も知らされていなかったのかもしれない。

 それでも、ヒュースの周囲にいる人間の行動をすべて織り込んで組まれた作戦だった。

 

 ヒュースの脳裏に先日垣間見た、否、今になって()()()()()と理解できる八神の行動が浮かぶ。

 

 陽太郎と雷神丸と共に歯磨きを終え、子供とカピバラ()の歩く速度に合わせて部屋へ戻る折、廊下の前方に八神と空閑が話しているのが見えた。

 八神は微笑みを浮かべながら手振りで何かを説明しており、空閑はそれに首を傾げながら八神の手を指して質問をしている。そこにボードを持った雨取がやってきて八神に差し出すと、満面の笑みで受け取った八神が話を続けながら2人と共に訓練室へ向かい出した。

 

 下の者が先達者に教えを請うている、珍しくない光景。

 

 だが、ヒュースはその光景の中で違和感を見つけていた。

 

 それは八神と空閑の間に置かれた距離。どんなに互いが動こうと常に一定の空間が在るのだ。

 互いが一定の距離を保っていると云えば語弊があるだろう。空閑自身は無意識なのか意図的なのか判断し難いが、己の()()()距離に入り込もうとしている。それに対して八神は頑なにその範囲ギリギリにしか身を置かないのだ。

 

 その違和感に()()()()()()ヒュースは、無意識にも警戒対象を八神ひとりに絞ってしまった。

 "玉狛(タマコマ)支部の人間は甘い"が、"八神(ヤガミ)は侮れない"と。

 意識を己に集め、それ以外の人間で少しずつ囲っていく。飴と鞭とはまた違う、要は囮作戦と同じだ。

 

 周到に用意されていたルートをヒュースは歩んでいる。歩かされている。八神にサイドエフェクトの疑いを向けたいのに、それは陽太郎によって否定されていた。だが、それも陽太郎に知らされていないだけでは──?

 

 ヒュースはそこでかぶりを振る。

 疑心暗鬼に陥りそうな己を叱咤してこれからは与えられるばかりの情報ではなく自分から情報を引き出し、己の見聞きした情報と培ってきた経験則を信じることにした。

 

 

「それはもういい……(ジン)、例の賭けの権利を使う」

 

 

 ラウンド4のランク戦で玉狛第二の勝敗に迅とヒュースは賭けをしていた。迅から持ち掛けられたそれは、賭けに負けた方は勝った方の言うことを何でもきく、と宣言されている。

 結果的に賭けはヒュースが勝ったが、サイドエフェクトを明かした上での勝敗結果にヒュースは迅をいまいち信用ができず、要求を保留にしていたのだ。

 

 幽かに息を吐いてヒュースはランビリスを手首から外し、迅の方へ差し出す。

 たとえ目の前の男がこれから言うことを見越していたとしても、八神よりはまだヒュースの益を考えていることがわかってしまったから。

 

 

「どんな手を使っても、俺を本国へ送り届けろ」

 

 

 言外にヒュースは「婚約者の八神を裏切ることになっても」と告げていた。

 

 ヒュースの心には騙された悔しさはあれど、不思議と怒りは湧いてこない。

 限られた期間で少しの手間と情報だけで作られた、むしろ感嘆さえ浮かべるほどの見事な作戦だった。

 

 だが、このまま掌の上で踊ってやるわけにはいかない。用意されたルートから外れる為に、ヒュース自身も少しずつ布石を置いていかねばならない。

 

 

「わかった。そういうことならお前にぴったりの席が空いてるよ」

 

 

 ヒュースの意図を知ってか知らずか、迅は表情に出すこともなくただただ朗らかに笑った。

 そしてヒュースが差し出しているランビリスをスルーして、足元のレギンデッツを八神が残していったスパイダーで縛るとヒュースの前に転がす。

 

 怪訝そうに眉根を寄せて迅の行動を見ていたヒュースの前で、迅はスラリと風刃を抜き放ってから口を開いた。

 

 

「そのトリガーはまだお前が持ってて良いよ。本当はすぐにでもロビーに連れて行きたいところだけど、もう一仕事しなくちゃいけないんだよね」

 

「……手伝えということか」

 

 

 ランビリスを引っ込めたヒュースを後目に、迅はすでにリロードを終えた風刃の切っ先を地面へ。

 

 遠目に見えていた人型トリオン兵アイドラが倒れ伏した。

 

 

「いいや? 人間じゃないトリオン兵が何十体来ようと敵じゃないさ。俺は実力派エリートだからね」

 

 でもま、万が一ってのはあるから一応な。

 

 

 迅が余裕を滲ませながら笑む。

 

 ヒュースが目視出来る頃には、光線を放つ前に軒並み首を落とされ、ガラクタと化したアイドラたちが次々と積み重ねられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なんで止めたのに八神がベイルアウトしとる!?」

 

「敵が戻ってきましたよ!?」

 

 

 本部の中央作戦室で幹部2人は仰天し、迅が無事にレギンデッツを無力化したことは喜ばしいが、度重なる予想外の事態に本来見られる冷静さを欠いていた。

 

 つい先ほど八神から『迅が私情を混ぜる危険性』を示されたばかりに、迅が八神を庇わなかった事実が混乱を招いている。いったいあの2人は何を考えているんだ、という怒りにも似た混乱だ。

 

 そんな中央に開発室から緊急回線が開かれる。

 

 

『こちら開発室! 敵遠征艇の捕捉に成功しました!!』

 

 

 飛び込んできたのは円城寺の声。

 興奮冷めやらぬといった様子の声音に束の間の静寂が場に落ちるが、意味を理解した途端に全員が快哉の声を上げた。

 

 

「でかしたぁ!!」

 

 

 その中でも幹部として、開発室の責任者としてでも成し遂げた事の重要性を知っている鬼怒田は、ガッツポーズまでして部下たちを褒めた。

 

 迅と八神に齎された混乱はひとまず脇に置き、作戦の"第一段階"が成功した喜びを近くの者たちで分かち合う。

 とは言え、八神が緊急脱出(ベイルアウト)したことで油断した人型トリオン兵の群れが市街地へ一斉に向かい始めた──ボーダー側からは市街地を目指しているように見えるが、ガロプラ側からしてみれば退却のために初期の(ゲート)地点を目指している──ため、スパイダーの操作が必要な中央オペレーターたちは目と手をモニターから離さない、言葉だけの喜びであったが。

 

 

 糸使いはほくそ笑む。

 これで牙の競い合いは終わった、後は噛み千切り嚥下してやるだけだ、と。

 

 敵は用意していた餌に釣られ、作戦に必要な駒は揃った。

 ガロプラ側とボーダー側。攻勢と防勢。

 一般的に攻勢側の方が有利とされる。だが、それは防勢側がしっかりと準備していた場合に逆転する。

 否、より準備していた優れた作戦と戦力が相手を"食い潰す"、という方が正しい。

 

 

 




 ・殺れる距離ギリギリ
トリガー起動をできて一度攻撃を凌げて緊急脱出まで繋げられる距離。
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