魔弾使いのTS少女   作:黄金馬鹿

16 / 86
もう自分の欲望に従ってもいいかなって


第十六魔弾

 ただただ食らう。人の肉を。死肉を。シャロンの肉を。彼女の死体を地面に置き、その上から覆いかぶさるように位置取り、食らう。

 死して伏した彼女の肉をただただ本能のまま、衝動のままに食らう。涙を流しながらその甘美とも取れる肉の美味さに、内臓の味に、血の匂いに酔い、止まることなく。止めれる訳もなく口の中に入れた肉を胃の中に押し込み飲み込む。胃が満たされてもその食欲は止まることなく食える部分を食らい尽し、血の滴る場所を啜り、服を裂き皮膚を噛み千切り肉を食らう。

 最早食べる事しか考えられない。食べて食べて食べて……その先の事なんて考えず、獣のように目の前にある絶好の食料を涙を流し食べつくす。

 最初に見た時から。彼女が既に死んでいて、だけど肉が新鮮なまま動いているという状況を目の当たりにした時、ひなたは理性で食人衝動を押し留め続けた。だけど、駄目だ。生きるため、シャーレイとの約束を守るためと自分に嘘を吐いて大義名分を無理無理に作ってあの美味しそうな体に牙を立てている。それがシャロンという人への侮辱になると知っていても。彼女の体を無下に扱い、彼女の最後が人としてではなく食料として終わってしまうという事実に涙し、人を食う自分を嫌悪し、だけど止められないその食人はその美味しさ故に涙を流し。シャーレイが見ているという事すら忘れて食らう。

 両手も、両足も、文字通り全身を紅一色に染め、シャロンという人間を九割食べつくしたひなたはその満足感と満腹感と絶望感を感じ尽しながら立ち上がった。

 全身を紅に染めたひなたの眼がシャーレイを見る。紅よりも紅な瞳は絶望を孕み、涙を流していた。

 

「……シャーレイ、ごめんね」

 

 出たのは、謝罪の言葉だった。

 

「シャロンを、ちゃんと連れて帰るって言ったのに……無様に負けて、シャロンの体を食って……」

 

 そして、何よりも。

 言いたい事は他にあった。

 

「君が信じてくれた人が……こんな、化け物で」

 

 騙していた。

 秘密はあると何度か言った記憶はある。だけど、その秘密の正体はこれだ。吸血なんか可愛く思える程の行為である食人を行う人間。完璧で完全で嫌悪されて迫害される食人鬼。

 そんな人間を信じていたシャーレイが、可哀想で。そんな子を騙し続けてきた自分がとても愚かで。彼女の大切な人を目の前で食らって。それを、謝りたかった。一言だけ。謝りたかった。

 もう、彼女はこんな人間を……人間じゃないナニかを受け入れてくれない。こんな血と穢れに満ちた生物を迎え入れてくれる人間なんてこの世にはいない。だから、終わりだ。あの優しくも楽しくて嬉しかった時間は。だって、彼女の眼は恐怖一色に染まっているから。ただ、目の前にいる血に塗れたひなたの事を怖い、と。そう思っている目をしているのだから。

 やっぱり、受け入れてくれなかった。何処か心の中で期待していた自分がいたが……よく考えれば分かる事だ。吸血はギリギリ許せても食人を許せる人間なんてこの世に存在する訳がない。だから、これでおしまいだ。全部。この数日間に築いた物全部。これで、おしまい。

 

「……じゃあね。楽しかったよ」

 

 背中を向けて、歩く。

 目的地なんてない。この先に歩いて、歩いて歩いて。近くに川があったらそこに入って返り血を落として、適当なボロ布で体を隠して、復讐だけに生きる。それだけだ。

 つまりは、前と同じ生活だ。また、孤独に戻るだけだ。

 きっと、シャーレイに会った直後のひなたなら、シャーレイを始末して目撃者を消してから去ったのだろう。だが、今のひなたにはそれが出来ない。シャーレイを己の手にかける事なんて出来ない。出来る訳がない。こんな……こんな、最愛の少女に、銃口を向けるなんて真似は、出来る訳がない。だから、何もせずに去る。

 暫くはこの虚無感と絶望感に心を押し潰され続けるのだろう。だけど、じきににそれも慣れる。だって、前もそうだったから。あの男……ブラッドフォード伯爵に全てを壊されたあの時も、そうだったから。どうせ、一か月もしたらシャーレイという少女がいた、という事だけを記憶に留めるだけになる。孤独に苛まれ、ただ復讐のためだけに生きる事になる。

 涙が溢れるが、もう戻れない。後戻りなんて、出来ない。

 後ろをみたいが、見れない。きっと、シャーレイが軽蔑の眼で睨みつけていたら、ひなたは立ち直れないから。だから、潔く去ってまた前みたいに――

 

「待って!!」

 

 止められた。

 必死の叫びに、ひなたの足が止まった。

 止まるつもりなんて一切なかったのに、それがこの言葉だけで止められた。

 

「……何処に、行くの?」

 

 震える声でそう言った。

 そんなの、ひなたにも分からない。そして、シャーレイに言う事じゃない。

 

「……君には関係ない」

「何で」

「……関係ないだろ。放っておいてくれよ」

「関係ある」

「ない。これ以上、ボクを虐めないで……」

 

 これ以上話していたら、心が折れそうだ。

 たった一人。寄り縋れる場所を失った今、ひなたの心は少しの衝撃で完全に粉砕されそうなのに。

 

「ひなたちゃん」

「嫌だ」

「ねぇ」

「聞きたくない!!」

 

 彼女から拒絶の言葉なんて、聞きたくない。

 聞きたくないんだ。見たくないんだ。食人という禁忌を犯した人間に向ける言葉なんて。態度なんて。怖くて怖くて。ただひたすらに怖いから見たくない。だから、ここを去りたい。

 逃げ出したい。

 なのに、足は動かない。彼女の言葉が心を支配しているから。待って、という言葉が、ひなたの足を完全に止めているから。

 

「どうせボクを迫害するんだろ!? 責めて罵って手折るんだろ!!? ボクは……ボクは嫌なんだよ!! 君みたいな優しい子に……君のような陽だまりに存在を否定されるのが!!」

 

 だから、行かせてくれ。

 ただ一言。じゃあねの一言でひなたの足を動くようにしてほしい。

 じゃないと、心が折れてそのまま死んでしまいそうに――

 

「――なんで、そんな事しなくちゃならないの?」

「……………………え?」

 

 帰ってきたのは、意外な言葉だった。その言葉に思わず振り返った。

 振り返った先には、座り込んで恐怖を瞳に孕んだままだが……ひなたを心配する表情を浮かべたシャーレイがいた。

 なんで、そんな表情が出来る……なんで、人間を見る目でまだ見れている。

 

「そんなに血を浴びたままだと、病気になっちゃうかもしれないよ?」

「え、あ……」

「それに、お腹にも穴が空いてたんだし、休まないと」

「な、なん……」

 

 何で。何で何で。

 何で、そんな、化け物を心配する言葉が出てくる。何で、そんな事が言える。

 

「シャロンちゃんの骨も拾って、埋めてあげないと……」

「ま、まっ……」

「だから、ひなたちゃん」

「待ってよ!!」

 

 思わず、シャーレイの言葉を遮った。

 何でだ。何で、彼女はそんな事が言える。何で、何で……

 

「何で、ボクを心配しているんだよ!! ボクは……ボクは、食人鬼なんだよ!? 人の肉を食って生きる正真正銘の化け物なんだよ!? 受け入れられる筈がないのに、何でそんな事がすらすらと!!」

「そんな事ないよ。だって、ひなたちゃんはひなたちゃんだから」

 

 ひなたは、ひなただから。

 今日この日まで……短い間だが、一緒に生きてきたひなたは偽物ではないと分かるから。例え、偽物だったとしても、ひなたの事を軽蔑せず、共に在り続けると決めたから。だから、シャーレイはひなたの事を怖がったりはしない。笑顔を浮かべて彼女を受け入れる事は出来ても軽蔑する事なんて、出来る訳がない。

 食人という禁忌を見た直後でも、それは変わりない。例えひなたがこの世界を滅ぼそうとする災厄の怪物だとしても、シャーレイはひなたの後をついていく。

 それが、シャーレイに残された道だから。それしか、道が残されていないから。ひなたと生きる生活に依存してしまっているのだから。それを自ら手放すなんて選択肢は彼女の脳内には絶対に浮かんでこない。

 

「じゃ、じゃあ何を怖がって……」

「流石に目の前でアレはキツかったから……」

 

 そりゃそうだ、と納得してしまった。ひなただって目の前で人体解体ショーが行われたら、それをやっているのがシャーレイであっても流石に怖い。

 だが、そうだとしても。彼女はこんな血に穢れた自分を受け入れてくれるのか。

 

「……本当に、ボクを軽蔑しない?」

「うん、しないよ」

「……なら」

 

 ひなたはゆっくりとシャーレイに近づき、手の拘束を解いた。

 そして、再び背中を向けて距離を取ると、シャーレイに聞こえるように、呟いた。

 

「ボクを抱きしめてよ。こんな、血まみれのボクを抱きしめれるのなら、力一杯に――」

「はい。これでいい?」

 

 言い切る前に、背中から抱きしめられた。

 すぐに駆け寄り力の限り、優しくひなたを抱きしめた。自分に血が付くのを躊躇せず抱きしめる。その力強さに嘘偽りは無く。言われたとおりに、ひなたを手元に寄せるように力強く。

 だから、涙が止まらなかった。

 こんな、罪と穢れに満ちた禁忌の権化のような存在を、全くの躊躇もなく抱きしめるシャーレイという存在が暖かすぎて、優しすぎて。

 

「シャー、レイ……」

「うん、なぁに?」

 

 もう救われないと思っていた。

 もう、人と一緒に生きていけないと思っていた。

 一生孤独で、理解者が生まれることなくたった一人、孤独に生きていくものだと思っていた。あの日あの時。食人鬼としての宿命を突きつけられた時から、普通の人とはもう一緒に生きる事は出来ないのだと思っていた。例え、出来たとしてもそれは泡沫であり、すぐに孤独に帰る物だと。

 

「……ちょっと、泣いてもいいかな」

「うん、いいよ」

「……うん」

 

 だと言うのに、こんなに優しく認めてくれる存在が現れるなんて。こんな、誰にでも陽の光を届ける太陽のような子がいるなんて。心の中にある男としての精神が、シャーレイ一色に堕ちる。離したくない、ずっと居たいと思ってしまう。こんな罪深い()を受け入れてくれる少女に、惚れこんでしまう。

 男だとか女だとか、そんなの関係なく、彼女に完全に依存して、全てを彼女に捧げたくなる。振り向き、覗き見た彼女の表情は正しく聖母のような全てを受け止め許してくれる表情だった。そんな子が現れたという事実が、涙を流させる。

 足から力が抜け、座り込み、泣く。

 この嬉しさに。喜びに。こんな自分を受け入れてくれる存在が現れたという現実に。

 

「……うぅ、ああぁぁぁ……」

「うん。私はひなたちゃんの全部は分からないけど……寂しかったよね」

「さみし、かった! だれ、も……ひっ、うけいれ、てっ……くれないって、おもって!!」

「大丈夫だよ。私はひなたちゃんを受け入れるから。ひなたちゃんが何であろうと、私だけは絶対にひなたちゃんの側を離れないから」

「しゃー、れいぃ……しゃーれいぃぃ!」

「泣いていいよ。いっぱい、いっぱい。今までの分、全部」

 

 涙に濡れた顔を隠そうとせず、振り返り正面からシャーレイの胸元に顔をうずめ、ただひたすらに泣く。

 一度決壊してしまうと止まらない。今までの分。あの日、全てを失ってから頑張ってきた分が、強がってきた部分が一気に崩壊して、シャーレイという少女を拠り所にしてしまう。

 きっと、もうひなたはシャーレイから離れられない。もう一人は嫌だから、怖いから。辛いから。寂しいから。とてもとても、寂しいから。こんな、自分の汚い所を認めてくれる少女が出来てしまったのだから。

 片手で必死に抱き寄せ、泣きじゃくる。シャーレイはそれをただ黙って受け入れる。ひなたの頭を撫で、赤子を慰めるように。

 ありがとう、と呟き続けながら泣き続け、大丈夫だよ、と言いながら頭を撫でる。

 そんな二人を邪魔する存在は、この場にはいなかった。

 この場にいるのは、依存しあう事でしか生きていけない二人の少女だけだった。

 

 

****

 

 

 二人は、手を繋いで来た道をゆっくり、ゆっくりと歩いていた。

 シャロンは人目につかない場所まで連れて行って、そこに埋めた。石を立て、二人にしか分からないように墓を作って。もう、死体が誰の目にもつかないように、ゆっくりと休ませてあげるために。

 そして、二人は月明りに照らされながら、一緒に街へ向かって歩く。泣いて泣いて泣きじゃくったひなたと、それを慰め続けたシャーレイ。回収したローブのフードで顔を隠したひなたの顔は真っ赤だった。顔に付いた血液的にも、恥ずかしさ的にも。

 幸いにもシャーレイにはバレていないが、こんな歳になって年端もいかない少女に抱き着いて泣きじゃくるなんて思いもしなかった。最も、この一年は思いもしなかった事ばかりだったが。

 だが、何よりも。シャーレイの顔をまともに見られない。シャーレイの綺麗な横顔を見る度に心臓が高鳴ってしまい、顔が熱くなってしまう。

 

(何だろう、この感覚。シャーレイと手を繋いでるだけで、凄い幸せ…………)

 

 顔が真っ赤になっている理由の一つだった。

 こうして二人で誰にも邪魔されずに歩いているだけで幸せになってくる。

 ローブでなるべく顔を隠すようにしないと、ちょっとニヤけているのがバレそうになる。そして、何よりもシャーレイの全てが愛おしく、綺麗に思ってしまう。そして、一度シャーレイを見てしまうとそのままずっとシャーレイの事を見ていてしまう。

 この感情の名前が何なのかは分からないが、少なくとも昨日まではこんな感情は沸いてこなかった。そして、日本に居た頃もこんな感情を覚えた試しは無かった。それを考えながら、だけれども幸せな気持ちで歩く。

 だが、それはシャーレイも同じだった。

 

(かっこよかったな……戦うひなたちゃん……)

 

 終始ボロボロだったが、それでも諦めずに戦うひなた。そんなひなたの事を思い出すと、思わずぽけーっとしてしまう。そして、その後に泣きじゃくったひなた。

 

(可愛かったなぁ……普通じゃ見ないからかもしれないけど……)

 

 泣きながら、上目遣いで見てくるひなた。何時もとのギャップに、女同士なのにドキドキしてしまった。

 ひなたの事をかっこよく感じた。可愛らしく感じた。食人をした事は、怖かったけどそれはあくまでも人間解体ショーのような物を見てしまったがためで、ひなた自身を怖く思ったことは一切なかった。シャロンを食べていたのは、少し悲しく思ってしまったが、涙を流しながら自分に言い訳をして謝りながら食べていたからか、ひなたは悪くない。これは仕方のない事だと割り切れた。

 ひなたも食べたくはなかった。これがすぐに分かったから、シャーレイはひなたの食人を一切怖いと思わなかった。悲しい事だと思えた。約束を……シャロンを連れて帰るという約束を覚えていてくれたから、ひなたを怖いと思わなかった。それに、自分を助けるために、全てを投げ捨てる覚悟で食人をしたという事に軽くときめいた位だ。すぐに人間解体ショーにそんな余裕を持っていかれたが。

 だけど、そんな、かっこよかったひなたが見せた弱さに思わず心を打たれてしまったのは変わりない。

 ただ、その詳細が分からないままひなたの隣を歩いていく。

 両者の関係は変わる事は無かったが、それでも二人の持つ気持ちはちょっとだけ変わり、きっと平和な時間が流れるのだろう。




ひなたが惚れた理由はシャーレイに優しくされたから。唯一の理解者になってくれたからって理由でコロッと。ちょろい。

え? いきなり恋愛要素ぶちこまれても? 何のためのガールズラブタグだと思っている()

あと、この際暴露しますけど、実は本編中に何度も勢いのままキスさせようとしていたり
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。