あの寝込みを襲うキスから十数分経った時。馬車は今までよりも大きく揺れてシャーレイの体が大きく揺れた。それがシャーレイを夢の世界から引き戻す決定打のような物になり、シャーレイは目を覚ました。口の中が若干変な味だったが、それもすぐに忘れて少し煙草臭い馬車の中でシャーレイは起きてすぐにひなたを探した。
その結果、ひなたはすぐに見つかった。ひなたにもたれかかって寝ていたのだから肩の感触ですぐに分かった。が、シャーレイはひなたの様子を見て目を白黒させていた。
「……あ、あぁ、シャーレイ、目が覚めたんだね」
ひなたは何かに怯えるように震えていた。その理由が何なのかは分からないが、それ以上にひなたの様子が可笑しいと決めつけられる要素が一つあった。
ひなたの咥えた煙草。それが異常をシャーレイに突きつけていた。
「……ひ、ひなたちゃん? 何で二本同時に吸ってるの?」
「な、何でもないから……我慢だから、我慢……」
ひなたは、二本の煙草を同時に吸っていた。そのせいで何時もよりも余計に煙が立ち上っている。というか、口の両端に一本ずつ咥えている物だからもう何かの芸をやっているのかといっそ疑ってしまうレベルだ。ひなたはシャーレイの顔を見ないようにして煙草を一本ずつ持って灰を携帯灰皿に落としているが、件の携帯灰皿には灰と吸い殻がもう酷い位に盛られていた。馬車の設置してある灰皿にも灰と吸い殻が盛られている。
もう誰がどう見ても異常だし挙動不審だった。シャーレイの思考回路が寝起きと目の前の惨状のダブルパンチで完全にフリーズする位にはひなたの様子は可笑しかった。というか煙草二本吸いにドン引きだった。
ひなたはそれに気づかず短くなった二本の煙草を携帯灰皿に落とすと今度は三本も煙草を取り出して咥えた。ガタガタと震えながら。それを見て何をしようとしているか理解した瞬間、シャーレイは言葉を発する前に煙草を二本回収していた。
「だ、駄目だよ! 何考えてるの!?」
本当に何を考えているのか分からない。文字通り意味不明だ。
「は、はは……何考えてるの、か……本当に何考えてるんだろうね……」
ひなたはよく分からない事を口走ると、再び箱から煙草を取り出した。が、それもシャーレイが箱ごと煙草を回収する事によって三本吸いとか四本吸いは回避出来た。
「ほんっとうに何してるの!? 流石に意味不明過ぎてビックリだよ!!」
「ざ、罪悪感に押しつぶされそうで……」
「何の!?」
「ナニのだよ!!」
「だから何の!?」
ひなたがいつも以上に情緒不安定過ぎる。というか、ライターを握る手が若干震えている。
もう何が何なのか分からないが、取り敢えずひなたにこのまま好き勝手させておくとロクな眼にならないのは分かる。すぐに理由を問いただしてこの奇行を止めさせなければならない。
「ひなたちゃん、本当に何があったの?」
「……い、言えない。こればっかりは」
まさか寝込みを襲ってキスしました、なんて言ったら軽蔑されるに決まっている。だから、こればっかりは頼まれても懇願されても言えない。告白されたら言える。
煙草の煙に任せて現実逃避していたが、それでも限界は来てしまう。だが、どうしてもこればっかりは言えない。けれども、こんな自分でも分かる位に挙動不審になっていたらシャーレイが感づいてしまうかもしれない。だから、ここは一旦冷静になればいい。
息を吐いて落着き、何とか平静を装う。まだバレたら色んな物が終わるという恐怖とかシャーレイへの罪悪感やらが押し寄せてきて手が震える。
「て、手がふるえるぅ……」
「ほ、本当に何が……ま、まさか、煙草の中毒に!?」
「大丈夫、それはないから」
そんな中毒になるまで吸った覚えは……無い事はないが、それでも煙草が無ければ落ち着かないとかではない。
「まぁ、錯乱しちゃってたのは本当にごめん。本当に何でもないから」
そうだ。バレなければいいんだ。ひなたが口を滑らせなければ絶対にバレることは無い。それに、御者もずっと前を見ているからひなたの犯した過ちを見てもいなければ気づいてもいない。だから、真実を知るのはひなただけだ。
だが、新しくライターで煙草に火を付けた瞬間、手が横から伸びてきて煙草を引ったくった。あっ、と声を出したが気を緩めていたひなたは煙草を死守する事は出来なかった。
「あんなに吸ってるんだからもう禁止!」
と言ってそのままシャーレイは煙草を口で咥えた。そして盛大に咽た。学ばない子だ。
「げっほえっほ!」
「あーもう。これ一本だけにしておくから返して。流石に吸い過ぎなのは分かってるし」
「う、うん……」
シャーレイから煙草を返してもらって煙草を口に咥え、一息つく。
そして、気が付いた。これ、間接キスなんじゃと。
そう思った瞬間、顔に熱がこもってくるのが分かってしまい、恥ずかしさから顔を背けてしまった。そして、シャーレイはそんなひなたを見て小首を傾げ、ふと考えた。
(あれ、さっきの煙草の味、起きた時に残ってた味と同じなような……)
そんな事を考えていたが、そんな思考はひなたの吹かす煙草の煙を見ていると煙のように儚く消えていった。
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既に時刻は夕方。夕焼けに染まった外を二人で眺め、ゆっくりと流れていく景色と雲を暇つぶしがてらに眺める。二人、既に話せる事は話し切ってしまい、もう暇をつぶすためには空を眺めるしかなかった。
何をしようにも何もする事が思い浮かばず、二人で並んで外を眺めているだけだった。こんな時間を後数時間は潰さなければならない。まだまだ温泉街は遠い。まだ街を出てから十二時間も経っていないのだから、半分もまだ来ていないのだろう。既に何回か馬と御者の交代を済ませており、次の交代は後一、二時間は先だ。
「……平和、だね」
「……うん」
何かのフラグになるかもしれないが、それでもその平和はなんとなくだが口にして噛みしめたくなってきた。
こうして平和を噛みしめる事なんて二十年の生涯の中、無かった。日本なんていう平和ボケした国で生きた時は平和なんて当たり前だと思っていた。だが、この世界に来てからその平和がこの世界では一般的ではないと思い知らされて、真っ黒な感情に支配されて一人復讐のためだと生きてきて。だけど、シャーレイと出会って全てが変わって。
この世界で、自分の手で勝ち取った平和なのだからそれを噛みしめても罰は受けないだろう。これから復讐を目指すのかは分からないが、それでも今はシャーレイと共にこうして平和な日常を過ごすのが第一優先だ。この陽だまりを離さないために。
「この間の事、嘘みたいだね」
「うん……あんな事があったのに、こうして馬車に乗ってるなんて、夢みたい」
「……そうだね」
シャーレイにとっても、今まで生きてきたスラムで、一緒に生きてきた家族同様の少女を理不尽に殺されて……だけど、偶々通りがかったひなたに拾われて、こうして一緒に生きるようになって。
本当なら、あの男達に殺されて、ゾンビにされる所だった。ひなたが気まぐれを起こさなければ男たちの性奴隷にされていても全くおかしくなかった。なのに、そんな可能性を全て跳ね除けて、こうしてすれ違っただけの関係から始まった共依存の関係は平和に維持できている。
それが、夢みたいで。こうして一緒に旅行に行っている事が夢みたいで。
「……夕暮れ、綺麗だね」
「……うん、凄く綺麗」
言う事が無くて二人でまた黙って外を見る。
そうして数分間待っていると、ふと眠気が襲って来て欠伸が漏れてしまう。その欠伸が移ったのか、シャーレイも小さく欠伸をした。そんな欠伸の伝染が少しおかしくて二人で顔を合わせて笑ってしまう。
「あはは、ちょっと眠いね」
「ふふ、うん。ちょっとだけ」
だけど、眠気がやってきたのは事実。寝ようか、と提案するとうん。と答える声があった。
二人はクッションを枕代わりにして馬車の中で隣り合って寝転がった。が、ひなたは寝れなかった。何故なら、馬車の振動で体が揺れたり変に体が動いたり衝撃でやってきた眠気が何処かへ行ってしまったり。
「…………馬車の振動で眠れない」
「…………」
「……シャーレイ?」
「……くぅ……くぅ…………」
「うっそーん」
なのにシャーレイは寝ていた。
スラムで生きてきたから多少環境が悪くてもぐっすり眠る術を得たのだろう。ひなたも野宿は経験した事はあるが、流石に揺れる場所で寝た事はない。というか、野宿すら結構眠るのが辛かったのに馬車で眠るのにすぐに適応して寝るなんて出来ない。
「……しゃーれーい。ひまだよー。おきてー」
「くぅ……くぅ……」
「うっそやろ……」
しかも起きない。この子、朝は普通に起こせば起きるのに一度寝たら暫く起きないなんて知らなかった。
「……いいもん。ボクだけ座って寝るから」
結局、ひなたが寝るまでに約一時間の時間を要した。
次回から……次回からきっと話は進むから……!!