ひなたが目を覚ますと、外はまだ暗く、しかし少し明るくなっている事から明け方前。完全に夜が明ける一時間前位だと把握できた。だが、夕方からこの時間まで寝たという事は十時間以上寝ていたという事になる。予想以上に寝ていた事にビックリしながらも、馬車に乗っているのが予想以上に疲れたのだろうと自己完結して目を擦りながら眠気を覚ます。
シャーレイは既に起きていたのか、ジーッと外を見ていた。どうやら、明け方の空が珍しいらしい。ひなたにとってはそこまで珍しい物でもないが、きっと普通の生活リズムで生きてきたシャーレイにとってはそこまで見た事のない光景なのだろう。馬車の中で揺れる電気式のランタンの明かりを直視し、小さく唸りながらも眠気が殆ど飛んだのを自覚しながら声を出す。
「……おはよう、シャーレイ」
「あ、おはよう、ひなたちゃん」
ひなたの言葉にシャーレイはすぐに気が付き、視線を空からこちらに向ける。シャーレイがこうしてハキハキと言葉を喋っているという事は起きてからそれなりに時間が経っているのだろう。もしかしたら、ひなたが起きるよりも一時間前位には起きていたかもしれない。
だが、それは余り気にならない事だ。馬車の後部からひなたの横まで移動してきたシャーレイをそのまま迎え入れて無言で馬車に揺られる。
「……起きたはいいけど暇だね」
「そうだね……」
ゲームとかがあればもう少し楽しくこの時間を過ごせたのかもしれないが、暇つぶしの道具を本だけにしておいたのは本当に失敗だった。しかも、一冊だけ。
この世界にないSF小説等があればシャーレイも少しは新鮮味を感じて楽しめたかもしれないが、生憎、ひなたは色んな街を回った物のそれを見つける事は敵わず、シャーレイに今まで買った本を勧めたこともあったが、やはり子供だからか、文だけの小説には少し抵抗があるようだった。
「お腹空かない?」
「……そういえば、お昼食べてから食べてなかったっけ?」
「うん。夜は寝て過ごしちゃったし」
聞かれて答えると、腹の虫が鳴きそうになる。おやつは時々食べていたが、夕食を食わぬままに寝てしまったがため、腹が減った。シャーレイが鞄の中から食事を取り出して渡してくれたのでそれを受け取る。が、それはひなたが買っておいた保存食のような物とパンではなく、買った覚えのないパンだった。
「……どしたの、これ」
こんなの買った覚えないんだけど、と言うとシャーレイは首を傾げる。
「途中で街に寄ったからその時に買ったよ? ひなたちゃんに何か買ってくる? って聞いたらうんって言ったから一応買ってきたんだけど」
「……ボク、その時寝惚けてたかも。ううん、寝惚けてた。確実に」
そういえば、夜に街に寄って御者と馬の交代をする時間があったような気がする。恐らく、ひなたはその時一回起きて揺れない床に満足して再び寝たのだろう。そんな記憶が沸いてくる。
と、なるとシャーレイは夜中からこの時間まで起きていた事になる。もう生活リズムが崩れまくっている。
「何食べる?」
と言いながら既にシャーレイは焼きそばパンに齧り付いている。既に自分の食べたい物は決めていたようだ。
「マフィンをお願い」
「ふぁーい」
パンを咥えながら包装で包まれたマフィンを渡してもらう。頬が膨らんでいるシャーレイの顔に少し笑いながら包装を手と歯を使って器用に剥がしていく。
包装の中からはバターを付けて焼かれたマフィンが二つ出てきた。冷めているが、十分に美味しそうだ。それに齧り付きバターとマフィンの味を楽しむ。
「包み紙、私が剥がした方がよかった?」
「ん? 別に大丈夫だよ。片手でやるのも慣れたし」
片手になって数か月も経てば基本的な事は全部片手でやれるようになった。だから、包装程度は苦も無く剥がせる。
焼きそばパンをもふもふと頬張るシャーレイを横目で見ながらひなたは鞄から水筒を取ってきて蓋を開ける。
「なんかパン食べてると口の中の水分取られるよね」
「だねぇ」
そう言って水筒を口につける。そして口の中に入ってくる水を喉に流し込み――
「あぶねぇ!!?」
「ぶふぇ」
「ひなたちゃん!?」
御者の声が響いて急に馬車が止まり、その衝撃で水筒の中の水が半分程ひなたの顔にかかった。
「……外、出てみようか」
「う、うん……一応、髪の毛結んであげるね。ゴム探すから先に行ってて」
「お願い……」
一気にテンションが下がった。変な声出たし。
外に出て何で馬車が急停止したのかランタンを片手に聞きに行くと、御者は馬車から既に降りており、馬車の進行先には何かが倒れていた。
「すみません、何かあったんですか?」
「あ、あぁ。すまんな、お客さん。この子が急に飛び出して来て倒れちまってよ……」
この子? それを疑問に思い、御者の男の視線の先を見ると、そこには小さな子供が倒れていた。そう、子供だ。
「……子供? こんな時間に、こんな場所で?」
「あぁ……ライトがあったからギリギリ気付いたが……」
歳は、大体十歳前後だろうか。汚れてはいるものの、最近付いたような土汚れや葉っぱのようなものが大半であり、肌や髪もちゃんと手入れされているため、スラムの子ではないとは思えるが、それでもこんな子が街の中ではなくこんな道の真ん中で倒れているなんて異常極まる光景だ。
「……親らしき人もいねえしな」
「どうします? ここに置いて行きますか?」
「いや、流石に保護したいが……お客さんが良ければ同じ場所に乗っけさせてもいいか?」
「それは構いませんけど……こんな子を放置するなんてできませんし」
食人鬼であれどひなたとて人の子。こんな子をこんな道端で放置しようなんて思えない。シャーレイの時のようにひなた自身に余計な羽振りが来るわけではないし、御者が良いと言うのならこちらが否定する理由なんて一切ない。
ひなたがシャーレイに運んでもらおうとすぐにシャーレイを呼ぼうとした時、ひなたの心臓が高鳴った。
何か、来る。
「させない」
「だ、誰だ!!」
起爆銃を抜こうとしたが、ランタンで手が塞がっているため、光を向けるだけになった。が、それだけで声を出した人物はすぐに分かった。
それは、女……いや、少女だった。まだ成人はしていないように見えたが、しかし纏っている雰囲気が違う。まるで、刃のような鋭い雰囲気はそこにいるだけでひなたを圧倒し、腕の差を分からせる。
「……その子、私達の得物」
「だったら、その物騒な雰囲気をどうにかしてくれないかなぁ……」
ゆっくりとランタンを地面に置いて起爆銃に手をかける。
この子、強い。少なくとも、食人をしたひなたの数倍は強い。それが雰囲気だけで分かる。
ここは時間を稼いで撤退の準備をしないと。そう結論付け、起爆銃を抜こうとした瞬間、目の前を銀の閃光が走った。それにひなたは言葉を発すことが出来ずに止まる。
「おい、ミラ。先行し過ぎだ」
「……ごめん」
「も、もう一人……!?」
それは男だった。真後ろにいるためどんな男かは分からないが、くたびれたような声から少なくとも同年代ではなく年上の男だと理解できる。
そんな男が、一切合切の気配を察知させず、ひなたの首に剣をかけている。少しでも動けば斬ると言わんばかりに、剣はひなたの首に付けられている。
「だが、こいつぁ驚いた。ミラの手伝いをしてやったらこんなのが付いてくるなんてなぁ」
「っ……」
流石に首を斬られては死ぬ。食人をして再生能力が上がっていたとしても、だ。
前にはひなた以上に強い少女。そして後ろにはそれすら悟らせない男。正直に言えばシャロンの時よりも質が悪い。何故なら、少なくともこの二人はシャロンを単独で撃破出来る位の腕はあるからだ。
「おい、お前さんよぉ……ちょっと気配は違うが、アイツ等の仲間だろ? 正直に言やぁ、苦しまずに葬ってやらぁ」
「アイツ等……?」
男の方が声をかけてきた。前の少女が何も言わないのが不気味で仕方ないが、それでも今は後ろの男だ。こいつをどうにかしない限りひなたが最初に殺される。
「惚けんな。お前の臭い……それがあのクソッタレ共と同類だと分からせるんだよ。その血の臭いがな」
「血の……? 悪いけど、最近は煙草しか吸ってなくてね。ヤニ臭いと思うなら離れてくれないかな? 禁煙する気は皆無だから」
クソッタレ。その意味は分からない。が、どうにかして。どうにか口先でこの腕を退けないとどうしようも出来ない。この剣がシャーレイに向かないようにしないと、死んでも死にきれない。
「さっさと言わねぇと拷問してでも情報を吐かせるぞ。この剣は不死殺しだ。お前らの再生能力は無効になる」
「再生能力? ……本当にどういう――」
「ひなたちゃーん、ヘアゴム見つかったよー」
どういう事だと聞こうとした時、シャーレイが馬車から出てきてしまう。それを聞いて男は何を思ったのか少し剣を上へとずらしてひなたの顎を剣の腹に乗せる。
「なるほど……あの子が食料って訳か」
「食料、だと……?」
その一言がひなたの何かの線を切った。
「懐柔し食い殺すか……やっぱクソみてぇな思考回路だな、お前ら」
「……おい、シャーレイが食料ってどういう事だ」
「そんなの、お前が一番知ってることだろうが」
「黙れ」
少しだけ手を広げた。そして、その下に魔弾を作成し悟られぬ内に握りつぶし、すぐに開くことによってシューターを目的の方向……男の腕の内側に当て、腕と共に剣を首の外側へと打ち上げる。
「魔弾だと!?」
「ジェノサイドッ!」
直後、小さい体を利用してしゃがみ込み、魔弾を噛んで割ってから起爆銃を抜いて男の顔に照準を合わせる。
「バスターッ!!」
そして全くの容赦なくジェノサイドバスターを放つ。ほぼ零距離の砲撃。取った、とひなたはにやける。
銀色の砲撃が男の顔へと迫る。この攻撃は避けれまいと完璧に確信した。
「――甘い」
――が、男はそれを避けた。紙一重で砲撃をかすらせながら顔を砲撃範囲内から退け、足を振るった。
その一撃がひなたの胸に突き刺さり、胸からアバラが数本折れる音と痛みが走る。
「ガァァ!!?」
獣のような悲鳴を上げながら玩具のように吹き飛ぶ。数メートル吹き飛び転がり、男とミラと呼ばれた少女の中間辺りまで転がる。
「こ、の……かはっ、ごふっ」
立ち上がろうとするが、折れたアバラの何本かが肺に刺さったらしく、声と息と共に血が吐き出される。致命傷だ。
「……脆い、だと?」
「こ、ろす……げふっ!?」
声を放つと共に夥しい量の血がひなたの口から吐き出され、一瞬にして血の水たまりが完成する。
「さっさと治せ。不意打ちを貰う趣味は無い」
「ふ、ざけ……げはっ!?」
吐き出される血の量が尋常じゃない。一気に意識が血と共に持っていかれそうになる。が、それを理性で何とか押し留め、立とうとする。が、力が入らず体を起こすことが出来ない。
「……治さないだと? しかも、隻腕なのか。魔弾使いだってのに」
「そ、れが……どうした!」
「……いや、臭いは同じだ。だが、脆さに強さ、それに目の色も魔力の色も可笑しい……それに、あの子は何度も吸われている筈なのに生きている……?」
咳と共に血を吐き出し荒く変な息をしながらも立つために力を入れる。が、立つことは敵わない。
このままじゃ、シャーレイが。シャーレイを守れない。
力が抜け、血の水たまりの上に体が倒れる。だが、それでもシャーレイに手を伸ばす。口を抑え、腰を抜かしたのか動けないシャーレイを守るために。
「……まさか、お前……吸血鬼じゃないのか」
「そ、れに……いんねん、が……ある……」
「……いや、もしかしてコイツは……ブラッドフォードの方が作った? それなら人間味を残していても可笑しくないしむしろ納得できる」
「ぶらっど、ふぉーど……」
意識が朦朧としてきた。駄目だ、このままじゃ死ぬ。胸の痛みも尋常じゃない。回復魔法の魔弾を作る余裕すらない。
だが、それでもシャーレイを守らなければという意思だけで体を動かそうとする。全てはシャーレイのため……シャーレイを守るため……
「……ヴラド。ヴラド・ヴァルコラキの名前に聞き覚えはあるか?」
「…………な、い」
「ブラッドフォードの名は」
「こ、ろす……」
「って事は……」
もう意識がもたない。このままじゃ死ぬ。けれど、抗えない。
こんな所で。あっさりと死ぬ。シャーレイも守れぬまま。ずっと、一緒だと約束したばかりなのに。
「クソっ、やっちまった!! ミラ、薬を飲ませてやれ! 死んじまう!!」
「……もう遅い」
「秘薬の方だ! あれなら生きてりゃ何とかなる!」
「……それなら」
意識の殆どが闇に沈んだ時、ひなたの体がひっくりかえされ、仰向けになった。そして、口の中に何かを流し込まれ、無理矢理飲まされる。
それに抵抗できず、胃の中に液体を流し込むと、自然と胸の痛みと苦しさが和らいできた。
「ブラッドフォードの方か……アイツは眷属は作っても時々吸血鬼としての力は与えないってのを忘れていた……」
「……パパの馬鹿」
「うっ……」
徐々に呼吸も安定してきて意識も徐々に戻ってくる。少なくともこのまま眠って死ぬような事は無いだろう。
「……って事はあの壊滅した村の生き残りか。情報屋で聞いた時は眉唾かと思ったが……外見の情報も一致してる」
男は何か喋っているが、ひなたの頭はボーっとしていてよく分からない。
「……ミラ、約束通りあの子を見つける手伝いはしたからここからは俺は元の生活に戻る」
「……元気で」
「そっちもな。そこのブラッドフォードの眷属には謝っておいてくれ」
「……もう会わない」
「出来たらでいい」
そう言い、男の方はそのまま空気に溶け込むように消えていった。嵐のように現れて消えていったが、少なくとも彼がひなたの同類……吸血鬼に近い存在、またはそれ自体に深い恨みを持っているのはひなたに対する容赦のなさでハッキリと分かった。
男はこの場を荒らすだけ荒らして何処かへと去っていった。だが、まだ脅威は終わらない。
ここには、まだミラがいる。
もう何話かに一回死にかけるのがノルマにしか見えないひなたさんでした。
今までのスコアだとブラッドフォード戦で瀕死、一回目のシャロン戦はシャロンが逃げ出さなかったら死亡濃厚、二回目は言わずがな瀕死、そして今回も肋骨が肺に何本も刺さって瀕死。
よく生きてるなコイツ。