何故ミラの父、イヴァンがここに居るのか。どうやって片道十日近くの距離をたった四日でこの街に着くことが出来たのか。その答えはたった一つ。「急いだから」という単純にして大雑把で意味の分からない言葉だった。
ひなたの誘拐に失敗し俯いて泣いていた二人に声をかけた人物。あれこそがイヴァン本人だったのだ。
「……パパ?」
「えっ!?」
「よう、久しぶりだな」
二人が間抜けな言葉を漏らした直後にミラが呟いた言葉によって、大量の荷物に囲まれて泣きべそかいていた少女二人にいきなり話しかけた不審者の素性は明らかになった。剣を携え、何処か飄々とした感じの雰囲気を纏うイヴァンはそのままミラの隣に何の言葉もなく座ると、ミラの足を見た。
それを見てイヴァンは手紙で足が無くなったことを知っていたとは言え、一人娘の足が結婚前に無くなってしまった事にショックを受けたが、それまでの経緯を知っていたため最後まで面倒を見なかった自分の責任だと思い特に言及するのは止め、ミラを挟んだ場所で座っている泣きじゃくっていた少女、シャーレイを覗き込むと声をかけた。
「君がシャーレイか? 娘が世話になってるな」
「へ? あ、いえ、そんな……」
そんな事を言われたのは初めてだった上にさっきまで泣いていたから困惑して適切な声が出てこないシャーレイ。そんな様子を見てイヴァンは小さく笑った後、ミラの頭に手を置いて無遠慮に撫で始めた。
ミラは撫でられて満更でもない顔をした……訳ではなく、予想以上に力の強いそれを受けて頭を撫でられるだけではなくシェイクされすぐにその手を叩き落とした。
「おっと……まぁ、こんな感じの娘だが仲良くしてやってくれ。ちょっと口下手が過ぎるけどな」
「そ、それは……あはは」
その言葉に対する否定材料を持っていなかったシャーレイは小さく笑いながら頬を掻くだけだった。
まさか夜中は結構口下手じゃなくなってるとかそんな事を親の前で言う訳にもいかなかったためこうして笑って誤魔化そうとしたが、その作戦は成功だったようだ。イヴァンはその笑いを受けてあぁ、まだ口下手は治っていないんだなと察するとシャーレイが持っている煙草に目をやった。
それを見て、イヴァンは四日前に自らの元へ届いた手紙の内容を思い出した。
一緒に住んでいるらしいブラッドフォードの眷属の子がヴァルコラキの標的にされた。助けてほしいと。確か、その少女は煙草を吸っていたとも書かれていた。それらの情報から、今こうして泣きながら火の付いた煙草を手に持っていたシャーレイと、それを慰めようとして自分も泣きそうになっていたミラという現場も合わせ、二人はヴァルコラキの手からブラッドフォードの眷属の子を助けようとして失敗してしまったのだろうと察した。
「ミラ、現状を教えてくれ」
「……ん」
イヴァンの言葉にミラは答え、すぐに現状の説明を行った。
ひなたが二週間前、突然ヴァルコラキに嫁いだこと。そのひなたを取り戻すためについ先ほど行われた結婚式に突入してひなたの奪還作戦を開始したがそれには失敗したとのこと。そして、彼女はヴァルコラキの魅了を受けておらず理性を保ったままであるということ。
その他にも様々な状況をイヴァンへと説明すると、イヴァンは一つ頷いて考え込み始めた。そんなイヴァンにミラは一つ質問をする事にした。
「……パパ、どうしてここに? 早すぎない?」
「ん? そんなモン、急いできたからだ。ちょっくら全力疾走を朝昼晩無休でやってな」
「えぇ……」
その言葉を聞いてミラは軽く引いた。
朝昼晩完全無休で全力疾走してたった四日。馬車ですら馬の交代等で朝昼晩ずっと移動しても十日かかる距離をたったの四日。明らかに人外としか思えなかったが、よく考えれば足があるミラでも同じことをしたら普通にそれくらいの時間で十日の距離を移動できると気付いたためそれからは何も言わなかった。
それに、よく考えれば自分よりも深くヴァルコラキを憎んでいる父の事だからそれくらいの事は軽くやってのけると考えておくべきだった。自分の父の事を予測できなかったことを何となく悔やんでいると、イヴァンが考え込んでいたため閉ざしたままだった口を開いた。
「よし、ミラ。お前ちょっと夜中にヴァルコラキの部屋に突撃して気をひきつけろ」
「キレそう」
そして出てきた無理無茶無謀の三つの属性が漏れなく付いてきそうな作戦を聞いて自然とミラはキレそうと口にした。キレそうと言ったが実際は結構キレている。
この期に及んで自分に無駄死にしてこいと? そんな雰囲気がミラから漂っていた。
「い、いや、何も無駄死にしてこいって訳じゃなくてな?」
と、イヴァンが先ほどの作戦の詳細を説明しようと口を開いた。
「一応、お前の話から推測すると、タイムリミットは今日の夜なんだろ? だから夜に決戦を仕掛けるのは当たり前なんだが……奴の従者ってのは俺達みたいに脳のリミッターは全部外してる訳だ。替えなんて普通に効くからな。だから、俺は正面から潜入して従者共を殺してくる。ミラにはその間の時間稼ぎをしてもらいたい訳だ」
その言葉を聞いてシャーレイは目を見開いた。
あの結婚式の場にいた従者達は全員がミラみたいに脳のリミッターを外した状態で戦闘が出来る。と、言うことはシャーレイやひなたでは何もできずに囲まれて殺される可能性があったいう事だ。
シャーレイにとってはヴァルコラキにさえ見つからなければ何とかなると思っていた作戦だったが、その実は誰かに見られて襲われたらその場でデッドエンドというとても危険極まりない作戦だった。ミラもそれは予想外だったのか、顔を青くしている。流石に囲まれていたら腕の一本や二本は覚悟しなければならなかったかもしれない。
そして、ヴァルコラキとの決戦の際にそれ等が襲ってきたらと考えると、イヴァンと共に戦ったとしてももしかしたら全滅する可能性が残されてしまう。
「どうだ?」
確実に危険なのはミラの方だ。従者達がどれだけ集まろうとヴァルコラキには届かない。そのためヴァルコラキの相手が一番危険だが、潜入し素早く従者全員を暗殺して援護に駆けつけるという真似はミラには出来ない。それに、ヴァルコラキを相手にする人間は確実に寝室へとダイナミック入室をかます事になるためその場にいるひなたを安心させる事が出来る人間が一番だ。
そうなれば、適任はミラ一人。そうなってしまう。
「……引き受けた。けど、持たせて五分」
「十分だ。けど油断はするなよ」
そう考えた所でミラは囮とも言える役割を引き受けた。
「……けど、シャーレイも来てほしい」
「え? 私も?」
だが、その後にミラは言葉を付け加えた。
戦えないシャーレイが戦場に赴く理由というのを知りたかったが、ミラはすぐにその理由を話した。
「……もしかしたら余波でひなたが死ぬ。だから保護を」
「あー、そういうこと? なら引き受けるね」
人外の領域にどっぷり浸かっているミラと真祖の真剣勝負。そこでひなたがウロウロしていたら間違って……なんていう不幸な事故があるかもしれない。だから、シャーレイはこそこそとひなたの回収を行う係として任命された。
これにはシャーレイにも危険が伴うが、壁の四隅で待機していればその内終わるだろうと思っているし、ひなたを安心させるには何やかんやで二人一緒の方がいいだろうとも思ったため断る理由は無かった。
「しっかし……してやられたな、ミラ。みすみすヴァルコラキを逃すなんて」
「……それは本当にしてやられた。けどどうしてひなたがついて行ったのか……相談してくれなかった理由が分からない」
「そんなモン、従者の一人を見せしめで殺したんだろ。地面から槍を生やして。んで、喋ったらお前らを殺すって脅した。そんだけだ」
「……それ避けれない」
「槍はヴァルコラキの血からしか生まれないから指パッチンと血の位置で把握できる」
「……なら大丈夫」
そして、完全についででひなたが脅された時の種が明らかになった。
この推測は完全に正解であり、ひなたが脅されたときに見ていた野次馬はその全員がヴァルコラキの従者であり、ヴァルコラキが予め血を一滴垂らしておいた場所に従者を立たせ、その従者をまるで自由自在に槍を生み出せるとでも言わんばかりに唐突に槍を出して殺す。
やった事はそれだけだったが、それでもひなたは種なんて分かる筈がなく、まんまと乗せられてしまった。これがミラが地面から生えてきた槍を見切ったトリックであり、ひなたが脅された一連をデモンストレーションと言った理由だった。
これをスラスラと言えるのだから、イヴァンは伊達にヴァルコラキを長年追ってきた訳ではなかった。
そうして作戦が決まり、ぶっつけ本番の作戦が行われる事となった。
本来はミラから突入するつもりだったが、キスされかけたひなたを見てシャーレイが我慢できずに突入するという珍事はあったものの、ちゃんとミラは時間稼ぎを済ませ、イヴァンは従者を全員殺して間に合った。ちなみに普通にドアから入ってきた。
「よくやったな、ミラ。まだ立てるか?」
「……当然」
口を袖で拭きながらミラは立ち上がった。腹を貫かれた痛みは未だに襲ってくるが、無視できる程度の痛みだ。イヴァンはどうして血を吐くような傷を受けたのかが気になったが、現状それは最も優先度の低い物だと理解しているため、ミラの前で剣を片手にヴァルコラキと対峙するだけだった。
イヴァンの予想では、ミラは秘薬を一つ使ったのだろう。着ている服のあちこちが裂けていたりしているためそれのリジェネ効果でかすり傷程度の傷はすぐさま治癒させたというのも分かる。そのため、ミラの回復手段はもう残り少ないのがハッキリと分かった。
ミラに渡した秘薬は一つ。そして元々持っていたらしい秘薬が二つ。対してイヴァンの秘薬は一つ。娘の安全をと思いそうしたが、少しだけ後悔している。もと持って来たら少しは余裕を持てたのに、と。昔、ヴァルコラキの前に立ったことはあったが、その時と変わらない圧力をヴァルコラキは持っている。
が、それを単騎で倒す事を目的に自らを十八年近く鍛えてきたイヴァンは、それを超えている。伊達に人類トップクラスとして名を馳せていた訳ではない。
「……ふん。塵芥が一つ増えた程度か」
「その塵芥が、テメェを殺す」
「やってみろ、人間が!」
「殺ってやるよ、真祖サマァ!」
その瞬間、イヴァンの立っていた床が砕けた。
それがイヴァンがただ踏み込みヴァルコラキへと肉薄しただけと気づいたのはイヴァンの体がヴァルコラキの真ん前にあったからだ。それにはヴァルコラキすら気付けなかったようで踏み込み、肉薄してから僅か一秒もかからずにイヴァンはその手に持っていた愛剣を、この男を殺すために手に入れた切り札でもある不死殺しを振るう。
その不死殺しがヴァルコラキが予め張っていた障壁へと叩き付けられる。
直後、赤い魔力の暴風だけが吹き荒れる。が、それも僅か一瞬。叩き付けられたコンマ一秒後には障壁は叩き壊され、その刃はヴァルコラキへと届かんとしていた。それをヴァルコラキは一瞬、片手で召喚した槍で防ぎ、叩き折られる一瞬の間に己の血から槍を生やし、イヴァンを攻撃する。
それに気づいたイヴァンは自らに切っ先が届く前に半身をずらして回避、真横を通り過ぎた槍を剣で叩き折り、再びヴァルコラキを攻撃しようとするが、ヴァルコラキが先に魔力の本流を叩き付けイヴァンを吹き飛ばし距離をとる。
十秒にも満たない攻防戦。その中でヴァルコラキは冷や汗をかいた。
この男は、ヤバい。明らかに人間というカテゴリを超えている。
「チッ……クソが」
「……貴様、どうやって障壁を」
「んなモン、腕力一つだ」
ミラは障壁を叩き割る際に己の魔力を剣に乗せて単純な攻撃力をブーストしていた。しかし、イヴァンは違う。単純に己の腕力だけで魔力で出来た障壁を叩き割った。
技量も力も、全盛期のミラを完全に凌ぐほどの強さ。そんな父の本気にミラすらポカンとしている。まさか自分が障壁と叩き割るまでに一秒以上かかった障壁を紙を斬るみたいに一瞬で叩き割るなんて思いもしなかったからだ。父はヴァルコラキ相手でも勝てるかもしれない腕を持っていると思ってはいたがその力はミラの想像以上だった。
ミラですら父の本気は数える程度しか見ていない。本気を出す必要が無いからだ。前に見たのが数年前だったが、明らかにその時とはレベルが違う。
だが、一応イヴァンの父はこれでも人類最強ではない。人類最強は別に居り、イヴァンはそれの次席とも言えるトップクラスの中に名を連ねる。一応、ミラもそこに名を連ねていたが、明らかにイヴァンとは差があり過ぎる。
「……人外が」
「あんがとよ。お前のお陰だぜ? 人外になろうって決めたのはよ」
「ならばその力を抱いたまま死ね!」
「戦闘なんざ数える程度しかしてないボンボンに負けるわきゃねぇだろうがよ!!」
ヴァルコラキの言葉の直後に目の前に紅色の魔法陣が作り出され、そこから深紅の魔力のビームが放たれる。
ひなたのジェノサイドバスターと似たような魔法だった。が、それをイヴァンは一刀の元切り伏せ、一瞬にして再びヴァルコラキの元へと肉薄する。が、今度は瞬時に作り出した魔法陣が同じようにビームを放つ。それをイヴァンは再び斬り捨てるが、三度目のビームを撃つための魔法陣がイヴァンの目の前にあった。
やべっ、と声を漏らすイヴァン。そして魔法陣が煌いた直後、イヴァンは首根っこを何か掴まれて真横に吹き飛ばされた。
「……油断大敵」
それを行ったのはミラだった。横に吹き飛んで壁に当たるイヴァンと改めて剣を構えヴァルコラキに斬りかかろうとするミラ。だが、一瞬イヴァンの方へと目を離していた隙に目の前に魔法陣が作成されていた。
「……うっそん」
ヴァルコラキが嗤う。流石のミラとてあのビームを受けて無事で居られる確信はない。サーッと顔の血が失せていくのを感じる。そして魔法陣からビームが放たれようとしたその瞬間。
「ジェノサイドブレイカー」
背後から放たれた紅の砲撃がヴァルコラキの魔法陣と、それを掲げていた腕を消滅させた。
「チィッ!!?」
「ボクを忘れてもらっちゃ困るんだけど?」
ヴァルコラキが一旦ミラから距離を取り血で己の腕を再構成する。そしてミラは後ろから聞こえてきた声を聞いてその場で振り向いた。
「さっきのはクソ不味い飯代って事で一つね」
後ろ、シャーレイの前に立つひなたが、骨らしき物を咥えた状態で不敵に笑っていた。その瞳は闇の中でも光って見えるような明るい紅に染まっており、体から漏れている魔力も銀ではなく紅に染まっていた。そして、彼女が着ている服もほとんどが血に濡れていた。
ジェノサイドブレイカー。本来放つことが出来ないそれを放った。それはつまり、ひなたは人肉を食ったという事だった。ミラも話程度には聞いていたのでいきなり魔力が増え魔法の威力も上がったひなたに対して疑問こそ持たなかったが、その人肉は何処から確保してきたのかが気になった。が、今ひなたが咥えている骨の出所はひなたの言葉から大体察した。
ヴァルコラキの肉を食った。腕一本分だが、それでもひなたが力を取り戻すには事足りたのだろう。使った分の魔弾を補充してからひなたは模造品の左手を外し、何時もの隻腕の状態にしてからシャーレイから受け取ったらしい右手の起爆銃を構えた。
「援護するよ、二人とも。魔弾使いの本職は、フルバックだからね」
「……助かる、ヒナタ」
「あいててて……まぁ、嬢ちゃんはなるべく自衛に徹しててくれ。援護は最低限でいい」
「了解。さて、クソみたいな旦那様へのDVの時間だ」
「この、人間どもがァ……ッ!!」
イヴァン、ミラ、ひなた対ヴァルコラキ。この場の全員の運命を決める戦いが改めて火蓋を切られた。
ひ「まっず! この腕まっず!!」モグモグ
シャ「だって人の食べる物じゃないもん……」
ひ「具体的に言えば蟹の食べられない所見たいな味がする!!」モッチャモッチャ
シャ「なんで腕がそんな味なの!? 逆に気になるんだけど!?」