ヴァルコラキの一件から一週間が経過した。
時の流れは早い物でついこの間帰ってきたと思ったら既に一週間もの時間が経過していた。ここまで時間を早く感じてしまうのは単にひなたが歳を取ってしまったという事なのかはたまた学校も何も無い時間を家の中で充実して生きていたからか、それとも単純にひなたがそういう体質なのか。どれかはよく分からないが、一週間の時間は三人を何時もの日常に溶け込ませていた。
ヴァルコラキの件は公では出されない裏の案件として処理された。真祖が街の中に居たとあってはこの街が一瞬でゴーストタウン化してしまう恐れがあるからだ。既に討伐されたとは言え、第二第三の真祖が現れないとは限らない。完全に大人の事情が混ざっていたが、頼りになる大人が近所に引っ越してきた事もありひなた的にはどうでもよかった。そのためかひなたは何処から漏れた噂か分からないがたった二週間で結婚詐欺を行った悪女だとか夫を毒殺した畜生とか色々と尾ひれの付く噂が付いてしまったが、別に周りから嫌われようがシャーレイとミラの二人と一緒に居られるならそんなの気にもならなかった。
もう男が寄り付かない? 大いに結構。こちとら同性愛者だと煙草を咥えながら笑い飛ばしてしまう位にどうでもいい尾ひれだった。一応、駆除連合と街のお偉いさんがどうにかして噂を根も葉もない事実だと葬ろうとしてくれているらしいが、そんな事よりも煙草一年分をくれた方がまだ嬉しかった。もう常連となったスーパーでは大変だねぇと苦笑しながら同情される位にはひなたの人望は存在するからだ。この噂を信じているのはひなたに目を付けて何時かナンパでもしてやろうかとか考えていた下半身に脳みそが付いた男共と根も葉もない噂で人を口撃するのが大好きな女共だけだからだ。だから痛くも痒くもない。
そんなひなたさんはヴァルコラキとか言う降って沸いた問題が自分の死亡以外で片付いたためか、色々と気が抜けていた。というよりも、十歳くらい歳をとったレベルだった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」
「ひなたちゃん、またマッサージチェアに座ってる……」
「……お婆ちゃん」
「なんとでも言ええ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛……」
そんな風に周りに思われる理由は、彼女が目を付けて買ってきたマッサージチェアに座って温泉から上がったばかりのご老人みたいに体を揺すられていたからだ。
銀色の髪を横やヘッドレスト部分の上側に乗せて体に巻き込まれないようにしてマッサージチェアにマッサージされる小さい体はとてもじゃないが二十歳の成人した女性には見えなかった。しかも左肩に至っては使ってもいないし凝りになるような大きな
こうして真昼間からマッサージチェアに揺らされているのは、やる事がないからと言える。ヴァルコラキの報酬でこの家がもう一軒二軒ポンと買えるレベルの金を得た三人はその金の大半を生活費と貯金に回した。それはこれから先有事があった際のためでもあったし、何も無く何年何十年も経ちひなたとミラが金を稼いでくることが不可能になってからの生活費、つまる所老後の蓄えにするためだった。
恐らく三人は異性と結婚しない。ミラが唯一するかもしれないが、ひなたとシャーレイは確実にしない。そうすると子供が生まれず老後に生活費やら何やら諸々を頼んだ、なんて事も出来ないため今のうちに蓄えを作っておかないと、となった。そのため、この金は貯金しておこうとなった。
閑話休題。
そういう経緯があった訳だが、その際に生活費に回した金が膨大だった。ひなたとミラが数か月金を稼ぎに行かなくても問題ないレベルの大金がそこにはあった。そのため、暫くは働かなくてもいいか、という結論に行きついてしまい、ひなたとミラはシャーレイの家事を手伝う事にしたが、この家の一日の家事は二人が手伝うとあっという間に終わってしまう物であり、三人とも午後には暇になってしまうのだ。
その結果、シャーレイとミラはボーっとしている事が多くなり、ひなたは何故かマッサージチェアを自分の小遣いで購入して使っている。
そんな事するなら働いて金を稼いでもっと蓄えを、と思われる事が多い……というかイヴァンから言われていたが、そうしない理由とも言えない理由は一応あった。
不安だった。シャーレイを一人家に残す事もそうだし、三人バラバラで外に行くのも。三人一緒じゃない事に不安を覚えてしまうようになってしまい中々離れる事が出来なかった。家の中だったり一緒に買い物に行く程度なら大丈夫だが、歩いて一分以内の場所に居ないと焦燥に駆られたり不安が押し寄せてきたリと色々と手遅れな状態になってしまっていた。その結果三人一緒のベッドで寝る事になったりして夜中の行為の回数が増えたりしたがそれはどうでもいいだろう。
生活費として回した金が尽きる前にこの生活をどうにかしなければとは思っている物の、何の脈絡も無しに依存先を奪われるという現象は予想以上に心に深い傷跡を残していたためか、どうにも一年以上はこのままな気がしてならなかった。
「ああぁぁぁ……あ、終わった」
そうしてひなたがマッサージチェアに物理的に揺らされていたが、マッサージチェアは急にその動きを止めた。それがタイマーによる自動的な停止だとすぐ気が付き、もう一回、と先程のリプレイを再生するのではなく椅子から降りた。
右手を回して少しだけ違和感のある右肩を自分で解すと机の上に置いてあった先日買い物してきた時に買った本を手に取るとそれを片手に隣り合って座っているシャーレイとミラの隣に腰を下ろし本を読み始めた。これも最早何時もの如くなのでシャーレイとミラが特に何か言う事も無くシャーレイはそのままミラの肩に頭を乗せて昼寝を始め、ミラはコーヒー片手に読書をし、ひなたは煙草を咥えながらシャーレイにくっ付いて読書をする。
「……本に灰落ちるよ」
「慣れてるから平気」
「……私が困る」
「大丈夫大丈夫。まだ二回しかやらかした事ないから」
「……あの汚れって」
「あはは」
本は基本的に回し読みしているため、誰かが汚すと誰かが困ってしまうため結構慎重に扱っている。この場合ひなたが煙草の灰を本に落とすとミラとシャーレイが困ってしまう。
もう完全なヘビースモーカーのひなたにそう言っても彼女はその言葉を右から左に聞き流してしまう。ひなたが帰ってきてからすぐに好きなだけ煙草を吸わせたのが間違いだったかとミラは溜め息を一つ零し膝の上に置いている本のページを捲る。ひなたは一度煙草を多く吸うと次の日からその時の本数に合わせて吸ってしまう大変困った癖を持っているため、現在のひなたの一日の煙草消費量は一箱に限りなく近い状態だった。
健康に悪いし肺は真っ黒になるしと悪い事尽くしなのは分かっているが止められない止まらない。煙草の味を知ってしまうとどうしてもそれを止めるなんて事は出来なかった。ヴァルコラキの屋敷に居る時も一日過ぎた辺りから彼女の体は煙を求めていたりした。
「……あ、ちょっとお酒持ってくるね」
読書に耽って既に何分か。ひなたは新しい煙草を咥え火を付けようとしたが、唐突に本を机の上に置き立ち上がるとそのまま一言告げて台所へと歩を進めた。それを見てミラが若干呆れた様な目線を向ける。
「……真昼間から。しかも毎日」
「ちょっとだけだしいいじゃん?」
「……まぁ、いいけど」
完全に駄目人間の道を爆走しているひなただった。
だが、この世界で駆除連合で生計を立てている人間の仕事の無い日の昼間なんて何処もこんな物であり、酒場に行かないあたりひなたはまだ大人しい方だった。それはミラも分かっているため、その程度ならとお咎めなしで見逃す。
台所で彼女は片手で器用に果実酒をコップに注ぐとそれを片手に戻ってきた。
「……そういえば」
「んー?」
そうして戻ってくる間に一口だけ酒を飲んでいたひなたにミラが唐突に言葉を投げかけた。
「……スカート。なんでいきなり履くようになったの?」
会話の種は、今のひなたの服装だった。
上は何時も通りのシャツだ。だが、その下は何時も着ていたショートパンツではなく、ミニスカートだった。何時も何やかんやで二人に勧められても断ってきたひなただったが、ここに帰ってきてから行った買い物でひなたは急に自分のスカートを洋服屋で見繕ってくると勝手に購入し、部屋着にした。
シャーレイとミラ的にはショートパンツよりはそっちの方が女の子らしくていいと思っているのだが、何時も頑なに断ってきたひなたがいきなりスカートを履いているのは少し違和感があった。
「あー……なんか、慣れた?」
「……慣れた?」
それに対してのひなたの答えは、簡素な物だった。
ヴァルコラキの館に居る際、ひなたは何時もドレスだった。そのためスカートに慣れてしまい、最初は恥ずかしかったがシャーレイとミラに救出される頃にはもうどうでもいいやと思うようになっていた。別にスカートを履いたところで男の自分が無くなる訳でもないしと思い、もう二人にはドレス姿を見られているからと思い切って購入に踏み切った。
何だかシャーレイと会ってから自分が徐々に女の子してきたという気がしないでもない。というか男の頃の名残がもう殆ど消し去られている。TSして男の惚れる元男の気持ちってこんな感じで徐々に男の頃の名残を消されていたのかなぁ、なんて時々考えているが少なくとも今のひなたはシャーレイとミラという美少女に囲まれているため、特に考えないようにしていた。
「まぁ、色々と心境の変化があったんだよ」
「……ドレスも着てたし」
「ありゃ着せられたんだよ。まぁ、それが切欠なんだけどさ」
「……そっちの方が可愛いしいいと思う」
「そ、そう?」
こうして可愛いと言われて無意識に照れながら喜んでいる自分も居る事だし。
精神は肉体に引っ張られるとかよく言われるがその通りなのかもしれない。
「そ、そういえばシャーレイってよく寝るよね」
そうして照れていると何だかミラから生暖かいような視線を感じたのでそれを遮るかのようにひなたは話題を変えた。その話題は今のシャーレイの事であり、彼女の寝つきの良さについてだった。
シャーレイはよく寝る。昼寝をたっぷりとっても夜中にはしっかりと寝る。ひなたやミラは戦いに身を置いていたため、何時でも寝て何時でも起きれるように訓練してどんな時、どんな所でもしっかりと寝て何かあれば寝惚ける事無く起きるという癖のような物も付けている。
だが、シャーレイは違う。彼女はそんな訓練していないし寝起きはそれはもう寝惚けまくっている。寝惚けまくって隣に寝ているひなたとミラに襲いかかり、朝っぱらからひなたが気絶しミラが疲労困憊という珍事件が先日あった位だ。それくらい寝惚けるし普通の女の子なシャーレイがここまで寝つきが良いのはちょっとひなたは疑問に思っていた。
「……スラム出身だから?」
「スラム出身だとしても……あー、大体わかった」
ミラが口にした事をひなたは口に出してリピートし、彼女の思っている事を大体察した。
「スラムも確かに寝れる時に寝ないと最悪死ぬからね」
「……それにしては寝起きが弱すぎるけど」
スラムに善意なんて一握りしか存在しない。シャーレイのような少女は悪意に搾取される対象だ。
だが、搾取されないように、自由を奪われないようにするには、大人から逃げ切る体力と身体能力、そして寝不足という自身の体を十全に動かせない要素を消すための睡眠は重要だ。
だから、寝れる時に寝る。そう考えればシャーレイが暇つぶし感覚で寝るのは至極当然とも言えた。にしては寝起きが酷すぎるが。
「ボク達も寝れる時には寝るけど……ここまでは寝ないよね」
「……明らかに寝すぎ」
もう特技に昼寝でも書けるレベルでシャーレイは寝つきが良かった。
二人は若干呆れた様な顔をしたが、すぐに笑って各々の本に視線を落とした。
そして段々と時は過ぎていき、陽は落ち、夜は暮れ、当たり前のように次の日へと繋がっていく。そんな、怠惰とも言えてしまう、平和な日常。
ひなたが徐々にひなたちゃんになっていっている。しかし性癖は男の頃と変わってないため男に寄りかかる事はない模様
多分次回も幕間