翌日。ドラゴンの肉は美味しく頂き余った分は冷蔵庫へと保管しひなたは何時も通りに駆除連合へとむかった。その理由は勿論金稼ぎであり昨日使った金を取り戻すためでもあったのだが、何処か駆除連合の中が何時もよりも騒がしかった。噂でも流れているのかと思い聞き耳を立てようとするがとてもじゃないが聞こえない。
今朝はミラが朝早くから出かけており、見送る事すら敵わなかった。それを寝起きの状態で朝食だけ作って見送ったシャーレイによると、ミラの表情はかなり険しく、家を出てからすぐにイヴァンと合流し何処かへ向かったとの事。理由を聞いても全部決まったら話す、とだけ言って何も教えてくれなかったらしい。ちょっと訝しんだらしいシャーレイがひなたに相談してきたが、ひなたにも何でそんな事をしているのかは分からなかったため首を傾げるしかなかった。
しかし、駆除連合はそんなミラ達の様子と比例するかのように騒がしくどこもかしくもワイワイガヤガヤ。とてもじゃないが気にしないという訳にはいかなかった。
噂を聞こうとしても周りが五月蠅くて聞き取れやしないので一昨日ひなたを飲みに誘った男を目ざとく見つけるとひなたはその男へ向かって歩を進めた。
「やっほ」
「ん? あぁ、アカツキちゃんか」
男は何時も飲んだくれているのに今日だけは酒を手に持っていなかった。それだけで何か可笑しいと思ったが、内容を聞いてみなければ分からない。取り敢えず、この男はこの騒がしさの理由を知っていそうだったので躊躇なくその理由を聞いてみる事にした。
「この騒ぎ、一体何? ミラも今朝早くに出ていったし……」
「あぁ、知らないのか? ……まぁ、アカツキちゃんも駆除連合員だし別にいいか」
どうやら、この情報は駆除連合員でないと知らない情報らしい。よっぽど外部に漏らしたらマズい情報なのか。
だが、この世界は案外平和そのものだしそこまでの脅威が来るとは思っていないのでひなたは一応驚きはするが笑いながら逃げる準備に入るための心構えをしてからこの駆除連合全体を揺すっている情報を聞くことにした。
しかし、その情報はとてもじゃないが有り得ない事だった。
「隣国が全部滅んだ。しかも、たった一晩でな」
「……は?」
その言葉はひなたを驚かせるには十分だった。
この国の隣の国。それはかなり強大でこの国と同等レベルの国だ。ひなた自身、足が自らの足しか無かったので結局行く事は無かったが、陸がかなり広いこの国には一つの大陸にヨーロッパやアフリカレベルの大きさを持った国がゴロゴロとある。そして、この国は東西南北全てを国で囲まれている。
しかし、そんな広い土地で戦争をしたら幾ら魔法があるこの世界でも色々と大変なので貿易をする事で戦争を避け続けてきた。
そのため隣国とはかなり仲がいいのがこの国なのだが、その周りの国が全て滅びた。地球風に言うなら中国、ロシア、カナダが一つの国と戦争し、その三つの国が一晩にして滅んだと言われるレベルだ。
そんな事を言われればひなたとて開いた口が閉じない。というか信じられない。冗談だと言って笑い飛ばしたい気分だが、それでもマイヤーズ親子が朝っぱらから出払っているという事は駆除連合が国の問題に関わっているという事だ。でなければトップクラスの人間をそう簡単に招集しない。
「それで、今お偉いさんがトップクラスの連中と作戦会議中だ。依頼も一旦受けられないからどうしようもなくてな……」
「だからミラも……」
「そういうこった。ったく、何があったんだか……」
まさか魔獣が一気に進行してきた? いや、魔獣程度ならそこまでの大参事にはならない筈だ。魔獣程度なら幾ら数が居てもイヴァンのような人間が幾らでも討伐する筈だ。それに、トップクラスだからと言ってイヴァンレベルが世界に数人しかいない、という訳ではない。彼レベルならこの世界には百以上いる。隣国とこの国だけでも三十か四十は居る筈だ。
だと言うのに、滅んだ。しかも一晩で。かなりの面積を誇る国が、一気に。
訳が分からない。そんな事が出来る戦力がこの世の何処にある。そう考え、一つだけ思い至った。それが出来る戦力を。いや、それを成せる種族達を。
「……真祖?」
人間なら不可能。だが真祖なら?
結論から言えば可能だ。ブラッドフォードだけでも一つの国を一晩で落とす程度造作もない。そのブラッドフォードが真祖を集め率いたとしたら?
十体も真祖が居れば各国に三体ずつ配置して残り一体を遊撃にしたら国なんて一晩でそれ位落とせるだろう。ヴァルコラキなんてまだ真祖の中では弱い方だ。それ以上が三体襲ってきたら、それこそ国何て一晩も持たない。
あの地獄のような光景が国全体に広がった。それを想像するだけで息切れをして動悸がして吐き気が襲ってくる。今まで語ってももうこちらから手を出さなければ見ることは無いと思い込んでいた光景がもしかしたらこの国全体で見えてしまう。その被害者の中にはシャーレイと、ミラも。
そう考えてしまうだけでトラウマとしてあの時の記憶が刺激されて今すぐこの場に吐きたくなってしまう。
「お、おい、どうした? 顔が真っ青だぞ?」
「な、何でもない……何でもないんだ……」
いや、きっと考え過ぎだ。きっと気のせいに決まっている。
そう信じ込んで込み上げてきた吐き気を何とか飲み込み煙草を口に咥え、火を付ける。
心を落ち着けるために煙草を吸おうとしたが、目の前で揺れる炎と紙と葉が焼ける臭いがあの時を想起させてしまい思わずせき込み吐きかけてしまう。
「ごふっ!? げほっ、ごほっ!?」
「ほ、本当に大丈夫か!?」
「だ、大丈夫。咽ただけだから……」
煙草すら吸えないか。ひなたは自分の心の弱さを嘆きながら火を付けたばかりの煙草を携帯灰皿に突っ込む。きっと、今この状態では血を吸う事も見る事もままならないだろう。あの時に見た、聞いた、嗅いだ物全てがトラウマとなって襲い掛かってきている以上、それを抑える手立てがない。
唯一のメンタルケアが出来る煙草すら今はトラウマの想起の原因となってしまっている。いや、今の自分の体そのものがトラウマになってしまっていても可笑しくない。これだから情緒不安定な女の心は、と深呼吸しながら何とか落ち着きを取り戻す。
「まぁ、なんだ。逃げるにしても周りがアレだしな……こっそり逃げれるようにしておいた方がいいかもしれないぜ? 俺も女房達と逃げる用意しておくからよ」
「あー……本当にその通りだ。今のうちに馬車の予約でも取っておこうかな」
「あ、でもマイヤーズちゃんも逃げるんなら多分国が馬車出してくれるぜ? なんかトップレベルの奴等の家族と知り合いは国の避難所を使えるらしいからな」
「何それ、ずるい」
「代わりに死ぬまで戦えって事だよ」
家族の心配は排除してやるから戦って来いと。一瞬なんだそれ、と思ったがよく考えれば勝たなきゃ家族も死ぬのだしそれまでに事故で死ぬという事が無いのなら家族のためにと思う存分戦える。
よく考えられている、と素直に思った。そして、男の言葉を訂正するのならミラが戦わなくても戦っても国はどちらにしろひなたとシャーレイの分の避難所を確保してくれる。どうせイヴァンはミラを避難させるしそれに応じあかったらその権利はミラがひなたとシャーレイに流す。そして受けたとしてもどうせならひなたとシャーレイも、と二人と一緒に避難する。
自惚れているのでなければそうなってくれるだおう。そうしてくれると信じている。体を重ねた関係でもあるのだし。
「まぁ、そっちも頑張れや。こっちも何とか頑張るからよ」
「うん。何かあったらボクの名前を出してイヴァンさんを頼っておいて。アンタはボクの唯一とも言える飲み友達だし、悪いようにはしない筈」
「分かった。詰んだら迷わず助けてもらう事にするよ」
一番なのは勿論そんな事態が発生しない事一択なのだが。しかし現実と言うのはそういう甘い物を見逃してくれない時がある。だから、それ等を回避できるように精いっぱいの対策を練っておくのが一番だ。
昔のひなたなら確実に無視していた、もしくは一人で勝手に逃げていた案件だが、今はそこまで冷酷ではない。すぐに帰ってシャーレイと一緒に荷物を纏めて逃げる準備をしておくのが一番だろうか。いや、その前にミラが戻ってくるのを待たなければならない。ミラも一緒でなければ駄目だから。
若干キリキリしてきた胃を抑えながらひなたはその場を去る。なんだかこの世界に来てから精神と胃が半年以上休まった試しがない。というかもしかしたら今回の三か月が最長かもしれない。どれだけ濃い一年半を過ごしてきたんだ、と自分のTSしてからの人生の濃さに驚愕する。
確かに昔はこういった物語の主人公的な感じで問題に巻き込まれて自分の手でそれを解決していく生活を夢見ていた時はあったが、チート能力も何も無ければこんなの辛いだけだ。幾つ胃があっても安心できない。あるだけ胃潰瘍になって血を吐く未来しか見えない。頼むから心と胃に安らぎを、とクソッタレな神様に願いながらひなたは駆除連合を後にしようとする。
が、しかし。今願いを馳せたクソッタレな神様は心の安らぎを今しばらく許してくれないらしい。
「おっ、いたいた」
そんな声を聞いた。その声は最近聞き慣れたイヴァンの物だったが、いきなり背後にイヴァンの気配と声を感じたため吃驚して一瞬心臓が止まりかけた。冗談だが。
そうして声を聞いた瞬間、ひなたは後ろから首根っこを掴まれてそのまま持ち上げられ、イヴァンの肩に米俵のように担がれた。
「え?」
「はい嬢ちゃん確保。何も言わず着いてこい」
「いや、ちょ!?」
そして何か言う前にひなたはイヴァンに担がれてドナドナされる。せめて事情だけでも話してと担がれた状態で抗議する物のイヴァンはどこ吹く風と言わんばかりに何も聞かずそのままひなたを駆除連合のカウンターの奥まで連れていき、明らかに関係者以外立ち入り禁止の場所へと連れていくと通路の途中にあった部屋にひなたを担いだ状態で入った。
その部屋の中でイヴァンに何かされるという可能性は一切考えていないが、いきなり連れていかれた事でもう内心ビクビクであり、まさかミラと体の関係を持った事でキレたか? と思ってしまうぐらいだ。
だが、そうして連れ込まれた部屋の中は一言で言えば会議室だった。
真ん中に大きな机があり、それと対するように置かれた椅子には色んな人が座っている。老人だったり明らかにミラとかイヴァンレベルで強そうな男だったり女だったりミラだったり。
「あ、ミラだ」
「……なんかごめん」
そうして沢山ある椅子の中の一つに座っているミラは担がれて入場してきたひなたを見て申し訳なさそうに顔を逸らしてから一言謝った。多分、こうして運ばれてきた状態を見て言っているのだろう。気にしなくてもいいのに。
「えっと……取り敢えず降ろしてほしいんですけど」
「あぁ、わりぃな。要件はそこの爺さん方から聞いてくれ」
「イヴァンさんも爺さんですよ」
「お前笑顔で毒吐きやがったな晩年チビガキ」
取り敢えず何も聞かされずに担がれて運ばれた恨みとして軽く毒を吐くと、イヴァンにちょっと雑にミラの隣の空いていた席に座らされる。そしてその隣にイヴァンが座る。どうやらひなたに爺さんと言われたのが少しショックだったらしく、しきりにそうかぁ……俺も爺さんって歳かぁ……と嘆いている。
まだ五十代じゃないんだからそこまでの歳じゃないとフォローしようかと思ったが自分の撒いた種でもあるので放っておいた。
「……マイヤーズよ。そろそろ茶番は止せ」
「はいはい。ったく、ちょっとは気を楽に持てよ、ご老人」
だが、そうしてイヴァンが拗ねているとテーブルの上座に座っている老人がイヴァンに向かって声を投げかけた。その声は威厳に溢れているような声をしており、今自分はこの空間の支配者なのだと、この中で一番偉いのだと証明しているような声だった。
最も、イヴァンは特に何も思わないらしく何時も通りの軽い声色だった。そんなイヴァンを老人は睨み付けるが、それをするだけ無駄だと判断したのか溜め息を一つ吐いてそれ以上言うのを止めた。
「まぁよい。で、だ。その小娘がそうなのか?」
「あぁ、間違いない。コイツがあの最強の真祖、ブラッドフォードの被害者、真祖の眷属だ」
なんて事をサラッと言ってくれてるんだこのオッサン、とひなたは叫びそうになったがその前に会議室が喧騒に包まれる。うるさっ! とひなたは思わず右手で右耳を塞いだが、それでもうるさい。
そうしてちょっと嫌な顔をしているひなたにミラがこっそり顔を近づけて耳打ちをした。
「……ごめん、ちょっと付き合って。手は出させないから」
「別にいいけど……取り敢えず、守ってね?」
自分で言っておいて情けないがミラにこの場は守ってもらうしかない。イヴァンにも視線を投げると、彼は任せろと小さく呟いてくれた。
何だか今回もひなたは巻き込まれてしまうらしい。最近巻き込まれたばかりだなぁ、と吐いた溜め息は小さく消えていった。
難産な理由は予想以上にプロットの消費スピードが速い事なんですよね……(この時点で三分の一くらい)