ブ「駄目です」
ひ「ああああああああああああああああああ!!(発狂)」
もうラストも近いです
たった一人で歩く道。心細さと寂しさと後悔で押しつぶされそうになり、自然と息が切れ胸の鼓動は右手で抑えていても早くなっていくだけ。
緊張? いや違う。自ら死にに行くという事が分かっているから心が押しつぶされそうで、また折れてしまいそうで。だけど、迎えに行かなくては。二人と一緒に居たいから、これから先一人で生きていくことなんて出来やしないから、死にに行く。しかし、死を恐怖しない人間なんて居ないから、どうしても心の中が押しつぶされそうになってしまう。
怖い、怖い。だけど、行かないと。そんな思いが無理矢理ひなたの足を動かす。
今にでも見えない何かに押しつぶされそうになりながらもひなたは歩く。歩き続ける。走るための体力はとっくに使い果たし徐々に体力を回復させてはいるが、呼吸は一向に元に戻らない。自分が使える中で一番効果が高い肉体強化の魔弾を撃ち込んだが、それでも体力も速さも足りなかった。血に濡れた衣服は重く、それも体力と速さを奪っていく原因となり体力は際限なく削られていく。
肉体的にも限界は近いが、それでも大分近くなってきた城を目の前に、それを目印にして歩き続ける。
だが、そうしてたった一人で魔獣避けの結界もない外を歩いているのに、血の臭いが嫌になるほど広がっている筈なのに魔獣は出てこない。
何時魔獣が草木の陰から飛び出して襲い掛かってきても可笑しくはない状態なのにその時が十分以上歩いてもやってこない。
が、やってこないならそれでいい。その時間分シャーレイとミラに近づくことが出来る。前へ進むことが出来る。今は一歩でも、一秒でも早く前へ進めるのならそれでいい。
「はぁ……はぁ……くそ、絶妙に遠い場所に……」
ブラッドフォードの城は何とも絶妙に嫌な距離にある。
見えている分近く感じていたが、それは完全な勘違いでかなり離れた場所からもしっかりと見えるほど大きいだけだった。やっぱ人生なんてクソゲーだと恨みつらみを口にしながらただひたすらに歩く。
そして何分か歩いて。ようやく城が目の前に見えた。
ようやくだ。疲労困憊で、べたついた服は乾き始めて動きづらく、しかも基本的に白や銀だった服が赤黒く染まってしまっている。やはり血塗れの状態はどうしても慣れない。慣れてしまうのはダメなのだと頭の中で理解はしているが。
そうして重い体を引きずりながら歩いて。目の前には城門が見えた。
「城門……如何にも貴族的な人間が大好きそうな城だことで」
そういえば曲がりなりにも伯爵だっけか。と呟きながら城門の鉄格子を蹴っ飛ばして開く。
が、蹴っ飛ばしても開かず、金属の堅い音が響くだけで城門はビクともしなかった。城門を蹴った足が痺れて痛み、蹲って鉄格子を蹴った右足を抑える。
蹲りながら城門の鉄格子を見るがちゃんと開く、ハズ。開かないところを蹴っ飛ばしていたらかなり恥ずかしい。
ちょっと顔を赤くしながら蹲っていると、城門から金属が擦れるような音が聞こえてきた。
その音に気が付いて城門の方へ視線を戻すと、城門は第三者の手で開けられていた。
「えっ……?」
第三者……熊型の魔獣の手で。
「くそっ、やっぱ魔獣の巣かよッ!!」
ひなたは傷んで痺れる足で地面を蹴って城門から距離を取り、起爆銃の銃口を向ける。
出方を見るか? それともこちらから先制を仕掛けるか? 思考回路を完全に戦闘用に切り替えて集中する。
ここまで無事に来たのに死ぬわけにはいかない。せめてシャーレイとミラを最後に一目見るまでは野垂れ死ぬわけにはいかない。
だが、そうして構えているが、目の前ではひなたの中の常識では考えられない光景が起こっていた。
熊型の魔獣がひなたに背を向け、城の中へと戻っていったのだ。その光景にひなたは目を白黒させる。まさか魔獣が目の前の人間を放置するなんて考えられないからの軽い思考放棄だったが、完全に魔獣が見えなくなってからひなたは急いで城門をくぐった。
「今の何だったんだろう……」
ひなたは城に入り、城内の庭的な物にある道を歩く。
何故こうも新設に道を歩くのかと言われれば、何となくだがそうしなければいけない気がしたからだ。もしかしたらひなたのブラッドフォードの眷属としての本能のような物がそれを選択させているのかもしれない。
素直に道を歩き、何事もないまま城の入り口に辿り着く。
今度は足を痛めないように右手に起爆銃を握ったままドアノブを掴み、引く。が、ビクともしない。押してみる。少し体重を乗せればドアはヤケに簡単に開いた。
――そしてドアを開いて見えた光景にひなたは再び絶句した。
「ま、魔獣が……」
魔獣が、壁を作っている。
城に入っててすぐ。まるで魔獣がひなたが城の中を迷わないようにと言わんばかりに自らの肉体で壁を作っており、ひなたに対しては敵意を晒してこない。本当に、ただひなたを目的の場所へ導くためだけにそこに在るかのようだった。
そんな異常な光景にひなたは絶句しながらも、害が無いのなら構わないと自分に言い聞かせて魔獣が作った道の真ん中を歩いていく。右手の起爆銃は何時でも使えるようにちゃんと構えながら歩く。
だが、魔獣は襲ってこない。
そんな不気味さに肝を冷やし背筋に冷たいものを感じながら道を歩く。時々ひなたの実力じゃ歯が立たないレベルの魔獣が見えるのが本当に怖い。襲われたら死ねる。
だが、襲われたら死ねるが襲われなかったら無傷。最終的にひなたは明らかに大きな扉のある場所へと案内された。
中が一体どうなっているのか分からないが、少なくとも血の臭いはしない。シャーレイとミラの血の臭いも。彼女達の血は吸ったことがあるので流れ出ているのなら分かるが、それが分からないということは彼女達は宣言通り手を出されていないのだろう。
それに安堵しながらもひなたはそっと道中に見たドアよりも一回り二回り大きなドアに手をかける。
きっと、これを開ければもう戻れない。死ぬしかない。それを改めて自覚しなおし、これは自殺にも似た物なのだと理解しながら、覚悟を決める。
息をのみ、冷や汗を掻きながら、ひなたはそのドアにゆっくりと力を込め、押した。
****
扉を、開ける。
そして目の前にあった光景は、やはり予想通りと言うべきか部屋の中はアニメや漫画でよく出てきそうな謁見の間のようになっており、前方に広がるレッドカーペットの奥には玉座に座ったブラッドフォードの姿があり、その両隣にはシャーレイとミラが別々の赤い……いや、血で出来た檻の中で力なく倒れていた。
「シャーレイ、ミラッ!!」
「やってきて早々女の心配か。まぁよい」
誰がお前なんかに笑顔で挨拶なんてしてやるかよ、と心の中で中指を立てながら前へと歩く。少なくとも檻の中にいる二人は死んではいない。眠らされているだけなのだろう。本当に手を出されていなかったのを自分の目で確認し、ほっと胸を撫で下ろしながらも起爆銃の銃口をブラッドフォードに向ける。
「二人を解放しろ」
「あまり急かすな。手元が狂うぞ?」
「っ……」
加減が狂う、というのは確実にシャーレイとミラを殺す、という事なのだろう。それが分からない程ひなたは今の状況が見えていない訳ではない。
歯を食いしばって今にでも出てしまいそうな手を抑え、ブラッドフォードの動きを見るしか出来ない。無力な自分に歯がゆい思いをしながらもシャーレイとミラがブラッドフォードの言葉通りに解放されるのを待つ。
ブラッドフォードはシャーレイとミラが眠る檻をどうやっているのかは分からないがひなたの前まで動かすと、指を鳴らして檻を消した。二人はそのまま重力に則って落下するのではなく、ゆっくりと地面に落ちた。ひなたはすぐに戻ってきた二人の安否を己の手で確認するが、ブラッドフォードに何かされた痕跡も一切なく、ダメージらしいダメージも負ってはいなかった。二人に手を出さなかったことが不思議で不気味だった。
どうして餌でもある人間を捕らえて何もしないのか。魔獣をけしかけないのか。
ブラッドフォードにとって自分達は取るに足らない存在だからだろうか。いや、それとも希望を与えておいて一気に絶望に叩き落すつもりなのかとブラッドフォードを睨み付けるがブラッドフォードはひなたを玉座から見下すだけ。
「ん、ぅ……」
「ふぁ……?」
そうしてブラッドフォードを無言で睨んでいるとシャーレイとミラが目を覚ました。
二人は目を紅にしたひなたを起き抜けに見て、ひなたの視線の先に居る者を見て、寝ぼけて少し纏まっていなかった思考が一瞬にして纏まった。
「ひなたちゃん!?」
「え、あ、おはよう」
「……おはようじゃなくて」
「どうして来ちゃったの!?」
二人は、自分達は何をどうしても死ぬと思っていた。いや、理解していた。だから、せめて一人生き残る事が出来るひなたには自分達を見捨ててでも生きてほしかった。
だと言うのに彼女がまた自分達の前に姿を現している。それが何を示しているのかはひなた自身から聞かなくても、ブラッドフォードから事情を問い詰めなくてもすぐに分かった。彼女がブラッドフォードの出した提案の内、ひなた自身も死ぬかもしれない選択肢を取ったと言う事が。
「……せめて、生き残れるなら生きてほしかった」
これでは完全に無駄死にだ。ミラの毒薬も結局意味を成さなかった。いや、使う暇すら無かった。もしかしたらこれから死ぬよりも酷い目に合うのかもしれないが、それでもひなたが生きているという事実だけでそれにも耐えられると思っていた。
なのに、彼女がここに来てしまったらその決心を固めた意味も。
「生きれたとしても、さ」
ひなたが視線をしっかりとブラッドフォードからシャーレイとミラに戻した。
その目には少しだけ涙が溜まっており、紅の瞳は涙で潤んでいた。
「やっぱ、二人が居ないと生きている意味も無いし、耐えられないよ」
完全に二人に依存してしまった心は自分の命を犠牲にしてでも二人と一緒に居る。その選択肢を取る事を強要した。いや、きっと依存していなかったとしてもひなたはこの選択肢を取っていただろう。
それ位に、今のひなたにとってシャーレイとミラの存在は大きく、そして離れられない物へと変わっていた。
「ふむ。そろそろ本題に入りたいのだが? 我が眷属よ」
「……あぁそうかい」
だが、これ以上言葉を交わす前にブラッドフォードが口を挟んだ。
その声には何処か呆れのような物が含まれていたが、そんな物を気にしている程ひなたには余裕は無かった。
シャーレイとミラの前に立ち、二人を背中に回す。何かあれば、一秒でも長く彼女達を守れるようにするために。大切な物をこれ以上目の前で壊されないように。
「貴様はこの世界で生きるという選択を取らなかった。ならば、ここで新たに選択肢を与えよう」
「……苦しんで死ぬか、今ここで死ぬか?」
「それでは在り来たり過ぎてつまらん。が、一つはそれに近いな」
ブラッドフォードはその場で指を鳴らした。
その音を聞き、ひなたは何かしたのかと周りを警戒したが、音を聞いて数秒経ってから自分の体の中に違和感を感じた。
その違和感は徐々に大きくなり、自らの中から何かが消えていく。そうとしか言いようがない感覚が己の胸の内から自分を襲ってくる。が、その違和感が徐々に小さくなっていくと同時にある事に気が付いた。
自分の中にある大きな枷が消えた。その枷は見える物ではなく、そしてブラッドフォードと最初に戦った時に付けられた物。つまりは食人をしなければならないという枷が消えた。
「一つは、我とここで戦う事だ」
「……だからってボクの枷を外したのか」
「途中で弱くなられてもつまらんからな。だが、もう一つの選択を取ればまた枷は付けさせてもらう」
もう一つ?
確か、ブラッドフォードは死ぬ事を一つの選択肢と言ったが、そういえばもう一つの選択肢をさっきから口にしていない。
死ぬ事ではないのなら何だろうか。妾にでもなれと言うのか、それとも真祖となって仲間になれとでも言うのか。だが、どっちの道もお断りだ。後者は待遇によっては考えなくもないが、仲間にはなりたくない。
一体どんな選択を突きつけてくるのか。嫌な汗を掻きながらひなたは無言でブラッドフォードの言葉を待つ。
「もう一つの選択肢は――」
――その娘達と元の世界へ帰る事だ――
最後の選択肢は、ブラッドフォードと戦うか、地球へと帰るか
信じられない二択で、でも目の前の存在はどうしようも無いほど強大で……あぁ、どうしよう
まだ、死にたくないんだ。まだ、生きていたいんだ。だから――