きっと、目覚めることは無い
見ている物は、現実なのか夢幻なのか。分からないけど、多分これは最高にハッピーエンドなんだと思う。だって、これは、この世界は――
エンジンの音がする。
久しぶりの異音。自然界から鳴るはずのないその音は徐々に沈んでいた意識を現実へと浮上させていく。
エンジンの音が響きタイヤがアスファルトを転がる音がして、その音が大きくなったと思ったらすぐに小さくなっていく。一年半前までは日常と化していた音だったが、最近では聞くことが無かったその音に少し苛立ちを感じながらも目を開けると、ようやく自分の状態がどうなっているのかが分かった。
「え? ……あ、あぁ」
俯きで寝かせられていた。場所は、どこだろうか。寂れた四角の部屋の中だと言う事は分かったが、あの世界にこんなコンクリートで出来た部屋は存在しない。
少し視線を動かすと、そこには同じように寝かせられているシャーレイとミラの二人の姿があった。二人とも目立った傷は無く、ミラの杖も同様に転がっていた。その杖の側には茶色の封筒が置いてあった。
少し寝惚けた頭で何があったのかを思い出し、ようやく今の状況と記憶が合致する。
ブラッドフォードの手によってひなたを含めた三人は異世界……ひなたが元居た世界へと帰還を果たした。それを実感しながら頭を振り、封筒を手に取る。
「……開けれない」
右手だけでそれを開けようとしたが中々開かず、苛立って口も使って少し下品に封筒の封を破る。
そして中を見てみると、中には色々な書類が入っていた。ひなたの女としての戸籍謄本、更には本来この世界には無いはずのシャーレイとミラの戸籍謄本まであった。他にはひなたの両親らしい聞いた覚えのない男女の名前が書かれた戸籍謄本とひなた、シャーレイ、ミラのパスポートに加えてシャーレイとミラのビザ。
その他にも何やら大量の金が入っていると記入されていた通帳やら住所が書かれた紙やら鍵やらが入っていた。ちなみに住所は東京でひなたが陽太だった頃の実家がそこそこ近い場所だった。が、今の場所が分からないしこの住所の場所は一回も行ったことがないため分からなかった。
「うっわ、至れり尽くせり……」
ひなたの名前はしっかりと『暁ひなた』と書かれていたし通帳の名義もひなたの物だった。中には目が飛び出そうになるほどのお金が入っており、思わず吹いた。ざっと億に到達する位は入っていた。どうやらまだ日本円の金銭感覚は崩壊していないようで何よりだったが、とりあえず通帳はそっと封筒に戻した。
ふと自分の服装を見てみたが、あっちの世界で最後に着ていた服をそのまま着ていた。血は付着していなかったが、起爆銃はそのまま足のホルスターに仕舞われていた。そして魔力もちゃんと感じ取れたため体に変化は無かった。
「……さて、じゃあ二人を起こすかな」
現状何が手元にあるかもわかった所でひなたはまだ気絶しているシャーレイとミラの二人を起こす事にした。
****
「なんかどっこも電気が付いてる……」
「……クルマって便利そう」
シャーレイとミラの二人は起きてすぐにひなたに頭がパンクしない程度の情報を伝えられ、困惑しながらも一応受け入れた。シャーレイは夜なのに光り続ける街に興味を持ち、ミラは外から聞こえる車やバイクのエンジンの音に興味を示しひなたからの説明を受けた。
が、それでも全てが分かったと言う訳ではなく、後でまた色々と説明をしてみたりしなければいけないかもしれない。いや、しないといけないだろう。
そして、戻ってきて改めてひなたが驚いたことが一つ。
「それにしても、ボク達が若返っているとは……」
「……シャーレイと同い年」
そう、学生証やら戸籍謄本を見てみた結果、ひなたとミラは若返っていた。そのためかミラの身長はシャーレイと変わらない程度になっており、ひなたはただでさえ無い身長が更に数センチ削れていた。泣ける。
ひなたは約六年ほど、ミラは五年ほど。つまりはシャーレイと同い年となっており、学生証はシャーレイと同じ物だった。その学生証はシャーレイと同じ中学校の物であり、つまりひなた達は同級生。中学二年生から日本での生活をスタートする事となる。シャーレイとミラはあっちの世界にある事にはあった学校に行けず、学校に行ける事に喜びを感じているようだが、ひなたからしたらまた中学生からか……と落ち込まざるをえなかった。
一年半も勉強していなかったのだからきっと中学生の頃の範囲何て忘れている。ついでにコンビニに煙草を買いに行けない。酒も飲めない。あっちの世界で知った数少ない娯楽を全て封じられてまた学生。本当に人生クソゲーだ。今頃自分達をここに送り込んだ仇の真祖はニヤニヤ笑っているに違いない。滅べ。
「あーっと……あったあった」
そうしてひなたは少し落胆しながら久々のアスファルトを歩き、そしてようやく三人で歩きながら探していた場所を発見する。それは日本で二十四時間営業している中々にブラックだと聞く職場、コンビニだった。
なんでコンビニを探していたかと言えば、コンビニのATMやコピー機、他には新聞等を使えば日付けや時間が分かるかもしれないからだ。ついでに交番の場所を教えてもらって警察に家の住所までの道案内も頼もうかと思っている。あとは通帳のと一緒に会ったキャッシュカードである程度の金を下して食事を買っておきたいというのもあった。
「じゃあ、二人は待ってて」
「え? 一人で大丈夫?」
「危険なんてないから大丈夫だよ。何かあってもここなら魔弾使いでも何とかなる程度だし」
例え強盗が来たとしても今のひなたなら楽勝だ。
魔弾を使う、というのもあるが、ひなたの身体能力や運動能力はスポーツ程度なら過不足なく行えてしまう程度には高い。それ位は無いとあの世界ではこんな華奢な体で戦っていけないのだ。そういった地の才能が一定以上ある人間が駆除連合で狩りを行う権利を得る事ができ、それ以外の連中はドロップアウト。あそこはそんな世界だ。
だから、例え成人男性が拳銃持って襲い掛かってきてもひなたは一人で対処できる。もし撃たれても痛みを食いしばって耐える事だってできる。即死は勘弁だが。
ローブをしっかりと羽織ってもう無い左手を見られないようにしてからひなたはコンビニに入っていった。
お決まりのいらっしゃいませ、という言葉の後に結構視線を感じる。単純に銀髪碧眼というのが珍しいのだとは思うが、恐らくそれ以上にひなたが外見だけは可愛いから見てしまっているのだろう。中身は残念だが。
「えっと、時間は……」
外は今真っ暗。そんな中で時計を見れば、時刻は夜の九時。それ故にかまだ人がちらほら居る。何人かはひなたを見ると二度見したりしている。どうだ可愛いだろ。
ここで一発ゴムでも買って行ってやろうかとイタズラ心が芽生えたがそれは止めてATMが二十四時間やっているのを確認してからキャッシュカードを入れ、暗記しておいた暗証番号を入力しざっと五千円ほど金を引き出す。それをポーチに入れ、それから新聞を確認する。新聞の日にちと今の時間を照らしあわせて新聞の日にちよりも一日先だと頭で理解し、学校へ行く日が後二十四時間と数時間後だという事を頭の中に叩き込み、コンビニの籠を持って適当に店内をぶらついて漫画を一冊と食料を一旦籠を地面に落としてから入れてを繰り返し、お会計へ。
「えっと、合計で……」
合計金額を聞き、ポーチから札を取り出すが、五千円を一気に取り出してしまう。仕方ない、と口で必要枚数を咥えて残りをポーチに仕舞い、レジに出す。
「ごめんね。左手が不自由なもんで」
明らかに外国人な外見をしたひなたが流暢に日本語を話したからか、それとも左手を隠しているのが手が不自由だったと判明したのが衝撃的だったのかは分からないが、店員は大丈夫ですと一言言って札をレジに仕舞いお釣りをひなたに差し出す。
それを右手で受け取り、ポーチに仕舞っている間に店員は品物を袋に二つ分けて入れてくれた。そこそこ多かったので仕方ないっちゃぁ仕方ないが。
「あの、大丈夫ですか?」
「連れが外にいるんで。あ、あとここら辺に交番ってあるかな?」
「交番でしたら……」
交番の場所を教えてもらい、礼を言ってから軽く袋を二つ持つとそのままコンビニを後にした。
そしてコンビニの外で手持無沙汰に待っているシャーレイとミラに袋を持った手を上げて自分の存在を知らせてから小走りで二人に駆け寄った。
「あ、帰ってきた」
「いやー、遅くなってごめん。取り敢えず、食べ物とか買ってきたからお腹空いてるなら食べて」
そう言ってシャーレイに袋を持ってもらって中を漁り、取り出した食べ物をある程度ミラに渡してからシャーレイにも渡し、そこでひなたが袋を再び自分で持つ。自分で持っている袋の中に手を突っ込んで中の物を取り出せないのは中々に辛い事だったが、慣れるしかない。
隻腕での生活も一応慣れていたが、それはあっちでの生活での事。日本での生活で隻腕の生活なんて初めてなので一年半前まで出来た事が簡単に出来ないのは少しもどかしくもあった。
「じゃあ、交番……えっと、あっちで言う衛兵の人がいる場所へ行こうか。道を聞いて教えてもらわないと」
「……それ、衛兵の仕事?」
「まぁ、色々と変わってるんだよ、こっちの世界は」
衛兵は主に戦う事が仕事だった。が、警察は違う。そこら辺の感覚の違いも矯正していかなければならない。今思えばあの二人もそうやって常識がすれ違っている自分を何とかしてくれたのかもしれない。
時々大学生らしき人や帰りのサラリーマンらしき人達とすれ違いながら交番へとようやくたどり着く。その間にシャーレイとミラは初見殺しなコンビニ製品の開け方に四苦八苦し、ひなたを笑わせてくれた。ついでに海苔を知らなかったりライスボールことおにぎりを知らなかったりしてひなたの腹が大激痛。シャーレイとミラに引っ叩かれた。
鋼板を前にひなたが二人にコンビニの袋を任せて警察に声をかける。
「すみません、ちょっといいですか?」
「ん? 何かな、お嬢ちゃん」
案外警察の人は物腰が柔らかく、丁寧な人だった。
「えっと、この住所の場所に行きたいんですけど」
そう言って取り出したのはコンビニで買っておいたコピー用紙にこれもコンビニで買っておいたボールペンで書いたひなた達の家らしき場所の住所が書かれた紙だった。
警察官はそれを見てからあぁ、この場所ならと言い、交番の中にあった地図帳のような物を取り出し、ひなたの前で広げて見せた。
「えっと、この交番がここで、この道があれだから、この道をだね……」
どうやらここからそう遠くは無いらしく、数十秒の説明を要したが大体の道は把握した。シャーレイとミラの方を振り返っても、二人とも一応道は暗記したらしく頷いていた。
「はい、分かりました。ありがとうございます」
「気を付けて行くんだよ。それと、あまり暗い時に歩き回らないように」
「以後気を付けます」
警官の言葉に少し適当な言葉を返してからシャーレイとミラに合流、住所の場所へと向かう。
「……こっちの衛兵は青い服なんだ」
「だから衛兵じゃないんだけどね……まぁ、こっちの世界はあっちの世界程物騒じゃないからあまり気を張らないでいいよ」
「っていうか、こっちの世界の言葉、あっちと同じなんだ……」
「……そういえば」
とかなんとかシャーレイとミラが言っているが、それはひなたが一年半前に経験した事だ。まさか言葉が通じるとは思っていなかったので意思疎通は何とかなり、しかし筆記の方が完全に別の文字と化していたため覚えるのに苦労した。
が、言語が同じなら文字もそれに照らしあわせて覚える事が出来たので何とかなった。ちなみに、二人はサラッと日本語を読んでいたため納得いかない。あの真祖、絶対に今あっちの世界でゲラゲラ笑っているに違いない。モゲろ。モゲて女になってしまえ。自分と同じ目に合え。あと力の九割九分失ってしまえ。
そんな呪詛を異世界へと飛ばしながら歩く事数分。電気が付いている一軒家が並ぶ中で明かりがついていない一軒家を発見した。表札は『暁』。間違いない、ここがこれからのひなた達の家だった。家、なのだが……
「なんか外見がボク達の家とそっくりなんじゃが」
「……っていうかそのままそっくり」
「可笑しいなぁ、何で異世界に来たのに我が家に帰ってきた気分になれるんだろう……」
明らかに外見があっちの世界でひなたが買った家にそっくりだったのだ。というか無駄に広かった覚えのある庭もあるのが見える。なんだか地球に帰ってきた気がしない。
三人で妙な感覚に包まれながら封筒に入っていた鍵……ではなくあっちの世界で使っていた鍵を試しに使ってみると、開いた。三人で驚きに目を見開いて互いの顔を見合った。これ、あの家じゃね? と。
そしてドアを開ける。なんか見慣れた光景が……というか最後に見た家の中の光景が見えた。
「えぇ……」
「……これさ、一回家に入って出たらあっちの世界とかない?」
「というかブラッドフォードに会ったあたりから夢じゃないの……?」
しかし残念ですが現実。一回家の中に入って出てもそこは見知らぬ外の世界が広がるだけで、あっちの世界の要素はこの家だけだった。
三人で何とも微妙な顔をしながら家に入り、靴を脱いで口を開く。
『おかえり』
『ただいま』
おかえりとただいまを言い合って。何だか可笑しくて三人で笑って。
これから先三人での地球での生活が始まる。きっと、あっちの世界よりも退廃的に生きていく事は出来ないかもしれないけど、多分笑顔で暮らす事は出来る。
魔獣や真祖なんて居ない平和ボケした世界で笑いあって。
嫌な事もあったけど。良い事をこれから先一緒に作り合いながら、三人の足跡は――
きっと、この世界は平和な世界で、理不尽なんて自らの力でもどうにか出来てしまう程度の世界なんだ――