尚、俺TUEEEE!にはならないはずです
走る、走る、只管に走って逃げる。
この時間帯でも、いつもは人通りも雑多な繁華街であるのに、今は何故か人とぶつかることも無い。
それに、町並みもなんだか変貌しているような、そんな気がする。
三浦優美子の逃げる先は路地が腐って爛れたような、実際に触れても視覚効果以上に得られるモノなど無いのだが『そういう風貌』に伺える、佇むだけでSAN値が削られる街中を転がるように彼女は駆けていた。
建物に手をついて、呼吸を整える。
あまり触れたくはない、粘つくような僅かな嫌悪感をその手の感触に覚えつつ、中学時代にテニス部で得た体力と体幹を全身で使い、彼女は前へと駆け続ける。
一年のブランクがあるために、遊び歩いていた分だけ気合には足りず、すぐに彼女は肺に吸い込んだ空気を吐瀉するような呼吸で立ち止まったのだが。
「はぁ、はぁ、……っなん、だっての、アレは……っ!?」
そうなったのも偏に逃げていたため。
街中で突然遭遇した、ヘドロのような体毛を備えた大型犬のような怪物を思い出して、それがただの獣とは思えなかったと優美子は身を震わせる。
向けられた視線には暗く濁った明確な殺意が籠り、尖った獣の口はその端を嗤うように歪ませて。
それに嫌な気配を感じていて、優美子は間一髪助かった。
それが多少薄汚れた野良犬だと思っていたら、最初のひと咬みが届く位置に手を伸ばしていた可能性もあっただろう。
傍に誰も、いつの間にか逸れていたことが、周囲へ自分を良く見せようという気も無かったことが彼女の一命を取り留めた。
ガチリ、と咬み合った歯の音。
衝撃が先に届き、押されるがままに転んで尻もちを着く。
翻った短めのスカートから覗く真白い太腿は泥で汚れたが、手にしていた鞄をも投げ出されたことで身軽になった。
そして、咄嗟だったその時に味わった、微かな痛みを優美子は遅ればせながら自覚する。
剥き出しにされた、異様な悪意。
一瞬の判断が、彼女を逃亡へと選択させた。
追い立てられ、追い込まれ、路地を転がるように駆けたその姿は、まるで猫に甚振られる小動物のようでもあった。
窮鼠の気持ちを思い知った優美子は泣きそうな顔で逃げ惑い、その感情は恐怖に埋め尽くされる。
追い立てた獣の方もまた、嬲ることそのものを愉しんでいるのだろう。
逃げる最中、幾度と襲われたために生じた衣服の破損には、微かな血の滲みも生まれていた。
これが遊び半分ではなく、何だというのか。
制服の汚れと、右の二の腕に滲むジクジクとした痛みを手で押さえ乍ら、一端の小休止を与えられた彼女はじわり、と泣きたくなる気持ちに襲われる。
なぜ自分がこんな目に。どうして誰もいないのか。誰か助けてくれないのか。
あの獣がなんなのか、という点については今は良い。
わかっても助かる見込みが見出せないのでは、逃げることに割ける思考も足りなくなるのだと意識とは違う部分が警鐘を鳴らしていた。
しかし、――それならば先ずは感情を優先するべきではなかったのだろう。
『グルァォン!』
「ひぃっ!?」
知らず追い付いていた獣が吠え、彼女の脚――右の
今度は避けることも叶わず、されるがままに、
「あああああああ!? 痛い! いたいいたいっ! やめっ、やめてぇっ!?」
言葉にしても聴く相手ではないことに、気付いていないわけではないだろう。
しかし声に出さずにはいられないほど、彼女の心はすっかりと折れていた。
玩具を振り回すようにブルブルと揺する獣に噛み付かれたまま、脚の傷は広がり牙は肉へと食い込んでゆく。
先ほどまで抑えられていた涙はもう止めることも叶わず、彼女のその顔はぐしゃぐしゃに
泣いてもどうしようもなくとも、もうそれしか取れる手段がないのだと、脆弱な命は生存のための選択すらも投げ出してしまっていた。
「いやだ! やだ、やだぁああああああああ!!」
助けは来ない――、
☆
――と、思うじゃん?
「オラぁ!」
『ギャイン!?』
ジョジョっぽく拳で殴り抜ければかっこよかったのだけど、俺がやったことは犬っころの無防備な腹を蹴っ飛ばしたチンピラアタックでしかなかった。
動物虐待で訴えられそうだが、狂犬病患ったようなモノに襲われる奴が居たら仕方ない判断だと思うんだ。
犬は嫌いじゃないのだが、こうなったら仕方がない。
ていうか、こいつ犬じゃなくてはぐれ悪魔じゃねーか。犬のふりをしてるのか、それとも言葉の通じないタイプなのかね。
「ハチマン!」
―バヂンッ
『バウァウ!』
蹴っ飛ばした犬をしっかりと見ていたのだが、後ろから来た別のナニかをラウラが顕現させた盾で防ぐ。
……二匹目? いや、複数体か? はいはい探知探知。全部捉えないとダメかな。メンドクセー。
あとどうでもいいけどラウラさん、この場で俺の名前を呼ぶ必要あった?
「……ぅ、ぁ……っ」
「わぁヤベェ。ラウラ、そっちのコギャルを守っとけ。ハイライトさんが仕事してねぇ」
『『『ウェヒヒヒヒ!』』』
「いや、増えたアレをハチマンだけで対処できないだろ」
正論だけども、俺に見知らぬ女子を守れ、と?
無理云うな。
「いや、俺がやるにはアレがアレだし、ね?」
「知らん。盾を貸すから婦女子の守りは任せた。私はアレらを円環の理に還してくる。機動力なら任せろー!」
わぁお、ラウラさんマジイッケメェン……(トゥンク。
ビームサーベルみたいな剣を顕現させて光の羽根を肩甲骨辺りから発現させつつバリバリーと突っ込んでゆく運命系の機動戦士みたいな彼女を見送り、俺はまた女子の背後から強襲してくる犬(4匹目)を盾で防ぐ。
なんでコイツこんなに狙われてんの?
今更ながら見下ろせば、制服のあちこちは破けて血で滲み、力が入らないのであろう座り込んだ脚は泥に塗れて傷だらけで、特に酷い箇所もあるから早急な止血が必要。
その顔はかなり疲れ切っていて、ボロボロに泣いたような痕すら伺える。
ゴメン、もっと早くに助けるべきだった。
いや、謎の結界内部であっちへこっちへとはぐれ悪魔ともども動き回られたから追い付けなかったのだけどもね、まあ言い訳にしかならねぇから口にはしない。
そもそもこういうのって何とかするのは他の、しっかりと土地管理してるひとの仕事じゃないんすかね? そこんとこどうなってんでぃすかグレモリーすぁん!? 俺が懸念する必要はねぇな。うむQED。
「とりあえず、止血、っと」
『ウォォォン!』
―バヂン
魔力で脚の酷い部分を覆い、体液の循環を調整するイメージ。
女の子だし、出来る限り痕を残さないように手掛ける。
というか、このままこの子生き残ってこの事態を下手に漏らされるとこちらの都合にかなり悪い。
痕も残っていたりすると嫌な禍根が残りそうだし、
「あと痛む処はあるか? あ、服に関してはどうにもできん。すまんが転んだとでも言い訳しておいてくれ」
「………………(コクコク」
『ギャイィン!』
―バヂン
腕の血が滲んでいるところも治して、しかし呆けたままの彼女からの反応は弱い、というか声を聴けない。
警戒されてるのか、まあ現在普通に襲われてる真っ最中だし、なんともできんか。
安心できるとは言い難いだろうし。
「――よし、位置取り完了。ラウラ! 武器くれ武器!」
「威力は!?」
「リボルバーで一発分でかいやつ!」
魔力を電波のようなものに変換し、周囲へ放射状に拡散させていたのが探知術の正体だ。
これは元々が俺の魔力であるためか、既定の電磁波とは位相が異なる波長なので俺以外には感知できず、また遮蔽物などでその放射が止められることも無い。
要するに『レーダー』と同じ仕様を、覚えたての魔術だか魔法だかで再現して、可能な限り状況のイニシアチブを取ろうという試みだ。ありきたりな技でもあるし、ひょっとしたら俺以外にも備えている奴がいるかもしれない。
そしてコレは同様に魔力を備えた存在は例外で、ぶつかると見事に反射し居場所と強さと現状の感情などを掌握する。たぶん元素的な性質変換にまでは至ってないのだろう。要するに相手の霊圧を感知するようなモノだ。
そうなると普通は相手側にも感知されていると思われるのだが、実際コレをラウラへ使った時には一切気付かれなかった。
波長が微弱過ぎて反応できなかったのか、どちらにせよ俺自身のステルス機能をしっかりと搭載してくれた技術。いわば、ステルスレーダーと呼べる探索術。
構築したときは出来立て転生悪魔としての拙い魔力量などで実現が暗礁に乗り上げた気もしたが、実際やってみると然程でもなくあっさりと使えている現実。
アレだな。うちの王様の教えが上手かった。
うむ、調子には乗らないよ?
犬たちと対峙していたラウラが舞い戻り、武器の製造に取り掛かる間、俺はタンク役を引き続き引き受ける。
襲い来る犬らを全方向で防御しつつ、小さく悲鳴を上げた女子を守ることも忘れずに。
ラウラの発現した異能は自身の魔力がある限り『銃器を初めとした近代武装の精製』を可能とする具現化能力で、本人が所持することさえできれば具現化できる。
何処かの異世界で転生したハーレムを造るミリオタみたいな異能だが、素材なしで精製できるし制約も緩いので能力的には上位互換だろう。ニコニコできる静画で主人公(♂)のアヘ顔のキモさにコメントから総ツッコミ食らって俺もまた同意する以外に感想が無かったからコミックスも購入して無いし以降の連載も読んでいないが、多分そんな感じだ。
精製に必要なモノが魔力だけなので、彼女から10メートルも離れると消失してしまうが、下手に形が残られても見知らぬ他人に使われるだけだろうから其処は問題ない。
問題点と言えば精製に時間がかかることだが、先ほども見せた通り予め造っておいたモノは彼女自身が何処かへと仕舞って置けるらしく、俺との初戦闘時も『作り置き銃器による絨毯爆撃』で随分と痛い目を見させていただいた。実質、単騎の戦闘においては俺より強いと呼ばざるを得ない。なお、その戦闘能力については異能は関係のない身体的なものだ。素で強い。妬ましい。パルパルパル……。
妬ましい俺の感想はさておき、こうして注文した品を用意してくれることに時間がかかるが、決定力の無い俺にとっては実に得難いパートナーになってくれるはずであった。
「できたぞハチマン! 弾数は6、高威力は3発目だ! くれぐれも悪用するんじゃないぞ!」
「了解だラガサ博士!」
「ラガ、誰!?」
受け取って、受け渡し、役割をスイッチ。
ネタを混じらせつつ把握した位置へ、1、2、3、4。2発残った。
狙うは右手で、左手は添えるだけ。
追い込むように、位置を調整して、撃つべき場所へと導かれた犬っころへと吸い込まれるように弾丸が飛ぶ。
『ギャワアアアアアアン!?』
最初に把握したここいらに居るはずのはぐれ悪魔は1体。
つまり、残っていた多数の犬は残像みたいなもので、本体はひとつだけ。
狙われる痛みを知るが良い。
窮鼠の気持ちになるでごぜーますよ。
まあ知るまでもなく絶命する運命なのだが。
「はぁー……、一撃か。むちゃくちゃな命中率だな」
「当てるっていうよりは当たる場所へ追い込むんだよ。読み取れれば楽だぜ?」
「そんな芸当お前以外に出来るか」
同じ技能を習得すればだれでもできると思うのだけどなぁ。
第一、こうして当てるだけで倒せるのは偏にラウラ自身の魔力のお陰だ。
人工製でも天使は天使、ラウラの魔力は基本的に聖属性と言うか光系と言うか、悪魔にとってはめっさ毒な威力を発揮できる。
それで精製した弾丸も同じこと。
……よく考えればコイツの科白、自画自賛じゃね?
さて、
「そろそろこの変な結界も消えるな。帰るぞラウラ。それじゃあお大事に」
「えっ、ちょっ」
今気づいたが、狼狽えているこの女子の制服
記憶を弄るような術はまだ知らないから何ともできないけど、俺学校じゃ影薄いからなんとかなるだろ。
ではサラダバー。
ちょい説明が諄いかな