やばい、あっつい、日差しあっつい。
まだ4月終わりだというのに、今からこんなでは夏とか本気で死を覚悟しなくてはならない。悪魔の身体は不便である。……海とか行けなくない? いや、元からアクティブ派ではなくてインドア派だけどさ。
屋上に連れ出され、死に欠けのゾンビみたいな目でうへぇあへぇはひぃと呻いていると、そんなことに気付かない女子は俺へと詰め寄る。
ちょっと女子ぃー、距離感もう少し考えてよぉー、勘違いしちゃうでしょぉー。
「で、昨日のアレはなんだったわけよ?」
「その前にちょっと良いか――うん、周りには誰もいないな」
軽く魔力を広げて周囲を探知。
いくら屋上が基本立ち入り禁止だからといって、それをいつも従順に律儀に守るほど高校生は純朴ではない。
周囲に誰もいないことを確認して、俺は自分を此処まで引っ張ってきた女子と向き直った。
「アレは悪魔だよ。なんかはぐれ悪魔とか呼ばれてる、冥界から指名手配されてる犯罪者みたいな感じ? 災難だったな」
「……は?」
「……」
「……」
「……」
「………………終わり!?」
終わりである。
それ以上言うこともないので彼女の返事以降は反応を伺っていただけなのだが、長い沈黙の後に驚愕された。
というか、これ以外に説明すべきことが無いような気がする。……そのはずだよな?
「いや、ちょ、え、ええ~……? もうちょっと、こう、他に無いの? あーしの中に隠されてる力が狙われた、とか、そんな漫画みたいな話があったり……」
「あー。よくありそうな展開だよな。ないんじゃね?」
中二っぽいと侮るなかれ。
ひとむかし前の少女漫画ならば、このくらいの話がゴロゴロと転がっていたのだ。
闇の末裔とか、天は赤い河のほとりとか。
なので一見ギャルっぽいこの女子が話の合いそうなことを口走っても、其処に乗って話を広げたりする真似は避けるべき。
だから鎮まっていろ、俺の中の
詰め寄る勢いで突っかかってきた彼女の肩を押し退けて、何故かその場へ脱力したようにへたり込む女子。
張り詰めていた気が抜けたのだろう女の子座りで力なく項垂れる彼女へ、俺は
「はぐれに関することはこの辺りを縄張りにしてる他の悪魔にも通達しとくから、それでもまた会ったりしたらなんとか逃げてくれ。何なら助けてーって呼べば来てくれる可能性も微レ存」
王様の話だと、グレモリーの眷属が駅前とかでチラシ配りをしているらしい。
悪魔としての契約を取るための仕事の一環らしいのだが、件のチラシは広範囲に広がっているらしいので、駅前で屯して居そうなこのあーしさんも持っているはず。
持っていなくても、配り続けているそれをそのうち手にすることもあるだろうし、なんなら今俺が言っとけばいい話だ。
そんなことを考えていたら、目の前の女子は何故か呆れたような、呆けたような、きょとんとした表情で俺を見上げていた。
「……アンタが助けるの?」
「間に合えばな。いつでもとか思うなよ、俺もそうそう暇じゃない」
昨日のは買い物帰りに王様からエルプサイコングルウが来た所為だし、ラウラの時だって転生の都合と王様の仕事が噛み合わなかったお陰で説明責任のついでにドイツくんだりまで拉致られた所為だし。
……アレ? これ大体王様の所為じゃね?
所為とは言ったが別段、王様のことを嫌っているわけではない。
改めて言うが、転生したての新人悪魔の為に自分の時間を割いた都合でそうなったのが拉致の理由だし、そもそもそうなった原因を辿れば自分の領地と見做される街中で
アフターフォローをする以前に、何の役にも立たなそうな高校生男子の命をサラッと助けてくれた正義の味方みたいな王様には、頭を上げられないわけでもある。
……というか、実力的な意味合いでも文句も言えるはずもない。いや、言う気はないが。
うちの王様ってば、単騎でデイバ●ンバスターみたいな砲撃をブッパできるんだぜ?
そりゃあ転生にも駒が余ってるよ。何の力もない高校生を助けても余裕があるはずだよ。
個人的ではあるが、あのひとのことを今度から脳内で魔王様って呼ぼうかな。ピンクの砲撃ブッパできるとか、まんま管理局の白い悪魔じゃねーか。
「そっか、……うん、わかったし。じゃあ、それでいいし。うん」
リリカルマジカルな王様の変身衣装なんかを妄想していたところへ、何か決意したようなあーしさんの言葉が耳に届く。
目を向ければ、気が晴れたような表情になった彼女がその勢いのまま立ち上がっていた。
「なんかあったらまた相談するし、ちゃ、ちゃんと守れよ?」
「できれば、な」
明言はしない。
しかし、俺のそれを照れ隠しか何かと混同したのだろう。
彼女には不満げな様子はなく、少なくとも笑顔で屋上を後にしようとしていた。
人間、己の信じたいものを信じるものなので、良いように解釈するのは仕方がないことである。
☆
悪魔に転生したお陰で、見知らぬ女子相手でも言葉がつっかえたりどもるようなことも無くなった。
俺がそもそもそうなっていたのは、『失敗するかもしれない』という過去のトラウマに基づいた経験則と、それを『したくない』からこそ意識が躊躇する防衛本能の過剰反応だ。
つまりは自分を守るために無駄に肥大化した自意識――要するに、ボッチであるがゆえに他人との『折り合いの付け方』を学べなかった、頭でっかちな子供のちっぽけなプライドが虚勢を張っていたに過ぎない。
悪魔と言う弱点が在れど生物的に無駄に頑強な存在になることが出来た経験は、俺に『自分を見つめ直す余裕』を与えてくれた。
どうしようもなかった子供がいくら泣いていても、この世は誰かが助けてくれるほど、都合が良くは造られていない。
むしろ醜悪なくらいに、この世には上下関係が何処までも蔓延っていて、誰もがそれをどうにかしたくて生きているに過ぎない。
だからこそ、誰かを助けるような余裕がある奴は滅多にいない。
それでも助かったと、そういう経緯が存在するとしても、それは結局成り行きのひとつにしか過ぎず、個人の意図が明白に事態を動かせたかと言うとそうでもないのだ。
世の中は結局、何処まで逝ってもなるようにしかならないわけである。
つまり何が言いたいのかと言うと、
「……なんで俺はお前と一緒に下校してるんだ……?」
「何が不満なわけよ、ハチは」
不満と言うか、むしろ不気味としか言いようがない。
屋上でのあの後、部室に戻った俺たちを待っていたのは『家庭科室で待つ』という雪ノ下の書き残し。
ホイホイ釣られて向かった先では、由比ヶ浜結衣というピンク髪のクッキー造りに遭遇した。
自分の行為に似合わないよねなどと自嘲していたガハマさんであったが、其処を別段悪いとも思わない友達想いであるらしいあーしさんのフォローも相俟って製作は順調に滑り出して逝く。
――そこで覚えている味は、筆舌に尽くし難い。
さっくりとした生地に混じる納豆の粘りと、咬み応えのある沢庵の舌触りに、つんと鼻に抜けるわさびの辛みが後味を引き立てる。
クッキーひとつでこれだけ【和】を表現できるのならば、もうこれはこれで一種の完成形ではなかろうか。
今はいっぱいのお茶が怖い。と感想を締めくくった俺に、雪ノ下は渋い緑茶を淹れてくれた。顔を反らして俯きがちだったのは何故だろうな。
結局、誰かにプレゼントするために練習していたというそれを、生ものはダメだろ流石にわさびを利かせてもよ、と待ったを掛け。
30分待っていてください、本物のクッキーという奴を見せてやりますよ。と某海原さんちの息子さんのようにドヤ顔たっぷりで『同じクッキー』を全員に振る舞ったところ、阿鼻叫喚の嵐の中で『送る側の気持ちが籠れば良いんだよォ!』と某修造ばりにもっと熱くなれよ!と情熱で押し切った俺が居た。
食わせた理由? そんなん、俺だけ
正直、すまんかったとは思っているけど(小声。
「いや、結衣は先帰っちゃったし、かといって雪ノ下さんと帰るのもアレだし」
「ひとりで帰るって選択肢はないのか?」
「昨日あんな目にあったあーしをよく放り出せんね!?」
「冗談だ」
うんうん、ホントだよー、ジョウダンダヨー。
俺のウィットに富んだジョークはさておき、もう少しアフターフォローをするべきか、という思考もなくもない。
しかし下校開始時の「そういやアンタの名前なんだっけ?」という質問に始まり、改めて名を名乗ったところで「じゃあハチね!よろしく!」と渋谷で佇むと噂に名高い番犬マンさんモドキのような扱いをされた事態は冗談で済ませて欲しかった。
奇跡の風が胸を突き抜ける少年少女の冒険ストーリーの如くにコンゴトモヨロシク……とは決して口走ってもいないのに、何故か勝手に仲魔にされた感。
超強くなれる気がするとでも言いたいのか、非日常的な物語のプロローグを目の当たりにして純情な感情が騒ぎ出しているのかもしれない。
特別なことは無いはずだと、さっきも言った気がするのだが。
こっちの意味でのアフターフォローが必要になるとは思いもしなかった……。
「わかっちゃいると思うが、というか思っていてほしいのだが、アレみたいな事態はそうそう遭遇しねぇからな? 交通事故みたいなもんであって、非日常がそこらに転がっているとか今時中学生でも思ったりしねぇよ」
「………………ハチ、シスターさんが歩いてんだけど」
「嘘だろおい」
何処の馬鹿だよ!? こっちは滔々と日常の素晴らしさをこのおっぱっぴーに説明してやっているっていう矢先に参戦する非日常はよぉ!?
そんな意気込みであーしさんの視線の先へと振り返れば、すっころんで修道服が翻りピンクのぱんつを全開にしている金髪シスターの後ろ姿が目に映った。
………………えーと、あ、ありがとうございます?
「おい」
「いや、突然のこと過ぎてどう反応していいかわからんかった。つかあーしさん目が怖い、やめて、俺悪くない」
思わずガン見してしまっていたことを、零下した気を纏ったあーしさんに窘められる。
うん、女子の下着をまじまじ見るもんでもねえよな。八幡が悪かった。謝るから警察沙汰は勘弁してください。
口とは違う内心はさておいて、すっころんだ彼女を助けようと歩み寄るあーしさん。
なんだかんだで面倒見が良いおひとである。
『す、すいません、助けていただいて……』
「……っ、やべぇ。ハチ、この子完全に外国のひとだわ。言ってる言葉の意味がわかんねーんだけど」
「見たらわかるよ。ああ、安心しろ。俺はわかるから」
悪魔には自動翻訳機能が付いている。
助け起こされた金髪シスターさんに、俺の方が受け答えをする。
『……呪われているのですか? すみません、わたし解呪の方は専門外です……』
「ねえねえ、なんて言ってんの? つーかハチ、外国語出来るって地味にすげーね」
「呪われてねーよ自前だよ。この目か、この目を見てそう思ったか」
割と良い度胸しているシスターだった。
悪いがその辺を翻訳する気にはなれない。あーしさんはしばらく疎外感でも味わっていてくれ。
☆
『申し訳ないのですが、この町の教会の場所を知りませんか? わたし明後日から其処に赴任することになっているのですが、お恥ずかしながら道に迷ってしまいまして……』
ふたつみっつと言葉を交わし、アーシア・アルジェントと名乗った同年代と思しきシスターさんへ、結局ユーは何しに日本へ?と問うたところで返ってきた答えが此れである。
……仮にとはいえ、悪魔の管理する町で教会?
不審にも程があるだろ。
「ちょっと待ってくれ、今確認したい」
このまま見過ごすと困ったことにしかならなそうなので、急いで王様へラブコール。
出てー、王様ー、早く出てー。
『とぅるっとぅー! はちくん呼んだぁー?』
先日も思ったがうちの王様はシュタゲを視聴済みらしい。
「セラフォルーさん、悪魔の支配域って教会建ってて問題ないんですか?」
『えー? 少なくともリアスちゃんは魔王の妹だしぃ、教会の領土を保有できるわけもなーいよっ☆ 建前上は施設として置いてるけど、神社もカミサマ返しちゃったし、教会は廃墟みたいなのが1棟あるだけかなー?』
グレモリーって魔王の家系だったのか。
怖いな、関わらないようにしとこ。
王様であるセラフォルーさんという黒髪ツインテの年齢不詳お姉さんだが、仮にとはいえ俺の命を救ってくれた恩人なので別段無碍に扱うつもりはない。
しかし、彼女の言動とリリカルな魔王様を彷彿とさせる戦闘力を垣間見てしまうと、……なんか、こう、あまりマジにお仕えするのも必要ないのでは?と思ってしまう自分が居るのもまた事実なのだ。
ぶっちゃけ転生に必要な最低限の代償で生きている我が身を顧みれば、己が成長することは必須だとしてもその為に滅私奉公に殉ずるのは間違っているのでは、とも。
そしてそんな俺程度の弱卒が、今得られた事実を目前のシスターへ抛る以上のことを出来るはずもない。
だが、得ている事実を噛み合わせてゆくと、推測だけだが見え得る姿もまた見つかるのでは、とも思う。
「ちなみに質問ですけど、堕天使って普通どういうところに棲む生態なんです? カラスみたいに木の上ですかね?」
『とくにそんなことはなくて、私たちと同じように普通の人間みたいな生活よ? 物を食べて、仕事をして、眠る。屋根があれば充分よね』
「なるほど。神様に対して思うところが?」
『あることはあるんじゃないかしら? 反抗したり、反逆したり。そもそも悪魔の領地で隠れようとしているのなら、うってつけの場所があるのでしょうね?』
俺の言いたいこともわかってもらえたようである。
やっぱり俺、要らない子なんじゃなかろうか。
「答え合わせありがとうございます。それじゃまた」
『はいはい。まったねー☆』
語尾に星がきらりと輝くような跳ねた口調で、天真爛漫な俺の王様との会話を終える。
そのままに、アーシアさんへと答えを流す。
「どうやらキミの言う教会で待っているのは堕天使らしいが、神に反抗してるとかいう堕天使が真っ当に教会所属とは思えないし、騙されてないか?」
ずるずると答えを先延ばしにしても良いことは無い。
事情を呑み込んだシスターさんは納得したように深く頷くと、
『……わかりました。じゃあちょっと行って堕天使を潰してきますね』
と、かなりアグレッシブなことを宣っ……て、ええええええええ?
アレェ? このシスターさん会話してみて常識人だと思っていたのに、なんか豪くぶっ飛んでね?
くそっ、やっぱり昼日中からコスプレで街中を歩ける人種に碌な奴はいないのか!
「………………で、ハチ。結局アンタら何を話してたの?」
居たのか、あーしさん。
こいつ見たことあるぞ…!?