爆発!爆裂!ゼロの紅魔族!!   作:もんえな

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初めまして。初投稿となります。
更新頻度遅いとは思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。


#01 召喚されし爆裂娘

 

 

 

 心地のいいそよ風が吹き抜ける壮大なまでに広がる草原。見上げれば、疎らに雲が漂う青空。

 石造りの大きな塔が五芒星を模るようにして配置し、中心には一際大きな塔が天までそびえ立つ―――まるで城のような建物。

 ここはトリステイン王国の一角、トリステイン魔法学院。

 その中庭の一角で、一人の女子生徒がじっと佇んでいた。

 

 小さな背丈に、透き通るような白い肌。薄い桃色にも見えるブロンドの髪は、美しい波を描くように腰まで伸びている。鳶色の大きな瞳は睨み付けるように正面を見据え、可愛らしい顔立ちも神妙な面持ちとなっている。

 服装は白のブラウスに灰色のプリーツスカート。上から全身を覆うような黒いマントを羽織っている。

 彼女はタクト型の小さな杖を手に、小声でボソボソと何かを唱える。

 そして正面の空間へ向けて、杖を思い切り振り下ろした。

 

 結果。

 ボンッ、と。

 何もない場所で爆発が発生した。

 

「……、」

 

「まただよ。どうせ無理なんだよ、ルイズにはさ」

 

「諦めろよ! 使い魔がお前に来るわけないだろ!」

 

 苦虫を噛み殺すような表情を浮かべる少女に反し、その周囲に立っている同じような格好をした他の生徒達から、呆れたような声や嘲笑が飛んでくる。

 ルイズと呼ばれた少女―――正確には、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。

 彼女は言うなれば、この魔法学院での"落ちこぼれ"だった。

 

 ハルケギニアと呼ばれるこの世界で、貴族と呼ばれる上級階級の人間が魔法を使える者の大多数を占める。

 当然ルイズも、トリステインの中でも屈指の名門貴族、ヴァリエール公爵家に生まれた立派な貴族だ。

 しかし学院に入学してしばらく……彼女は一度たりとも魔法を成功させた経験がなかった。

 なにを、どんな詠唱を唱えても起きる現象はただ一つ。

 爆発。

 今まさにクラスで行っている、春の使い魔召喚儀式。これでさえ例外ではない。

 

 他の生徒達は、鳥や獣、非常に珍しい魔物から、挙句ドラゴンまで。それぞれが召喚魔法であるサモン・サーヴァントで使い魔となる生き物を呼び出し、使い魔契約を見事成功させている。

 しかしルイズは、もう幾度となく詠唱を重ねているが、魔法は成功せずに爆発を起こすだけ。

 この使い魔召喚の儀式は進級が掛かっている大事な授業だ。

 故に、ルイズは焦りが募るばかりであった。

 

「ミス・ヴァリエール」

 

 声を掛けられ、振り向いた先には中年の男。前頭部から後頭部まですっかり髪の毛がなくなっている禿頭と、メガネを掛けた人の良さそうな顔立ち。

 黒いローブを身にまとう彼は、この授業の担当でもあるジャン・コルベール先生だ。

 

「授業の時間が大分押している。今日はここまでにして、続きは次の機会にでも……」

 

「そんな! もう一回だけお願いします!」

 

 ルイズの必死な頼み。

 ここで成功できなくとも、機会はまだ残されているため無理にやる必要はない。だが進級が掛かっているという事実がルイズを浮き足立たせる。

 

「……分かりました。では、あと一回だけですよ」

 

 彼女の必死な態度を見て、コルベールも承諾せざるをえない。

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 許しを得て、ルイズは再び詠唱に取り掛かった。

 これが本日最後のチャンスとなる。次はいつになるか分からない。それどころかここで失敗したら、もう二度と成功できないような気さえする。

 大きく深呼吸を挟み、杖を構えたルイズはありったけの思いをその先端へと集中させた。

 

「この世界……いいえ、もうどこだっていいわ。私に仕える忠実なる(げぼく)よ。どうか私の声に応えて……」

 

 これは詠唱に必要な部分ではないが、自分への祈りのように口ずさむ。

 必要なのは強さ。可憐さ。美しさ。

 そしてなにより、

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし、使い魔を召喚せよ!!」

 

 ―――成功という二文字。

 ルイズが真に求めているのはただそれだけ。

 この際、全身の精神力全てを持っていかれたって構わない。

 

(お願い……!)

 

 必死の願いを込めて、全力で杖を振り下ろした。

 結果。

 

 ドガンッ、と一際大きな―――爆発。

 強力な衝撃に、思わず周りの生徒が顔を手で覆うが……ルイズは、その光景を見て全身の力が抜けるような思いだった。

 また失敗。

 こんな時でさえ、またやってしまった。

 ルイズは呆然としながら、ただただ虚ろな目で爆発後の粉塵を眺めて―――、

 

「え……?」

 

 ハッとなった。

 煙の奥に、何かがいることに気付いたから。

 徐々に晴れていく爆発の名残。段々とハッキリしていく、自身の使い魔の姿。

 ルイズは我慢できずに駆け寄った。

 ようやく成功させたかもしれない、ルイズ自身が呼び出した使い魔の元へと。

 

 そして。

 その姿を確認しようとして。

 

 小柄な影は、寧ろ向こうから霧の外へと飛び出してきた。

 

 

「ええい! 誰ですか! 中途半端な爆発で人の安眠を邪魔しやがったのは!」

 

 

 ルイズは目を疑った。

 そこから出てきたのは―――紛れもない、人間の女の子であった。

 自分と同じか、それ以下の小柄な体格で。ここいらでは珍しい黒髪に、前髪の下から覗く赤い瞳。赤いローブの上から黒のマントを羽織り、頭にはトンガリ帽子を被っている。

 そして何より、左手に持った大きな杖。

 一見してその姿は―――魔法使い、つまり貴族であった。

 貴族にしては多少派手な格好に見えなくもないが、ここでの貴族はみな決まってマントを身にまとう。そして、目の前の少女はマントを羽織っている。

 つまりルイズは、

 

「あの格好……貴族だよな?」

 

「私達より年下に見えるけど……」

 

「でも貴族の格好してるぞ」

 

 召喚してしまったのだ。

 人間を。それも貴族を。

 驚愕で身動きが取れないルイズをよそに、目の前に現れた少女は辺りをキョロキョロと見回している。

 

「というか……どこですかここは? 私は確か、三日三晩何も食べずにいたせいでアクセルの路地裏でぶっ倒れたはず……あれ? なんだか同じ格好の人達がいっぱいいますね」

 

 現実の状況がまったく理解できないルイズ。

 しかし立ち尽くしているわけにもいかないと、目の前の彼女に話しかけた。

 

「……、ねぇ。あんた、どこの家の者?」

 

 少女は怪訝な表情でこちらを見る。

 

「なんですか、あなた? どこの家と聞かれれば、母はゆいゆい、父はひょいさぶろーですが」

 

「……は?」

 

 返ってきたまったく聞き覚えないふざけた名前に、つい棘のある一文字で切り返してしまう。

 何かの冗談にしか聞こえないが……聞き間違いということもある。

 別の問いを投げ掛けてみた。

 

「えっと……じゃあ、あんたは誰? 名前は?」

 

 そう問い掛けた途端。

 待ってましたと言わんばかりに、目の前の少女は自信満々に胸を張ってみせた。

 

「よくぞ聞いてくれました! 我が名はめぐみん! アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法! 爆裂魔法を操る者ッ!!」

 

 シン……と周囲が静まり返った。

 聞いたルイズ本人も、突然水を得た魚みたいに嬉々とし出した少女に戸惑いを隠せない。

 

「ふっふっふ……この私が放つ、あまりにも強大な灼熱の力に震えて声も出ぬか」

 

 寧ろピクリとも動けずに声が出ない。

 だが、その静寂を生徒の誰かが破った。

 

「なんだあの子……顔はいいけど、なんか変だな」

 

「うん、変だな。頭がおかしいんじゃないか」

 

「爆裂魔法ってなに? 聞いたことある?」

 

「さぁ? もしかしてデタラメじゃないのか?」

 

「貴族の真似した平民ってこと? 確かに子供だしあり得るかも……」

 

 ざわざわ、ざわざわと。

 ルイズにとって決して無視し難い、嫌な空気が周囲に充満し始める。

 目の前の少女があまりにもおかしな偽名や妙に背中がむず痒くなる様な立ち振る舞いで名乗り出すものだから、まさか貴族に憧れて格好だけ真似してるやんちゃな子供なのではないかと。

 

「ね、ねぇあんた! 貴族なら魔法を使えるはずよね!? レビテーションとかフライとか」

 

 貴族を召喚してしまった衝撃が、まさか平民の子供を呼び出してしまったのではないかという恐怖へと移り変わり慌てて少女を問い詰めるルイズ。

 サモン・サーヴァントで人間を召喚してしまったという時点でおかしな話だというのに、もしそれが平民だとしたら。

 しかし少女はルイズの心情など無視するように言った。

 

「さっきから何を言ってるのですかあなた達は? 私は貴族ではなく、紅魔族です。レビテーションやフライなどという魔法も、どんなものかは知りませんがこの私には必要のないものです」

 

 直接否定したわけではないが。

 レビテーションもフライも、魔法の中では初歩中の初歩。それを知らないと言うことは。

 

「ちょっとルイズ! サモン・サーヴァントで平民の痛い子供を呼び出してどうすんのよ!」

 

 ほとんど断定されたような情報を確信へ切り替えるように、燃えるような赤い髪が特徴の褐色肌をした女子生徒が高らかに声を上げた。

 

「う、うるさいわよ! 何かの間違いに決まってるわ!」

 

 反射的に怒鳴り返すルイズだが、最早ここまできたらルイズが何か喋るたびに火に油。

 

「さっすがルイズ! 平民の、それも子供を呼び出すなんてさすがだな! さすがゼロのルイズ!」

 

 誰かが言ったその一言をきっかけに、周囲が爆笑の渦に包まれる。

 ルイズは怒りで顔が赤くなりつつも、何も言い返せず。当の貴族マネをしている少女はキョトンとした顔で突っ立ているだけである。

 

「??? なんでしょう、この状況。今しがたそこはかとなくバカにされた気がしましたが、状況がさっぱりなので何も言えませんね。それにしてもお腹が空きました」

 

 これ以上周りに怒鳴り返したところで無駄だと、ルイズは藁にも縋るような思いでコルベールのもとへと駆け寄った。

 

「コルベール先生! もう一度サモン・サーヴァントをやり直させてください!」

 

 これしかない。

 気に入らなければやり直せばいい。だがコルベールは小さく首を振った。

 

「悪いが、それはできない」

 

「なぜですか!?」

 

「使い魔召喚の儀式は、歴史的に見ても非常に神聖なものだ。儀式をやり直すなど冒涜でしかない。キミが使い魔として彼女を召喚した以上選り好みはできない。彼女がキミの使い魔だ」

 

「そんな! けれど人間……それも平民を使い魔だなんて!」

 

「それでも決まりは決まりだ。さあ、ミス・ヴァリエール。コントラクト・サーヴァントを済ませなさい」

 

「ううぅ……!」

 

 ギリギリと歯を食いしばるルイズ。周りにバカにされるのは幾度となく経験しているが、今回のはそれだけでは済まされない。

 もしこの少女と契約を交わしてしまったら……ルイズは、これから一生こんな変な奴と一緒にいなきゃならないのだ。

 嫌だ。

 それだけは嫌だ。

 

(どうして私ばっかりいつも……!)

 

 魔法を使えば爆発。何を、どんな詠唱を唱えようが爆発。

 そこにはたった一度の成功さえなかった。

 だからゼロ。

 ゼロのルイズ。

 今回、ようやく初めて魔法が成功したと、一瞬だが淡い期待を抱いた。だがその結果はこれだ。

 こんなものは成功と呼べない。ルイズの目じりに小さな水滴が浮かんだ。

 

「? どうかしましたか?」

 

 近くにいた例の少女は、ルイズのそんな様子に気付くと気遣うように声を掛けてくる。

 ―――そもそもはあんたのせいじゃない。

 未熟な自分が原因だと分かっているのに、内心僅かでもそう思ってしまったルイズはその時咄嗟に言ってしまった。

 

「うるさいわよ! バカ!」

 

 他の生徒も、コルベールも、ルイズのあまりにも気持ちがこもった叫びに両目を見開く。

 ほとんど怒鳴りつけるように叫んだルイズは、そのまま我慢ならず契約の儀式も行わずその場から走り出した。

 

「あっ!? ミス・ヴァリエール!」

 

 背後からコルベールの声が聞こえるが、精神的に限界だったルイズの耳には届かない。

 彼女はただ現実から目を背けるように、一目散に逃げ出した。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 めぐみんはとても困っていた。

 何に困っているって、目の前の全てにだ。

 アクセルの街で、自分のことを拾ってくれるギルドもなかなか見つからず、空腹や空腹や空腹に耐えながら彷徨っていためぐみん。

 そしてついに限界を向かえ、細い裏路地でぶっ倒れたところ『あっ、ここの地面ずっと日陰になってるから冷たくて気持ちいいですね』なんて思いながらそのまま寝ることにしたのだが。

 突然しょっぱい爆発系統の魔法でも当てられたような衝撃を受け、慌てて起きてみればこの状況だ。

 

「ルイズの奴逃げちゃったぞ。みんなで言い過ぎたかな?」

 

「別に大丈夫だろ。だってあの強気なルイズだぜ?」

 

「そうそう。明日の朝にはどうせいつものしかめっ面で教室にいるって」

 

 周りにいる妙な格好をした連中がそれぞれ好き勝手言っているが、めぐみんの耳にはあまり届いていない。

 彼女にとって最大の問題は、今この状況が何たるか、である。

 それを考えているだけで割りと脳のキャパが限界に近い。

 

「あー……コホン! とりあえず使い魔儀式は完了だ。皆は各自寮へ戻るように。解散!」

 

 ハゲ頭が特徴的な男性がそう言うと、突然、周りにいる連中はそれぞれ談笑しながら―――宙に浮いた。

 そのまま、各々が石造りの建物の方へと飛んでいく。

 そんな光景を見てめぐみんの両目が見開かれる。

 

(な……こ、これは空を飛ぶ魔法ですか!? すごい! 奴らは一体何者なんでしょう!? 全員で特殊な魔法を覚える新しいギルドでしょうか!?)

 

 まあ爆裂魔法じゃないなら騒ぐほどでもないか、なんて思考にケリを付けながら一瞬で冷静になるめぐみんだが、奇妙な光景なのは変わりない。

 格好といい何といい、なんかの新興宗教みたいだなーとつらつら考える。

 

「キミ、少しいいかね?」

 

 すると誰もいなくなった頃合を見て、ハゲの男が声を掛けてきた。

 仕切っていたみたいだし、奴はこのギルドのリーダーだろうか。子供ばかりをメンバーに加えてなかなか趣味の悪い奴だ、なんて想像していると彼は困ったように口を開く。

 

 

「ええっと、ミス・ヴァリエールがいない以上私が説明するしかないのだが……ううむ、困ったな。どこから説明したものか」

 

「おや、なんだかさっきのチンチクリンよりは話が通じそうです。ところで名前はなんというんですか?」

 

 以外にも接触しやすそうな態度だあったので、こちらもあまり強くは出ずに名前を尋ねてみる。

 

「ん? ああ、私はここで教師を務めているジャン・コルベールだ。えっと、キミは……めぐみんさん? だったかな? ……一応聞くが、本名なんだよね?」

 

「ええ、本名ですよ。ええなんですか? 私の名前になにかご意見があるなら聞いてあげますが?」

 

「い、いや。遠慮しておこう」

 

 めぐみんの名前を聞いた人の多くがこんな反応をする。失礼な連中である。めぐみんからしたら他の人の名前の方がむしろおかしな響きだというのに。

 とはいえ名前のことで議論しているわけにはいかない。

 内心首を振って気を取り直す。

 

「そちらが説明に困っているのでしたら、とりあえず私から聞きたいことを聞いてもいいですか?」

 

「え? あ、ああ。構わないよ。キミも突然召喚されたからね、驚いているだろう。私の答えられる範囲でよければ何でも答えよう」

 

 召喚だのなんだの、妙な言葉が聞こえたが一々突っ込んでいては埒がない。

 とりあえずこの場はスルーしつつ、めぐみんは辺りを見渡した。

 

「ここはどこですか?」

 

「ここは、トリステイン王国のトリステイン魔法学院だよ」

 

「……? 魔法学院? なんですかそれは? トリステインという土地も聞き覚えがありません」

 

「え? 知らないのかい?」

 

「知りませんよ。アクセルの街はどっちの方角ですか?」

 

「アクセル……?」

 

 なんだかお互いに情報が合致しない。何か言う度にクエスチョンマークが頭上に生じる。

 これはいよいよキナ臭くなってきた。自分は寝てる間に一体どこへ連れ去られてしまったのか。

 

「一体キミはどんな辺境の地から召喚されたんだい?まさかトリステインすら知らないなんて」

 

 コルベールは心底不思議そうに呟くが、駆け出し冒険者が集うアクセルの街を辺境扱いしてる時点でどっちが田舎者だと内心悪態付く。

 しかし目の前の男も割りと困っている様子。嘘をついているようには見えない。

 やはり、何かおかしい気がする。

 仕方ない、ここは自分が受け手に回ろうとめぐみんは改めてコルベールを見上げた。

 

「何だかよく分かりませんが、とりあえず黙って聞きますので色々説明してもらえますか? ここはどこで、あなた達が何者で、なぜ私はここにいるのか」

 

「……本当にキミは何も知らないみたいだね。分かった、とりあえず一から説明しよう」

 

 そうして、コルベールの口から様々な情報が飛び出てきた。

 ここはハルケギニアという大陸で、トリステイン王国、ガリア王国、帝政ゲルマニアなど、いくつかの国が存在していること。

 めぐみんがよく知る職業別のスキルなどは存在せず、純粋に『魔法』という力があるということ。

 各国ではその魔法を扱えるメイジ、つまり魔法使いが貴族とされる支配階級があるということ。

 そしてここは、メイジ見習いである貴族が通う魔法学院であり、さっきまでいた子供達はここの生徒。

 一年生が二年生に上がるための必修科目として使い魔召喚の儀式というものがあり、先ほどの桃色髪をしたルイズという子がめぐみんを召喚したということ。

 それらのことを約1時間近く、たっぷりと説明をされて。

 めぐみんは。

 

(やべぇ……ちっとも意味が分からない……)

 

 ダラダラと冷や汗を流しながら硬直していた。

 伝えられることの一つ一つがめぐみんの知っている常識からはかけ離れており、嘘か誠かを判断するまえに現実味がなさすぎる。

 まるで御伽噺でも聞いてるみたいだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってください……」

 

 コルベールの言葉を一度制止させると、必死に頭を回転させて状況を整理してみる。これでも紅魔族の同期の中では最も優秀な成績を収めていためぐみん。少し考えればこれぐらい……。

 

(うーん! 無理ですね!)

 

 そしてめぐみんは考えるのをやめた。

 これはきっと夢。そう、夢の中のお話なのだと心を冷静にする。その割にはやたら現実的な感覚がある気がするが、それでもこれは夢なのだ。

 

 しかしそこで、めぐみんは気付く。

 結構長い間話しを聞いていたこともあり、まだ真っ暗というほどではないが辺りは薄暗くなってきた。

 問題はそこではない。

 暗くなったことで、気付いたことがある。

 それはめぐみんの真上。上空に広がる空。そこから地上を照らす、月明かり。

 思わず上を向く。

 そこには、信じられない光景が広がっていた。

 

「な、なな、なぁっ……! なんですかあれは!?」

 

「……? 何って、ただの月だろう?」

 

 ただの月だと?

 断固否定する。

 なぜなら、めぐみんが知っている月は―――あんな風に二つ並んで、青と赤に爛々と輝くものではないからだ。

 

(や、やっぱりこれ……何かがおかしいです……)

 

 不気味に浮かび上がる双月を見つめながら、めぐみんは一つ、ある考えが浮かんでいた。

 めぐみんも一応は歳相応の子供。"そういう事"に若干憧れる年頃ではあるし、コルベールの話を聞きながらすこし考えていた。

 だが……それはあまりにも荒唐無稽な話であり。

 自分で考えておきながら自分を信じられない。

 まさか。

 

(まさか私……異世界に来た、なんて……ははっ、まさか……)

 

 頭の中で自分を笑ってやるが、乾いた笑いにしかならない。

 確かに信じられない話ではあるが、コルベールの紳士な態度から彼の言葉が嘘とも思えない。

 なにより、上空に浮かぶあり得ない光景。

 コルベールの言う使い魔召喚の儀式とやらで、めぐみんは世界という壁すら越えて、異世界に召喚されてしまったのではないかと。

 ……なんだかかっこいいなと思ってしまった自分が憎い。

 

(い、異世界……信じられませんが、信じれる気もします)

 

 どっちだよ、という突っ込みは自分でしておいて。

 とりあえず冷静になるべく、深く深呼吸する。

 この場は仕方がない。『仮に』そういうことだとしておいて、めぐみんはコルベールに向かい合う。

 

「あ、あの。使い魔召喚の儀式、とか言ってましたよね」

 

「ん? ああ、うむ」

 

「それで逆に私を元いた場所へ送り返すってのはできないんですか?」

 

「うむ……すまない。サモン・サーヴァントは一方通行だからね。逆となる魔法も存在しない。それに……」

 

「それに?」

 

「先ほどミス・ヴァリエールにも言ったが、本人が望まないものを召喚してしまったからといって、召喚の儀はやり直してはいけない決まりなのだ。それこそ、何らかの事故で使い魔が死んでしまったりしない限りね」

 

「……、」

 

 ガックシ、とめぐみんは項垂れる。

 ここが異世界だろうがそうでなかろうが、もしこの場で帰る手段があるのなら……と思ったが、どうやら難しそうだ。

 辛い。

 とにかく辛い。

 どれもこれもアクセルの路地裏で眠りについてしまったのが原因なのだろうか。だとしたら過去の自分に爆裂魔法をぶちかましてでも叩き起こしてやりたいぐらいだ。

 

「……はっ! か、考えてしまったせいで体が! 体が疼く! 今日はまだ一度も爆裂魔法を撃ってないことを思い出したせいで!! 体がッ!!」

 

「……?」

 

「いっそこの辺で適当にぶちかませば何かいい案でも浮かぶかもしれません! 野宿は割りと慣れてるので別にいいですけどこれだけは譲れませんよ私は!」

 

「な、なにを言っているのだね?」

 

 困惑した様子のコルベールには悪いが、めぐみんにとっては食事睡眠よりまず爆裂。一日一爆裂はやはり欠かせないものだ。たぶんこの辺にクレーターの一個でも作ってしまうだろうが、別にいいだろう。

 自らの杖を高く掲げ、いざ詠唱を開始しようとするめぐみん。

 が、

 

「しかし困ったね……本来であればキミにはミス・ヴァリエールと契約してもらって、使い魔として彼女の部屋に寝泊りしてもらうのが一番だったんだが……」

 

 ―――寝泊り。

 その単語を聞いた瞬間、めぐみんの動きがピタリと止んだ。

 

「ミス・ヴァリエールがあの調子ではね……学院にはメイドや料理人でもない平民を泊められる部屋なんてないし、私一人の権限で頼んだところで……」

 

「……ちょっと待ってください」

 

 めぐみんはとても真剣な眼をコルベールに向ける。

 

「使い魔というのがどういう存在なのかは知りませんが……それってつまり、さっきの彼女と契約を結べば、私は屋根が付いた部屋で寝れるということですか?」

 

「え? ま、まあそうだね。少なくとも今のままだと君を泊められる場所が確保できなくてね……」

 

「それは、その、食事も出るものなのでしょうか?」

 

「食事かい? そうだね、ミス・ヴァリエール次第だとは思うがその程度は出るんじゃないかい?」

 

「なんとぉ!!!!」

 

 カッ!! とめぐみんの赤い瞳が見開かれた。

 それほど好都合なことはないと、彼女の心の中に炎が宿る。

 

 そもそもめぐみんは、自分を拾ってくれるギルドを探してアクセルの街を徘徊していた。めぐみんとしてはとりあえず爆裂魔法さえ撃たせてもらえればそれでいいというのに、世はなかなかめぐみんの存在を受け入れてくれない。

 結果、金もなく飲まず食わずで三日。最早爆裂魔法を撃つ体力すらギリギリあるかどうか。

 なんとも世の中は大変である。

 ただ魔法を撃ちたいだけ……たったそれだけの純粋な願いすら満足に叶えられないのだから。

 

 しかし今、目の前に最低限の衣食住を手に入れられる可能性が転がっている。

 まあここがまったくの見知らぬ土地で色々やばい、とにかくやばいという事実はあるのだが、それにしたって自身の拠点を確保できるのは悪くないのではないだろうか。

 ふふふふ、と不気味な笑いがめぐみんの口から漏れ出た。

 

「この邂逅は世界が選択せし定め……私は! このような機会を待ち望んでいた!」

 

「え? ど、どうしたんだい?」

 

「コルベールと言いましたね! とりあえず私を彼女の元に案内してください!」

 

 戸惑うコルベールに、自信たっぷりな顔で高らかに言い放つめぐみん。

 彼女の目的は定まっていた。

 

(使い魔だか何だか知りませんが、爆裂魔法を一日一回撃たせてもらうという条件を呑んでもらって是非なってやろうではありませんか! ええ! つーか腹減った!)

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 そしてめぐみんは、コルベールに案内してもらって彼女―――ルイズとやらの部屋の前にきた。

 めぐみんが自らルイズの使い魔になってやろうと言い出して、コルベールとしては安心したらしい。めぐみんがこのままでは行き場を失ってしまうというのもそうだが、そもそも使い魔契約をしっかり結ばなければルイズを進級させてあげられないのだ。教師として一生徒思う安堵があったのだろう。

 とはいえ、めぐみんにはどんな事情があろうが関係ない。彼女としては寝床を得るための交渉をしにきたまでなのだから。

 ちなみにそのコルベールだが、まだ仕事が残っていると言って、ここまでめぐみんを案内するとどこかへ言ってしまった。

 

 ドアの前に仁王立ちするめぐみんは、そっとノックをした。コンコンコンと。

 しかし中から反応は返って来ない。まさかまだ帰って来ていないのか? とできれば勘弁してほしい事態を想像しつつ、次は声を掛けてみることに。

 

「あのー。サーモンなんとかで召喚? された私ですけど。いますかー?」

 

 しばらく待つ。

 だがそれでも返事は帰ってこない。

 困った。素直に思うめぐみん。

 中にいて意図的に無視しているのか、そもそも部屋の中にいないのか、どっちかは分からないがどっちでも困る。

 しかしいつまでも棒立ちでいるわけにもいかない。

 とりあえずは前者の可能性を試してみようと、せめてもの確認のために部屋のドアノブに手を掛けた。

 

(あれ?)

 

 すると、鍵は開いていた。

 閉め忘れだろうか。だがこれは好都合。

 めぐみんは意気揚々と部屋の中へと踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 




※めぐみんはカズマ達と出会う前設定です。アクセルの街で冒険者ギルドに向かう前にぶっ倒れていたら、というめぐみんです。


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