爆発!爆裂!ゼロの紅魔族!!   作:もんえな

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#04 ゼロの理由

 

 

 

 朝食を終えた後、ルイズとめぐみんは教室に向かった。

 先導して歩くルイズが扉を開けると、生徒用の長机が階段状に並べられ、そこに座っていた他の生徒達から視線を向けられる。好奇の視線。侮蔑の視線。それぞれだが、そのほとんどがルイズに向けられている。

 何気なく見渡せば、生徒達の傍らには多種多様な動物や魔物。つまり使い魔が佇んでいた。犬や猫のような愛くるしいのもいれば、六本足を持つトカゲ、翼を生やして宙に浮かぶ一つ目玉の魔物など、本来であれば間違いなく外敵であろう珍獣も。当然、今朝部屋の前で見たサラマンダーの姿も見えた。

 

魑魅魍魎(ちみもうりょう)とはこのことですね……)

 

 さっさと中へ踏み込むルイズを追いながら何気なく考える。周りからはむしろ己の方が珍獣に見られていることにはまったく気付かないめぐみん。

 自分の席に座るルイズ。隣へ座ろうとしたが、食堂の時みたくまた床を指差された。生徒でない以上座る席はないということらしい。渋々だが、階段に座るようにして腰を落とした。

 

 それからしばらくして、教師であろう一人の女性が扉を開けて入ってきた。

 紫色のローブに身を包み帽子を被っている、ふくよかな体形の中年女性。何となく軟らかい雰囲気を漂わせている。

 彼女の姿が見えると、談笑に包まれていた生徒も一斉に静かになる。

 女性は教壇に立ち教室の中を見渡すと、満足そうに微笑みを浮かべた。

 

「こんにちは、みなさん。どうやら春の使い魔召喚はうまく行ったようですね。このシュブルーズ、毎年皆さんの使い魔をこうして見ることをとても楽しみにしているんですよ」

 

 シュブルーズと名乗った女性は、心底嬉しそうにそう言いつつ……しかし、思わずといった感じで彼女の視線が一箇所に留まる。

 

「おや、ミス・ヴァリエール。随分と変わった使い魔を召喚しましたね?」

 

 シュブルーズの言葉にルイズは何ともいえない表情で俯く。

 だが彼女の心情とは裏腹に、静かだった教室にはどっと笑いに包まれた。そのどれもこれもが嘲笑であることはめぐみんでも気付いた。

 

「おい、ゼロのルイズ! 召喚に失敗したからってその辺歩いてた平民の娘を連れてくるなよ!」

 

「そうだそうだ! いつもの爆発に紛れて誘拐してきたんだろ!」

 

「授業からも逃げ出したくせに! この逃げ腰ルイズ!」

 

 飛び交う野次。流石に無視できないとめぐみんが立ち上がろうとしたが、それより先に当の本人であるルイズが我慢できなかった。髪を振り乱しながら席から立ち上がる。

 

「誘拐なんてしてないわよ! 私がちゃんと召喚したんだから!」

 

「嘘つけ! どうせコントラクト・サーヴァントだって何度も失敗したんだろ!」

 

 ルイズの反論に、少し離れた席にいたぽっちゃり体形の男子が可笑しそうに口を開いた。

 ルイズはまるで怒りを露にするように机を叩く。

 

「侮辱よ! ミセス・シュブルーズ! 風邪っぴきのマリコルヌが私のことを侮辱しました!」

 

「誰が風邪っぴきだ! 僕の二つ名は『風上』だ! 間違えるなよ『ゼロ』のルイズ!」

 

 マリコルヌとルイズが呼んだ男子生徒も、我慢ならないように席から立ち上がる。

 教壇に立つシュブルーズは呆れたように小さくため息をつくと、自身の杖を小さく振る。するときつく睨み合っていたルイズとマリコルヌが、力が抜けたように席に腰を落とした。

 

「お二人とも。みっともない口論はおやめなさい」

 

 それを合図としたように、騒がしくなった教室が改めて静かになった。

 とはいっても、クスクスとしたほんの僅かな笑い声は未だ聞こえる。とんだ貴族連中だと、めぐみんは思わず呆れてしまう。

 シュブルーズは一度、コホン、と咳払いをすると授業を改めて始めた。

 

「私の二つ名は『赤土』。『赤土』のシュブルーズです。これから一年間、土系統の魔法を皆さんに講義していきます」

 

 気を取り直すような自己紹介。

 それを聞いて、どうやらここの人達は『二つ名』というものを自身のアイデンティティとして大事にしているということにめぐみんは気付く。

 名乗る際に、必ずと言っていいほどそれを名前の頭の付けているのだ。

 

「まずは魔法の基礎について少しおさらいしましょう。魔法の四大系統についてはご存知ですね? ミスタ・マリコルヌ」

 

 名指しを受けた先ほどのぽっちゃり男子が、少し慌てながらも回答する。

 

「は、はい! 『火』、『水』、『土』、『風』の四系統です!」

 

「よろしい。それに加え、失われた系統魔法である『虚無』がありますが、こちらは置いておきましょう。さて皆さん。この『虚無』を除いた四大系統の中でも、『土』系統は非常に大切なものであると私は考えています」

 

 言った通り、本当に基礎に当たるお話らしい。

 この世界の魔法について知るためのよい機会だと、めぐみんはじっとシュブルーズの言葉を聞き入る。

 

「『土』系統は、鉱石や木材の加工だけでなく様々な場面で利用されています。金属を作り出すことは皆さんの知っての通り、石を切り出し建物を作り上げることや、野菜や果物、穀物の収穫にも多く利用されています。この様に、『土』系統は人々の生活に密接している非常に重要な系統なのです」

 

 まるで自分のことのように誇らしげな態度で語るシュブルーズ。

 さっき名乗りを上げる際、彼女が自分の二つ名を『赤土』と言っていたことを思い出す。もしかすると自分が得意とする魔法の属性によって二つの名が決まるのだろうか、なんて仮説をめぐみんは考える。

 

(となると、あのデブは『風上』だから『風』系統を得意ってことですかね? あれ? じゃあルイズの『ゼロ』は……)

 

 壇上で語るシュブルーズから視線を外しルイズに合わせる。

 彼女が自分の二つ名を名乗ったところは一度も聞いた事がない。どちらかというと、他人から中傷のように呼ばれる場面ばかり。

 昨晩、ルイズから聞いた身の上話を脳内で反芻する。たった一度も魔法が成功した試しがなく、必ず爆発が起きる。そして『ゼロ』のルイズ。……薄々良い意味ではないと感じていたが、そういう事なのだろうか。

 

「今日皆さんには、『土』系統の魔法で最も基本である『錬金』を覚えてもらいます。すでにできる方も多くいるでしょうが、基礎は重要なことです。まずは私が手本をお見せしましょう」

 

 めぐみんがじっと考え込んでいるうちに、授業の内容は実技へと移り変わっていた。

 シュブルーズは机の上に豆粒サイズの小さな石ころを転がすと、杖を振りながら小声で何かを唱えて見せた。するとどうか、石が突然光りだし、輝きが収まると……石ころの面影はどこへやら。ピッカピカに輝く金属へと姿を変えていた。

 

「それ、もしかしてゴールドですか!?」

 

 生徒の一人―――今朝も顔を合わせたキュルケが、興奮した面持ちで身を乗り出した。

 

「いいえ、違います。これはただの真鍮(しんちゅう)です。ゴールドを錬金できるのは『スクウェア』クラスのメイジだけ。私は『トライアングル』ですからね」

 

 シュブルーズに諭されるように言われると、キュルケは興味が失せたようにそっぽを向く。何ともまあ、性格が出ている態度だ。きっと金目のものが大好物なのだろう。

 

(しかし、『スクウェア』だの『トライアングル』だのとはどういう意味なんでしょう?)

 

 聞き慣れない言葉に疑問を浮かべるめぐみんだが、隣のルイズに聞こうにも今は授業中。あとで暇があったら聞いてみようと心の隅にそっと留めておく。

 

「さて。それでは誰かに実践してもらいましょう」

 

 シュブルーズは杖を置きつつ教室を見渡すと―――ルイズの方向で視線を止めた。

 

「ではミス・ヴァリエール。あなたにお願いしましょうか」

 

 指名されたルイズは、『えっ』と小声を漏らす。

 

「……私ですか?」

 

「ええそうです。ここにある石ころを、あなたが望む金属に変えてごらんなさい」

 

 ああ、この人はきっと悪い人ではないのだろうな、とめぐみんは思う。きっと授業の最初にルイズが周囲にバカにされたのを見て、見返してごらんなさいとでも考えているのだろう。

 おそらくは、100%善意から来ている指名だ。だが余計な善意は時に人を傷つける。

 

「あの、先生」

 

 キュルケがおずおずと手を上げた。

 

「はい、ミス・ツェルプストー」

 

「ルイズは……その、やめた方がいいと思います」

 

「なぜですか?」

 

「危険です」

 

 キュルケがハッキリと物申した。他の全員が同意すべく頷いてみせる。

 ルイズの爆発を知っているめぐみんとしても、彼女達の言いたいことが分かった気がした。

 錬金魔法でさえ、きっとルイズは爆発を起こしてしまうのだろう。そうなれば教室は大変なことになると、誰もが予想しているのだ。

 

「危険? なぜです?」

 

「ルイズを教えるのは初めてですよね?」

 

「ええ、実技が苦手だとか。ですが彼女は非常に努力家で、座学の成績は常に最優秀を収めているとも聞いています。さあミス・ヴァリエール。失敗を恐れずに実践してみましょう」

 

 ほとんど強行するように言葉を向けるシュブルーズ。ルイズは自分がどうすべきなのか分からず、険しい表情で俯いた。

 その鳶色の瞳が隣のめぐみんへと注がれる。

 『どうしよう』。感情の篭った瞳には、ただ困惑したそれだけの感情が。

 めぐみんは僅かに黙って視線を受け止めると、

 

「……どうなろうが、ルイズがしたいようにした結果であれば私はいいと思います。それに私は好きですよ、ルイズの『魔法』」

 

 ルイズにしか聞こえない程度のボリュームでそう伝えた。

 助け舟を出してあげたいところだが、変に取り繕った言葉より本心が一番だと思い素直な言葉を選ぶ。

 嘘ではない。その気持ちはルイズにも伝わる。

 昨晩、めぐみんが興奮しながらルイズの爆発を褒め称えたことを、しっかり覚えているのだから。

 

「―――分かりました。私がやります」

 

 決心した瞳で正面を見据え、ルイズは席から立ち上がる。

 青白い顔で怯える他の生徒を無視しながら、迷いない足取りで階段を下っていく。教壇の前に立ち、懐から自身の杖をスッと取り出した。

 

「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を心の中で強く思い描くのです」

 

「はい」

 

 隣に立つシュブルーズの優しい言葉に、ルイズは僅かに緊張した面持ちで頷いてみせる。

 すると他の生徒達が、大慌てで机の下に避難し始めた。爆発の衝撃から身を守るためだろう。

 しかしめぐみんは隠れない。むしろ階段から立ち上がり、片手を振り上げながら大胆に叫んでみせた。

 

「ルイズ! 頑張ってくださーい!」

 

 めぐみんの言葉は別に、錬金の成功を願って言ったものではない。

 ルイズが放つ爆発は、威力はまだまだながらも質は良くできていると、自称爆裂愛好家のめぐみんは語る。それを見ずして隠れるなどもってのほか。

 よって、めぐみんの言葉を訳すとこうである。

 

『ルイズ! (一発デカイのお見舞いしてください! 錬金なんてどうでもいいんで爆発を)頑張ってくだーい!』

 

 そんなめぐみんの心中を察したかどうかは分からないが、こちらに目配せしたルイズは僅かに口元だけで笑った気がした。

 彼女は目を瞑る。

 そして小さく、錬金の詠唱を唱え―――杖を振り下ろした。

 

 直後。

 奇跡なんて当然起こるはずもなく、教壇の前で爆発が巻き起こった。

 

 衝撃と爆風がめぐみんの元まで押し寄せてくる。机と椅子、窓ガラスはガタガタと揺れてその威力がどれほどのものか感じられる。爆音に混じって誰かの悲鳴も聞こえた気がした。

 何より、爆発の真近にいたルイズとシュブルーズはその衝撃をモロに受けて、爆風で舞い上がる煙に全身を呑み込まれる。

 その光景をじっと仁王立ちでめぐみんは見届け……煙が晴れた時、そこにはボロボロに粉砕された教員用のテーブルと、見るも無残な教壇付近の光景があった。

 中央には口をあんぐり開けて完全に気絶しているシュブルーズと、全身を黒く汚し、衣服のあちこちが破けて横たわっているルイズ。

 あまりの衝撃に生徒達の使い魔がギャーギャー騒いでいる中、ムクッとルイズは起き上がり、取り出したハンカチで顔周りについた煤を上品に拭き取る。

 彼女は一言。

 

「ちょっと失敗しちゃったわね」

 

 その言葉に、机から顔を出した生徒達から怒涛の反感が飛び交った。

 

「なにが"ちょっと"だよ! 教室をボロボロに錬金してどうすんだ!」

 

「いい加減にしろよ『ゼロ』のルイズ!」

 

「いつだって成功率『ゼロ』じゃないか!」

 

 大騒ぎの教室の中、ルイズはムスッとした顔でそっぽを向いた。

 そんなルイズに、一人正反対の感想を抱いていためぐみんは嬉々とした様子で口を開いた。

 

「凄い! やっぱり凄いですよルイズ! もう一度! もう一度見せてください!」

 

「いや何でだよ!!」

 

 誰かに手厳しいツッコミを入れられた。

 『ゼロ』の意味をようやく理解しためぐみんであったが、彼女にとってはこれっぽっちの些細なことであった。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 昼前。

 壊滅的にグチャグチャに崩壊した教室を、ルイズとめぐみんは二人きりで掃除していた。

 結局あの後、シュブルーズが目を覚ましたのは二時間ほど経ってからだった。授業が再開されることはなく、これだけの騒ぎ起こしたルイズにはそれ相応の罰が与えられることになったのだが、ルイズの魔法事情も知らず半ば強制的に実践させたシュブルーズにも責任があるとして、ルイズへの罰はこの滅茶苦茶になった教室の後片付けに収まった。

 当然、使い魔であるめぐみんもそれを手伝わなければならない。というか他が止める中一人だけ応援していたこともあって、めぐみんにもまた責任の一端があると思われる。

 よって特に文句も言わず、めぐみんはせっせと手を動かしている。転倒した机や椅子などを起こしながら、床に転がるガラスの破片や細かい木片などを拾っていく。

 

「……ねぇ、何か言いたいことがあるんじゃないの?」

 

 少し離れた位置で箒を動かしていたルイズが、背中を向けたままぽつりと呟く。

 あるに決まっている。めぐみんは動かしていた手を止め、グッと握りこぶしを作ると意気揚々と口を開いた。

 

「ルイズ! やはりあなたは爆裂魔法の才覚があります! 爆裂道を歩む為に生まれてきたようなものです!他でもないこの光景こそがそれを物語って、」

 

「いやそうじゃないから!」

 

 即座にツッコミが飛んでくる。

 ルイズは呆れたようにため息をつき、改めてこちらに振り向いてくる。

 

「私が『ゼロ』のルイズって呼ばれてる理由、あんたにも分かったでしょ」

 

「……」

 

「昨日も話したわよね? 私は生まれてこの方一度も魔法を成功させたことがない……授業でも、当然結果は変わらずに爆発ばかり。それで付いた二つ名が、魔法の成功確率『ゼロ』のルイズ」

 

 語るルイズの顔には、涙こそ浮かんでいないものの。

 とても悔しそうに。他でもない自分の非力さを悔やみ憎んでいるような感情が見て取れた。

 

「何度も練習したわ。繰り返し繰り返し何度も詠唱を唱えて、魔法に関する座学だったら誰にも負けないってぐらい勉強もした。けれど失敗ばかりで……その度に周りから笑われて、蔑まれる」

 

 散らかるだけの床を見下ろしながら、ルイズは行き場のない怒りを他でもない己自身に向けているようだった。

 

「そんな私にも、あんたは言ってくれたわ。何度も凄いって。落ちこぼれじゃないって。そんな風に言ってくれる人は初めだったから、正直……救われた。でも、でもね……」

 

 ぎゅっとルイズの小さな手が強く握り締められた。

 

「それでも私は……割り切れないのよ。上手くいかない自分も、バカにしてくる奴らも、全部見返してやりたいのに……爆発しかできない私が、悔しい」

 

「ルイズ……」

 

 胸の中に溜まった感情を吐き出すように彼女は呟く。自分の言葉で、自分自身を戒めている。

 爆発しかできない。それだったらめぐみんも同じだ。けれどルイズにはプライドがあるのだ。貴族としてではなく、おそらくは……自分だけの心に従ったプライドが。

 どうしようもない現実に、本当にルイズは苦しんでいるようだった。

 

「……私はルイズと昔からの馴染みというわけではありませんから。正直、あまりルイズの気持ちに同情してあげることはできません」

 

 めぐみんはそう言いながら、俯くルイズの元へと歩み寄っていく。

 苦しんでいる彼女に、何一つ言葉を掛けないなんてことはめぐみんには無理な話だった。

 

「なので、逆に考えてみてはどうですか?」

 

「……逆?」

 

「そうです。例えばルイズは、失敗魔法と語るその爆発……他の誰かが使っているところを見たことがありますか?」

 

 ルイズの瞳が僅かに見開かれた。

 彼女の前に立ち、めぐみんは笑い掛けながら言葉を続ける。

 

「やはりですか。ルイズの言い方や他の連中の反応を見て、そんな気はしていましたが。やっぱりルイズの『爆発』はルイズにしか使えないんですね」

 

「わ、わかんないけど……まあ、見たことはないわ」

 

「だったらそれは、ある意味では、ルイズにしかない才能ということです。ええ、私としても安心ですよ。これほどまでに爆裂魔法の才能を秘める魔法使いが他にもいっぱいいるとしたら、私の立つ瀬がありません」

 

 それに! と少し興奮した様子でめぐみんはまくし立てる。

 

「『ゼロ』などという二つ名も、こう考えてみてはどうです!? "爆発で全てを『零』に()す"……ゼロという言葉だけ見れば中々響きは良いですし、途端にカッコよく思えてきませんか!?」

 

「あ、あんたねぇ……」

 

 あまりにもポジティブな捉え方にルイズは思わず呆れるが、僅かに口元は笑っていた。

 その様子を見て、めぐみんも小さく笑みを浮かべる。

 めぐみんは本音を喋っただけ。それだけで彼女が元気になってくれるなら、お安い御用だと思う。

 

「……あんたほど気軽に考えられないけど、慰めようとしてくれたことは感謝するわ。ま、まあ、あんたは私の使い魔なんだからこれぐらい気を遣えて当たり前だけどね!」

 

 プイッとルイズは明後日の方向を向いてしまう。

 しかし顔は赤く染まっていた。

 

「私も、あんたみたいに……」

 

 ほんの僅かな、自分にしか聞こえない程度の声量で呟いたルイズ。

 あまり聞こえなかっためぐみんはつい聞き返した。

 

「? 何か言いましたか?」

 

「……べ、別に! ほら! サボってないで早く終わらせるわよ!」

 

 慌てた様子で会話を区切り、めぐみんに背を向けて再び床の掃除に取り掛かるルイズ。

 キョトンとして様子でその背中を見ていためぐみんであったが、まあ元気になってくれたならいいか、と自分の作業に戻っていった。

 

 

 

 それからしばらく。

 互いに作業を分担しながら掃除を進め、教室の片付けが終わったのは昼休みの時間に丁度いいタイミングであった。

 二人で教室を後にし、朝食の時同様に『アルヴィーズの食堂』へと足を向ける。

 扉を開けると、すでに『感謝の挨拶』は済ませたあとだったのか、生徒達は食事を始めていた。

 ルイズが席に座り、傍らまでついてきためぐみんは己の真下に目線を動かす。

 変わらず配置された一つのパン。

 めぐみんは物凄い勢いでそれを口に詰め込むと、ほとんど呑み込むことなくバッ! と空いた皿をルイズへ差し出した。

 

ういふ(ルイズ)! ほっひのくあはい(そっちのください)!」

 

「あんたがっつきすぎよ……」

 

 口から未だモシャモシャしてるパンを生やしながら瞳をキラキラさせるめぐみんに、若干ドン引くルイズ。

 皿を受け取り料理を取り分けようとして、ピタリと、何か思い直したように彼女の動きが止まった。

 『ろうひまひた(どうしました)?』と疑問の声を投げ掛けるめぐみんにルイズは答えず、受け取った皿をテーブルの上に置いた。それからこちらに振り向くと、

 

「あんたは厨房に行きなさい」

 

「へ?」

 

「ここに並んでる料理をあんたに食べさせるの、まだ許可取ってないのよ。そのパンは使い魔用にって用意させたものだからいいんだけどね。朝みたいにこっそり上げてるのが見つかったら困るのよ」

 

 じゃあ朝のアレはやっぱりルイズの好意だけでくれたものなのか、と感動でパンも喉を通らなくなりそうなめぐみん。まあ呑み込むけど。

 

「今日のところは厨房に行って、好きなだけもらってきなさい。私にそう言われたって伝えとけばいいから」

 

「んむっ……、ルイズ! よいのですか!?」

 

「私がいいって言ってるんだからいいのよ」

 

「分かりました! 感謝します!」

 

 かったいパンをようやく呑み込み、有無を言わさぬ勢いで感謝を述べつつその場から駆け出すめぐみん。

 正直言うと、朝食をくれたのは嬉しかったがあれでは量が足りないのである。なにせこっちは続けて四日も食事をとっていなかったのだから。胃袋の大きさがでかくなってるわけではないが、普段よりか間違いなく入る。

 その名残で昼もそこそこお腹が空いていたため、ルイズの言葉は非常にありがたいものであった。

 しかし元気よく走り出したのも束の間。

 食堂を出ようとしたところでピタッと足が止まる。

 

(しまった。厨房の場所を聞いていません)

 

 くるりと身を翻し、再びルイズの元へ戻ろうとする。

 が、偶然にもすぐ近くに配給らしい女性のメイドさんの姿を見つけた。食事中のルイズに手間を取らせるのもあれだなと、めぐみんは進行を変えてそのメイドさんへと歩み寄る。

 

「すみません。ちょっといいでしょうか」

 

「え?」

 

 ぶっきら棒に声を掛けると、メイド服の裾を揺らしながらこちらへ振り向く女性。

 見たところ年齢は17歳程度か。年上に見える。ショートヘアの黒髪黒目が特徴的な人であった。

 

「厨房にはどう行けばいいか教えてもらえませんか?」

 

「へっ? ちゅ、厨房ですか? えっと、あなたは……」

 

 メイドは困惑した様子でめぐみんの姿を凝視する。

 きっと相手が何者なのか困っているのだろう。帽子もマントも被っていない以上、貴族ではない。しかも年下。迷うのも頷ける。

 仕方ない、と説明を付け加えようとして、その前にメイドは何かを思い出したように、ぽんっと手を叩いた。

 

「もしかしてあなた! ミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう女の子ですか?」

 

 正解だった。

 普通に言い当てられて、めぐみんは思わず聞き返す。

 

「知っているのですか?」

 

「ええ。学院中で噂になってますよ? 平民の可愛い女の子が召喚されて使い魔契約を結んだって」

 

「ほう、そうですか。目立つのは嫌いではありません」

 

 可愛い女の子、という部分で少し悦に浸るめぐみん。なかなか悪くない気分である。

 メイドの女性は礼儀正しく、その場で小さくお辞儀してみせた。

 

「ここでメイドをやってるシエスタと言います。以後よろしくお願いします」

 

「あ、どうも……、我が名は―――!」

 

 名乗られたのでこちらもいつものように挨拶をしようと口を開きかけるが、はっとして止まる。

 食事に時間をかけてルイズを待たせることになるのは非常に悪い。よってあまり長い間立ち話をしているわけにもいかない。それに何よりお腹が空いた。

 さっさと話を進めるため、普通に名乗っておいた。

 

「こほん……私はめぐみんと言います。よろしくお願いします」

 

「え? めぐ……、」

 

 一瞬、シエスタと名乗った子の表情が固まる。おい何か言いたいことがあんのか女。

 とはいえ、そこは流石メイドとして働いているだけある。すぐにニッコリとした笑顔を浮かべた。

 

「それで、めぐみんさん。厨房でしたっけ? 何かご用事ですか?」

 

「ルイズからそこで食事を貰ってくるよう言われました。案内してもらっていいですか?」

 

「あっ、そういう事でしたか。でしたらこちらです。着いて来てください」

 

 愛想よく言って先導するように歩き出すシエスタ。彼女の後ろをめぐみんもすぐに追いかけた。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 着いていった先、厨房は食堂の裏手にあった。

 危うく反対方向へ行ってしまうところであったと、偶然会ったシエスタに感謝する。

 めぐみんは厨房の一角に置かれた小さなテーブルへと案内された。丸椅子に座ってじっと待っていると、やがてシエスタがトレーを持って戻ってくる。

 トレーの上には美味しそうなシチューが深めの皿に盛り付けてあった。大きめに切られた野菜やお肉がゴロゴロと中に浮かんでおり、見るだけで食欲がそそられる。

 

「どうぞ。貴族の方々にお出しする料理の余りで作ったものですけど、良ければこちらを召し上がってください」

 

「おおっ! ありがとうございます!」

 

「いえ。こちらこそ簡単な賄い食ですみません」

 

 元気よく『いただきます!』と口に出し、添えられたスプーンで一口掬って口に運ぶ。

 はっきり言って最高においしい。朝に食べた、実際にテーブルに並ぶ料理に引けを取らない。めぐみんの瞳が輝いた。

 

「おいしいです! これが余り物で作った料理なんですか? このままメニューにできるぐらいですよ!」

 

「良かった。お口に合ってなによりです。お代わりもあるので気軽に言ってくださいね」

 

 ガツガツと食事を進めながら、厨房の中を見渡す。

 未だ手を動かし何やら調理作業を行っている数人のシェフの中で、一人大柄な男と何気なく視線が合った。彼は嬉しそうな顔を浮かべつつ片手でグーサインをすると、改めて自分の作業に戻っていく。

 もしかすると彼が作ってくれたのかもしれない。めぐみんは男の背中に、返すようにしてグーサインを送った。

 

「ここにいる人達も魔法を使える貴族なんですか?」

 

 めぐみんは食事をする手を止めることなく、傍らのシエスタに何気なく問い掛けた。

 

「まさか! 私含め、厨房で働いてる皆さんはあなたと同じ平民ですよ。雇われてここにいるんです」

 

「ふぅーん。平民、ですか」

 

 だから敬語を使ってくるシエスタといい突然やってきためぐみんに賄いを作ってくれるコックといい、やたらと気前がいいのだろうかと何気なく思う。

 

「ここの連中は毎日こんな美味しいものを食べさせてもらってるのに、食前の挨拶があれとは。アホな連中ばっかりです」

 

「あ、アホだなんて! 貴族の方に聞かれたら大変なことですよ!」

 

「アホですよ。始祖だか何だかに感謝するより先に、コックの皆さんに感謝すべきです。その程度の常識すら知らない連中、私からすれば怖くもなんともありません」

 

「す、凄く勇気があるんですね……」

 

 シエスタは驚愕した様子でこちらを見てくるが、めぐみんにとっては当然のことを言ったまでである。

 それからしばらく、無我夢中にシチューを頬張って。おかわりは三杯。

 それ以上ない充実した満腹感を久々に感じためぐみんは、シエスタにトレーごと皿を返した。

 

「ごちそうさまでした。これほどのご馳走はそうそうありません。感謝します」

 

「いえいえ。お腹が空いたならまたいつでもいらしてください。私達が食べるものと同じであればいくらでもお出しできるので」

 

「ありがとうございます。折角なので何か……」

 

 言いながら周囲にぐるっと視線を送る。

 すると、すぐ近くに銀のワゴンを見つける。ホールケーキが乗っているのが見えた。

 正直自分で食べてやりたいぐらいだが、その欲求は抑えこみつつシエスタに問い掛ける。

 

「あれはなんですか?」

 

「食後のデザートです。これから貴族の皆さんにお出しするんです」

 

「なるほど……連中にかしづくのは不本意ですが、ここは手伝わせてください」

 

「え? いやでも、悪いですよ。私の仕事ですし」

 

「シエスタの仕事だからこそ、です。せめてものお礼をさせてください」

 

「……そう、ですか? ではお言葉に甘えて、よろしくお願いします」

 

 微笑むシエスタに、めぐみんは力強く頷きながら立ち上がった。

 

 シエスタと共に、ケーキが乗ったキッチンワゴンを押しながら再度食堂に出る。

 三つ並んだ大きなテーブルの隅まで移動し、一人ずつケーキを配っていく。

 やることはいたって簡単だった。めぐみんがワゴンを押して、シエスタがケーキを丁度いいサイズに切る。それを新しい皿に載せて生徒一人一人の手前に置いていく。単純作業であるため、めぐみんでも簡単に手伝える内容である。

 ふと、ワゴンを押すめぐみんの視界隅に一際大きい声で喋る男子生徒達が映った。

 中でもその中心にいる、フリルの付いたシャツを着た金髪巻き毛の男子はキザったらしい動きが余計に目を引く。見たところ造花だろう、一本の薔薇を胸ポケットに挿しているのが中々変わったセンスだ。

 

「ギーシュ! お前今誰と付き合ってるんだ?」

 

「教えろよギーシュ!」

 

「付き合う? 何をおかしなことを言ってるんだい君達は? 僕は特定した誰かに縛られないのさ。薔薇は全ての女性を魅了するからこその、薔薇なのだからね」

 

 ギーシュ、と周囲の友人から冷やかされている彼は余裕の笑みを浮かべつつ、ポケットから造花の薔薇を取り出した。それを愛でるようにして指先で撫で上げる。

 とんでもない奴だ。ああいう女の敵はどの世界でも共通なんだな、とめぐみんは半ば呆れる心境だった。

 しかし呆れながらも見ていたからこそ、彼のポケットからガラス製の瓶が転げ落ちるのを発見してしまう。少し半透明の紫色をした液体が中に入っている。

 周りは誰も気付いていないようだ。それぞれが談笑している。

 めぐみんだけが気付いてしまった以上は仕方がない。一度ワゴンを止めて、彼の元へと歩み寄る。

 

「これ落としましたよ」

 

 スッと瓶を拾い上げて、ギーシュの目の前に差し出す。

 するとどうしたことか、彼はぎょっとした顔で一瞬強張ると、差し出すめぐみんの手を払いのけてきた。

 

「それは僕のではない。何を言っているんだい君は?」

 

「え? ですがあなたのポケットから確かに、」

 

「おい! それモンモランシーの香水じゃないか!?」

 

 説明しようとしためぐみんの声を遮り、近くに座っていた彼の友人が驚いたように大声を上げた。

 それに続くように、別の男子も口を挟んでくる。

 

「そうだ! あれはモンモランシーが自分のために調合してる香水じゃないか!」

 

「それを持っているってことは、お前が今付き合っているのってモンモランシーなのか!?」

 

「待て、落ち着くんだ君達。あくまで彼女の名誉のために言わせてもらうが……」

 

 慌てた様子で周りの男子達に何か言い訳をしようとするギーシュと、呆然と立つめぐみん。

 すると、すぐ近くに別の誰かが歩み寄ってくる気配がした。

 振り向けばそこには、栗色の髪の毛をした女の子。羽織っているマントの色は茶色。ルイズやこのギーシュ達と色が違うことから、別学年であることが伺える。顔立ちの若々しさから、おそらくは一年生か。

 ギーシュは彼女の方へと振り向くと、顔色が一気に青ざめた。

 

「ケ、ケティじゃないか……」

 

「ギーシュ様……やっぱり、ミス・モンモランシーとお付き合いなさっていたのですね……」

 

「ち、違う。これは誤解だよケティ。僕の中に住んでいるのはいつだって君一人……、」

 

 狼狽したギーシュに対し、直後ケティなる少女の平手打ちが飛んだ。

 バチンッ!! と強烈な音が食堂中に響き渡る。見てるこっちまで頬が痛くなりそうな、強烈なビンタが炸裂した。

 

「この香水が何よりの証拠ですわ! さようなら!」

 

 涙を流しながら、彼女は踵を返してその場から去っていった。めぐみんとしては、あーあバカじゃねぇのコイツ、といった感想しか湧いてこない。

 ガタンッ、と続いて何かが音を響かせる。振り向けば、ギーシュと同じ二年生の席で誰かが勢い良く立ち上がった音だ。

 金髪の見事なまでの巻き毛をする、そばかすの女の子。彼女は鬼のような表情でギーシュのすぐ近くまで歩み寄ってくる。

 間違いないと、内心で頷く。この子がさっきから話に出ているモンモランシーだ。

 

「ギーシュ。やっぱりあの一年生に手を出していたのね……」

 

「ま、待て。違うんだモンモランシー。彼女とは少し遠出しただけで……」

 

「嘘つき!!」

 

 再び平手打ちが炸裂した。

 先ほどとは逆の頬に、これまた痛そうな一撃が突き刺さる。

 結果左右の頬を赤く腫らしながら、完全に硬直するギーシュを残して彼女も早足にその場から立ち去っていった。

 微妙な空気だけが残る。

 周りの男子達も、まさか目の前で修羅場が展開されるとは思わなかったらしく、呆然とギーシュを見つめている。

 

「えーっと……」

 

 めぐみんは自分の手の中にある香水を見下ろした。

 たっぷりと考え込んで約10秒。

 とんでもなく棒読みで言ってみた。

 

「あっー!! いけませんわー! わたくしー! 自分の香水を落としてしまったわー!」

 

「今更遅いんだよ! なんて事をしてくれたんだいキミは!」

 

 めぐみんの演技力ゼロな言葉を合図に、止まっていたギーシュの時間が動き出す。

 席から立ち上がり、こちらを見下ろして当り散らしてくる。

 

「キミが軽率にその瓶を拾ったせいで二人のレディが傷ついた! この責任はどう取ってくれるんだね!?」

 

「えぇ……」

 

 確かに引き金を引いたのはめぐみんとは言え、まさか全責任をこちらに被せてくるとは思わずドン引いてしまう。

 彼はめぐみんの顔を見ると、ハッとこちらの正体に気付いたようだ。

 

「キミは! 確かゼロのルイズが呼び出した使い魔の平民じゃないか! まったく、僕はあの時確かに知らないフリをしただろう!? キミも主に仕える身であるなら、もう少し機転が利いてもいいんじゃないか!?」

 

「いや、どう考えても二股してたあなたが悪いでしょう」

 

 めぐみんの冷静なツッコミを聞いて、周りの男子達から笑いが飛び交った。

 

「そうだぞギーシュ! 使い魔の子の言う通りだ!」

 

「間違いなく二股してるお前が悪い!」

 

 周囲から笑い者にされ、怒りに染まっていたギーシュの表情がより深くなる。

 これは何だか面白くなってきたぞ、とめぐみんの顔が少し悪い笑顔を浮かべた。

 

「あーあ、きっとあの二人、今頃泣いてるんでしょうねぇ? 何が原因なんでしょう? 恋でしょうか? 失恋でしょうか? あんなに純粋で可愛い子達を振るなんて、どんな男がお相手だったんでしょうねー!」

 

「な、なんだとぉ……!」

 

 煽りたっぷりなめぐみんの言葉は、耐性などあるわけがない貴族のお坊ちゃんには深く胸に突き刺さるようだ。段々と顔が真っ赤になっていく。

 どうせ相手は二股野郎で、間違いなく悪いのはコイツ。なにも遠慮する必要はない。めぐみんは更に煽り倒してやろうと口を開くが、

 

「め、めぐみんさん! 今すぐ謝ってください!」

 

 予想外なところから口が挟まった。シエスタだ。

 彼女の顔色はとても青ざめ、怯えた様子でめぐみんの肩に手を置いてくる。

 

「なぜですか?」

 

「お願いですから! 早く!」

 

 そう言って急かしてくるシエスタ。何だかただならない声色だ。

 

「そこのメイドの言う通りだよ! キミのような平民に貴族の何たるかを説いてもどうせ理解はできないだろうし、僕は紳士な男だ。所詮はあのルイズの使い魔、何を言ったところで無駄だろうからこの場で謝れば許してあげないこともないよ」

 

 一気に上気した声でまくし立ててくるギーシュ。よっぽど怒っているらしい。まあわざと怒らせた部分もあるが。

 彼は尚も気障な身振りをして、めぐみんの謝罪を要求してくる。じっと考え込むめぐみんだが……ものの一瞬で思考はケリをつける。そもそも、こんな奴に謝る理由などないではないか。

 めぐみんはギーシュの顔を正面から見据え、言ってやった。

 

「下げたくない頭は下げられませんね」

 

「なっ、」

 

「二股をかけた挙句、それがバレて振られれば他人に責任転嫁ですか。すこぶる気に入りません。あなたのような男、寧ろ振られて当然ではないですか?」

 

 傍らでシエスタが、尚も慌てながら名前を呼んでくるが気にしない。

 彼女には悪いが、このめぐみん―――売られた喧嘩は買う信条なのだ。

 

「格好といい言動といい随分と自分を高く評価しているようですが、もう少しその惨めさを自覚してはどうです? あなたのような男にはあの二人と付き合うどころか、ルイズをバカにする権利すらありませんよ」

 

 トドメとなるめぐみんの鋭い一言。

 それを受けてギーシュは絶句し、同時に頭に猛烈な勢いで血が上った。

 

「……どうやらキミは、貴族に対する礼儀を知らないようだね」

 

「ええ、知りませんね。私は貴族ではないですし、興味もありませんから」

 

 彼の声がワントーン低くなっている。どこか冷たさも感じられるそれは、間違いなく平常でいられる怒りの限界を突破している。

 ギーシュはめぐみんへ向けて薔薇を突き出してきた。真近で見て初めて理解するが、この一輪の造花は彼の杖を改造したものらしい。

 

「ならば教えてやろう。ヴェストリの広場で待っている」

 

 そう言い残して、ギーシュは踵を返しその場を去っていった。近くに座っていた彼の友人達も、一人ずつ立ち上がってどこかワクワクした様子で追いかけていく。

 彼の背中を見つめながら、めぐみんは面倒そうにため息をついた。

 この世界の事情に疎いめぐみんでも、何となく今の言葉の意味は分かる。

 

「決闘ってことですか? つまらない事を言い出しますね」

 

 ぼやきながら後ろへ振り向くと、シエスタがガタガタと震えながらこちらを見ていた。

 

「こ、殺されちゃう……」

 

「シエスタ?」

 

「あなた、殺されちゃうーーー!」

 

 ほとんど泣くような様子で遠くへ逃げ出してしまった。

 なにを大げさなと思ったが、追いかけようとした矢先に見覚えある桃色の髪がこちらに近寄ってくるのが見えた。

 ズンッズンッと重たい足取りで近づいてくるその少女は、ルイズだ。とてつもなく恐ろしい形相を浮かべている。

 

「見てたわよ! あんた何してんのよ!!」

 

「決闘の申し込みを受けました」

 

「いやそうじゃなくて! ああもうなんてことしてくれんのよ!」

 

 困った様子で頭を抱えて蹲るルイズ。

 ルイズの肩に手を置いて、めぐみんはにっこりと笑みを浮かべた。

 

「大丈夫ですよ。あんな奴ケチョンケチョンにしてやります」

 

「そういう話じゃなーーーいっ!!」

 

 食堂の中にルイズの絶叫が響き渡った。

 

 

 

 

 


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