1月1日。
新春を迎えた午前。
年賀状を積み込んだ配達員が、バイクにまたがりエンジンをかける。迅速かつ確実に宛先へ届ける為、一斉に街を彼らは駆けだして行く。
テレビ番組は、口々に明けましておめでとうございますと言う。
久しぶりに会う親族や親戚と、おせちを持ち合いながら雑談に花を咲かせる大人達。少し離れた場所には、子ども達が貰ったお年玉袋を何に使おうかと話し合う光景が母屋にあった。
だが離れにある彼の部屋までは、その活気は届かない。
彼が新年に母屋へ顔を出さないのは、今年だけの事というわけではない。最初の頃は、心配して訪れた者が何人かはいた。が、それが毎年の事となれば、いつもの事と今更わざわざ彼を心配する人もいなくなる。そして離れへ訪ねようと思う親戚は、とうとういなくなったのであった。
締め切られた障子は、朝日に照らされることなく光を遮っていた。外の明るさを拒絶するかのように室内は、薄暗く物が少なかった。
身動き一つしない彼は、まるで死人であるかのようであった。が、微かに聞こえる寝息によって彼が生きているという事が分かる。
薄暗いはずの室内の隅に、自身の存在を主張するかのように何かが機械的な明るさを帯びては消えるを繰り返してた。
年明けから続いているそれの正体は、造作に転がされている赤いスマートフォンからであった。
メッセージ通知が表示される度に通知ランプが光、室内を照らす。裏返っているスマートフォンの液晶画面には、メッセージ通知が次から次へと重なっている事だろう。
室内に鳴り響く通知音と共に、バイブレーションが微かにスマートフォンを動かす。そのさまは、なかなかに賑やかであるが、部屋の主である彼が起きることはなかった。
年明け直後から続いている通知の嵐は、未だに鳴りやむ様子がない。
スマートフォンのメッセージ通知の音が鳴りやんだのは、空の青に紅がさし始めたころであった。
駆け足で太陽が、西の街へと姿を隠していった。
淡い黄金色を帯びていた空は、次第に紅が色濃くなり世界を一色に染め上げてる逢魔が時に彼は、ようやく起きた。
寝過ぎたせいか、ズキズキ痛む頭を片手で抑えながら気怠さの抜けない体で這いつくばるようにして部屋の隅にあるスマートフォンを手に取った。寝起きのぼんやりとした頭で、ロック中の画面から表示されている通知を確認する。
SNSのアプリを起動しないように気を付けながら見る通知の内容の多くは、新年を祝う言葉であった。違う内容もいくつかはあったが、それも年明け前の夜に見た流星の事や初夢で変なモノを見たなどであった。
さて、彼らにどんな感じで返信を送ろうかとしばし考えながらロックを解除した。
通知の件数は、121件程でその宛名の多くは、小中高で何かしらのかかわりがあった同級生や友人達、それと何故か兄のメッセージもあった。
通知の件数は多いが、そのいくつかは同じ人物が複数回と連続して送っているだけだ。
寝起きの頭を覚ましながら、自室内の
ほぼ、毎年通りの元日に思わず笑ってしまう。
毎年、昼までには起きようと試みるも年越しの準備での疲れで寝過ごしてしまうのだ。そのせいか、親戚一同からは誤解をされている。彼らに会いたくないから正月は、わざわざ引きこもっているのではないかと兄から電話越しに聴いた時は、かなり驚いた。
今年こそは、元日に参加したいと思っていたが遅かったようだ。親戚一同が集まるのは、何故か元日のみで泊まっていく事もない。
理由を父さんは、知っているらしいが教えてはくれない。当主に成ればその時に教えるとは、言っているが自分は予備である。だから、順当に行けば
面倒ではあるが、とにかく血と術は、絶やしてはいけないらしい。
寝ようにも目が、冴えていて眠れない俺は、仕方なく眠気が再び戻ってくるまで、ぼんやりと夜空を眺めていた。
そして、二度寝で見た不可思議な夢での出来事を何のなく回想する事にした。
*
崩壊という結末が、決まった少女の冒険譚。
それは、美しく尊い物語なのであろう。
だが俺は、それに共感をすることができなかった。
ただ感じたのは、窒息しそうなほどの息苦しさと締め付けられる様な痛みであった。
逃げ道は、いくらでもあったはずだ。なのに少女は、その道から逃げる事は無かった。
ありもしない希望を抱き、前へ前へと進む。その姿は、愚直なほどに真っ直で自身辿る結末に向かって行く。この道に迷いなどない、とでも言うかのように真っ直ぐと進んで行く。
少女の瞳には、希望の光が宿っている。
けれども、俺は想う。
いくら美談で着飾ろうとも、花々で塗装を施そうとも辿る崩壊の未来は変わらない。その先は、きっと地獄だ。
歯を食いしばり鍛錬をする少女は、未来を知っているはずだ。
なのに、なぜそこまで頑張れるのだろうか。
いつ裏切るかも知れない他人の為に、困っているからと迷わず差し伸べる事ができるのだろうか?
俺は、打算のない善意が理解できない。
優しさには、理由がある。無償でなど他人は、誰も助けてはくれない事を前世で思い知ったのだ。
だからこそ俺は、少女が誰かを無償で助ける所を見る度に、何故と言う疑問が絶えず頭を
少女の物語は、船に乗り込む所で終わっていた。
そして、視界に不快なノイズが走り出し、先程と全く別の光景を映し出す。
薄暗い空間に浮かぶ無数の光は、初夢で見た世界に似ていた。
薄いシャボン玉の様な膜が、幾億も存在し何かの規則に沿って浮かんでいる。その中に学校にあったような地球儀が複数あった。
ある物は、劫火に覆われ燃え盛っていた。また、ある物は真っ白く、またある物は表面が干からびた様であった。
そして、俺の近くにあった物が、パキパキとひび割れる様な音が聞こえ……そこで夢から覚めた。
ふと、おじじ様の言葉を思い出した。
『陰陽師の夢には、何かしらの意味がある事が多い』
では、あの夢には意味があるのだろうか?
その先に、どんなに頑張ってもどうしようも無い未来が待っている事を暗示している?
…いや、ないな。
新年早々の初夢が、ここがTYPE-MOON世界でこれから聖杯戦争が始まるよ。だけでも衝撃的な事実だ。と言うのに二度寝で見た夢が、どこかの少女の冒険譚とよく分からない球体ワールドだなんて笑えない。
いくら何でも、暗示とかではないだろう。それよりも、自身のストレス度の方が心配になった。
*
1月2日。
滅多に鳴らされない、離れのチャイム音で目を覚ました。
昨夜は、その後ネガティブな妄想が肥大化して胃がキリキリしだしたので、それを振り払おうと、離れの掃除を開始したのだ。
が、いつの間にか寝落ちをしていたらしい。茶の間にある丸いちゃぶ台の下に、潜り込むような体勢で寝ていた。
寝違えたのか痛む首筋を押さえながら、玄関を開けた。
「あっけおめ、
朝日が降り注ぐ、玄関口。
明るい笑顔で、新年の挨拶をする彼は前田 淳。中学校入学時に席が近かった事がきっかけで仲良くなった友人であり、別々の高校となった今でも頻繁に会う仲だ。
「あっ、明けましておめでとう淳」
寝起きの少し枯れた声で返事をする。すると何処か嬉しそうに顔を綻ばせる淳だったが、それは直ぐに口をへの字に曲げ不安そうな表情に変わった。
「いきなり、なんだけどさ。無理なら、それでも良いんやけどさ。できれば・・・今日の昼過ぎまででええから、蓮の所に居させてくれん?」
淳の落ち込み様で何となく、事情を察した。
「あっ、いや別に。それは、いいんだが。ここには、暖房器具とかは無いから母家に行かないか?俺も寒いから、行こうとしてた所だし」
色々な理由があって、多少の寒さ暑さに俺は鈍感である。
だが、客観的に今の離れは寒いだろう。玄関横に設置してある温度計によるといまの気温は、約1℃を示していた。こんな所に冷え性の疑いのある淳を招き入れる訳にはいかない。
「いや、そんな。気ぃ使わんでもええんよ、本当」
遠慮している淳には、悪いが俺は俺の意見を押し通す。淳が気にしなくても俺が、気にしまくるんだよ。それと自分以外の他人を自室に迎え入れたくない。
「今は、初詣的な何かで母家の人も出払ってるし。気にしなくても大丈夫だから行こう」
まだ、納得していない様子の淳が反論を言う前にサンダルを履き、手早く玄関の鍵を閉める。すたすたと母家へ先陣を切って向かえば、後から淳も着いてくる。
母家は、俺の予想通りに暖房が付きっぱなしである。暖かいのだろうが、やはり温度感覚が鈍感になっている俺は、外と変わらない気がした。
「うわっ、お前ん家ヤバない!人いないのに暖房付けってぱって。めっちゃ、電気代かかるじゃん」
引き気味に言う淳は、しばし母家の裏口玄関に立ち尽くしていたが、すぐに我に帰った。玄関口で脱いだ靴を端に寄せ、俺の後に遅れながらも居間に入った。
離れに比べて、断然に広い母家。そこには、ほぼ全室に床暖房が配備してある。室内との温度差でガラス窓に結露は、拭き取られた様子はなく下に垂れ落ちた水が溜まっていた。
「それで、どうしたんだ?」
いきなり、話を切り出した俺にえぇーと、と淳は誤魔化す様に苦笑いを浮かべた。これは、家で何かあったのだろう。
「何かさ昨日、初夢で変なのを見たんだよ。そんで朝起きて、皆んなに初夢が変やった、って言おうとリビングに入ったら既に
そう語る淳は、疲れた様にため息を零し話を続ける。
「そんで理由は、解らんけどな。お
俺、何かしたんかなと言う淳は、次第に声を萎ませていった。最初は、冗談混じりで平気そうに見えてた。だが実際のところ、そうではなかったらしい。
俺は、慰める事はしなかった。
ただ、淳の気が済むまで話をひたすら話を聴いた。
その話に時々、相槌をうち、ぼろぼろと泣き出した淳をなんとか落ち着かせ、俺は席を立った。
2話目で、やっと主人公の名前出せた。。
因みに、主人公の名前は、三谷 蓮 です。