声が聞こえる。
荒々しい男性の声と、弱々しい女性の声。何やら言い争っている。混濁し、かすれた意識の中で必死に耳を傾ける。
「…だよ…ったん…よ…!」
「…か…ない。…」
「…!”ルイス”は…!」
酷くノイズが走るのは自分が意識を手放す寸前だからだろうか。それとも、この『なにか壁を一枚隔てて聞き耳を立てているような違和感』のせいだろうか。微かに自分の名前を聞き取ったくらいしか分からなかった。ダメージを負っているというのに、妙に冷静な思考をする。
いずれにせよ、自分の為に彼らは言い争っているらしい。記憶も定かではないが、唐突に自分が心配と迷惑をかけたような気がする。そう感じたのなら行動に移すべきだ。アパートの隣の部屋に声をかけるような心持ちで彼らに伝える。自分は大丈夫だ、心配するな、と。
「…!?…、…!?」
「…、…。」
既にほとんど聞き取れなくなっていたが、どうやらなんとか、彼らに伝わったようだ。その一事に安堵し、彼は意識を手放した。傍らに何かが寄り添うような、優しい気配を感じた。
暫くして、穏やかな浮遊感と共に目を覚ます。まず視界に飛び込んできたのは白い天井。一拍おいて莫大な情報量を伝えてくる視覚を一度シャットダウンし、柔らかなベッドに身を任せ、一呼吸おいて思考する。脱力感と倦怠感で体を動かす気にはならなかった。
どうやらここは医務室のようだ。自然な流れでかんがえるならば恐らくIS学園の保健室だろう。そこいらの一流大学病院にも引けを取らない、最先端の保健室である。…もはや「保健室」の定義を見失いかけているが。
簡単な状況確認の次に行うは記憶整理。
(たしか…斬られてしまったのでしたね…)
ラウラ・ボーデヴィッヒ駆るシュバルツェア・レーゲンに埋め込まれ、覚醒してしまったVT(ヴァルキリー・トレース)システムからの、不意の一撃。戦闘終了直後という間隙を突いただまし討ち。完全に気を抜いてしまっていた。主をおいて盾が油断するなどあってはならないことだ。アレは完全に自分を狙っていたから良いようなものの、一歩間違えていれば先にやられていたのは自分以外の誰かだったかもしれないと思うとゾッとする。
しかし気になるのはその部分だ。”なぜルイスのみがあれほど執拗に狙われたのか”。一人を狙い続けるプログラムだったならば一夏でないことの説明がつかず、ランダムロックで偶然にルイスが狙われ続けていたとは考えにくい。
つまり、”ルイスはあのVTシステムに完全に狙われるように人為的に仕組まれていた”と考えるのが妥当だろう。
一体何処の誰による行いなのか。後にルイスも知ることとなるが、事件が起きた日の夜。一夜にしてドイツのとあるIS工廠が壊滅した。実行犯は、後に自ら声明を出した篠ノ之束。曰く、勝手にお粗末な実験をするのは構わないけど、それで箒ちゃんやいっくんに危害が及ぶようなら即刻始末しちゃうからね、らしい。当事者からして、これほど恐ろしいことはなく、また喜ばしいこともないだろう。要するに、その特定の二人に危害が及ばなければ何をしても構わないとも解釈できるからだ。
最後に日時の確認。簡易机の上に置いてあるデジタル式の時計を見る。
(事件当日より三日ほどですか…予想より随分と早く済んだようです。)
どうやら事件から三日後の正午のようだ。見積もりでは五日ほどかかると思っていたが、どうやら傷は浅めで済んでいたようだ。これでひとまず安心できる、ということになる。
(それにしても…)
意識した途端、猛烈に主張してくるのは胃袋。栄養剤の点滴などはされており、命に係わる空腹ではないのだが、そこは舐められない三大欲求が一。わざわざナースコールを使用するには踏み切れず、見回りが来るまでしばらくの間、一人悶々としているのだった。
時は戻って事件翌日朝。ホームルームの時間だが、教室には三名の生徒が不在である。ルイス・ルースは負傷中。ラウラ・ボーデヴィッヒも同じく負傷中だろう。そして、理由は分からないがシャルル・デュノアも居ない。昨日の大浴場に入れなかったことをやはり恨んでいるのでは?と、ありえない想像をつらつらと考えながら織斑一夏は座っていた。
そう、昨日は一夏にとって素晴らしい日だった。トーナメント後、簡単な事情聴取を教師陣から受け、遅めの夕食を取っていた時にもたらされた素敵なニュース。運んできてくれた山田先生によると、その日は大浴場のボイラー点検で生徒たちの入浴は禁止されていた。が、その作業は終わり、空き時間ができたので折角なら試験的に男子専用の日ということにしてみようとなったという。久方ぶりの温泉。根っからの(時々爺臭い所が出るほどの)日本人である一夏は、シャルルからの
「ぼくは遠慮するよ、脱衣所で時間をつぶして、頃合いを見て部屋に戻るよ。」
という天使のような慈悲に後押しされ、貸切風呂を満喫した。一時間ほど、のぼせる直前まで堪能してから帰ると、シャルルは居なかった。職員室にてまだ話すことがあった旨を記した書き置きがあったので特に心配もせず、心地よい疲労感に誘われるがまま眠りについた。
そして朝、朝食を取り終わったあと、シャルルに先に行ってていいと言われ、教室について今に至る。
まもなくして、副担任たる山田真耶先生が入ってくる。(ここで昨日はありがとうございました、と心の中で感謝を捧げる一夏。)少しお疲れ気味の彼女が、ややあって口を開いた。
「えー、今日は…今日も?転校生を紹介します。といっても、既に紹介済みというか…そのぉ…。じゃあ、入ってきてください。」
「失礼します。」
現れたのはどう見ても既視感のあるブロンド貴公子(元)。
「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします。」
さわやかに微笑みながら一礼。とても様になっている。どこかのお姫様のようだ。
…そう。お姫様のようなのである。
「えー、デュノア君はデュノアさんでした、ということです。…はあ、また部屋割りの組みなおし作業がはじまります…」
どうやら山田先生が疲れていた理由はそれらしい。
「え…デュノア君、女の子?」
「おかしいと思った!美少年じゃなく美少女だったわけね。」
「あれ?織斑君、同室だったよね?」
「しかも昨日って確か男子たちが大浴場使ったわよね!?」
これは非常にマズイ予感!思ったと同時に一夏、逃走開始。
「一夏ぁっ!!!」
バシーン!と蹴破るような勢いで開かれた教室の扉の先には、ハンター…!
「どこへ行く、一夏…」
まわりこまれた !
「説明を要求しますわ…事と次第によっては…」
モンスターハウス だ !
「は、はは、ははは…」
人は極限を超えると笑うしかなくなる、とは誰の言葉だったか。そもそも笑うという行為は威嚇の派生であり…などと現実逃避をしつつ。一夏は己の命を繋ぐため、窓から飛び出して逃走劇を開始するのであった。
約四か月ぶりの更新です。自分で見てびっくりしてしまいました。お待ちくださっていた方々、本当に申し訳ない&ありがとうございます。ようやく夏休みに入れたので、すこしだけ更新頻度が上がると思います。あまり期待せずお待ちいただけると幸いです。