フレアは目を閉じ、イーグル・アイの背にしがみ付いていた。
”闇と光”、”力と力”がぶつかり合う事で起こった衝撃、轟音、閃光―――今はこれらが全て消え去り、フレアの耳には風を切る音のみが聞こえている。
フレアは恐る恐る、眼を開けた。
「……わあ!」
視界に映ったのは―――眩しい日の光と、限りなく広がる青い空であった。
この空が紛れもない勝利の証。
フレアとエアトスは”悪なる者の意思”に勝利したのだ。
「エアトス!」
「フレア…!」
フレアが側にいるエアトスへ顔を向ける。
そこには苦難を乗り越え、最後まで戦い抜いた守護者の穏やかな表情があった。
「フレア……ありがとう」
その眼から一筋の涙が溢れ、大空へと消えていく。
エアトスの長く辛い戦いが、ようやく終わりを迎えたのである。
「エアトス……やっと終わったね」
「ええ……そして、これからはあなたと共に……それが私の”使命”であり、”望み”です」
「エアトス…!」
戦いを終えた今、エアトスは自分の下を去ってしまうのではないか―――フレアが密かに思っていたそんな不安は杞憂に終わる。
エアトスが、これからもずっと一緒にいてくれる―――フレアにとって、勝利以上に嬉しい事であった。
「さあフレア……帰りましょう。 あなたを待っている、大切な人々の元へ」
「うん! あ、待って! 黒蠍盗掘団は―――」
フレアは辺りを見渡すが、ここは地上が見えない雲海の上。
神殿などとっくに見えなくなっていた。
フレアは残念そうに俯く。
別れる前にここまで助けてもらったお礼を言いたかったのだ。
「フレア」
そんなフレアに笑い掛けながら、エアトスはデッキを指差す。
それを見たフレアは自分のデッキに手を置くと、自分が探していた5人の気配を感じ取る。
いなくなってなどいない。
彼等もずっと、フレアと共にあるのだ。
「よかった……皆、助けてくれてありがとう! これからもよろしくね!」
彼等は姿を現さないが、先程の様に気配を強く発する事で返事を返す。
フレアはそれを感じて微笑むと、突然何かを思い出したかの様な表情をする。
神殿に向かう前に別れたトルンカのことであった。
「ねえ! 実はもう一人お別れを言いたい人がいるんだけど……」
「トルンカ殿のことですね? 分かりました。 向かいましょう」
それを聞いてイーグル・アイが進路を変更すると、その先の方から、こちらに向かって何かが飛んで来る物が見えた。
「あれって……紙飛行機?」
飛んできた紙飛行機がエアトスの手中に収まる。
何故こんな上空で紙飛行機が飛んでいたのだろうか。
「…この紙から、強い魔力を感じます。 ですが、邪悪なものは感じません」
そう言いながら、エアトスは紙飛行機を開き、中を確かめる。
それを見たエアトスは小さく笑うと、フレアの手に紙を握らせ、中を見る様に眼で促す。
フレアがそれを受け取ると、不思議なことに紙は風に煽られず、まるで手にくっついた様に離れなくなった。
これにはフレアも驚き、慌ててエアトスに眼を向けるが、エアトスは”大丈夫”と言わんばかりに頷く。
フレアは恐る恐るその紙を見ると、中には文字が書かれていた。
どうやら、あの紙飛行機は手紙だったようである。
人間の文字で書かれているが、これを書いた者が慣れてないせいか少々読みづらい。
手紙の冒頭には”フレア殿へ”と書かれていた。
「トルンカ殿からです」
「トルンカ? 私宛に?」
フレアはその手紙を読み始める。
* * *
フレア殿へ。
これを読んどるっちゅーことは、無事エアトス殿を助けられたようじゃな。
この手紙はエアトス殿の力を察知して追いかける仕組みになっとるんじゃよ。
凄いじゃろ。
* * *
「ふふ! 凄いね。 魔法使いっぽい」
* * *
まあとりあえず、おめでとう。
そして、ありがとう。
これでもう、心配事は全部無くなった。
肩の荷が下りた気分じゃよ。
* * *
「トルンカ殿にも、随分と心配を掛けてしまったようです……申し訳ありません」
エアトスが手紙に向かって頭を下げる。
精霊界の中心で療養している間、エアトスが一番世話になったのがトルンカである。
トルンカはエアトスの心情を理解し、常に気に掛けてくれていたのだ。
* * *
おそらくじゃが、この手紙を読んでいる頃にはもうフレア殿が元の世界に戻る直前じゃろう。
これ以上、向こうの人を待たせてはいかん。
だから、ここで挨拶を済ませておこう。
わしはこれを永遠の別れだとは思わん。
きっとまた逢えるじゃろう。
よく解らんが、フレア殿はそんな風に思わせてくれる。
フレア殿、エアトス殿、何時かまたこの精霊界に来てくだされ。
わし等は、何時でもあなた達を迎えますぞ。
龍可ちゃんにも、よろしくな。
それでは、また逢う日まで。
黒衣の大賢者 トルンカより
* * *
手紙を読み終えると、フレアは手紙を紙飛行機へ折りなおす。
そして、飛んできた方向に向かって紙飛行機を構えた。
「トルンカー! こっちこそ、ありがとうー! また逢おうねーーー!!!」
そう叫ぶと同時に、フレアは紙飛行機を飛ばす。
紙飛行機は風の抵抗を一切受けず、フレアの思いを乗せて真っ直ぐに飛んでいった。
「あの紙にはトルンカ殿の魔力が宿っていました。 きっとトルンカ殿へと届くでしょう」
「うん……ねえエアトス。 私、エアトスに聞きたい事が沢山あるの」
ディマクとの決闘を始める直前から、ずっと気になっていた。
これでよく決闘に集中出来たねと、フレアは自分に言いたくなる。
「
「……順に話していきましょう。 …私の部族は、ただ単に私を信仰しているだけの部族ではありません。 遥か昔……5000年前の戦いにおいて、重要な役割を担った部族でした」
エアトスの部族は遥か昔、5000年前から存在していたが、その頃は辺境に暮らすただの小さな部族に過ぎなかった。
だがある日、その部族の中で暮らす一人の少女が”夢”を見たことにより、その部族の運命を大きく変える事となったのである。
「”夢”…!?」
「そうです。 ”夢見の巫女”……彼女の存在が、5000年前の戦いを大きく動かしたのです」
少女は見た。
まだ生まれて間もない、右腕に”痣”を持つ赤子を。
そして、それを狙う”邪悪なる者”の存在を。
少女は部族に訴えた。
その赤子を助けなければ、世界が終わる、と。
「当然、そんな話を信じて貰えるはずもなく、部族が動くことはありませんでした」
少女も、気のせいだと、ただの夢だと思いたかった。
しかし、胸騒ぎは日増しに大きくなっていく。
それに耐え切れなくなった少女は部族を離れ、赤子を捜す旅に出る決意をした。
「この時、部族の中で唯一少女の言葉を信じた若き神官が旅に同行しました」
たった二人だけでの厳しく、辛い旅。
長い年月を費やし、ようやく二人はその赤子を見つけ出す。
その赤子は少年に成長していた。
両親は既に亡く、ここまで危難に遭いながらも何とか生きてきたのだという。
少女と神官は、その少年が”宿命の戦い”に赴くその日まで、少年を守り続けた。
「その少年は、長き旅の中で”力”を付けた神官の指導の下、立派な戦士に成長しました。 そして、青年となった少年は”シグナー”として戦いに赴き、勝利へと導いたのです」
後にその事を知った部族は彼女等を称え、少女を”巫女”、神官を”決闘神官”と呼び、彼女等への感謝と、世界の為にその血を守っていこうと誓ったのである。
「そして、”宿命の戦い”からもうじき5000年が経とうとしていたある日、その部族は滅ぼされました。 狙いは私……そして、代々”巫女の力”を受け継いできた娘の抹殺」
”悪なる者の意思”は地縛神の復活を早める為、エアトスをその”生贄”にしようとした。
だがそれだけではなく、”巫女”を消してシグナーの出現の可能性まで狭めようとしていたのだ。
5000年弱の長い平和の時を生きてきた部族の中に優れた”決闘神官”がいるはずがなく、部族は滅ぼされてしまった。
「友を失い、部族を失い、私は一時、絶望の中にいました。 ですが、まだ”希望”は残されていたのです」
「……その”希望”って?」
「生きていたのです。 現代の”巫女”にして、あなたの母である”クヴェル”が」
「ママが……”巫女”…!?」
フレアは驚きながらエアトスに向かって身を乗り出す。
そんな話は一度も聞いた事が無い。
「部族が襲われたあの日、偶然にも珍しい”来訪者”がいたのです」
それは、遠くからこの荒野にやってきた開拓民の青年。
道に迷って困っているところに、この部族が住む村へと転がり込んできたのである。
「青年は無関係なのにも関わらず闇の部族と戦い、クヴェルを助け、守り抜いて村から脱出したのです。 …その青年の名は”ヴァン・ヴィルアース”。 あなたの父です」
「パパ……」
フレアは写真でしか見た事が無い父の顔を思い浮かべた。
父であるヴァンは、フレアが生まれて間もない頃に亡くなったという。
「あなたの父の勇姿は正に”決闘神官”そのものでした。 フレア、あなたはクヴェルの”巫女としての力”と、ヴァンの”決闘神官”としての資質を受け継いだ”決闘巫女”なのです」
父が凄腕の決闘者だったという事は聞いている。
フレアの決闘の才能や、”夢”を見るのは、全て両親から受け継いだものだったのだ。
「……私が精霊界で傷を癒している間に、何度もヴァンとクヴェルの願いが聞こえました」
気高き守護者、ガーディアン・エアトスよ。 私達の子をお守りください。 特に、フレアは私の宿命を継いでしまった”運命の子”です。 どうか……”邪悪なる者”の手からお守りください…!
「私は……動けない自分を呪いました。 …その時、私は誓ったのです。 必ず”力”を取り戻し、フレアを守ると……」
「…」
今、フレアの中では様々な感情が渦巻いている。真実を知った驚き、悲しみ、怒り―――そして、両親の”愛”を感じた喜び。
フレアの頬に、涙が伝う。
「私……生きるよ。 パパとママの分も、ママの故郷の人達の分も……」
「ええ……私は、それをずっと助けていきます。 あなたの側で……」
フレアとエアトスは暫く見詰め合うと、急にエアトスがイーグル・アイの前を先行し、手に剣を持って前方を指し示す。
「あそこです。 あそこの次元を斬り裂けば帰れます。 …準備はいいですね?」
「うん!」
フレアが頷くのを確認すると、エアトスは剣を振り上げ、一閃する―――
* * *
「これは……”夢”?」
自分はエアトスが作った次元の間に飛び込んだはず。
なのに、自分は”夢”を見ている。
気を失ってしまったのかもしれない。
フレアは戦いの”夢”を見た。
遊星と鬼柳、ジャックとカーリー、クロウとボマー、十六夜アキとミスティ。
シグナーとダークシグナーの、悲しき死闘。
そして現れた”冥界の王”。
それを止める為に、最後の戦いへ挑む遊星、ジャック、クロウ。
強力なシンクロモンスターと最後の”地縛神”を前に、ジャックとクロウが倒れる。
絶望的な状況―――だが、遊星は諦めない。
”希望”を信じ、”絆”を信じ、一筋の光となって、地縛神を貫く。
「セイヴァー・スター・ドラゴンで地縛神 Wiraqocha Rascaを攻撃! 【シューティング・ブラスター・ソニック】!!!」
コンドルの地縛神を貫いた遊星の新たな力、”セイヴァー・スター・ドラゴン”が反転し、こちらに迫ってきている”冥界の王”に向かって突撃。
その瞬間、青き竜は”赤き竜”となり、冥界の王を貫いた。
冥界の王は咆哮を上げると、体から光を溢れさせ、そのまま消滅する。
冥界の王から放たれた光に包まれながら、フレアは感じ取る。
遊星達”シグナー”の鼓動―――そして、”ダークシグナー”となり、散っていった者達の鼓動を。
「ああ……皆…!」
涙で霞む視界が、段々と暗くなっていく。
フレアは安心して、その感覚の中に身を委ねていった。
* * *
「! 目覚めたぞ!」
眼を開けたフレアが最初に聞いたのは、ブロンソンの声。
その瞬間、天井を見ていたフレアの視界に複数の顔が見えた。
ストーク、ブロンソン、ニコ、ウェスト、シーゲル。
ストーク以外の全員はフレアと顔が合うと、安堵したような表情を浮かべる。
「よかったぁ! フレア、昨日からずっと眼を覚まさないんだもん! 心配したよ!」
「本当に……フレアが目覚めてよかった」
ウェストとニコは胸を押さえながら笑顔で向き合う。
フレアが上体を起こすと、ストークが今にも泣きそうな表情で肩を掴んだ。
「フレアッ…! おま……心配させやがってッ…!」
たった一人の妹の異常事態に、兄であるストークはさぞ心配したことだろう。
よく見ると、眼の周りに隈が出来ている。
寝ずにフレアを看病していたのであろう。
「おう。 もう大丈夫みてぇだな」
フレアが声の方に顔を向けると、祖父であるクラッシュが椅子に腰掛けていた。
「そいつのおかげかもな。 クヴェルの奴には大人になったら渡せと言われていたが……まあいいだろう」
クラッシュがフレアの手を指差す。
フレアも自分の手に視線を落とすと、手には透明なカードケースが握られており、中に1枚のカードが入っていた。
「故郷のお守りだそうだ。 大事にするんだぞ。 それじゃ、俺は帰るぞ」
クラッシュは腰を上げると、シーゲルと共にフレアの部屋から出て行く。
フレアはケースからカードを取り出す。
気になったウェストとニコがそれを覗き込んだ。
「《ガーディアン・エアトス》……へぇー! 何かカッコイイな!」
「綺麗なカードね! …っと、いけない! そろそろお父さんが帰ってくるわ! 晩御飯作りに帰らなきゃ! フレア、またね! ウェスト、行くよ」
「うん! それじゃフレア! 完全に元気になったらまた遊ぼうね!」
そう言って、二人も部屋から出て行く。
フレアが二人を見送った後に視線を落とすと、ストークがフレアのベッドに寄りかかって寝息をたてていた。
どうやら限界だったようである。
「あ~あ~ストーク……しょうがねぇな。 俺が担いで運んでやるよ。 それじゃあなフレア。 安静にしてろよ」
ブロンソンはストークを背負い、部屋を後にする。
先程まで賑やかだったフレアの部屋は、しんと静まり返った。
「……どこ?」
フレアは何かを探すように、辺りを見渡す。
その瞬間、後ろから捜していた者に声を掛けられた。
「ここだ」
「……フリント」
フレアが振り向くと、そこには何時も通りの仏頂面の、カウボーイハットとマントを身に付けた青年が丸椅子に腰掛けていた。
1日程離れていただけなのに、とても懐かしく感じる。
フリントは立ち上がると、ベッドの横に移動してフレアの前に立った。
「……また一つ、強くなったな。 何か凄まじい”夢”でも見ていたのか?」
フリントはそう言うと、仏頂面を緩め、僅かに笑みを浮かべる。
その瞬間、フレアの眼から涙が溢れ出した。
「フリントッ…! 皆……皆生きてるよッ…!」
「何…? 何だ? 何の話だ?」
「私も……フリントも……クラッシュ・タウンの皆も……サテライトの皆も……遊星も……鬼柳も……皆皆、生きてるよッ!!! わぁ~~~ん!!!」
とうとう子供の様に泣き始めてしまったフレア。
フリントはそれ以上何も聞かず、フレアの頭を撫でてやる。
「そうか……生きているんだな。 俺もお前も、遊星も鬼柳も……皆、生きているッ…!」
フレアが落ち着くまで、フリントは彼女の側を離れなかった。
こうして、フレアとエアトス、シグナーとダークシグナーの戦いは終幕を迎える。
悲しき戦いを乗り越え、決闘者達は新たなる”道”を歩み始めるのであった。
これにて、ダークシグナー編を終了とします。
予定より大分長くなってしまった(汗)
次はいよいよWRGP編、そして作者が待望している”クラッシュ・タウン編”が近づいています!
これからも頑張りますので、どうぞよろしくお願いします!