第65話 生きる希望
薄暗い廊下をマントを揺らしながら歩く男が一人。その頭に何時も乗せられていた帽子は無く、仏頂面を前に向けながら歩き続ける。その足取りには迷いが無く、まるで我が家を歩く様な軽さがあった。
長い間歩き続け、漸く辿り着いたのは大きな広場。壁には幾つもの光のラインが通り、それはモーメントエネルギーの光とよく似ていた。
「ようこそ”アーククレイドル”へ。よくここまで来れたものね」
男が広間に入った瞬間、広間全体が明るく照らされ、向かい側にある通路から一人の女性が現れる。
「”シェリー・ルブラン”か、見ないと思ったら、こんな所で何をやっている?」
「”フリント”……ちょっと考えれば分かるんじゃないかしら?」
女性――――シェリーは遊星達といた時の社員服では無く、肩当を付け、配色を白と黒で左右非対称に分けたスーツを身に纏った、”騎士”を思わせる凛々しい姿をしていた。
「私は“ゾーン”の計画に協力する事にしたの。だからここにいるのよ」
「遊星達を裏切るつもりか?」
「そうなるわね」
「そうか」
二人の会話が一旦途切れると、シェリーがフッと笑みを漏らす。
「薄いリアクションね。もう少し驚いてもいいんじゃないかしら? それとも、私の考えを理解してくれているのかしら? ね、同じ“裏切り者”さん?」
「…………」
挑発的な物言いにフリントが黙ったまま見返すと、今度は不敵な笑みを浮かべるシェリー。
「フフ、大体の話はゾーンから聞いているわ。フリント、貴方の事をね。……今更、ここへ何しに来たのかしら?」
「”友”に逢いに来ただけだ。そこを退け」
「悪いけど、それは出来ないわ。貴方を追い返す様に言われているの」
シェリーは決闘盤を構え、展開させる。
「ゾーンにとって、貴方はもう必要無い存在なの。むしろ邪魔者と言ってもいいわね。私にとっても。……MEで助けてくれた事に感謝して、今なら無傷で帰してあげるわ。退きなさい」
「……この短い間に、ゾーンに何を吹き込まれたんだ? 復讐に全てを掛けた女決闘者とは思えない言葉だ。ここは”イリアステルの本拠”だぞ。ゾーンはその首魁だ」
シェリーはイリアステルを憎んでいた。最愛の両親を奪った憎き仇敵のはずだった。それが、今はイリアステル側に付いている。彼女をよく知る人物から見れば、全く以て理解出来ない状況だった。
「そうね、そんな時もあったわ。でもね……もう直接の”仇”は存在しないわ」
シェリーはここまでの笑みを消し、悔しげに俯く。
シェリーの両親の暗殺は危険分子と判断した”クラーク・スミス”の判断によって行われたものであり、そのクラークはイリアステルによって抹消されてしまった。つまり、シェリーの人生を掛けた仇討ちは、成し遂げられぬままに終わってしまったのである。
「復讐だけを誓って生きてきた私に、この先何が出来ると言うの!?」
直接仇を討つ事が出来なかった悔しさ、目的を見失った虚しさ、将来への不安を言葉にして吐き出すと、シェリーは再び笑みを浮かべる。
「でも、”神”はいたわ。全てを失った私に、ゾーンは生きる”希望”を与えてくれた……」
歴史を変える力を持つイリアステル、その首魁だというゾーンとシェリーは取引を行った。それはシェリーはイリアステルの計画に協力し、ゾーンはそれを達成した後、シェリーの願いを一つ叶えるものだった。
「私は取り戻すの! 幸福だったあの頃を! お父様やお母様がいたあの幸せな時間を! ……何と言われようとも、私の思いは変わらない。必ず計画を達成し、私の願いを叶えて見せる!」
「フフフ……ハッハッハッハッハ!」
シェリーが確固たる表情で意志を示すと、フリントが突然笑い始める。
「何が可笑しいの?」
「……可笑しいさ。滑稽だな」
「……何ですって?」
シェリーが睨みつけるもフリントは意に介さず、口端を吊り上げたまま見返す。
「”英雄”になり切れなかった男が、今度はなれもしない”神”と名乗る。そして、それを妄信して縋る女……これが滑稽でなくてなんだと言うのだ?」
この瞬間、フリントの頭目掛けてシェリーの鋭い蹴りが飛ぶ。フリントはそれを片手で難なく受け止める。
「もう後悔しても遅い! お前はここで消す! 私の願いの為に!」
「出来るものならやってみろ。俺は絶対に負けない。お前にはな」
シェリーはフリントの手を振り払うと、側から飛び退き。決闘盤を再び構える。フリントも決闘銃を取り出し、装着して決闘盤へと変形させる。
「「 デュエル!!! 」」
「先攻は私から。私のターン!」
シェリー 手札:5→6
「フィールド魔法《エコール・ド・ゾーン》を発動!」
シェリーがフィールド魔法を発動すると、周りが霧に包まれる。その霧が晴れると、周りの景色が荒野の中心に建つ古びた遺跡に変化していた。シェリーは遺跡の高い位置に立ち、下にいるフリントを見下ろす。フリントの後ろには、巨大な眼球が浮かび、フリントの背を見詰めていた。
「そして《マスクトークン》を通常召喚!」
シェリーの場に代わりに粘土で作られた人形の様な、顔の無いモンスタートークンが現れる。
ATK:2000 レベル4
「モンスタートークンを手札から召喚だと?」
「フフフ……貴方にこのフィールド魔法の謎が解けるかしら? カードを伏せてターンエンド」
LP:4000
手札:3
モンスター
・マスクトークン
魔法・罠
・セット
フィールド
・エコール・ド・ゾーン
「俺のターン!」
フリント 手札:5→6
「(フフ……例えこのフィールドの謎を解いたとしても、貴方にとっては戦い辛いでしょうね)」
シェリーが発動したフィールド魔法は、召喚・特殊召喚したモンスターを強制的に破壊し、同じ攻守を持つトークンと入れ替える効果を持つ。シェリーが出したトークンはフィールドの効果によりモンスターカードと入れ替わったものである。
シェリーは遊星達の仲間であり、本戦出場を決めていた”チーム・サティスファクション”の事を研究しており、フリントのデュエルスタイルも調べ上げていた。
「(フリントが使う《ヴォルカニック》と融合モンスターは強力な破壊と火力を誇るけど、その攻撃力の平均は高くない。後は長所さえ潰してしまえば、敵ではないわ……)」
トークンと入れ替えてモンスター効果や属性・種族・名前の恩恵を潰してしまえば、攻撃力の差で圧倒出来る。対フリント用に調整されたシェリーのデッキには、高攻撃力モンスターとバーン対策カードが積まれていた。
「貴方はどこまで戦えるかしらね? 私のフィールドで――――!?」
この瞬間、遺跡全体から火の手が上がる。迫ってくる炎に身の危険を感じたシェリーは遺跡の高所から飛び降り、フリントと同じ高さの地面に着地する。
「これは!?」
「訳の分からないフィールド魔法に付き合うつもりはない。永続魔法《燃えさかる大地》を発動! フィールド魔法を破壊し、ターンプレイヤーはスタンバイフェイズに500ポイントのダメージを受ける!」
炎がフィールド魔法を焼き尽くすと、場は元の広間へと戻った。シェリーは炎に驚きこそしたが、それほど動揺も無く、余裕のある涼しい表情をしていた。
「つれないわね。付き合いの悪い男は嫌われるわよ?」
「結構だ。《ヴォルカニック・エッジ》を召喚!」
フリントの場にヴォルカニック・エッジが現れると、炎を体から噴出させ、マスクトークンを威嚇する。
ATK:1800 レベル4
「ヴォルカニック・エッジの効果発動! 1ターンに1度、相手に500ポイントのダメージを与える!」
「悪いけど、貴方の決闘は見切っているの。永続罠《ドッペル・ゲイナー》を発動! 相手の場のモンスター効果によってダメージを受けた時、相手にも同じ数値のダメージを与える!」
ヴォルカニック・エッジが火炎岩をシェリーに向かって放つと、火炎岩は場の中心で破裂し、その破片がお互いに襲い掛かる。
シェリー LP:4000→3500
フリント LP:4000→3500
「……魔法カード《封印の黄金櫃》を発動! デッキからカード1枚を選んで除外し、発動後2回目の自分スタンバイフェイズに、この効果で除外したカードを手札に加える。俺が選ぶのはこのカード」
フリントはデッキから取り出したカードを空中に投げると、現れた黄金櫃の中へと納められる。
除外したカード
???
「(厄介なカード……でも、手札に加わる前に終わらせれば問題無いわ)」
「俺はカードを2枚伏せ、ターンエンド」
LP:3500
手札:1
モンスター
・ヴォルカニック・エッジ
魔法・罠
・燃えさかる大地
・セット
・セット
「私のターン!」
シェリー 手札:3→4
シェリーがドローし、スタンバイフェイズに入ると、シェリーの足元から炎が噴出する。
「この程度なら問題はないわ」
シェリー LP:3500→3000
「むしろ、私が利用してあげる。貴方のLPを削り切る為にね! 魔法カード《アカシックレコード》を発動! デッキから2枚ドロー! この時、ドローしたカードが今までにプレイしたカードと同じ場合、ドローしたカードを除外する!」
シェリー 手札:3→5
「引いたカードは《禁止令》と《波動共鳴》! よって除外されるカードは無いわ。チューナーモンスター《フルール・シンクロン》を召喚!」
シェリーの場に四肢と顔が付いた球根が現れ、頭に花を咲かせる。
ATK:400 レベル2
「魔法カード《波動共鳴》を発動! 場のモンスター1体のレベルをエンドフェイズ時まで4にする! 《フルール・シンクロン》のレベルを4に!」
レベル2→4
「レベル4《マスクトークン》に、レベル4となった《フルール・シンクロン》をチューニング!」
フルール・シンクロンが自身を4つの光輪へと姿を変えると、マスクトークンを囲み、4つの光、そして光の柱へと変える。
「光速より生まれし肉体よ、革命の時は来たれり! 勝利を我が手に! シンクロ召喚! 煌け、《フルール・ド・シュヴァリエ》!」
光の柱から現れたのは、白百合をモチーフとした女騎士。右手に剣を、左手に盾を持ち、優雅に、そして美しく構える。
ATK:2700 レベル8
「シンクロモンスターか」
「素材となった《フルール・シンクロン》の効果発動! 手札からレベル2以下のモンスター1体を特殊召喚する! 《ブースト・ウォリアー》を特殊召喚!」
シェリーの場に、遊星も使用していた戦士族モンスター、”ブースト・ウォリアー”が現れる。
ATK:300 レベル1
「ブースト・ウォリアーが存在する限り、自分の場の戦士族の攻撃力を300ポイントアップさせる!」
フルール・ド・シュヴァリエ ATK:2700→3000
ブースト・ウォリアー ATK:300→600
「バトル! フルール・ド・シュヴァリエでヴォルカニック・エッジを攻撃! 【フルール・ド・オラージュ】!」
フルール・ド・シュヴァリエが剣を振りかぶり、ヴォルカニック・エッジへと迫る。
「罠カード《魔法の筒》!」
「甘い! フルール・ド・シュヴァリエの効果発動! 自分のターンに1度、相手が魔法・罠を発動した時、それを無効にして破壊する!」
フルール・ド・シュヴァリエは先にフリントが発動した罠を剣で貫き、返す刃でヴォルカニック・エッジを斬り裂き、破壊する。
「くっ……!」
フリント LP:3500→2300
「続けてブースト・ウォリアーで直接攻撃!」
ブースト・ウォリアーがフリントに向かって突っ込み、拳で殴りつける。
「がっ! ぐう……!」
フリント LP:2300→1700
「バトル終了! ……どうやら絶対に負けないのは私の方だったようね。貴方はこのままLPを削られ、敗北するのよ! 永続魔法《禁止令》を発動! カード名を宣言する事で、このカードがある限り宣言されたカードをプレイする事は出来ない! 私が宣言するのは《ブレイズ・キャノン》!」
”ブレイズ・キャノン”はスタンディングにおけるフリントの戦術の要。WRGPには関係無いカードにも関わらず、シェリーはしっかりと調べ上げていたのだ。
「……どうやら、俺の決闘を調べていたようだな」
「当然よ。貴方達は要注意チームとして常にマークしていたわ。ライディングからスタンディングまで、全部、ね。……カードを伏せてターンエンドよ!」
LP:3000
手札:0
モンスター
・フルール・ド・シュヴァリエ
・ブースト・ウォリアー
魔法・罠
・ドッペル・ゲイナー
・禁止令(宣言:ブレイズ・キャノン)
・セット
「俺のターン!」
フリント 手札:1→2
フリントがドローし、スタンバイフェイズに入った瞬間、シェリーの時と同じ様に炎が襲い掛かる。
「…………」
フリント LP:1700→1200
「自ら発動した魔法に苦しめられるなんて、貴方を買い被り過ぎていたかしら?」
「魔法カード《手札抹殺》を発動! 手札を全て捨て、その枚数分だけドローする」
捨てたカード
???
フリント 手札:1→0→1
「……よし。罠カード《裁きの天秤》を発動! 相手の場のカード数が自分の手札・場のカードの合計数より多い場合、自分はその差の数だけデッキからドローする。お前の場のカードは5枚。俺の場のカードは2枚。だが――――」
続けてフリントは手札から速攻魔法を発動する。
「速攻魔法《非常食》を発動! 自分の場の魔法・罠を任意の数だけ墓地に送り、1枚につき1000ポイントLPを回復する。俺は《燃えさかる大地》と《裁きの天秤》を墓地へ送り、2000ポイントLPを回復する」
フリント LP:1200→3200
「そして《裁きの天秤》の効果処理。非常食によって俺の場と手札の合計は1枚のみとなった。よって俺は4枚ドロー!」
フリント 手札:0→4
「そうよね、流石に貴方は自滅なんて間抜けな最期を迎える決闘者ではないわ。でも、LPを回復したくらいでは結果は変わらない――――っ!? 何のつもり!?」
ここでシェリーが初めて動揺を見せる。何故ならフリントが決闘盤を決闘銃へと変形させ、銃口をシェリーへと向けたからである。
「……貴方には失望したわ。まさかこんな真似をするとはね。いいわ。それならこちらにも手が――――」
「お前の場のフルール・ド・シュヴァリエをリリースし、手札から《ヴォルカニック・クイーン》をお前の場に特殊召喚!」
フリントはシェリーの決闘盤のモンスターゾーンに向かって引き金を引くと、銃口からカードが飛び出し、シェリーのモンスターゾーンに攻撃表示で張り付く。
「なっ!?」
フルール・ド・シュヴァリエが光の中に消えると、その光の中から炎を纏った巨大な竜が現れ、シェリーの場に降り立つ。
ATK:2500 レベル6
「私の場のモンスターをコストに、私の場に特殊召喚するなんて……」
「このカードを特殊召喚した場合、俺はこのターン、通常召喚を行えない。だが、特殊召喚は行える。……お前の場の永続罠《ドッペル・ゲイナー》を墓地に送り、手札からチューナーモンスター《トラップ・イーター》を特殊召喚!」
シェリーの場に大きな口を持った悪魔が現れると、 ドッペル・ゲイナーを一口で飲み込み、フリントの場に移動する。
ATK:1900 レベル4
「バトル! トラップ・イーターでブースト・ウォリアーを攻撃!」
「罠カード《次元幽閉》! 攻撃モンスターを除外する!」
ドッペル・ゲイナーに続き、ブースト・ウォリアーまで丸飲みにしようとするトラップ・イーター。しかし、跳びつこうとした瞬間、トラップ・イーターの目の前の空間が裂け、その中へと消えて行ってしまった。
「防がれたか」
「……私のカードで好き勝手してくれるじゃない。でも、こんな強力なモンスターを渡してもいいのかしら? ハッキリ言って、状況は殆ど変わっていないわよ?」
フルール・ド・シュヴァリエという厄介なモンスターと永続罠は除去出来たものの、唯一のモンスターであるトラップ・イーターを失ってしまった。状況は変わっていないどころか、ますます不利になってしまっている。
「それとも、このモンスターには何かあるのかしら?」
「あの召喚法の他に、ヴォルカニック・クイーンは1ターンに1度、自分の場のカード1枚を墓地へ送る事で、相手に1000のダメージを与える事が出来る。そして、エンド時に自分のモンスターを1体リリースしなければ、自分は1000のダメージを受ける。これが効果の全てだ。俺はカードを伏せ、ターンエンド」
LP:3200
手札:1
モンスター
・無し
魔法・罠
・セット
「フフフ……アッハッハッハ! 私のターン!」
シェリー 手札:0→1
シェリーは先程のフリントの様に大きく笑うと、フリントに向かって指を突きつける。
「馬鹿な決闘者ね! そんなカードを私にプレゼントしてくれるなんて! このターンで貴方の負けよ!」
「ほう」
シェリーの勝利宣言にフリントは驚いた様子は見せず、何時もの仏頂面で応える。
「貴方が言うヴォルカニック・クイーンの効果を使用し、攻撃を仕掛ければ貴方のLPは0となる!」
ヴォルカニック・クイーンの効果で禁止令を墓地に送り1000ポイント、直接攻撃して2500ポイント、ブースト・ウォリアーで直接攻撃して600ポイント、合計攻撃力3100ダメージと効果ダメージ1000ポイント。ブースト・ウォリアーを除いてもフリントのLPは0となる。
「……こんな間抜けな最期だとはね。最期に何か言う事はあるかしら?」
「その”ヴォルカニック・クイーン”はお前自身だ」
「は?」
「正確には、あの”炎の女”だ」
フリントが指差すのは、竜の頭部に下半身を埋め込まれながら炎に包まれている女性。その姿は普通の者ではなく、凶悪そうな悪魔の女。邪悪に笑っている様に見えるが、燃えさかる炎の中で呻き声を上げており、苦しんでいる様にも見えた。
「ヴォルカニック・クイーンにはこんな話がある――――」
女は大切な人を喪った。ずっと一緒だった、幸福な時間を共に過ごしてきた大切な人を。その者が生きる希望であり、その者がいない未来など考えられなかった。
未来に絶望した女は、大切な人との時間を取り戻す為、悪魔と契約する。”あの人にもう一度逢わせて”と、悪魔に願う。
悪魔は契約を終えると、女との約束の通り、炎の中に大切な人を映し出す。女は笑みを浮かべながら炎の中に飛び込み、”大切な人”を抱きしめた。ずっとずっと、抱きしめた。悪魔の体に取り込まれながら、己の身を炎で焼きながら――――
「――――本当かどうかは知らんが、デザイナーはそんな背景をイメージしてこのカードをデザインしたそうだ」
「それの何処が私だと言うの?」
「その女にも、”未来”はあったはずだ。別の形の、幸福な未来が。だが女は未来を諦め、過去に縋った。今のお前の様にな」
「……それは、私がその女と同じ様に取り込まれて、身を焼かれると言いたいのかしら?」
「お前だけではない。ゾーンがやろうとしている事は、多くの人間を巻き添えにして焼き払う。犠牲の上で成り立つ幸福。そんなものの先にあるのは……何も無い”闇”だけだ」
フリントはもう一度決闘盤を変形させると、銃口をヴォルカニック・クイーンに向ける。
「予言しよう。お前はあのヴォルカニック・クイーンによって身を焼かれ、敗北する」
「戯言をッ! バト――――」
シェリーは激昂し、バトルを仕掛けようとした瞬間、違和感に気付く。激昂して冷静さを失っていたとしても気付ける程の、多すぎる違和感。
「(……危なかった。これはフリントの罠)」
まず最初に気付いたのは、フリントの言葉。わざわざ言わなくてもいい効果の説明を行い、シェリーを煽る様な発言までした。次にここまでのプレイング。
「(何故ヴォルカニック・クイーンを攻撃表示で?)」
ヴォルカニック・クイーンの守備力は1200、トラップ・イーターでも倒せる数値である。状況を打開するのであれば、ヴォルカニック・クイーンを狙えば十分であったはず。
「(あの時、ブースト・ウォリアーを狙ったのはダメージ優先の為? なら、フリントには私のLPを削り切る手段があったということ? ドッペル・ゲイナーを除去したのもその為?)」
ここまでの理由が推理通りならば、問題は無い。ダメージ優先の作戦ならば、トラップ・イーターを除去した時点で破綻している。フリントもこちらの罠を読めているようには見えなかった。
「(あの状況ならば、どの道ドッペル・ゲイナーをコストにしてトラップ・イーターを出していた。バーンを狙っていた可能性は低い。それに、あのフリントの態度は策が破綻した様には見えない。ならばこれは……)」
これらの理由から、シェリーが考えた可能性は”攻撃を誘う作戦”。挑発するような言動、隙が大きいプレイング、これはもう誘っているとしか思えなかった。
「(どうする……?)」
あの伏せカードが罠なのかもしれない。ヴォルカニック・クイーンの効果を使わせた上でシェリーの攻撃を凌ぎ、解禁されたブレイズ・キャノンで反撃するつもりなのかもしれない。いや、本当は全部ブラフで、何も手は無いのかもしれない。
攻撃して勝利を取りに行くか、慎重に動いて有利のまま決闘を進めるか、考え出したら切りが無かった。
「どうした? 攻撃するのか、しないのか?」
「うるさい! 黙れ!」
「よく考えることだ。道は一つだけだ」
余裕そうなフリントの態度に、シェリーは苛立ちを募らせ、鋭い眼光で睨みつける。そんな時、シェリーはフリントのある言葉を思い出した。
予言しよう。お前はあのヴォルカニック・クイーンによって身を焼かれ、敗北する
ただの挑発の様に思えるが、シェリーにはそう思えなかった。怪しい動きではあったが、フリントはここまで卑怯な手は使ってこなかった。彼女が認める”不動遊星”の信頼も厚い。研究データでも、真っ当な決闘者なのは明らかである。
「(誇り高い決闘者なら有言実行。その策は間違いなくヴォルカニック・クイーンを絡めたもののはず!)」
ヴォルカニック・クイーンを使わせる事、それがフリントの策だと考えたシェリーは不敵な笑みを浮かべ、ドローした魔法カードを発動させる。
「魔法カード《カップ・オブ・エース》を発動! コイントスを1回行い、表が出れば私が、裏が出れば貴方がデッキから2枚ドローする! ……予言通りにはならない。絶対に!」
シェリーの前にソリッドビジョンのコインが現れると、高速で回転を始める。この時、シェリーは決闘盤のコインの回転を止めるスイッチと、隠れた位置にある別のスイッチを同時に押す。
「(あの日々を取り戻せるなら、どんな手を使ってでも私は勝つ!)」
コインの回転が止まる。表示されているのは表の面。
「出たのは表! よって私は2枚ドロー!」
シェリー 手札:0→2
「私は場の2体のモンスターをリリースし、《時花の魔女-フルール・ド・ソルシエール》をアドバンス召喚!」
ヴォルカニック・クイーンとブースト・ウォリアーが光の中へと消えると、その光の中から白百合をモチーフとした装束を身に纏い、紫のバラの様な杖を持った魔女が現れる。
ATK:2900 レベル8
「アッハッハッハ! これでヴォルカニック・クイーンは消え、お前の予言は外れた! これで私の勝利は揺るがなくなった! フルール・ド・ソルシエールの効果発動! 召喚・特殊召喚に成功した時、相手の墓地のモンスター1体を選択。選択したモンスターを自分の場に特殊召喚する! 《ヴォルカニック・エッジ》を特殊召喚!」
時花の魔女が隣に向かって杖を振ると、そこに魔法陣が現れ、その中心からヴォルカニック・エッジが飛び出す。
ATK:1800 レベル4
「ヴォルカニック・エッジ……!」
「フフフ……バトル! フルール・ド・ソルシエールで直接攻撃!」
時花の魔女は杖でフリントを指し示すと、その先端から電撃を放つ。
「ぐうッ!? おおおお!?」
フリント LP:3200→300
どうやら時花の魔女はただのモンスターではないらしく、その攻撃によってフリントは大きなダメージを受け、地に膝を付く。シェリーはそれを勝ち誇った笑みで見下ろしていた。
「これでバトルは終了。フルール・ド・ソルシエールの効果で特殊召喚したモンスターは直接攻撃が出来ず、エンド時に破壊される……しかし、効果を使用する事は出来るわ!」
シェリーが手を振り上げると、ヴォルカニック・エッジがフリントに向かって火炎岩を放つ。
「さようならフリント、愚かな自分を呪いながら、あの世で私達の計画が達成するのを見ているといいわ!」
火炎岩がフリントに迫る。当たれば500のダメージ、LPは0となる。
フリントはすぐに立ち上がると、決闘盤を決闘銃へと変形させ、火炎岩に向かってカードを放つ。
「何を……なっ!?」
カードが火炎岩に当たると、火炎岩は粉々砕け、その破片がフリントを襲う。
「墓地から罠カード《ダメージ・ダイエット》を発動! このカードを除外する事で、このターンに俺が受ける効果ダメージを半減させる!」
フリント LP:300→50
「くううっ!? 往生際の悪い! カードを伏せてターンエンド!」
その宣言と同時に、ヴォルカニック・エッジが消滅する。
LP:3000
手札:0
モンスター
・時花の魔女-フルール・ド・ソルシエール
魔法・罠
・禁止令(宣言:ブレイズ・キャノン)
・セット
「俺のターン!」
フリント 手札:1→2
「もう貴方の策は崩れた。LPもたったの50よ。大人しくサレンダーしたらどう? 予言も外れて、みっともないと思わない?」
「策? 何の話だ?」
「とぼけたって無駄よ。貴方は言ったじゃない? ヴォルカニック・クイーンによって私が敗北するって。もしかして本当に出任せだったのかしら? フッフッフ……だとしたら、滑稽なのも貴方ね!」
シェリーが勝ち誇った様にフリントへと指を突きつけるが、フリントは意に介した様子も無く、手を上空へと翳す。
「策など最初から無い。俺は、俺が勝つという”未来”を信じていただけだ! 《封印の黄金櫃》の効果発動! 発動してから2回目のスタンバイフェイズを迎えた事により、除外していた《死者蘇生》を手札に加える!」
フリント 手札:2→3
フリントが翳した手が黄金櫃から飛び出したカードを掴み取ると、シェリーは軽く舌打ちをする。
「でも、お互いの墓地にフルール・ド・ソルシエールを上回るモンスターは存在しないわ! 今更加えたところで無意味よ!」
「罠カード《針虫の巣窟》を発動! デッキトップから5枚のカードを墓地へ送る! そして魔法カード《シャッフル・リボーン》を発動! 自分の場にモンスターが存在しない場合、墓地からモンスター1体の効果を無効にして特殊召喚する! 現れろ、《可変機獣 ガンナードラゴン》!」
フリントの場にドラゴン戦車”ガンナードラゴン”が現れる。
ATK:2800 レベル7
「無理やり墓地のモンスターを増やしたようだけど、それでも2800! 届かないわね」
「魔法カード《アイアンコール》を発動! 自分の場に機械族が存在する場合、墓地からレベル4以下の機械族を特殊召喚する! 機械族チューナー《アンノウン・シンクロン》!」
続けてフリントの場にアンノウン・シンクロンが現れる。
ATK:0 レベル1
「チューナーモンスター!? さっきのトラップ・イーターといい、何故そのデッキにチューナーが!?」
フリントは今まで、スタンディングはヴォルカニック、ライディングはシンクロとジェネクスと使い分けており、スタンディング用のデッキにはチューナーモンスターを入れることはなかった。フレアも一緒に使うように言ってみたことがあったが、その度にフリントは拒否していたのである。
シェリーが調べてきた情報でも、フリントがスタンディングでチューナーモンスターをデッキに入れていたという話は無い。
「もうこだわる必要は無い。俺は”俺”を取り戻したからな。……レベル7《可変機獣 ガンナードラゴン》に、レベル1《アンノウン・シンクロン》をチューニング!」
アンノウン・シンクロンが自身の姿を光輪へと変えると、ガンナードラゴンを囲み、7つの光、そして光の柱へと変える。
「天国と地獄、その間……死者が彷徨う荒野の龍よ。現世の全てを無に帰せ! シンクロ召喚! 煉獄より現れよ、《煉獄龍 オーガ・ドラグーン》!」
光の柱から姿を現したのは”煉獄龍 オーガ・ドラグーン”。赤い眼光を飛ばし、鋭い牙と爪を光らせ、大きな咆哮を上げる。
ATK:3000 レベル8
「オーガ……ドラグーン……!?」
「魔法カード《死者蘇生》を発動! 墓地から《ヴォルカニック・クイーン》を特殊召喚!」
続けてフリントの場にヴォルカニック・クイーンが現れ、オーガ・ドラグーンと並ぶ。
ATK:2500 レベル6
「あ、ああ……!?」
「正に”地獄絵図”だな。お前はこの地獄を目の当たりにして……”生きる希望”を見出すことが出来るかな? ……バトル!」
「や、止めなさい! 罠カード《威嚇する咆哮》! 相手はこのターン攻撃宣言を行えない!」
「オーガ・ドラグーンの効果発動! 手札が0の場合、1ターンに1度、相手が魔法・罠を発動した時、その発動を無効にし破壊する!」
オーガ・ドラグーンが飛び上がり、鋭い尾の一撃でシェリーが発動した罠を貫き、破壊する。
「あ、う……ああ……!?」
「オーガ・ドラグーンでフルール・ド・ソルシエールを攻撃! 【煉獄の混沌却火】!」
オーガ・ドラグーンがブレスを放つと、時花の魔女を一瞬で焼き払う。
「ああああ!?」
シェリー LP:3000→2900
「ヴォルカニック・クイーンで直接攻撃! 【クイーン・ボルケーノ】!」
ヴォルカニック・クイーンが全身から炎を噴出させると、炎が全てシェリーへと向かい、シェリーを包み込む。
「ああぁぁぁ!!?」
シェリー LP:2900→400
「バトル終了。これで終わりだ……ヴォルカニック・クイーンの効果発動! 《煉獄龍 オーガ・ドラグーン》を墓地へ送り、1000ポイントのダメージを与える!」
ヴォルカニック・クイーンが飛び上がったオーガ・ドラグーンに向かって炎を放つと、オーガ・ドラグーンは炎を纏い、シェリー目掛けて突進する。
「いやぁぁぁぁぁ!!?」
シェリー LP:400→0
大きな爆炎が起こると同時に、決闘終了のアラームが鳴り響く。
フリントは決闘盤を変形させて腰に収めると、倒れているシェリーに近づいた。
「……気絶したか」
それだけを確かめると、シェリーの後ろにある通路へと向かう。
「……決闘とは、過去を振り返り、現在を見詰め、未来を信じること……未来を見失い、現在から逃げ、過去に縋ったお前では、俺にも、チーム・5D'sにも勝てはしない」
通路の前で立ち止まり、倒れているシェリーへと振り返る。
「あの時、俺の言葉に惑わされず、ヴォルカニック・クイーンの効果を使い、総攻撃を仕掛けていれば、お前は俺に勝利していただろう。……”未来”を見詰めなければ、”勝利への道”など見えないのだ」
そう言うと、再び前を向いて歩き出す。通路の先を目指して――――
「……今、行くぞ」
その言葉を最後に、世界はホワイトアウトした。
* * *
「可能性が平等……か。お前の言葉とは思えないな」
青い眼の人物が眼を閉じようとした瞬間、あるはずのない声が後ろから聞こえてくる。 マシンを振り向かせ、その眼で確かめると、そこにはカウボーイハットとマントを身に付けた青年が、気を失った少女を抱きかかえながら立っていた。
「……フリント」
「”ゾーン”……」
両者は暫く見詰め合う。
どのくらいの時が経ったのか、漸くフリントが口を開いた。
「本当に、やるつもりなのか?」
「遥か昔にも言いました、フリント……もはや”希望”など存在しないのです」
「……変わらないな、ゾーン」
「貴方も変わらない、フリント……貴方は何時だって輝いていた。……それが、何時だって羨ましくて、憎かった」
「……ゾーン、もう一度言う。馬鹿な事は止めろ! ”神”になど、なるものではない! ”神”になどならなくても、未来は切り開けるのだ!」
フリントの声が空間に響き渡る中、ゾーンは暫く目を閉じた後、開く。
「……私も、もう1度言いましょう。私には……私にはそんな時間は残されていない」
「それでもッ! それでも……諦めないでほしかったッ……!」
フリントは俯きながら、少女を抱えていた腕に力を込める。
「……フリント、貴方は再び、銃口を私に向けますか?」
「……それは、俺の役目ではない。それは現在を生きる者達の役目……その者達が、必ずお前を打ち倒す!」
そう言って、フリントはゾーンに背を向ける。
「……さらばだ、ゾーン」
「さようなら、フリント……」
* * *
「ん……?」
白い天井、閉め忘れたカーテンの横から差し込む眩しい日の光。ふかふかのベッドとお気に入りの枕。ベッドの隣にある棚には大事なデッキと決闘銃。
「んん~……?」
暖かい毛布をめくり、少女は起き上がる。まだ覚醒し切っていない眼で見回すと、そこは飾り気の無い、普段から留守にしてばかりの自宅の寝室であった。
「んん~~~~! 朝だぁ~~~!」
ベッドの上で思い切り伸びをする少女、”フレア・ヴィルアース”。本日朝9時の起床。
「寝坊しちゃった~~~……ま、試合は午後からだし、いっか!」
今日はいよいよWRGP本戦の開催日。チーム・5D'sの1回戦の試合日である。
対戦相手は”チーム・太陽”。他の本戦出場チームと比べてパッとしないが、ここまで勝ち上がってきた強敵には違いなかった。
「それにしても、あの夢なんだったんだろう……フリントと、シェリーさんが……何かしてたのは思い出せるんだけどなぁ……後、アンモナイトみたいのが……」
どうやら”夢”を見たらしいが、珍しいことによく覚えていないようだ。うんうん唸りながら思い出そうとしているが、寝起きの頭ではどうにも上手く行かない。
「フリントとシェリーさんが……あ、何か腹立ってきた……フリントのバーカ!」
フレアは勢いよくベッドから飛び出すと、機嫌良く支度を始めた。
「ま、フリントが元気そうだからいっか! さーて、今日も1日頑張るぞー!」
支度を終えたフレアは決闘銃を持って外へと飛び出す。
こんなにも穏やかな日常でも、”その時”は確実に迫ってくる。それが何時なのか、何なのかは誰にも分からない。
現在を生きる決闘者達に出来ることは、未来を信じ、前を向いて、ひたすら走り続ける事だけであった。
ヴォルカニック・クイーンは炎族ですけど、あれはどう見てもドラゴン族にしか見えない。
因みに、最初のマスクトークンの正体は《味方殺しの女騎士》です。