遊戯王5D's ~荒野のデュエリスト~   作:鬼柳高原

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第71話 少年”ロック”

 ディヴァインとの戦いを終えたフレア。いよいよフリントの所へ向かえると意気込んだのも束の間、ディヴァインとの決闘、そしてアーククレイドル内を全力で駆け回った事による疲労がフレアに押し寄せてきていた。

 

「大丈夫か? フレアちゃん」

「はい……」

「コラ、適当な返事をするんじゃない。ちょっと休むんだ」

 

 真っ直ぐ立とうとするフラフラのフレアをバーナードは無理やりソファーに座らせる。フレアはまた立ち上がろうとするが体が言う事を聞かず、ソファーへとずぶずぶめり込んでいった。

 

「俺だって君に色々質問したいところだ。さっきのコスプレとか」

「コスプレじゃない……」

「だけど、君の疲労は相当なものみたいだな。さっきのディヴァインと不思議な力で殴りあったせいだろう? 今は休んで、万全な態勢にするんだ」

「でも……」

 

 フレアがそれでも立ち上がろうとすると、バーナードは笑顔を潜め、じっとフレアの顔を見つめた。

 

「フレアちゃん……君がこれから見る“夢”は全て真実だ。真実を知った上で、再び俺の前に立て。いいな?」

「な……あ……」

 

 とうとう限界を迎えたフレアは、顔を背けて遠ざかるバーナードの背を見送りながら深い眠りに就いた。

 

 

* * *

 

 

 真っ暗な空間、ただ真っ暗な空間の中を落ちて行く。ここが何処なのか、自分は何処へ向かって落ちているのか、まったく解らない。

 

「(ここは……私は……)」

 

 何も無い、何も見えない、何も出来ない――――そんな時にふと思い出す。自分が生まれ育った場所、“故郷”を――――

 

「え?」

 

 その瞬間、暗い空間の中に、“世界”が現れる。何処までも青い空、そこに浮かぶ白い雲、その下に広がる荒れ果てた広大な大地――――その中心に佇む、寂れた町。

 

「あれ……サティスファクションタウン!? ……って、キャーーーーー!?」

 

 自分が落下中であった事を思い出したフレア。情けない悲鳴を上げた瞬間、誰かに後ろから抱きしめられ、体が空中で静止する。

 

「ッ…………はあ、エアトス、ありがとう」

 

 実体化したエアトスに助けられ、ゆっくりと地面に降りるフレア。目の前には自身の故郷によく似た町が広がっていた。

 

「ここ……サティスファクションタウン? でも……どうしてこんなに寂れているの?」

 

 サティスファクションタウンの前身、“クラッシュタウン”はギャング達の抗争によって寂れていた時期があった。しかし、目の前の町はそれ以上に寂れてしまっている。

 門は壊れて町名が読めず、辺りには壊れた柵や樽の木片が散らばっており、道は凸凹になってまったく整備されていない。

 

「……行ってみよう。エアトス」

 

 

* * *

 

 

「オラァ! サボってないでさっさと働けぇ!」

「お願いです、主人は病気なんです……お情けを……」

「知るかオラァ! “クラッシュタウン”の支配者である俺らに逆らったらどうなるか思い知らせてやるぜ!」

 

「何……これ……」

 

 奥へ進んだフレアが見つけた真実は2つ。一つはここが“サティスファクションタウン”の前身、“クラッシュタウン”であること。二つ目はここが“地獄”であると言うこと。町には聞いたことも無い2つのギャンググループが闊歩し、数少ない住民達を虐げていた。

 

「どうして、どうしてこんな事に……!?」

 

 ギャングの怒声と笑声、住民達の悲鳴。病気を患った男が鉱山へと連れて行かれ、その妻はギャングのアジトへと連れて行かれる。取り戻したはずの平和が、町の笑顔が霞の様に消え去っている。ショックで硬直するフレアは我に返ると、決闘銃を抜きながらギャング達の前に立った。

 

「待ちなさいッ……え!?」

 

ギャング達はフレアの声に反応するどころか、まるでそこにフレアがいないかのように振る舞い、そして幽霊の様にフレアの体を擦り抜けて歩いていってしまった。

 

「(擦り抜けた……!? どうして? まさかこれは……“夢“!?)」

 

 だが今までの“夢”とは感覚が違う。現実の様に自由に動けるし、理性的に考えられる。だからこそ混乱する。一体ここは何なのか。“現実”なのか、“夢”なのか。

 

「エアトス……ここは……?」

 

 フレアがエアトスに答えを求めると、エアトスはじっとフレアを見返す。目が語っている。ここは“クラッシュタウン”であると。

 

「……うちの方、行ってみよう。皆が心配」

 

 

* * *

 

 

 フレアが南地区にある自宅のレストランに向かう――――が、そこには暖かい我が家は無かった。あるのはボロボロな小屋の様な民家だけである。次に北地区のクラッシュのアジトに向かうが、そこも少数の住民が暮らすだけの住宅地となってしまっていた。

 

 

「そんな……うちが……」

 

 これには流石のフレアも堪えたらしく、その場に蹲ってしまう。

 

「兄さん……お爺ちゃん……ニコにウェスト……皆何処に行っちゃったの……」

 

 泣きそう――――そう思った瞬間、民家の一つから怒号が聞こえてきた。

 

「コラァ! “石ころ”ォ! 酒買って来いって言って置いただろぉがぁ!!!」

 

 その瞬間、民家の中から何かが飛び出す。どうやら蹴飛ばされたらしく、それはゴロゴロと転がって道端に倒れた。

 

「あれ……子供じゃない!?」

 

 転がり出たそれは腹部を押えながらよろよろと立ち上がる。髪は伸び放題、服や肌は汚れで黒ずみ、体がひどく痩せ細った少年であった。ろくに食事を取らせて貰っていないのだろう。

 

「ひどい……!? 君、大丈夫――――」

 

 フレアが助けようと駆け寄るが、その手は少年を擦り抜けてしまう。

 

「あ……」

 

 無念を顔に浮かべ、手を引っ込めるフレア。少年は完全に立ち上がり、民家の入り口に向かって口を広く。

 

「言ってはいない……それに、買う金なんてもう無い……有り金は全部アンタが使ってしまった……」

「喧しい! “石ころ”が口答えするんじゃねぇ! 金が無いならどっからか盗って来い!」

 

 怒号の主が民家から現れる。見た目は冴えない中年男。片手には酒瓶を握って顔は真っ赤。どうやら昼間だというのに酔っ払っているらしい。

 

「俺は……“石ころ”じゃない……俺には“ロック”という名前が――――」

「“石ころ”じゃねぇか! ちっ! くだらねぇ事をチマチマ気にする辺りが兄貴にそっくりだ! くそったれ! もっと使えるもん遺して逝けってんだ!」

 

 男は少年――――“ロック”に近づき、蹴倒して足蹴にし始める。ロックは蹲ってそれを受け、体を丸くして耐える。

 

「やめて! やめてぇ!!!」

 

 フレアは二人の間に割って入るが、擦り抜けるだけで蹴りを止める事はできない。暫くすると男は気が済んだのか、つばを吐いて民家へと戻っていく。

 ロックは気を失ってしまったらしく、息はあるが蹲ったまま動かない。

 

「ああ……!? ねえ! 見てないで誰か助けてよッ! 見てないでこの子を助けてあげてッ!!!」

 

 騒ぎを聞きつけてこちらを伺っていた他の住民達に向かってフレアが叫ぶ。しかし、騒ぎが収まると住民達は何も見なかったと言わんばかりにそそくさと引き返していってしまう。

 

「何で……何でよッ!!? ギャング達がいたって、皆で助け合ってきたじゃない!? どうして助けてあげないの!?」

 

 叫ぶも届かぬ声。住民達はピクリとも反応しない。

 

「……信じない! 私は信じない! こんなとこがクラッシュタウンだなんて、私は絶対に信じないッ!!!」

 

 信じられる訳がない。これは悪夢、正しく悪夢。堪え切れなくなったフレアは叫びを上げた後、その場から走り去る。残されたのは気絶しているロックと、風に乗って地面に落ちるフレアの涙だけであった。

 

 

* * *

 

 

 その後、落ち着きを取り戻したフレアは再び町の散策を始める。何時の間にか時間が経っていたようで、夕暮れの傾く日差しによって町や遠くに見える鉱山が茜色に染め上げられていた。荒れ果てている事を除けばその風景は間違いなく故郷のもの。しかし、一つの“決定的な違い”がフレアの眉を顰めさせていた。

 

「どうして知っている人が一人もいないのかしら……? さっきの子も、おじさんも、周りの人だって皆知らない人ばかりだった……」

 

 やっぱりここは自分の故郷とよく似た場所なのではないか――――そうであって欲しいと思いながら歩いていると、前方で一人の老婆が心配そうに辺りを見回しているのが見えた。その後ろには家族と思われる中年男性が歩み寄っているのが見える。

 

「ああ……ロック、遅いねぇ……何かあったのかえ……」

「きっとあの叔父貴にどやされてるんだろう。酒がねぇって、可哀相にな」

 

 どうやらロックと知り合いらしく、彼の到着を待っているようであった。

 老婆は男に振り向き、溜息を付いてから顔を上げる。

 

「アタシのお金を減らしても構わないから、もう少しあの子のお給料を上げてやれんのかえ……?」

「……うちもギリギリだ。もう上げてやれる余裕は無いんだよ」

 

 男はバツの悪い表情で呟くと、老婆はもう一度大きな溜息を付く。

 

「……まだ12歳だって言うのに、両親を亡くして、あんな男に引き取られてこき使われて……周りの大人はそれを助けてやろうとすらしない……地獄だねぇ、この町は」

「……すまねぇお袋。俺がシティで破産したばかりに……こんな町に流れ着いちまって」

「老い先短いアタシの事はどうでもいいよ。……アンタだけでも、あの子に気を掛けてやっておくれ」

 

 そう言って老婆と男の親子は家の中へと入っていった。

 フレアは今の話を聞くと、ロックの事が再び心配になり、踵を返して北地区へと向かって走り出した。

 

 

* * *

 

 

 フレアが北地区の住宅地へと戻ってくると、ロックはまだそこにいた。意識を取り戻し、倒れていた場所に座り込んでいる。

 

「どうしたんだろう……?」

 

 ロックの顔を覗き込むと、ロックは顔を顰め、ただひたすら夕日を睨みつけていた。内に秘めた怒り、悲しみ、それをあの大きな夕日へと向けてる様に見える。この世界で少年のやりきれない思いを受け止めてやれるのは、あの夕日だけなのかもしれない――――同じ様に夕日を見つめながら、フレアはそう思った。

 

「……ん? あれ……?」

 

 沈む夕日と地平線の間に現れる一つの影。それは段々とこちらへと近づき、逆光によるシルエットをはっきりと浮かび上がらせる。

 

「……あの帽子……マント……まさか!?」

 

 忘れはしない、あのシルエット。自分が被っているものと同じ帽子と、砂煙の中で揺れるマント。そして、捲れ上がったマントの下に見える、大きな銃。間違いない。あの男は――――

 

「フリント!」

 

 フレアは全速力で男に駆け寄るが、その顔を見た瞬間、足を止める。

 

「……違……う」

 

 姿こそはフリントにそっくりだが、その顔は見た事もない初老の男。男はフレアを擦り抜けると、ロックの前へと立つ。

 

「……坊主、どうした? こんなとこに座り込んで」

「……話掛けるな、薄汚いギャングの犬め」

 

 ロックが冷たく言い放ち、顔を背ける。男はそれを気にせず、屈んでロックと視線の高さを合わせて微笑んだ。

 

「おいおい、お前さんには俺が犬に見えるってか? 俺はこの町に来たばかりで、そのギャングとやらに飼われた事もないんだけどな」

「……アンタ、決闘者だろう? なら遅かれ早かれ同じだ。アンタはギャングに雇われて、この糞みたいな世界で殺し合いをするんだ」

 

 ロックは男に話し始める。この町の現状、掟を。それはフレアも知っている、マルコム、ラモンがクラッシュタウンを支配していた時のものと同じ――――いや、この町の惨状を見る限り、それ以上に酷いものであった。

 

「……何故アンタがこの町に来たかは知らない。だが、ここで生きるならば他から奪い、蹴落とし、勝ち続けるしかないんだ」

「……お前本当にガキかよ? まあいいや……ほれ、こんな道端じゃなくて、別のところで話そうや」

 

 

* * *

 

 

 男がロックを連れてやってきたのは、町から少し離れた岩場。町は丁度地獄の“夕日の決闘(サンダウン・デュエル)”が行われている最中だったのでギャングの見回りが多く、誰にも見つからず落ち着いて話せる場所として男が選んだようだ。

 

「さて坊主……聞いたところ、お前さんは決闘者が嫌いとみた」

「嫌いだ」

「何故に? 別に誰もがギャングってわけじゃないだろう?」

「ここでは皆ギャングだ」

「だが“外の世界”は違う。色んな奴がいるぜぇ~? 良い奴から凄い奴、もちろん悪い奴もいるが、そんなのもぶっ飛んじまうスゲェ世界だ。見に行ってみたらどうだ? きっと決闘者に対する見方も変わると思うぜ?」

 

 男がそう言うとロックは悔しそうな表情で俯く。

 

「俺には……そんな“力”は無い……」

 

 ロックは語る、自分の境遇を。金は働いても働いても奪われ、自尊心や反抗心は暴力で打ち砕かれる。自分の薄汚い痩せ細った体を見る度に情けなくなる。自分には“戦う力”さえないのか、と――――

 

「俺は……死ぬまであの男の奴隷なんだ。逃げ出す事だってできない。一人で生きる為の“力”だってないんだ。俺は……“負け犬”なんだ……!」

「……人の事を犬呼ばわりしたかと思えば、今度は自分を犬と呼ぶか。……坊主、“力”っていうのは、得るもんじゃねぇぞ?」

「え……?」

 

 男はマントをはだけると、己の胸をドン、と叩いて見せた。

 

「“力”っていうのは、自分の内からひねり出すもんだ。誰でも持ってるのさ。要は、持ってる“力”をどう“形”に出来るか、そういう事だ」

 

 男が力強く語るが、ロックは忌々しそうに首を振り、力なく俯く。

 

「嘘だ……そんなの、持ってる奴のいう事だ。“力”を持ってるから何とでも言える……」

「ふーん、そうかい。なら……俺の“力”を“形”としてやるよ」

 

 俯くロックの頭に、何かが被さる。驚くロックが慌ててそれを手に取ると、そこには男が被っていた帽子とマント、そして目の前には男が腰に提げていた大きな決闘銃が投げ出されていた。

 

「ど、どうして……デュ、決闘者にとってデッキは――――」

「魂、または命そのもの。……なんでぇ、お前にその事を教えた奴がいるのか? まともな決闘者がいるじゃねぇか」

「……もう、いない……」

 

 ロックの脳裏に父の姿が映し出され、涙ぐむ。

 

「おっとすまねぇ。……とりあえず、その帽子とマントは俺の旅の証。そして決闘銃とデッキは俺の“力”だ。それがお前の“力”をひねり出すきっかけになるといいな。それじゃ、俺は行くぜ」

 

 帽子が無くなった薄毛の頭頂部を撫でながら、男は踵を返して立ち去ろうとする。ロックは慌てて帽子とマントを投げ出し男に追い縋る。

 

「待ってくれ! どうして、どうして俺にこれを!? これはアンタの“力”だ!」

「いいんだよ。俺がそうしたかったからそうしたんだ。ありがたく頂けよ」

「ふざけるな! これはアンタが生きる為の“力”のはずだ! それを会ったばかりの俺にくれてやるだと? 俺を馬鹿にしているのか!? 答えろ!」

 

 少年のロックにだってよく解る。この世界でカードがどれだけ貴重なものか。カードが無ければ戦う事すら出来ない。強いカードが無ければ勝つ事が出来ない。戦えなければ、勝てなければ、ただ奪われるだけ。この世界での男の行動は正気の沙汰ではなかった。

 

「いいんだよ。俺はもう永くない。カードがあってもしょうがねぇんだ」

「え……?」

「難しい言い回しだったか? 俺はもうじき死ぬ。だからお前に貰ってもらおうと思ったのさ」

「え、え……な、何で……?」

 

 動揺するロックに、男は微笑んで振り返る。

 

「何年か前に病気を拾っちまってな。ちょっとずつ体が動かなくなって死ぬそうだ。……俺は死ぬ前に旅に出ようと思った。デッキを腰に提げ、その帽子とマントを身につけてな」

 

 男は投げ捨てられた帽子とマントを指差して目を閉じる。今までの旅を思い出しているのか、笑みを浮かべたり、時には苦笑いを浮かべたりする。

 

「“シティ”を出て、“色んな世界”を見てきた。そして今日、ここに辿り着いた」

 

 男は一息ついて、その場に座り込む。

 

「実はもう結構キツイ。もう動かなくなりつつあるんだ。もうすぐ故郷だから少し安心はしてたんだが、気掛かりは俺の“相棒”達だ」

 

 男は天涯孤独の身で、故郷であるシティにも頼れる人間はいなかった。そんな状況で最期を迎えれば、自分とここまでの人生を共にしてきた“デッキ”はどうなってしまうのか。バラバラにされて見ず知らずの人間の手に渡ってしまうのか。それは嫌だった。

 

「それによ、度々考える事があった。俺の人生は、俺の旅は、この世界にどう映ったのか、ってな」

「映る……?」

「俺が為した事でこの世界に何が残ったのか、って言ってもいいかな。どんなもんでもいい、小さい“灯火”みたいなもんでもいいんだ。それを見つけてから、この世を去りたい」

 

 そう言って男はロックを見つめる。

 

「俺を無視して夕日を睨むお前の目を見た時、思い出した。死を宣告された時の俺自身を」

 

 後数年で動けなくなる――――そう知らされた時のショックは大きかった。しかし、自分を待っていたのは挫折ではなかった。

まだ何もしてない。まだ出来る事は沢山あるはず。そう思った時、男は病院の窓から沈み行く夕日を睨んでいた。諦めて堪るか、俺にはまだ――――“力”がある。

 

「……そん時思った。今にも消えそうな“風前の灯火”ってやつだが、こいつなら俺が残りの人生を懸けて成し遂げたかった事を成せるんじゃねぇか、ってな」

「……何で俺がそんな事……」

「ハハ、すまねぇな勝手な事言って。だが、おそらくこれが最後のチャンスなんだ。俺はどうしても残していきたかった。この世界を照らす“灯火”を……」

 

 男は立ち上がると帽子を拾い上げ、ロックの頭に被せる。ぶかぶかで、すっぽりと目元まで隠れてしまった。

 

「だから、俺の旅の証である“帽子とマント”、そして俺の決闘者としての証、そして魂である“決闘銃とデッキ”をお前に貰ってほしい」

 

 男は帽子から手を離すと、再び踵を返して歩き始める。

 

「ま、好きな様に使え! それで決闘するもよし、売っぱらって金にするもよし。何れにしても、それを“火種”にして燃え上がって見せろ。そうなりゃ俺は満足だ」

「ま、待って! 待ってくれ!」

 

 ロックが帽子を外してまた追い縋ろうとした瞬間、急に男が足を止めてロックへと振り向く。

 

「お前、名前は?」

「え? ……ロ、“ロック”だ」

「そうか、いい名前だな。“この果てしなく広がる厳しい荒野、そこに佇む岩の様に逞しい男になれ”、ってとこだろう?」

 

 ロックは呆気に取られた表情で頷く。父が願いを込めて幼い自分に言ってくれた名前の意味を、叔父ですら理解してくれなかった名前の意味を、会ったばかりの男があっさりと言い当ててみせたのである。

 そうこう話している内に、日が完全に沈もうとしていた。ロックからはもう男の顔も見えない。

 

「坊主……いやロック。俺の名は“フリント”。火打石って意味で……もう少しでこの世界から消える男の名だ。お前だけでも覚えておいてくれ。……アディオス!」

 

 こうして、世界は闇に沈んだ。夕日と共にあった男の姿も、涙を流しながら沈んだ夕日を睨むロックの姿も、何も見えなくなった。

 遠くから今の様子を見ていたフレアは静かに目を閉じる。そして再び開けた時、世界が姿を現した。

 

「……あれ? もう朝……夕方?」

 

 まるで時間が遡ったかの様に、世界は再び茜色に染まっていた。夕日はまだ地平線に触れてはいない。

 この時、町から喚声が上がったのをフレアは聞き取る。

 

「今の時間なら……」

 

 フレアは急いで町へと駆け出した。

 

 

* * *

 

 

 町の中央で対立する二つのギャンググループ。それを遠巻きにして見物する住民達。そして離れた位置で待機する棺桶を乗せた馬車――――間違いない、“夕日の決闘”である。

 片方のギャンググループの先頭には見覚えのある中年男性――――ロックの叔父が苛立った様子で立っていた。

 

「おい! 相手は何時になったら来るんだ!? 地獄送りにしなきゃ報酬は入らねぇんだからな! ちゃんと相手を用意しやがれ!」

 

 どうやらロックの叔父はギャングに雇われている決闘者らしく、今は対戦相手を待っている最中らしい。

 

「先生の言うとおりだな。とうとう雇う決闘者がいなくなったのか? だったら構成員の一人でもだしてもらわねぇと」

 

 叔父を雇ったギャングのリーダーが相手に向かって言うと、相手側のリーダーが楽しそうな笑みを浮かべる。

 

「まあそう慌てるなや。今回は最高のショーになるはずだぜぇ? ……さあ先生! お願ぇします!」

 

 そう言った瞬間、構成員達が左右に分かれて道を作る。そこへ、帽子とマントを身につけた男が現れ、ロックの叔父と対峙する。

 フレアはあの時の男かと思って近づき、その顔を覗き込んで――――口元を押えながら後ずさった。

 

「さあ“ロック先生”! これまでの恨み、ぶつけちまいな!」

「あ、ああ……やっぱり、そうだったのね……」

 

 フレアの胸の中で様々な思いが交差し、一つの答えが出来上がる。“ロック先生”と呼ばれた男を見つめた後、見えないと分かっていながらも目の前に立つ。

 

「貴方は……貴方は……“フリント”ッ!!! 子供の頃の“フリント”よッ!!!」

 

 男はマントを肌蹴て構える。カウボーイスタイルにハット、マント、大き過ぎる決闘銃。そして、一回り体格が小さく幼さが残っているが、その立ち振る舞いと顔つきはフレアがよく知る“フリント”そのものであった。

 

「(だけど、何でだろう……この“寂しさ”は何?)」

 

 この少年はフリント。フレアは確信を持ってそう言える。しかし、何かが足りない。彼を見ると、そんな戸惑いを感じてしまうのである。

 

「テメェ……!? 3年前に消えたと思ったら、そんなとこで何やってんだゴラァ!」

「(3年前!?)」

 

 目の前のロックとさっきのロックを比べて見ると、確かにそれくらい月日が経っている様に見える。つまり、叔父の言葉が正しければあの暗闇での瞬きの間に3年の月日が流れた事になる。

 

「(やっぱりこれって“夢”なのかな? ……でも、こんなに昔の事が見えた事なんて今までなかったし……)」

 

 フレアの“夢”で見る事が出来たのは現在から数ヶ月前の間に起こった出来事。何年という単位を振り返った事はない。

 

「ガキだからと言ってなめちゃいけねぇ! この先生は一人でうちの奴3人を同時に相手して勝っちまったんだ! 飲んだくれの叔父貴なんぞ相手にならんよ! さあ頼みますぜ!」

 

 ロックは喚く叔父も雇い主も無視し、腰の決闘銃へと手を伸ばす。日が段々と地平線へと近づき――――触れた。

 

 

 

「 デュエル!!! 」

「 ああ!? デ、デュエル!!! 」

 

 

 

 ロックは決闘銃の大きさによる不利を感じさせない素早い抜きを見せ、決闘銃を変形させて装着する。喚くのに夢中で出遅れた叔父が敵うはずもなく、先攻はロックのものとなった。

 

「クソガキィ~! 面倒見てやった恩を仇で返しやがって! どこで手に入れたか知らねぇが、デッキとそのスカした格好ひん剥いて、必ず地獄へ送ってやる! とっとと始めろ!」

「俺のターン!」

 

 ロック 手札:5→6

 

「魔法カード《ファイヤー・ソウル》! 相手はカードを1枚ドローする!」

「へっ! 今更機嫌を取ったって――――」

 

 叔父 手札:5→6

 

「自分はデッキから炎族1体を除外し、その攻撃力の半分のダメージを相手に与える! 俺が除外するのは攻撃力2000の《爆炎集合体 ガイヤ・ソウル》!」

 

 ロックは決闘銃へと変形させた決闘盤にガイヤ・ソウルのカードを装填すると、叔父に向かって銃を構え、炎の弾丸を放つ。

 

「ぐあっ!? て、てめぇやりやがったな!」

 

 叔父 LP:4000→3000

 

「魔法カード《魔法石の採掘》! 手札を2枚捨て、墓地から魔法カード1枚を手札に加える! 《ファイヤー・ソウル》を手札に!」

 

 ロック 手札:4→2→3

 

「ま、またそのカードか!?」

「捨てた《ヴォルカニック・バックショット》2体の効果発動! 相手に500ポイントのダメージを与える!」

 

 ロックは続けて2発の火炎弾を叔父に放つ。

 

「ぎゃ!? がぁ!?」

 

 叔父 LP:3000→2500→2000

 

「《ヴォルカニック・エッジ》を召喚!」

 

 ロックの場にヴォルカニック・エッジが現れ、炎を蓄えた口を叔父に向かって向ける。

 

 ATK:1800 レベル4

 

「ヴォルカニック・エッジの効果発動! 相手に500ポイントのダメージを与える!」

 

 蓄えられた炎が弾丸として放たれ、叔父へと命中する。

 

「だぁっ!?」

 

 叔父 LP:2000→1500

 

「ひ、ひぃ……何回やるつもりだ! もうよせ!」

 

 ここまでのバーンラッシュに叔父は腰を抜かし、驚きと怯えの表情を浮かべている。だがロックはそれに意を介さず、再び魔法を発動させる。

 

「魔法カード《ファイヤー・ソウル》! デッキから攻撃力3000の炎族《ヴォルカニック・デビル》を除外し、1500のダメージを与える!」

「あ、ああ!? そ、それをくらったら……やめろぉ! やめてくれぇ!」

 

 無様に尻餅をつき、後ずさる叔父。ドローしなければ効果が処理されないのをいい事にその場から必死になって逃げようとする。

 

「待ちな。まだ決闘どころか効果処理も終わってねぇ。お前がドローしなきゃ終わらないんだよ。ほらドローしろ!」

 

 逃げようとする叔父をロック側のギャング数名が取り押さえ、手を掴んでデッキトップに指を置かせる。

 

「いやだぁ! いやだぁ!」

「ほれドロー!」

 

 叔父が無理やりドローさせられた瞬間、ロックが放った弾丸が叔父に命中し、取り押さえていたギャング諸共吹っ飛ばす。

 

「ぎゃぁぁぁーーーー!?」

 

 叔父 LP:1500→0

 

 ソリッドビジョンが消え、決闘終了のアラームが鳴り響く。

 ロックの先攻1ターンキルによって敗れた叔父はギャング達によって引きずられ、棺桶の中へと放り込まれる。

 

「いやだぁ……いやだぁ! ロック! 助けてくれ! もう殴ったりしない! 金もやる! もう一度やり直そう!」

 

 とうとうロックに助けを求め始めた叔父。ロックは無言で決闘銃を叔父に向けると、2発カードを放った。

 

「いだぁ!? いでぇ!?」

「これで俺は自由だ。地獄へ落ちろ。……とっとと連れて行け!」

 

 ロックが一括すると、ギャング達は慌てて棺桶の蓋を閉め、馬車を走らせる。馬車は鉱山へ一直線に向かい、あっという間に姿を消した。

 

「いやぁ流石先生! これからもよろし――――ぶっ!!?」

 

 ロック側のギャングリーダーが笑顔でロックの肩を叩こうとした瞬間、ロックは手に持った決闘銃でリーダーの顔を殴った。

 鮮血を迸らせて倒れるリーダーに構成員達が気を取られていると、何時の間にかロックはギャング達のDホイールを1台奪い、町の外へと逃走していた。

 

「お、追えーーーー!!! 奴を捕まえろーーーー!!!」

 

 ロックを追って大勢のギャングが町を飛び出す。フレアもエアトスに掴まって後を追った。

 

「まてやこの裏切り者――――うわっ!?」

 

先頭を走っていたギャングがロックに追いつき近づこうとした瞬間、ロックの決闘銃から放たれたカードがDホイールのタイヤを切り裂き、スリップさせる。後ろにいた残りのギャング達もそれに巻き込まれるかカードの餌食になるかで次々と脱落し、とうとう走っているのはロックのみとなった。

ロックはもう誰もいなくなった事を確認するとDホイールを止め、町の方へと振り返って叫んだ。

 

「さらばだクソッタレな故郷“クラッシュタウン”! 俺は二度と帰らない! 俺は生きる! 生き延びてやる!」

 

そう言ってロックは再び走り出す。迷いの無い瞳を新天地へと向け、振り返ることなく走り去っていった。

 

「……確か、あの方角は……」

 

ロックが走り去った方向と町の位置を確認し、フレアは自分を抱いて飛ぶエアトスへと振り返る。

 

 

 

 

「エアトス、悪いけど連れて行って。フリントが……ロックが向かった場所、“シティ”へ」

 

 

 

 

 

 




長かった、ここまで……
はい、という訳で今までの謎の大半を明らかにする”未来の過去編”のスタートです。
今まで見てくださった方々の”まるで意味が解らんぞ!”に応えられる様に頑張ります。
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