遊戯王5D's ~荒野のデュエリスト~   作:鬼柳高原

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第77話 破滅への序章

「……朝か」

 

 シティの貸アパートの一室で、ロックは目を覚ます。野宿が当たり前だった昔の生活がウソの様な快適さ。これからもっと快適になっていくだろう。先へ、先へ、勝ち進むことができれば――――

 

「……別にこれ以上は望まんがな」

 

 独り言をつぶやき、ロックは着替えを始める。寝巻姿から、何時ものカウボーイスタイルへ。生活環境が良くなっても、これは今でも変わらない。

 

「(望むのは、心揺さぶる決闘と……勝利だけだ)」

 

 ガンベルトを腰に巻き、決闘銃を提げ、マントと帽子を身に着ける。扉を開け、外へと出た。

 地獄から飛び出して5年。“青年ロック”は20歳を迎えていた。

 

 

 

* * *

 

 

 

「おーし……調子は良いな? マイステディ!」

 

 WCSのガレージにて、バーナードが愛機“デルタ・ワイバーン”の調整を終え、気遣う様に撫でまわす。二輪タイプのDホイールで、二枚の翼を装備している姿はクロウの“ブラック・バード”に似ているが、機体色は白にエメラルドグリーンのラインが入り、機首はドラゴンを模ったデザインとなっている。

 

「まさかアンタらがプロリーグに入っちまうなんてねぇ……槍を通り越してビームが降るよこりゃ」

「おーいプロチームに対して失礼だなおばちゃん! “チーム・デルタ”は正真正銘、実力で勝ち上がってきたチームだぜ?」

「バーナード」

 

 バーナードがウェンディに向かって胸を張っていると、店の奥から髪を逆立て、サングラスをかけたライディングスーツ姿の怪しい青年が現れた。因みにバーナードも彼と同じライディングスーツを着ている。

 

「ウェンディは本気で驚いているのさ。まさか、Dホイールも持っていない少年に過ぎなかった私達が、そこからたった数年でプロチームの仲間入りをしてしまったのだからな」

「あたしが一番驚いたのはアンタの変わりようだけどねぇジョニー……この数年で何があったんだい?」

 

 ジョニーと呼ばれた青年はサングラスを外し、ウェンディに対して微笑む。少年時代の大人しそうな雰囲気は薄れ、その眼と口調には確かな自信があふれていた。

 

「いや、騙されるなよウェンディ。こいつはキャラ作ってるだけで……オラッ!」

「うわわっ!?」

「……すーぐボロが出る。髪型やしゃべり方変えようが、本質は変わってねぇよ」

「ひ、ひどいよセント……叩くことはないじゃないか……」

 

 すっかり元の雰囲気に戻ったジョニーから恨めしそうな視線を受けるセント。セントはライディングスーツは来ておらず、代わりにチーム・デルタのロゴが入ったユニフォームを着ている。

 

「大会中はボロ出すなよ? 舐められちゃいけねぇからな」

「あれ? そーいやロックどこいった?」

 

 バーナードがきょろきょろと辺りを見回していると、恰好付けた調子に戻ったジョニーが店の方を指さす。

 

「待合室だ。そろそろ後半ブロックの結果が報道されるころだからな」

「おっとそうだった! お邪魔しまーす!」

 

 バーナードが店の中へと飛び込む。セントとジョニーもそれに続いた。

 

「ロック! 結果どうだ?」

 

 三人が待合室に入ると、バーナード達と同じライディングスーツに着替えた“青年ロック”がソファーに腰掛けてテレビを見ていた。

 

「案の定と言ったところだ」

 

 ロックが顎でテレビを指し示す。テレビにはアナウンサーとコメンテーター達が並ぶスタジオが映し出されていた。

 

[――――というわけで! 第223回WRGP予選リーグを勝ち抜いたのはこの8チーム!]

 

 

Aブロック エンジョイ

Bブロック 三銃士

Cブロック デルタ

Dブロック デュエルチェイサーズ

Eブロック リアリスト

Fブロック 不知火の太刀

Gブロック サンダー

Hブロック ブックス

 

 

「へへ! あのオッサンたち勝ち抜いてきたな! 4年越しの再戦あるんじゃねぇか?」

 

 バーナードが楽しそうに笑うのと同時に、アナウンサーもニコニコしながらリストを眺める。

 

[今大会は見慣れたチームが出揃っていますね~! ただ一チームを除いて!]

[“デルタ”ですね]

 

 スタジオ内のモニターにデルタのメンバーの顔写真が表示される。それを眺めながらコメンテーターの一人が解説を始める。

 

[チーム・デルタは今季からプロリーグへと昇格したルーキーです。アマチュア時代は負け知らず。その実績を認められてのWRGP参加だったのですが……]

[新人とは思えない快進撃ですね。予選では優勝候補であった“チーム・タカシ君”を破り、全勝で突破しています]

[その秘密とは一体何なのでしょう?]

 

 アナウンサーがわざとらしく尋ねると、コメンテーターはフッと笑って答える。

 

[やはり“アクセルシンクロ”でしょう]

[英雄“不動 遊星”以来失われたと思われていた技術を、このチームは会得しているのです]

 

 モニターにCブロックの試合の様子、つまりデルタの決闘が映し出される。予選第一、第二試合はファースト・ホイーラーであるバーナードと、アクセルシンクロモンスター“クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン”が。優勝候補との第三試合ではセカンド・ホイーラーであるジョニーと“TG ブレード・ガンナー”がそれぞれの試合のハイライトとしてピックアップされていた。

 

[圧倒的ですね~! これに対抗するにはもう同じアクセルシンクロしかないんじゃありませんか?]

[決闘に絶対はありませんが、今考えつく対抗手段はそれしか思いつきませんね]

[それか不動 遊星を助っ人として連れてくるかですね]

 

 スタジオにどっと笑いが起こる。

 

[ところで、メンバーの一人である“ロック選手”もアクセルシンクロの使い手なのでしょうか?]

[ロックは予選第一ではラスト・ホイーラー、第二ではセカンド・ホイーラー、どちらもファーストで決着がついているので出番はありませんでした。第三ではファースト・ホイーラーとして出場しましたが、アクセルシンクロは見せずにきっちりとファーストの役目を果たし、セカンドのジョニーと交代しています……これだけではまだ判断は付きませんねぇ]

[温存しているのかもしれませんね。彼らにとってアクセルシンクロは切り札ですから]

[なるほど~! これは本選での活躍に期待が持てますね! ……っと、ここでCMです]

 

 画面がCMに切り替わると、セントがロックへと視線を向ける。

 

「おいロック、まだ“アクセルシンクロ”できないのか?」

「……すまない」

「もういいじゃねぇかよセント。ロックはアクセルシンクロが無くても俺やジョニーと渡り合えるんだ。ベテランのプロにだって負けない。無理にできるようになる必要なんてねぇよ」

「ロックにはシンクロだけではなく、私達にはない融合戦術がある。このシンクロの時代では相手の意表を突ける好戦術じゃないか。アクセルシンクロとて無敵ではない。互いの隙を補える今のフォーメーションは理想的なものだと思うが」

 

 この4年間、チーム・デルタはアクセルシンクロの研究を続けてきた。バーナードやジョニーは進化の道を進め、ジョニーに至ってはとうとう“トップ・クリアマインド”の境地までたどり着いていた。しかし、ロックだけはどうしてもアクセルシンクロを会得できなかった。そのことにセントは不満を持っているらしく、度々ロックに会得状況を尋ねている。

 

「今の戦術に不満があるんじゃねぇよ。だがアクセルシンクロは今やデルタの象徴だ。これがあるってだけで相手は震え上がる。ここまで来たならもう決闘に勝ちゃいいって話じゃない。デルタという存在を世界に知らしめる! アクセルシンクロを以ってだ!」

 

 不機嫌そうな表情でバーナードとジョニーに言い放つと、セントは再びロックへと向き直る。

 

「そのためには3人! 全員が使えなきゃ意味が無いんだ! 分かったなロック?」

「ああ」

 

 ロックが頷くと、セントは踵を返してガレージへと戻っていった。

 

「セント!」

 

 ジョニーも後を追うようにガレージへと戻っていった。待合室に残ったのはロックとバーナード。

 

「……悪いなロック。セントが無理言ってよ」

「いや、気にすることはない。俺が期待に応えられていないだけだ」

「……ロック。実はな、セントはライディング・デュエルが出来ないんだ」

「何?」

 

 バーナードの言葉にロックは怪訝な表情を見せる。今までそんな話は聞いたことが無く、そもそもセントは何時も自分達と一緒にDホイールに乗って移動している。ライディングができないとは思えない。

 

「でもやってるとこ見たことないだろ?」

「……ああ」

 

 それは選手ではなく司令塔となったから、と軽く考えていたロックだったが、バーナードによれば違うらしい。バーナードは真剣な表情だった。

 

「実は俺もジョニーもセントとはそんなに昔からの付き合いってわけじゃないんだ。まともに話したのはお前と会う1、2年前くらい。でも、あいつは有名人だったから俺はよく知ってた」

 

 バーナードの話によるとセントは少年時代、Dボードによるライディング・デュエルのプレーヤーであり、数々の大会で優勝するほどの実力者であった。しかし、13歳の時に参加した大会で大きな事故を起こしてしまった。

 

「ものすげースピードでコースから飛び出して、そのまま障害物に激突した。助かったのが奇跡だって騒がれてたな。……だけど、大きな“後遺症”が残っちまった」

 

 その事故以降、セントはトラウマによりスピードの世界の中に身を置けなくなってしまった。DボードやDホイールのスピードを上げるとどうしても事故の記憶が蘇ってしまい、決闘どころではなくなってしまうのだ。

 

「きっと死ぬ気でリハビリしてただろうさ。それで普通に運転できるくらいにはなったけど……どうしても、決闘だけはできるようにはならなかった」

 

 このことをセントはジョニーにもバーナードにも話したことはない。バーナードは元々流れていた噂と、独自に調べた結果でこれを知ったのだという。

 

「あいつなんだ。俺達にチームを作ろうって持ちかけたのは」

「……トラウマが残っていたのにか?」

「きっとあいつは諦めていなかったんだ。夢に向かえばきっとトラウマなんてぶっ飛ばせるって……信じていたんだ。……だけど、まだ克服できてはいない」

 

 バーナードは拳を握りしめ、ロックの胸を軽く叩いた。

 

「セントがお前を迎え入れることに好意的だったのは、きっと自分の夢を託せる奴だと思ったからなんだ!」

「……俺に?」

「ああ! アクセルシンクロを急かすのだってそうだ! お前に諦めてほしくないんだよ! ……お前だけじゃないな、俺達“デルタ”にだ!」

 

セントが司令塔になると言い出したのは、ロックを迎えたチーム・デルタならば自分が向えなかった“夢”へと突き進めると確信したからではないか――――そうバーナードは主張する。

 

「重ね合わせているんだ! 自分と俺達を! ……こりゃやるしかないぜロック! 俺達は一人の男の夢そのものだ! 俺達が走り抜ければ、きっとあいつもまた走り出せるようになるはずだ!」

「……そうだな、俺も必ずアクセルシンクロをモノにする。セントが望んだ“デルタ”にして見せよう!」

「おっしゃ! まずはこの大会、絶対に優勝するぞぉー!」

「なーに青春してんだいアンタたち……」

「うおぉッ!!?」

 

 バーナードとロックが盛り上がっていると、ウェンディがひょっこりと待合室へ顔を出す。バーナードは顔を真っ赤にして飛び上がった。

 

「お、お、お……ビックリさせんなよッ!!!」

「そんなことより、もう出発の時間だろ? セント達が待ってるよ。早く行きな」

「そ、そうだった! 行こうぜロック!」

 

 バーナードがロックを連れてそそくさと待合室を出ると、外からエンジン音が響き渡り、待合室の窓の外を四台のDホイールが横切って行った。

 

「ふー……若いねぇ」

 

 ウェンディは一息ついてからふとテレビへと目を向ける。CMはとっくに終わっており、ニュースも別の話題を取り上げていた。

 

[次のニュースです。先日、決闘事業への参入を表明した“イリアステル社”が開発した決闘マシンが発表されました]

 

 キャスターがそういうと、画面に三体のロボットが映し出される。1体は白い人型ロボット。2体目は青い鳥の様なロボット、そして3体目は黄土色の戦車型のロボットであった。

 

[これらのロボットは対シンクロモンスターを想定した戦術が組み込まれた決闘マシンで、左からIDM-01“ワイゼル”、IDM-02“スキエル”、IDM-03“グランエル”。近日中に販売され、決闘者達のトレーニングマシンとして運用されるとのことです。この決闘マシン、動力には決闘盤と同じ小型モーメントを使用していて――――]

 

「イリアステルの決闘マシン、ねぇ……」

 

 ウェンディはニュースを見て顔をしかめる。“イリアステル社”とは世界的に有名な大手軍需企業であり、裏では世界中の紛争に関わっているのではないかと言われるほど黒い噂が絶えない会社である。今回の決闘事業への参入も裏では軍事兵器開発の隠れ蓑だと言われており、ウェンディの耳にも届いている。

 

「何にもなきゃいいけど……」

 

 

 

* * *

 

 

 

「おっしゃー! いよいよ本選の開会式だ! 気合入れていくぜー!」

「何回それ言うんだよお前は」

「バッカセント! 女の子達だって注目してみてるんだぞ! 気合い入れないでどうすんだよ!」

 

 WRGP開催スタジアムに到着したデルタ達は入り口で入場手続きを行っていた。いよいよ始まる本選を前にバーナードのテンションは最高潮。手続きを行いながらセントは呆れた様にため息をつく。

 

「その気合、本番前に使い切らないでくれよ。……うん?」

 

 ジョニーも苦笑しながら何気なく辺りを見渡すと、自分達のDホイールの前に子供が座り込んでベタベタと触っているのを見つける。ここは入り口と言っても関係者用の裏口であり、一般人は辺りに見えない。

 

「(親とはぐれたのかな……) お嬢ちゃん、勝手に触っちゃだめだよ。倒れたら危ないからね。お父さんやお母さんは――――わっ!?」

 

 ジョニーが話しかけた瞬間、子供はパッと立ち上がって瞬時にジョニーの後ろに回り込み、ジョニーの膝の裏を蹴る。完全に油断していたジョニーは情けなく地面に倒れこんでしまった。

 

「この間抜けぇ! それにしても僕のことを“お嬢ちゃん”だなんて失礼な奴だな!」

 

 ジョニーが身を起こして子供を見る。髪が長いのでジョニーは女の子だと思ったのだが、顔と態度を見ると男の子だということが分かる。年は十歳前後、髪は額を出した茶髪のロングストレートヘア。服装は小綺麗で、それなりに裕福な家庭の子であると想像できる。足にはローラースケートを履いており、これを使って素早くジョニーの背後を取ったのだろう。

 

「いてて……何をするんだい……」

「あれ? なんだデルタのグラサンじゃん。コースじゃあんなに速く動くのに、Dホイールに乗ってなきゃ随分とろいんだね! キィーヒャッハッハ!」

「大丈夫かジョニー! なんだこのガキ……?」

 

 騒ぎを聞いてバーナードがやってくる。

 

「なんだ、今度はお調子者じゃないか。アマチュアの時、ファンの娘に抱き着こうとしてぶたれてたね!」

「な、何故それを!?」

「あれは傑作だったな! ヒィ―ヒャッヒャッヒャ!」

「こ、このガキ……ゆるさんッ!」

 

 バーナードが飛び掛かって捕まえようとすると、少年は跳躍してバーナードを避ける。勢い余ってバーナードが倒れこむと、その背中に見事着地した。

 

「グエェーーーー!?」

「ヒャヒャヒャ! デルタも大したことないね~!」

「その辺にしておけ」

 

 少年が勝ち誇ったように特徴的な高笑いをしていると、突然体が浮き上がる。少年が首だけ捻って後ろを向くと、いつの間にかロックが少年の襟を掴んで釣り上げていた。

 

「あ、やっぱりいたんだロック」

「子供一人で何をしている? 一般客は表ゲートだ」

「そんなの、サイン貰いに来たに決まってんじゃん。ここなら有名チームとか通るからね。残念ながら新入りのデルタしか来なくて、ガッカリしてたとこさ」

「そうか」

「せっかくだからサイン頂戴よ。デルタで我慢してやるからさ」

「こ、このガキどこまで俺らをおちょくれば気が済むんだ……」

 

 少年は釣り上げられた状態のままから懐に忍ばせていたサイン色紙とペンを取り出し、バーナードは倒れたまま背中をさすって呻く様な声で呟く。

 ロックは少年を地面に降ろすと、サイン色紙に手早くサインして少年に手渡す。セントに前もって仕込まれていたチーム・デルタのサインだった。

 

「へへ、このサインに価値が出るといいね~! ……あ、パパ! ママ!」

 

 少年は自分を捜しに来た両親の姿を見つけると、その方へと駆け出し、急に立ち止まってデルタへと振り返る。

 

「一応、応援しといてやるよ! ま、せいぜい頑張りな~! キィーヒャヒャヒャ!」

 

 ダンディで頼もしそうな父親、美人で優しそうな母親、その間に挟まれて少年は手をつなぐ。年相応の嬉しそうな顔で笑う少年を、ロックは姿が見えなくなるまで見送った。

 

「記念すべきプロサイン一号があんなクソガキなのかよ……」

「名前覚えられていたの、ロックだけだったな……」

 

 翻弄されるだけで終わった、複雑そうな表情の二人。そこへ手続きを終えたセントがやってくる。

 

「終わったぞ。さあ行くぞ!」

 

 

 

* * *

 

 

 

[さぁー! 待ちに待ったWRGP本選! 勝ち上がってきた強豪チーム達は我々にどのような感動のドラマを見せてくれるのか!]

 

 スタジアム内には席を埋め尽くす観客と本選出場チームが並び、MCの開会宣言を聞いていた。MCはマイクを振り回し、がっと腕を空に向かって突き出す。

 

[それでは毎年恒例の合言葉! 言ってみようぜぇ! せーのッ!]

 

 

シンクロ召喚!!!

 

 

[決闘の主役はやっぱり?]

 

 

シンクロ召喚!!!

 

 

[切り札かざしてレッツゴー!]

 

 

シンクロ召喚!!! ワァァァーーーー!!!

 

 

[最高だぜ皆!!! それではWRGP本選! いよいよ開幕だぁーーーー!!!]

 

 

 会場の観客たちが一斉に思い思いのシンクロモンスターのカードを掲げて歓声を上げる。この歓声はテレビを通して至るところへと流れていた。その一つであるシティの巨大モーメントの観測室――――

 

「ん?」

「どうした?」

 

 観測に就いている職員の一人が計器の一つに目をとめる。休憩して携帯端末でテレビを見ていた同僚が反応して同じく計器に目をやった。

 

「何か……これおかしくないか? 数値が高い」

「確かにいつもよりかは高いが……異常と言うほどではないな」

「モーメント自体にも変化は無いが……ちょっと様子を見てみるか」

 

 

 

* * *

 

 

 

[決まったァーーーー!!! 準々決勝第四試合! 準決勝へとコマを進めたのはチーム・デルタだぁーーーー!!! 勝負を決めたラストホイーラー“バーナード”にインタビュー!]

「仲間達とカード達が頑張ってくれたおかげで、俺の引きもテクニックも最高に冴えてました! この調子で優勝を狙います! あと、女の子達! 遠慮なく俺の胸に飛び――――」

[ありがとぅーーーー!!! 明日は準決勝! 皆! 必ず見てくれよなッ!!!]

 

 

 

* * *

 

 

 

「おかしい……出力が下がらない。今まで出力がこのレベルで保たれていたことは一度もない!」

「異常な数値ではないのに、異常……この状況が、か……」

「一旦、モーメントを停止させよう! 調べる必要がある!」

「駄目だ! シティのエネルギーのほとんどがモーメントなんだぞ! しかも今はWRGPの真っ最中! 停止させるわけにはいかない!」

「じゃあ放っておくと言うのか!?」

「このままで、できる限りの調査をするんだ! 原因を突き止めるぞ!」

 

 

 

* * *

 

 

 

[決まったァーーーー!!! WRGP準決勝後半! 勝者は“チーム・デルタ”だァーーーー!!! それではラストホイーラー“ジョニー”にインタビュー!]

「チームの仲間が、私のデッキが、そしてシンクロ召喚が私を勝利に導いてくれた! シンクロが私達に希望を与えてくれる! シンクロが私達を導いてくれる! 私達は決勝戦もシンクロと共に勝利を掴む! 見ていてくれ!」

[熱い勝利宣言! サンキュージョニー!!! さあ明日はいよいよ決勝戦! すでに決勝へとコマを進めた“チーム・不知火の太刀”との最強を賭けた一大決戦だぁ! 最後の最後まで見逃すなぁーーーー!!!]

 

 

 

* * *

 

 

 

「何だこれは……」

「どうした?」

「外部からモーメントへ、何か信号のようなものが発せられている……」

「解析しろ」

「……これは」

「何か分かったか?」

「似ている……これはDホイールから時折発せられる波長に似ている」

「何だと!?」

「調査を急ぐ」

 

 

 

* * *

 

 

 

「とうとう決勝だ! 相手はやっぱりオッサン達か!」

 

 バーナードがピットからチーム・不知火の太刀を見据える。

 

「不知火は4年前まではあくまでプロ上位チームの一つに過ぎなかった……それが、ここまで伸びてくるとはな」

 

 ジョニーがDホイールの調整を行いながらつぶやく。

 

「同じ手が通用すると思っているわけじゃねぇが……あいつらと直接戦ったロックに切り込んでもらうぞ! ファーストホイーラー、頼めるな?」

「任せろ」

 

 セントがロックの肩を叩くと、ロックはそれに応えるようにセントの手を叩き、イグニッションに跨る。

 

「決勝の晴れ舞台だからって俺達に遠慮するなよ! また3タテ決めちまえ!」

「ロック! 油断はするな!」

 

 バーナードがロックの肩の側面にステッカーを張り付け、ジョニーがイグニッションの最終チェックを終える。

 

「俺達が夢見た栄光……必ず掴んで見せる! 行くぞ!」

 

 

 

* * *

 

「出力が上がっただと!?」

「完全に異常値だ……そして波長の解析結果がでた。やはり、これはシンクロ召喚だ……!」

「シンクロ召喚時に発せられる波長がモーメントの出力を上げていたのか!?」

「そして、この波長は日が経つ毎に強く、大きくなっていく……」

「……シンクロ召喚が頻繁に、激しく行われている……WRGP!」

「緊急連絡! 同じ現象が世界各国のモーメントにも発生中とのこと!」

「……やむえん、モーメント設置国に通達! モーメント、緊急停止!」

 

 

 

* * *

 

 

 

「あの時の借りを、この大舞台で返す! 必ず貴様を倒して見せる! 不知火の名にかけて!」

「勝負だ! アクセルで戦神-不知火を攻撃!」

 

 ファースト・ホイーラー対決もいよいよ大詰め。ロックのモンスターが戦三の戦神へと攻撃を仕掛けようとした瞬間、会場の電源が全て落ち、さらにはロック達のDホイールも強制的にダウンして動きを止めてしまう。

 

「おいどうなってんだ!? 故障か!?」

 

 バーナードが会場を見渡す。

 

「故障じゃない! 全ての動力が同時に止まった! モーメントに何かあったのか!? それでも独立した小型モーメントを搭載したDホイールまで止まるなんておかしい!」

 

 ジョニーが原因を探ろうとするが、備え付けられたパソコンの電源も落ちてしまったためどうしようもできない。

 

「ふざけんな! いいところだったんだぞ! どこのどいつだこんな真似したのは!!!」

 

 セントが激昂して叫ぶ。不知火兄弟も同じように叫んでおり、ピットは大混乱。MCもマイクが機能せずにオロオロと右往左往し、観客もざわざわと怒りや不安を口々に上げている。

 そこへ、会場の大型モニターだけが回復し、ネオ童実野シティの秩序を守る“治安維持局”の長官の姿が映し出された。それと同時に会場へセキュリティと治安維持局の職員が次々と雪崩れ込む。

 

[市民の皆さん、治安維持局です。突然のことですがお聞きください。たった今、世界中のモーメントの機能を緊急停止させました。Dホイールを含めた決闘盤の小型モーメントも遠隔操作で強制的に止めています]

 

 長官は話し始める。先ほどまで世界中のモーメントの出力が上がったまま高速回転し、シンクロ召喚時にモーメントから発せられる波長を受ける度にその出力を増していた。このままではモーメントが暴走し、大規模な爆発を起こす可能性がある。それを防ぐためにモーメント及び波長の発信源である決闘盤の機能を停止させたとのこと。

 

[何故シンクロ召喚がこのような影響を与えるのかはまだ分かっていません。原因が解明されるまではモーメントの機能は停止させて頂きます。不便をかけますが、どうかご理解のほどを――――]

 

 この瞬間、会場全体から怒号が上がる。

 

「ふざけんなーーーー!!! そんな分けの解らない理由で俺達から決闘を取り上げる気かーーーー!!!」

「もっとわかりやすく説明しろーーーー!!!」

「待ちに待った決勝戦なんだぞ! せめてそれが終わってからにしろーーーー!!!」

「いつまでかかるの!? モーメントが止まったら電気が使えないじゃない!」

 

 観客席は阿鼻叫喚の地獄と化した。物が飛び交い、興奮した者が他者を傷つけ、席から飛び出してセキュリティや職員に飛び掛かる暴徒と化した。

 そして怒りに燃えていたのは観客だけではない。

 

「ふざけんじゃねぇ! 後一歩、後一歩なんだ! それを邪魔しやがってテメェら!」

「シンクロ召喚が……シンクロ召喚がそんなことを引き起こすだなんて、私には……僕には信じられない!」

 

 セントと、まさかのジョニーが治安維持局職員に詰め寄る。

 

「おい落ち着けよ!? ジョニーまでやめろ!」

 

 バーナードと、コースから駆け付けたロックが二人を抑える。

 カメラを通してこの様子を見ていた治安維持局長官は苦い表情を浮かべる。

 

「やはり、一般人に理解しろと言っても難しいか……!」

「長官! 大変です!」

 

 長官の元に特別調査室の室長が駆けこんでくる。

 

「どうした?」

「モーメントの緊急停止を要請した一部の国がこの要請を拒否しました!」

「何だと!?」

 

 一部の国の言い分は、“自国のエネルギー供給の大半はモーメントで行っている。今モーメントを止めれば国は大混乱に陥るため、その要請を受けることはできない”というもの。長官は頭を抱え、室長に向かって怒鳴り散らす。

 

「モーメントのことも碌に知らぬ馬鹿者が! ならばこちらで強制停止させてしまえ! シティのモーメントこそがオリジナル! こちらのモーメントを通して遠隔操作できる!」

 

 就任前まではモーメント開発の責任者を務めていた長官。モーメントへの知識と理解を誰よりも持っている彼はこの異常事態を誰よりも重く捉えており、モーメントの暴走を防ぐために強硬手段を取ろうとする。

 

「長官、それが……“もしそちらがこの声を無視するならば、武力行使もやむ得ない”、と……」

「何!?」

「長官! 大変です!」

「今度はなんだ!?」

 

 長官の元にまた一人駆け込んでくる。モーメント開発の研究者の一人であった。

 

「シティの……シティのモーメントが勝手に動き始めました!」

「何だと!? どうなっているのだ!?」

「それだけではありません! 今度は! 今度は巨大モーメント自身が波長を放っているのです!」

「馬鹿な!? あれはシンクロ召喚によって発生するのではなかったのか!?」

「分かりません……もう分かりません! これから何が起こるのか……何が起こっているのか!」

 

 この後、人類は知る事となる。この波長が全世界を繋ぐネットワークに侵入し、犯し始めていることを――――

 

 

 

* * *

 

 

 

 数時間後、夕日が照らす未だ混乱の収まらないこの会場で、ジョニーが再び職員へと詰め寄っていた。セントはとうとう職員やセキュリティ相手に暴れ始めたのでロックとバーナードが必死に取り押さえている。

 

「何故だ!? 何故シンクロを使っちゃいけないんだ!?」

「今や世界はモーメントやシンクロが引き金となって何時争いが起こってもおかしくない状況になっているんだぞ! そんな時に無神経にシンクロを使う訳には……」

 

 長官から現状を聞いた職員が必死にジョニーを説得しようとするが、ジョニーはそれを一蹴する。

 

「だからこそ僕たちがシンクロの本来の使い方を見せるべきなんじゃないのか!?」

 

 ジョニーは興奮して近くにある表彰台、その上に飾られた優勝トロフィーを掴み取る。

 

「僕たちはこれを手にするため、あらゆる努力をしてきた! アクセルシンクロだってその一つ! 僕たちの思いにモーメントが応えたからこそ起きた奇跡なんだ! だからきっと巨大モーメントだって応えてくれるはず! シンクロ召喚は危険なものじゃない! シンクロは人々を導いてくれる!」

 

 トロフィーを表彰台へと戻し、ジョニーは職員の肩を掴んだ。

 

「かつて“不動 遊星”という伝説の決闘者がシンクロを使い、世の中の人々に希望を与えた様に!!!」

「しかし……!」

「大変だ!」

 

 この時、ジョニーと対面していた職員の元に別の職員が慌てて駆け込んでくる。長官との連絡役を担っていた職員だった。

 

「どうした!?」

「シンクロとモーメントの影響でネットワークが暴走を始めたらしい!」

「何!? それが本当ならとんでもないことになるぞ!」

「とんでもないこととはなんだ?」

 

 そこへセントをバーナードに任せてジョニーを止めに来たロックが職員に尋ねる。

 

「最初は小型モーメントからシンクロ召喚によって発せられていた波長により、巨大モーメントの出力が上がっていた。そして今は巨大モーメントから同じ波長が発せられている……巨大モーメントはネットワークと繋がっている」

「つまり、巨大モーメントからの波長がネットワークを暴走させているということか?」

「そうだ。そしてシティの巨大モーメントは世界中のあらゆるモーメントとネットワークで繋がっているのだ」

「……もしや!?」

 

 ロックは察した様に瞠目する。職員は悲痛な表情で頷いた。

 

「……巨大、小型問わず影響を受ける……波長のな……」

「あの長官とやらは言っていたな? モーメントが暴走すれば、大規模な爆発が起きると。……それが世界中で起きた場合、どうなる?」

「……考えたくも……ない……」

「その爆発はどれくらいで起こる!」

「分からない……」

「……ジョニー」

 

 ロックはジョニーへと向き直る。

 

「世界が吹っ飛んでは、俺達の夢も何も無い。原因を探るぞ。メカニックであるお前の力が必要だ」

「……ロックまで、シンクロ召喚が原因だっていうのか」

 

 差し伸べられた手から逃れるように後退し、ジョニーはサングラスの奥でロックを睨む。

 

「違う! だが行動しなければ何も始まらない! シンクロ召喚を信じるならば、お前の手で証明して見せろ!」

「……ああ、そうだ。証明するんだ! シンクロ召喚は、希望なんだ!」

「それでいい…………!? なんだ!?」

 

 ロックが何気なく見上げた夕日に、無数の黒いシミが浮かぶ。それは次第に大きくなり、形がはっきりと浮かび上がった。

 

「何だあれは……ロボットか?」

 

 夕空に浮かぶ、黄土色の戦車――――戦車の上に取り付けられた人型の上半身の中心には光り輝くコアが見える。ロックだけでなく、何人かの者がそれに気づき、夕空を見上げた。

 

「(なんだ……この感覚は……俺は……俺はこの感覚を知っている?)」

 

 ロックは空に浮かぶロボットからの感覚を頼りに、心の奥底に眠る思い出したくもない過去を巡る。あれは両親が死んでから叔父に引き取られ、まだ老婆とその息子に雇われる前、叔父に無理やり鉱山へ働きに出された時のこと。まだ小さかったロックに力仕事はできなかったため、鉱山のギャングに昼食を運ぶ役目を与えられていた。そんなある日、昼食を運ぶ途中、とある労働者が倒れて立てなくなった場面に遭遇した。労働者は既に息も絶え絶えで、とても仕事ができる状態ではなかった。そこへギャングの一人が現れ、労働者に向かって銃を構えて言い放つ。

 

 

“ゴミ”は掃除しなきゃな。

 

 

 感情の無い表情――――ゴミを見る目で引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 そのシーンを脳内で再生した瞬間、ロックの頭上を光線が貫き、遥か後方のスタジアムの一部と多くの人々を消し飛ばした。

 

「うおぉぉぉ!!?」

 

ロックは爆風に煽られながらも必死に地面へしがみ付く。風が収まった瞬間、再び夕空を見上げた。そこには砲口をこちらに向けた無数のロボットが浮かんでいた。ロックはライディングスーツ姿でも肌身離さず持ち歩いている決闘銃を腰のガンベルトから抜き、構え、人々に向かって吠えた。

 

 

 

 

 

 

 

「ここから逃げろぉぉぉーーーー!!! あれは、あれは俺達の“敵”だぁぁぁーーーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここから容赦の無い原作展開となります。といっても、作者が手を加えた部分だらけですが。
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