ダンジョンにファフニールがいるのは間違っているだろうか 作:ニャース
あなたの目の前には、なにものにも代えても護りたい、大切な少女がいた。
満身創痍の身体で、あなたを行かせまいと縋り付くように両手であなたの手を包み込んでいる。
少女はあなたと、気絶している三人の仲間を連れて逃げることを望んでいた。
あなたが生きていれば希望はある。あなたをこんな悲惨な目に遭わせてしまったのは私の責任だ。だから、私が犠牲になってでもあなたを護るのだと。少女は震える声でいい募る。
しかしあなたは少女の願いを聞き入れなかった。何故ならあなたは少女の護り手であり、少女だけの騎士なのだから。
背後で先ほど倒したはずの敵が、あの死闘が嘘であったかのように、この身がひしゃげ潰れそうな威圧感を放ち、奈落から這い上がろうとしている。
もう時間は残っていない。
あなたはたった一人で禍と呼ばれる、強大な力を持つ存在に挑む決意をした。
揺るがぬ想いで少女を見つめるあなたの眼差しに、少女は涙を流した。
――その時、奇跡が起こった。
涙が手に当たった瞬間、立ち上がることすらままならなかったはずのあなたの全身に力が漲った。
あなたの姿が異形へと変わっていく。あなたは膨大な力を得る変身の力を持っていたが、今の姿は今までで見たこともない新たなものだ。
あなたと仲間たちが倒した天空の主――彼から得た生命の力が、身体の奥底から無限に満ち溢れてくる。燃えるように熱いその『力』は、あなたに再び禍に挑む力を与える。
この『力』があれば禍を討ち果たせる!
あなたは少女の手を優しく握り返し、語り掛ける。
必ず勝って帰ってくるから、安心して待っていろと。
その言葉に少女は泣き顔を、あなたのために健気にも笑顔に変えた。
あなたが帰ってくると信じている。もしもあなたが迷ってしまっても、どこにいても声が届くように呼び続ける。そう少女も約束してくれた。
これでもう、何一つだって負ける気がしない。
少女が仲間たちを連れてアリアドネの糸で脱出するのを見送り、あなたは背後を振り返る。
禍々しい触手やかぎ爪を生やした、醜悪な化け物がいた。あなたの命を刈り取ろうと、紅い瞳に濃厚な殺気が漲っている。
でも、震えはない。何故ならあなたは少女と約束したからだ。少女の言葉が、去り際に見せてくれた、あなたが一番好きな少女の笑顔が、貴方の背中を押してくれる。
さあ、勝って大切な少女と仲間たちの元へ帰ろう。
あなたは刀を握り締め、禍へと挑みかかった。
死力を尽くし、すべての力を出し切って禍を討ったあなたは、指一本も動かせずに地に倒れていた。禍がいた部屋は崩れ去ろうとしており、瓦礫があなたを押しつぶそうとしている。
だが、あなたは立ち上がるどころか這うことすらできない。
それでもあなたは自身の生を諦めてはいない。
何故ならあなたは約束したからだ。大切な少女の元に必ず戻ると。
目の前の床が大きく割れ、あなたを飲み込もうとしても、あなたは決して絶望などせず生への執着に満ちた目で睨みつけた。
『……ありがとう、大いなる禍を討ち滅ぼしてくれて』
不意にどこからともかく声が聞こえた。いつか聞いたことのある声だ。
『なのに、こんな形でしか恩を返せなくてごめんなさい。今から最後の力であなたをこの場所から転移させます』
ただし、何処に飛ばされるかはわからないと、声の主は続ける。
『すぐ近くかもしれませんし、もっと遠くの、まったく見知らぬ世界に飛ばされるかもしれません』
申し訳なさそうに告げる声に、あなたはなんとでもないかのように笑いかけた。
大丈夫。生きてさえいれば、あとは自分で帰れる。
『……ふふっ、さすがあの人が大事に思っている仲間ですね。あなたなら大丈夫だと信じられます』
その言葉を聞いて、あなたは声の主に思い当たった。この声は、やる気はないけど、とても頼りになるパーティーの楯役の大事な――。
『ご武運をお祈りします、冒険者殿』
しかし、そこであなたの意識は途絶えた。
――その日、ハイ・ラガートの空に一筋の光が飛んで行った。
あなたは長い時間気を失っていた。その間、あなたは夢を見ていた。
親友と一緒にカレドニアの公女の護衛任務についたこと。
その件の公女、あなたの大切な少女との出会い。
のちに仲間になる聖騎士と呪医との共闘。
その時発現した、あなたの異形な『力』。
それから数々の冒険を仲間と自分の力で切り開いてきた。
辛いこともあった。悲しいこともあった。やるせない思いもした。
でも、それを超える数々の喜びや驚き、なにより仲間たちとの絆があった。
大事な思い出を夢に見て、あなたは笑みを浮かべた。
「うん? 今彼、笑わなかったかい? よし、それならもう目覚めるのはすぐだね。手っ取り早く起こしてしまおうか」
「ちょ、神様! なんだかいい夢を見ているみたいですから、やめてください」
「いーや、もう傷も癒えているのに三日も寝てるんだ。いい加減に寝坊助を起こそうぜ。事情も聴きたいことだし、ね」
……せっかく人が感慨に耽っているのに、それを台無しにする大声が聞こえる。それでも意地になって夢にしがみつこうとしていると、身体を揺さぶられた。
さすがに寝ていられなくなり、あなたは苛立ち交じりに飛び起きた。
「おっ、ようやくお目覚めかい。眠り姫ならぬ眠り王子君?」
そういって、やたらと胸が大きなツインテールの子供が笑いかけてきた。その後ろでは白い髪と赤い瞳が印象的な少年が「ごめんなさい、うちの神様がごめんなさい!」としきりに頭を下げて、謝り倒していた。
…………誰だ、こいつら?
あなたは首を傾げた。
「ボクの名前はヘスティア。このファミリアの主神さ」
神と称するツインテールの子供を見て、あなたは生暖かい目で、そうか、偉いんだなと頭を撫でてあげた。
「うがーー!! なんだいその欠片も信じてない態度は! これでもオラリオ屈指のファミリアの神様で、本当に偉いんだぞ!」
「ヘスティア様、話が進まないのでとりあえず引っ込んでいて下さい」
ヘスティアと名乗った子供を、それよりも小さな子供が様付けをしている割にぞんざいに引っ張って、あなたから引きはがした。
その小さな子供は、あなたが目を覚ましてすぐに白髪の少年が連れてきた者の一人であった。小さな子供以外にも、幾人もの人(なかには人……? みたいな者もいた)がやってきて、こちらを好奇の混じった目で見ている。
「あはは……。えーと、それじゃあまずは自己紹介しますね。僕の名前はベル・クラネル。ヘスティアファミリアの団長をやらせてもらってます。よろしくお願いします、えっと――」
握手をしようと手を差し出しながら、ベルと名乗った少年がどう呼べばいいかと困っているところを、自分から名乗ることで助け舟を出した。ベルは安堵した表情であなたの名を呼びながら、あなたが差し出した手を握った。
その瞬間、あなたは男にしては小さな手ながらも、力強い手の平から悟った。この少年、一見弱々しく見えるものの、相当の手練れであると。あなたの『力』を使っても、勝てるかどうか怪しい。
思わず固くなったあなたに、ヘスティアを後ろに追いやった小さな子供が苦笑しながら話しかけてきた。
「そう身構えなくても、ベル様はあなたをとって喰いはしませんよ。リリはリリルカ・アーデと申します。僭越ながらヘスティアファミリアの副団長を努めています」
「僭越なんて言葉使ってんなよリリ助。【
「……その二つ名、仰仰し過ぎて好きじゃありません。【
「はは、悪いな。おっと、俺はヴェルフ・クロッゾだ。このファミリアの鍛冶師をやってる」
リリルカと名乗った子供をからかっていた、炎のような赤髪が印象的な男が名乗る。
部屋にいる人間は武器を携えている者もいて、見ただけでその武器が素晴らしいものとわかった。馴染みの交易所にある最高品質の武器にも勝っているかもしれない。全てヴェルフが作ったものだというのなら、彼は相当高名な鍛冶師なのであろう。
続けて自己紹介をしてきたのは、ハイ・ラガードの冒険者の職業の一つであるブシドーを連想させる少女と、狐の耳と尾(!?)を生やした少女であった。
「自分はヘスティア・ファミリア所属のヤマト・命と申します。それでこの方も同じ団員で――」
「サンジョウノ・春姫と申します。あの、お体の具合は大丈夫でしょうか」
狐耳と尻尾に一瞬惚けながらも、礼を述べてもう平気だと告げる。おそらく世界樹の迷宮に住んでいた翼人みたいな種族なのであろう。そう思い、気にしないことにした。
「あのね、あのね、私はウィーネ! よろしくね!」
「あっ、ウィーネ様、急に出てこられては驚かれ…………え?」
春姫の後ろから急に飛び出してきた、青白い肌をした竜の翼を持つ少女と平然と握手をして、こちらこそよろしくと返す。その様子に春姫は目を丸くしていた。
「ウィーネ殿を初めて見て、驚かれないなんて、ずいぶんと豪胆な殿方ですね」
命が驚きながらも感嘆の声を上げているが、翼人達と友好的に交流していたあなたにとっては特に驚くことではなかった。
「私を見て、ぜんぜん怖がらなった人、初めて……! もっとお話ししていい?」
ウィーネはあなたの対応を気に入ったのか、その爪であなたを傷つけないように両手であなたの手を上へ下へと振り回した。
喜ばれるのは嬉しいが、どうしたものかと困っていると耳が異様に尖った女性がウィーネの行動を諫めた。
「ウィーネ、私も自己紹介がしたいので、また後にしてほしい」
「んー。わかった。ごめんね、リュー」
「いえ、気にしないでください。紹介が遅れて申し訳ない。私はリュー・リオン。みなと同じくヘスティア・ファミリアの団員です」
謝罪しながらも自己紹介をしたリューに、あなたは気にしないように告げ、こちらも頭を下げた。ベルほどではないが、彼女も相当な実力を持っていることがまとう雰囲気からわかる。自分たちの仲間とも遜色はない。
だが、そんなリューよりも圧倒的な雰囲気を持つ者が、自己紹介をするみなの後ろに佇んでいた。
壁に背を当て、ヘスティアよりも更に立派な胸を押し上げるように腕を組む女性。牛のような角を頭から生やしているのが印象的だった。
あなたの視線に気づいたのか、女性はあなたを見遣ると静かに名乗りを上げた。
「自分の名はアステリオス……いや、アステリアだ」
それだけ告げれば十分だというように、アステリアは目線を逸らした。身に秘める実力といい、もの静かな口調といい、どこか武人という文字を連想させる女性だった。
「ア、アステリア。もっとこう、とっつきやすい自己紹介を……」
「む……。しかしベル、それを自分に求めるのは無理がある。番になるのなら、覚えていてほしい」
「アステリア、またあなたは勝手なことを。ベルの伴侶はシルと私だけです」
「私もベルのお嫁さんー」
「あ、あの、私もできれば側室として傍に……」
「ちょっと待ったーーー! なにみんなして勝手なこといってるんだい! ベル君はボクのものに決まっているだろう!」
ベルを囲って女性陣が騒ぎ立てる。なんとなく、ベルと大半の女性陣との関係性がうかがい知れた。あなたの親友なら羨ましいといって嫉妬するかもしれないが、あなたは大変そうだとベルに同情した。
「お騒がせして申し訳ありません」
リリルカはそう謝罪してくるが、ベル達を見る目に嫉妬を隠しきれていない。心の中の親友がベルもげろと力いっぱい叫んでいた。
「こんな喧噪の中で重ねて申し訳ないのですが、あなたが倒れていた事情を聞かせてもらってもよろしいでしょうか」
そういってあなたをのぞき込む目は、もはや嫉妬の色は拭い去られていた。
あなたを見定めるような、冷徹な瞳。小さな子供という外見にも関わらず、あなたの背筋を真っすぐに伸ばすには十分だった。
「あなたはオラリオの町の外で、光に包まれながら空から落ちてきました。あなたはいったい、何者なんですか?」
……説明するのが長くなりそうだ。あなたはどの程度話せばいいか考えながら、まずはあなたの大切な少女との出会いから話そうと、ゆっくりと語り始めた。
文章の練習がてらの短編なので長く続かない予定です。
更新もそんなに早くないです。