ダンジョンにファフニールがいるのは間違っているだろうか   作:ニャース

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ボウケンシャーがお察しの通り、タイトル通りのアレが出ます。


第九話 花弁

 とあるモンスター――仮に彼女と呼称しよう。

 

 彼女は『逃走者』だった。

 

 かつて彼女は生息している階層で頂点の一画を占めていた。同格のモンスターもいたが互いに敵対することもなく、彼女に天敵は存在しなかった。

 

 外敵に晒されることなく、獲物を狩らずとも別のものから栄養を摂取することができた彼女は、日々をただ穏やかに暮らしていた。

 

 しかし、ある日『アレ』が現れた。

 

 なんの予兆もなかった。まるで遥か昔からそこに存在していたかのように、『アレ』は当然のものとしてそこにあった。

 

 彼女が『アレ』を目撃したのは、ほんの短い、それこそ刹那と称していいほどの時間だった。何故なら『アレ』が視界に入った瞬間、彼女は己の全力を持って逃走したからである。

 

 危害を加えられようとしたわけではない。毒のような危険な物質を放っていたわけでもない。『アレ』は彼女に対してなんの行動も起こしていない。

 

 それでも彼女は恐怖した。

 

 何故あんなものが存在しているのだ。あんなものが存在して許されるのか。

 

 彼女は『神』という概念を持たない。しかし『アレ』を見た瞬間、彼女は強制的に『神』と呼ばれるべき存在を理解させられた。

 

 絶対に抗えない、いや、抗うことすら許されない。あらゆるものを超越した、遥か高みに存在するもの。

 

 逃がさないと思えば、彼女は簡単に捕まり抹消されただろう。それを理解していても、彼女は逃げ出さずにはいられなかった。

 

 幸いにも『アレ』は欠片も彼女に興味を抱いておらず、彼女は今も生きている。生きることを許されている。

 

 それでも逃げ足を決して緩めずに、彼女は思考を続ける。

 

 『アレ』が視界に入った瞬間、周りにこの階層での頂点のモンスターたちが、まるで『アレ』の威光に平伏するかの如く、『アレ』の傍で控えている姿も見えた。

 

 その中には彼女の仲間の姿もあった。

 

 何故、あんなものの傍に平然といられるのか? みな、気が狂ってしまったのか?

 

 あるいは私が狂っているのか?

 

 答えの見つからない疑問が巡っていると、彼女の目の前に光の柱があった。

 

 自分の生息圏内からろくに動いたことのない彼女は、その光の柱がなんであるのか知らなかった。

 

 知らなかったが、直感的にこれこそが彼女の最後の希望だと理解した。

 

 彼女は躊躇いなく、光の柱に身を投げ出した。

 

 身体が浮遊する感覚を覚えると、次の瞬間に彼女の身体は生まれ故郷の階層から、遠くに飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………気づいた時には、まるで見知らぬ場所にいた。

 

 鋭い刃物で綺麗に切断された岩のような壁に覆われた空間。しかし、材質は岩には思えず、奇妙な光沢を放っていた。よくよく見ると、彼女には理解できない装飾のようなものが施されている。

 

 天井には奇妙な丸い形をしたものが光を発しているが、彼女がかつて住んでいた階層よりも光は頼りなく、うっすらと照らすのみである。

 

 得体のしれない空間に、たった一人で投げ出された彼女だが、不安はなかった。

 

 むしろ安堵で胸がいっぱいであった。『アレ』から逃げ出せるのであれば、どこにいようと楽園だった。

 

 しかし、彼女は背後にある先ほどの光の柱と同じものを発見し、すぐに恐怖が蘇る。

 

 これを辿って、『アレ』は彼女を追ってくるかもしれない。

 

 もし、仮に『アレ』が彼女を逃がさないと思えば、彼女はとっくに死んでいたことは理解していた。

 

 しかし理性と本能は別物であり、彼女の本能はいまだに逃げろと告げている。

 

 それに、いつ『アレ』の気分が変わって彼女を追いかけてくるかわからない。もう『アレ』が彼女を追うことはないだろう確信はあったが、恐怖が確信を曇らせていた。

 

 彼女は逃走を再開した。

 

 ひたすら上へ上へ。稀に彼女を邪魔するモンスターもいたが、容赦なく攻撃を加え、無力化し、彼女はひたすら上を目指して逃げ出した。

 

 ……何日が経過しただろうか。いくつもの階層を越え、彼女はごつごつとした岩壁に囲まれた階層にいた。

 

 そこまで逃げおおせて、彼女の恐怖はようやく薄らいだ。

 

 未だに思い出すだけで身震いするが、本能は逃走を促してはいない。安住の地を得られたかのような安堵が彼女の心を占めていた。

 

 安心したからか、そこで初めて彼女は空腹を自覚する。もう何日も栄養を摂取していない彼女は、なんでも構わないから食したい衝動に駆られた。

 

 そんな折、彼女の目の前を牛の頭を持った、二足歩行のモンスターが闊歩していた。

 

 見た目はかつて彼女が生息していた階層にいた、同格のモンスターに少し似ているが、実力は遥かに劣っている感覚がする。

 

 彼女はどうすべきかしばし悩んだ後、牛のモンスターに襲い掛かった。

 

 牛のモンスターはいとも簡単に殺せた。しかし首を落とした瞬間、その身を消滅させてしまった。彼女は唖然としていたがなにかが転げ落ちる音を察知し、それを見遣る。

 

 それは石のようなものだった。とても栄養になるものには見えないが、不思議と惹き寄せられ、恐る恐る捕食してみる。

 

 すると飢えが少し弱まった。今まで摂食したことのない奇妙なものであった。

 

 だが、飢えが凌げるのならばと、彼女は石を落とした同じ牛のモンスターを殺し、次々と石を捕食した。途中他のモンスターも狩ってみたが、似たような石を落とすことが判明したので、彼女は手あたり次第にモンスターを殺していった。

 

 …………ようやく彼女が満腹を覚えた時、彼女は異様な状態に気づいた。彼女の力がわずかではあるが、高まっている。どうやらあの石は彼女の飢えを満たす以外に、彼女を強くする効果もあるみたいだ。

 

 ここに住みつくことを覚悟していた彼女は、思わぬ幸運に歓喜した。

 

 無論力をつけても『アレ』に対抗しようとは考えていない。彼女がどれだけ力をつけようと、アレには遠く及ばないと理解している。しかし、力をつければ万が一にも『アレ』に追われた時、逃げられるかもしれない。

 

 それから彼女はモンスターを殺しては、不思議な石を捕食し続けていた。

 

 隠れ住むのにちょうどいい棲み処も見つけ出していた彼女はそこを寝床とした。以前と比べ穏やかとは呼べないが、それでも日々を生き抜いた。

 

 そんなある日、彼女はモンスターとは毛色の異なる生物に遭遇する。

 

 以前からその生物を見かけていたが、モンスター達と敵対し殺し合いをしていた。脅威こそ感じられないとはいえ、この生物と関わり合うと面倒なことになると思った彼女は、常にその生物を避けていた。

 

 しかし、運悪くその生物と偶然出くわしてしまった。

 

 もちろん、この場合運が悪いのはその生物である。一瞬のうちに無力化され、首を落とされた。

 

 その生物は他のモンスターと異なり、死んでも身体が消滅しなかった。そのことに興味を抱いた彼女は、ものの試しとばかりにその生物を捕食してみる。

 

 すると、彼女の身体に強烈な快楽が迸った。

 

 彼女に味覚は存在しない。しかし、この時彼女に味覚があるとすれば、美味だと感じていただろう。

 

 彼女はその快楽に酔いしれた。すべての生物を干からびるまで吸い尽くした後、彼女の中にある欲望が湧き出る。

 

 もっと、もっとこの生物を食べたい。思う存分、貪りつくしたい。

 

 それから彼女はモンスターを捕食して力をつける傍ら、その生物も捕食する対象にした。

 

 むやみやたらと捕食はしなかった。その生物は力は彼女より劣るが、仲間と巧みに連携して彼女に手傷を負わせたり、追い詰められれば一匹を逃がそうとしたりした。

 

 その時は辛うじて逃走を防いだが、彼女は危機感を覚える。

 

 もし、彼女の存在を知ったものが逃げることに成功すれば、彼女に危機感を覚えたその生物達が、巨大な群れを作って彼女に報復するかもしれない。その生物の個体の強さはまちまちであり、もしかすると彼女を倒し得る強い生物を呼んでくるかもしれない。

 

 元々は『アレ』からの逃亡者であり、根が臆病な彼女は、例え大きな快楽が得られるとわかっていても、その生物を狩る時は慎重にならざるをえなかった。

 

 それでもなお、その生物を捕食したい衝動を完全に抑えきることはできず、少ない回数ではあるが、彼女はその生物を狩り続けた。

 

 モンスターを食らっては力をつけ、その生物を食らっては快楽を得ながら、彼女は日々を過ごしていく。以前と比べて穏やかとはいいがたい日常だが、遥かに『生』を実感できる暮らしだった。

 

 ……しかし、異変とは突如訪れるものである。

 

 彼女が隠れ処で寝ていると、奥の階段から足音が聞こえてきた。今の今まで彼女しか出入りすることができなかったはずなのに、何者かが侵入してきたらしい。

 

 どのような手段で侵入したのだ? いったい何者だ? 考える彼女の身体が震えあがる。

 

 もし侵入者が『アレ』であれば、彼女の命はない。いくら強くなっても、『アレ』には絶対に勝てない。

 

 とにかく逃げ出そうとした矢先、彼女は足音が『アレ』にしては小さなもので、複数であることに気づく。

 

 ……一匹だけ聞いた覚えのない足音だが、他の足音は聞いた覚えがある。強力な快楽を得ることができる、あの生物のものだ。

 

 彼女はどうすべきか悩んだ。不測の事態であることには変わりない。ここは一旦逃げ出すべきだろうか?

 

 いや、それはできなかった。彼女の隠れ処を知られた以上、始末しなければまた別の隠れ処を見つけなければならない。新しい隠れ処もすぐに見つかるとは限らない。

 

 なによりも『アレ』を恐れる彼女は、それだけは避けたい事態だった。

 

 ならば取るべき手段は一つ。侵入者を全て殺害し、食らい尽くすしかない。

 

 そう決めた彼女に迷いはなかった。むしろあの快楽を得られることに歓喜を覚えていた。

 

 相手が『アレ』でないのならば、どんな強者でも彼女に奇襲されて生き残れるものはいない。それだけは絶対の自負を彼女は抱いていた。

 

 息を顰め、彼女は『獲物』が来るのをゆっくりと待ち構える。とうとう『獲物』が階段を降り終わり、彼女の隠れ処に到着する。

 

 足音はゆっくりとしたもので、周囲を警戒しているようだが、無意味である。潜伏している彼女はあざ笑い、ただ狩る瞬間を待ちわびる。

 

 焦らすように足音はなかなか彼女が潜む場所まで来ないが、彼女に焦りはない。待ち伏せすることに彼女は慣れている。

 

 ――そして、ようやくその時が来た。

 

 足音が彼女の潜む場所に近づいてくる。彼女は物音一つ立てず、足音が通り過ぎるのを待ち構える。

 

 そして足音が彼女を通り過ぎた瞬間、彼女は勢いよく()()()()飛び出した!!

 

 彼女の奇襲に驚く『獲物』に、彼女は容赦なくあらゆるものを無力化する花粉をばらまいた。

 

 ……彼女の種族名は超危険な花びら。

 

 エトリアと呼ばれる国の世界樹の迷宮に生息する、多くの冒険者の命を奪ってきた危険な花びらと呼ばれる、恐ろしいモンスターよりも遥かに強大なモンスター。

 

 F・O・E(エフ・オー・イー)と呼ばれる存在だった。

 

 

 

 

 




ファーさん相手の最初の強敵は、だんまちらしくウダイオス君にしようかと思いましたが、すぐにやられる姿しか想像できないので、ボウケンシャーのトラウマを刺激する花びらさんに出演してもらいました。

……たぶん全滅はしないはずだから、大丈夫なはず。次回をお待ちください。
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