ダンジョンにファフニールがいるのは間違っているだろうか 作:ニャース
……あなたは油断したつもりはなかった。強化種を想定して警戒を厳にしていた。仲間と共に四方に視線を張り巡らせ、何処から奇襲されようと対処できるように努めていた。
あなたは部屋の中にそれらしい植物が見当たらないのに、花の香りがしたことで気づくべきだった。
いや、それ以前に隠し通路が壁を破壊しないと通行できなかった時点でわかるはずだった。
警戒するべきは、地中からの奇襲だと。
しかし、あなたは重大なヒントを見落としてしまった。世界樹の迷宮で冒険していた際、モンスターの奇襲への警戒を、レンジャーであるあなたの親友に頼り切っていた弊害であった。
そのモンスターは突然あなた達の背後に出現した。地面を突き破る音に、あなたが足元の警戒を疎かにしたことを後悔した時には遅かった。
パーティーの背後を警戒していたあなたは、満開の一輪の花びらがふわりと浮かび上がる姿を見た。色鮮やかな赤い花弁だが、あまりの巨大さに不気味としか思えない。
「キィィィィィィィャッ!!」
花びらが断末魔のような身が竦む悲鳴を上げる。
「っ! なんだ!?」
「ひぅ……っ!」
「……敵襲!?」
ヴェルフ達がようやくモンスターの存在に気づくが、対応するには到底間に合わない。
ならばとあなたはとっさに攻撃を試みるが、完璧な奇襲に一手及ばなかった。
花びらがその身を震わせた次の瞬間、どこに蓄えていたのか見当がつかないほどの花粉をまき散らす。あなた達は為すすべもなく、花粉を浴びてしまう。
あなたは即座に後ろに下がり息を止めたが、それでも花粉が皮膚に付着し、幾分か吸ってしまった。耐え切れずに咳き込む。
花粉をまき散らす花びらのモンスター。あなたはその正体に心当たりがあった。あなたはそのモンスターと実際に戦った経験はなかったが、ミズガルズ図書館の資料で見たことがある。
エトリアに存在する別の世界樹に生息している、『危険な花びら』。多くの冒険者を永遠の眠りにいざなったことから、その名がつけられた、文字通りに危険な魔物だ。
それにしてはやけに大き……ぃ……ぁが……。
そこであなたの思考が乱れた。強烈な眠気があなたを襲う。唇を血が滲むほどに噛み締め、眠気を抑えるものの、ろくに集中することすらできなかった。
それだけではない。剣を鞘から引き抜くが、羽のように軽やかに扱っていた剣が、腕を上げるのがやっとなほど重い。構えるだけで剣を取りこぼしそうになる。
ならばと足依存の魔法である《炎の王》を使おうとするが、足がまるで鉛のようでもつれてこけそうになる。
あなたは辛うじて意識はあるものの、頭、腕、足、全てが封じられた状態で、ろくな戦闘力がなかった。
それでもなお、あなたは戦おうとした。
危険だとわかっていながら、仲間に付き合わせてしまったのはあなた自身である。
ヴェルフは完全に意識を失っている。春姫をとっさに庇って花粉をもろに浴びたダディも昏倒している。春姫は庇われたため、辛うじて意識はあるようだが、頭を押さえて立ち上がることすら覚束ない。
……仲間を守らなければ。回らぬ頭でそれだけを一心に考える。
しかし、巨大な危険な花びら――『超危険な花びら』は、無力な獲物をあざ笑うかのようにその身を震わせる。我が身を削るかのように花びらを散らせるが、散らした直後から新しい花びらが生えてくる。
生命力の強さへ感嘆よりもおぞましさを覚えながらも、あなたは散った花びらの様子がおかしいことに気づいた。
超危険な花びらの周囲を囲うように浮遊している。風もないのにおかしいと思った瞬間、花びらの一枚があなた目掛けて高速で飛んできた。
あなたはろくに動かない腕を振るい、どうにか剣で弾くことに成功する。しかし、その代償に剣が業物の刀で切断されたかのように、真っ二つになる。
あなたは唖然とした顔で超危険な花びらを見る。まだ花びらは数多く舞っていた。
……無防備なヴェルフ達を攻撃されると不味い!
何をする気か気づいたあなたは、折れて役に立たなくなった剣をかなぐり捨て、がむしゃらに花びらに飛びかかろうとする。
だが、それはなんの意味もないただの無謀な行為である。超危険な花びらが、あなたごと仲間達を切り刻もうと身構える。本体に連動して、舞い散る花びらが一斉に飛んでこようとした瞬間――。
一陣の『疾風』があなたの隣を過った。
「下がって!」
鋭い制止にあなたの身体がピタリととまる。
翻る緑の外套が、あなたの視界いっぱいに広がる。その様は風を具現化したかのような光景だった。
『疾風』の正体――リュー・リオンが仲間を守るために、超危険な花びらに斬りかかった。
モンスターの奇襲に気づき迫りくる花粉に気づいた瞬間、リューのとった行動は後ろに退くことではなく、外套を翻し全身を覆い隠すことであった。
呼吸をとっさにとめたこともあり、リューは花粉の影響を強く受けずに済んだ。
それでも頭の中は靄がかかったように霞み、詠唱に必要な集中力を保てない。腕の力もろくに入らない。
(……だが、それがどうした!)
まだ、私には一番の武器である足が残っている!
「はぁっ!!」
裂帛の気合と共に、巨大なエメラルドを研ぎ澄まし刀身に仕立て上げたような、碧の小太刀を振るう。
深層に生息するモンスターのレアドロップから作られた、ヴェルフ渾身の業物は花びらのモンスターを切り裂いた。
「……くっ、浅い!」
しかし、小さな切り傷をつけただけで致命傷には程遠い。普段の力ならば両断とまではいかなくとも、より深く切り裂けたはずだ。
無力化したと思い込んでいた獲物のささやかな逆襲に、モンスターは怒り狂い舞い散る花びらを一斉にリューに向かって飛ばす。
間違いなく全身を切り裂いたと確信した瞬間、リューの身体がぶれたかと思うと掠れて消え去った。
超危険な花びらが慌てて辺りを見渡すと、後ろから斬りつけられた。小さな痛みに苛立ちながらも後ろを振り返る。しかし、そこにリューの姿はない。
すると、今度は横から刃が茎に浅く切り込む。身を捩り振り払った次には逆方向から切り裂かれる。
「キァァィィィィィェェッ!!」
翻弄され続ける超危険な花びらが怒りの咆哮を上げた。そんなもので怯むリューではなく、返答とばかりに連続で太刀を食らわせる。
その表情はいたって冷静で、余裕を持って猛攻を続けているように見える。だが、内心は焦りで満ちていた。
(……まずい、ですね。致命傷どころかまともな傷すらつけられない)
いくら斬りつけようと、命に届かなければ意味がない。今はまだ相手の攻撃を避けることができているが、動き回っているうちに体力は削られいずれは捉えられる。
一人ではどうしようもない状況だが、仲間からの援護は望めない。唯一辛うじて動ける新人は武器を失っているうえ、ろくに動けない状況ではそもそも戦力に数えられない。
だから、自分が仲間を守らなければならない。例えいずれ力尽きるとわかっていても、リューは足をとめることなく攻撃を続ける。
(こんなことで、大事な仲間を失わせはしない。アストレア様との約束だけじゃない。私は私の意志で、今度こそ仲間を守り抜く!)
――リューはかつて、違法行為を取り締まるアストレア・ファミリアに所属していた。
しかし、敵対するファミリアに大量のモンスターを擦り付けられる――
そうしてリュー・リオンは復讐に狂った。
主神であるアストレアを狙われることを避けるため、オラリオ外に無理をいって逃した後、彼女は敵対ファミリアの人員を容赦なく殺した。敵対ファミリアに所属する本人達も、ほぼ無関係のその知人程度の人達も諸共に殺し尽くした。
殺戮の末にリューは復讐を果たした。だが同時に瀕死の重傷を負い、リューはこのまま死んでもいいと思った。
そんな彼女に手を差し出してくれた人がいた。
『豊穣の女主人』の店員であったシルに救われた。ブラックリストに掲載され居場所がなかった自分に、いてもいい場所を与えてくれた。人の温もりを思い出させてくれた。
なのに、彼女の思いを裏切るかのように、復讐を果たすべき相手がまだいることを知ると、再びリューは復讐の炎を胸に暗く灯した。
その過程でリューの凶行は白日に晒されることになり、とうとうリューが裁かれる時がやってきた。
救ってくれたシルには申し訳なかったが、薄汚い罪人である自分が、ようやく裁かれるのだと不思議な安堵があった。これでようやく、私は終わることができる。
……なのに、矛盾するかのように別の思いがあった。
まだ、死にたくない。生きていたい。シルやベル達、大事な人たちといっしょにいたい。
相反する思いに苦しむ彼女に、救いの神が舞い降りた。
オラリオ外部に逃がしたはずの、リューの主神であるアストレアその方だった。
アストレアはリューが行った凶行の責任は全て自分の責任であると弁護した。リューは神意によって無理に従わされた、哀れな
裁かれるはずのリューは、こうしたアストレアによって救われた。代償として、アストレアの天界への強制送還と引き換えに。
何故、自分なんかを救ったとリューはアストレアを問い詰めた。正義を愛する神が、薄汚い罪人を嘘をついてまで救い出すなんてありえないと喚いた。
そんな彼女をアストレアは優しく抱きしめた。
泣きじゃくるリューにアストレアはこう言い残した。
自分を許せないと思うのなら、これからは罪を償うために生きなさい。あなたが大事に思う人たちを守るために生きなさい。
アストレアは最後まで微笑んだまま、天界へと帰っていった。
リューは涙をぬぐい、主神の最後の神命を確かに受け取った。
『豊穣の女主人』を辞し、一番大切な人であるシルの想い人で――自分も密かに想いを寄せるベルを守るために、リューはヘスティア・ファミリアに
初めは義務感が先行していた。ベルのことは元より守りたい存在であったが、他の眷属達にはアストレアとの約束を果たさなければという思いが強くでた。
でも、共に冒険をし、困難に挑み、笑い、時に喧嘩し、仲直りをし、リューは仲間との絆を深めていった。心から守りたいと思えるようになった。
今では胸を張っていえる。
「私は……私は、ヘスティア・ファミリアのリュー・リオンだ!」
強い想いを乗せ、リューは斬撃を繰り返し浴びせる。かつては汚名になってしまった『疾風』の二つ名を、今は誇りを持ってその名の通りに猛攻を加える。
超危険な花びらは、未だにリューに反撃すらすることができなかった。力と魔法を封じられたとはいえ、リューのレベルは今や6。まだ体力に余裕は十分あり、類い稀なる敏捷に衰えはみえない。
浅い傷しかつけられないのは事実だ。だが、チリも積もればいずれは命に至る。そう信じ、リューは小太刀を振るい続ける。
初めは小さな傷しか与えられなかったモンスターが、次第に切り結ぶたびに花びらを散らすようになった。斬られた花びらは再生することなく、少しづつその身が小さくなっていく。
(いける! たとえどれだけかかろうとも、食らいついて見せる!)
……しかし、想いだけで理不尽な現実を覆すことはできなかった。
超危険な花びらは、突如として動きをとめた。ようやく弱って来たのかとリューは考えながらも、攻撃する手は緩めない。
それが大きな勘違いだと気づいた時には遅かった。
切り裂いた花びらがふわりと浮かび上がる。自分の動きで舞い上がったと思ったが、それにしては不自然な動きに、またもや花びらを飛ばす攻撃を仕掛けてくるかと身構えた。
そんなリューを無視して、超危険な花びらは別の方角を向いた。
未だ蹲るヴェルフ達がいる方へと。
「くっ!! させないっ!!」
モンスターの意図に気づき、リューは強引に割って入る。重たく感じる小太刀を懸命に握り締め、花びらを切り払って凶行をとめようとした。
――超危険な花びらが仕掛けた罠に、まんまと飛び込んでしまった。
リューの不意を討って、全てを無力化する花粉が再度まき散らされる。
「……っ!?」
花びらによる攻撃が来ると思い込んでいたリューは、外套で防ぐことが咄嗟にできず、後ろに下がって距離をとることしかできなかった。先ほどよりも花粉を多く浴び、吸い込んでしまう。
強烈な眠気に襲われるものの、自らのわき腹を斬りつける痛みで堪える。
まだ戦える。闘志を絶やすことなく一歩踏み出した瞬間、リューはなにもないのに転びそうになった。
……リューの最大の武器である足が、ついに殺されてしまった。足元がふらつき、『疾風』のごとく駆けることはおろか、歩くことすら困難になってしまった。
「……動け、動きなさい!」
自身の足に命じるものの、応えてくれるはずもない。
亀のようにしか歩けなくなった『疾風』の横を、超危険な花びらがすかさず通り過ぎていく。向かう先はもちろん、無防備な仲間達の元である。
「やめろ! 相手なら私がしてやる!」
リューが制止するものの、聞き入れられるはずもなく、人を食らうモンスターが悠々と、無力な獲物を捕食しようとする。
「……やめろ……やめて! 私はもう、仲間を喪いたくない!!」
悲痛なリューの叫びは、モンスターには決して通じることはない。獲物を前にした歓喜だけが満ちていた。
結局、リューは仲間たちが生き残る時間を僅かに稼いだだけだった。
何に変えてでも守りたかったのに、死を少しの間だけ遠ざけただけだった。
リューの奮戦は徒労に終わったのだ。
「……ごめん……なさい」
力なく謝るリューの声は、誰にも届くことはなかった。
――たった一人を除いては。
謝る必要なんて、どこにもない。
その言葉に、リューは驚きと共に顔を上げる。
十に及ぶ巨大な火球が一斉に超危険な花びらに向かって飛んで行った。莫大な熱量にその身を焦がされ、花びらの絶叫が響き渡る。
リューは見た。
舞い散る花びらを全て燃やし尽くし、膨大な火の粉が舞い上がる中――。
漆黒の鎧のような外殻をまとった、生物とも無機物とも判別のつかない強大な覇気をまとう存在が、悠然と立っている姿を。
タイトル通り、リューさんが主役回でした。
なんでリューさんがヘスティア・ファミリアにいるのって理由をどうにか書きたかったんで、いつもより時間は掛かりましたがどうにか書きあがりました。
こんな感じで基本ファーさん主役ですが、視点を変えていくことがあると思います。