ダンジョンにファフニールがいるのは間違っているだろうか 作:ニャース
睡眠不足と仕事の疲労からくる突発性難聴になって、しばらく休養を優先してました。
今はどうにか治ったので、無理をしない範囲で投稿を続けますのでよろしくお願いします。
あなたはリューが一人で超危険な花びらを相手取るのを、ただ見ていることしかできなかった。
リューは手と頭を封じられているのか、魔法を唱えることなく、小太刀を時折取り落としそうになりながらも、自慢の敏捷だけで翻弄している。
今はまだ押してはいるが、時間の問題だ。超危険な花びらは怒りからかリューだけを狙っているが、冷静になって他の仲間を攻撃されれば、リューに為すすべはない。
あなたは奇襲を許した後悔に苛まれている。リュー一人にだけ戦わせて、何もできない無力な自分を呪った。
しかし、どれだけ悔いてもあなたはただ見ていることしかできない。
フォーススキル【アブソーブ】。
全ての封じと状態異常を治し、フォースブーストを使用するためのフォースへと変換するスキルだ。睡眠などで行動不能に陥らない限り、どこを縛られようと使用できる、いざという時に頼りになるスキルだ。
行いを悔いるのはいい。次回への改善へと繋がる。だが、悔いるだけで立ち止まることだけはしてはならない。
立ち止まらなかったからこそ、あなたは今も生きて冒険者をやれているのだ。
あなたは治療が済むまでじっと耐えている。焦りはあるが、今飛び出しても足手まといにしかならない。
リューが超危険な花びらの罠に嵌り、花粉を浴びても堪える。無防備な仲間を食らおうとすり寄ろうとも、あなたはただ堪え続けた。
やめろと懇願するリューの悲痛な叫び声が聞こえた瞬間、ようやくあなたの身体は自由を取り戻した。あなたの身体にフォースが漲る。
それを待ちわびていたかのように、あなたの右腕に熱が宿る。青白い炎のような闘気が燃え上がり、右腕を包み込んだ。
圧力に耐え切れずに籠手がはじけ飛び、あなたの異形の右腕が露わになった。揺らめく炎の闘気はますます勢いを増し、右腕が燃えるように熱くなる。
初めの頃はこの感覚が少々怖くもあった。今では力を開放する歓喜すら感じられる。
あなたは力強く右腕を振るった。青い闘気がますます勢いを増すと同時に、あなたの身体に異変が起こる。
まず、右腕が黒い漆黒の籠手に覆われた。いや、ただの籠手などではない。鋭い巨大過ぎる一本の爪を持つ、生物染みた外骨格だ。青い闘気は留まることを知らず、あなたの身体に燃え広がる。焼き焦げた跡のように黒い外骨格が後を覆っていく。
青い炎が頭と足先まで到達した瞬間、突如として鎮火した。後に残るのは、漆黒の顔まで覆いつくす兜と具足。
あなたの全身は漆黒の外骨格に覆い尽くされ、異形の姿へと変じていた。
【フォースブースト:変身】。
契約により得た、尋常ならざる力を発揮するための戦闘スタイルである。
まだ、仲間たちは無事でいる。そのことを確認するや否や、あなたは久方ぶりの変身の調子を確かめることなく、即座に攻勢に打って出た。
「……ごめん……なさい」
花粉で動けなくなったリューの、無力な自分を責める謝罪の声が聞こえる。
謝る必要なんて、どこにもない。
あなたは声を張り上げて、リューの言葉を否定した。
リューがいなければ自分はともかく、ヴェルフ達を救うことができなかった。リューがいたから、あなたは間に合った。
リューの奮戦は決して無駄などではないと、あなたは証明してみせなければならない。
あなたは右腕を振り上げる。すると、それに呼応するかのように巨大な火球が浮かび上がる。その数、十。
無詠唱で規格外の強力な炎の魔法を行使してみせたあなたは、誇ることなく、しかし仲間を危険な目に遭わせたモンスターと自信への怒りを込めて、右腕を振り下ろす。
それを待っていたかのように十の火球が一斉に、超危険な花びら目掛けて降り注ぐ。相手が気づいた時にはもう遅い。莫大な熱量を持った火球が、余すことなく降り注いだ。
「ギィィィィアアアアアアアアァァァァッッ!!」
超危険な花びらの絶叫が響き渡る。舞い散る花びらは全て燃え落ち、未だに尽きぬ炎が責め苦を与え続けている。
あなたは自分でやったことながら、驚きを隠せないでいた。たった今使用したのは変身時限定の魔法である《ファイアウェイブ》であるが、以前と比べると明らかに火力が増している。
今の姿は禍を倒した際に得た、新しい変身姿ではない。天空の主から得た聖杯の力が尽きたのか、『印の公女』であるあなたの大切な少女がいないためか、理由は定かではない。
しかし、及ばずとも近い力が今のあなたに溢れかえっている。それだけではない。スキルを駆使しなければ三手動いただけで変身が解けていたが、それよりもずっと長い時間変身していられそうだ。
ヘスティアの恩恵のおかげか、聖杯の力が残っているのかわからないが、冒険をする上で力はいくらあっても困らない。
あなたはダメ押しといわんばかりにもう一度《ファイアウェイブ》を放つ。未だ尽きぬ炎に炙られる超危険な花びらの絶叫が、追加の業火に焼かれ耳障りなくらいに甲高く響いた。
「……あなた、なのですか?」
その光景を夢でも見ているかのように見ていたリューが、あなたに向かって尋ねる。あなたは軽く頷く。
「変身のスキルは伺っていましたが、まさか、これほどの力とは……」
唖然として座り込むリューに、あなたは手を差し出した。しかし、すぐにエルフが同族以外に触れられることを嫌うことを、リリルカに教えられたことを思い出し、慌てて手を引っ込めた。
どうすればいいかあなたは迷う。今の姿はフルアーマーをつけた状態みたいなものなので、手を触れても実際に触ったことにならないのではと思い、再度手を差し出そうとする。いや、そんな単純な問題ではないだろうとまたもやすぐに引っ込めた。
あなたは途方に暮れ、リューの前で木偶のように立ち尽くすばかりだった。そんなあなたのことを、リューが声を出して笑った。
「ふふっ、今ので実感できました。姿が変わっても、あなたはあなたなのですね」
そういって、リューが手を差し出す。それでもなお、あなたが固まったまま動けないでいると、焦れたようにあなたの手を取った。
「立たせてくれるために、手を差し出してくれたのでしょう?
あなたはリューの手を引いて立たせる。ありがとうと、あなたは礼を述べた。パーティーが壊滅するのを防いでくれたことはもちろんだが、なにより仲間として認めてくれたことがあなたは嬉しかった。
「礼をいうのはこちらの方です。ありがとう、あなたのおかげで私は大事な仲間を守ることができた」
そう柔らかにほほ笑んだ次の瞬間、リューの顔が戦う者の顔に切り替わる。
「ですが、まだ終わっていない」
リューの視線の先に、ところどころ身体を焦がしながらも、なお健在な超危険な花びらがいた。燃える花びらを自ら散らし、必死で火消しをしたため、花びらが更に一回り小さくなっている。
超危険な花びらが、あなたとリューにその花びらを向ける。表情などあるはずもないが、そこに浮かぶのは怯えだとあなたは読み取った。事実、距離を取るように後ろへと下がろうとしている。
「グギュ……ギュギュギュギュギュ…………」
今までの甲高い声とは異なる、低い声色で超危険な花びらが唸る。なにか仕掛けてくるかとあなたは身構えた。
……君たちは覚えているだろうか? 以前の話で、超危険な花びらのことを彼女と呼んでいたことを。
低い唸り声が、ダンジョン内にこだまする。その声が次第に大きさを増す。いや、声が大きくなっているわけではない。声の数が増えているのだ……!
「これは……っ、なっ!?」
地面が音を立て、盛り上がる。その数は三十を超える。ズシャという音が幾つも重なり、凄まじい音を伴い、それは姿を現した。
超危険な花びらを小さくしたような、無数の赤い花の蕾が一斉に浮かび上がった。ミズガルズ図書館の資料で見慣れた、危険な花びらそのものだった。
あなたは歯噛みした。危険な花びらの戦闘力は、今のあなたにとって怖いものではない。しかし、母親には劣るものの、催眠効果のある花粉をばらまくことができる。
「あれだけの数、花粉をまき散らされれば不味い……!」
リューも超危険な花びらとの交戦で勘づいたのか、その美貌に冷や汗を流していた。
危険な花びらたちの蕾が、一斉に開かれようとしている。あなたはリューに下がるようにいうやいなや、足元から炎を生み出す。
《炎の王》。
かつてあなた達を苦しめた、第二階層のボス、炎の魔人が得意とした魔法だ。あなたが使える魔法やスキルの中で、もっとも広範囲を攻撃できる魔法だが、相手の数が多すぎる。
全てを焼き払うことは難しいかもしれない。それでも、あなたは花粉を少しでも減らそうと足元の炎を解き放とうとした。
その時だった。
「お前たち、そこをどいてろぉっ!!」
この一か月で聞きなれた青年の声を聞き、あなたは足元の炎を即座に消し去った。
「……え? なにをいきなり……きゃっ!」
足を縛られ素早く動けないリューを抱き上げ、あなたは後ろに大きく下がり、その身を下すと背中で庇った。
「燃え盛れ、
銘と共に、青年――ヴェルフがいつの間にか手にした刀を振り下ろす。すると、鍛冶の最中のような緋色の刀身から、途方もない炎が巻き起こった。
かつて世界樹の迷宮で飛びぬけた力を持つ、サラマンドラと呼ばれるモンスターの巣を漁った時に掻い潜った獄炎の吐息さえ遥かに凌ぐ、信じがたいほどの炎だった。
危険な花びらが耐えられるはずもなく、一瞬で三十を超える花びらが消し炭になる。あなたの《ファイアウェイブ》の残火と合わさり、地獄のような光景が生み出されていた。
ヴェルフが魔剣と呼ばれる魔法を繰り出せる道具を作れることをあなたは知っていたが、これほどの威力とは思ってもなかった。
魔剣の威力も驚いたが、あなたはいつの間にヴェルフが目を覚ましたのだと疑問を抱く。しかし、すぐ傍で回復薬の入った試験管を空にしている狐耳の少女の姿を見て、合点がいく。
「すまねえ。手間をかけさせた」
「いいえ。私自身には戦う力はございませんから、このくらいは」
ヴェルフを薬で目を覚まさせた春姫が、手を振って礼をやんわりと拒む。
「それに、助け合うのは当然です。私達は仲間なのですから」
そういって、春姫はあなたとリューに向かって微笑みかけた。あなたとリューが超危険な花びらを相手にしている間、彼女も密かに戦ってくれていたのだ。
「さて、事情は簡単にだが春姫から聞いた。俺はまだ身体の重さはとれねえから、良いとこ持っていけ、新入り!」
ヴェルフの声に背中を押され、あなたは駆けだそうとする。その前に、リューがあなたに自身の小太刀を押し付けた。
「これを……! 私の手を握っただけならまだしも、許可なく抱き上げたからには、対価として奴を仕留めないと許しませんよ」
冗談染みたリューの言葉に、あなたは力強く頷いた。
碧の小太刀を片手に、あなたは炎の中を駆けぬく。超危険な花びらは形勢不利を悟ったのか、すでにあなた達から遠く離れ、逃げ出している。
《ファイアウェイブ》も届かない距離にいるが、あなたに焦りはなかった。
「グオオオオオオオオオッ!!」
ヴェルフと同じく春姫によって目を覚ましていたダディが、超危険な花びらの進路を塞ぐ。普段の温厚で愛嬌のある顔立ちからは信じられないほど、その表情はまさしく獣じみていた。
ダディは怒っていた。大好きな春姫や、仲間たちを危ない目に遭わせたモンスターのことを。
ダディは深層で
だからこそ、彼は言葉は通じずとも、命の恩は全力を持って返したいと常に思っている。今がその恩を少しでも返す絶好の機会だった。
「グルオオオオオッ!」
ダディが太い右腕を渾身の力で振るう。その大ぶりな攻撃は、普段の超危険な花びらなら避けられていただろう。
だが、その身はところどころ焼け焦げ、動きが鈍っていた。反撃することすらできずに、超危険な花びらが吹き飛ばされた。
超危険な花びらがあまりの衝撃にしばし身もだえし、やっとのことで身を起こす。
その眼前には漆黒の死が立ちふさがっていた。
あなたは右手の小太刀を力強く握り締める。右腕が一回り膨れ上がり、柄があまりの圧力にぎしりと不穏な音を立てる。
青白い闘気が、あなたの右腕から燃え盛った。
超危険な花びらが、慌てて花粉を噴き出そうとするが、もう遅い。
あなたはありったけの力を小太刀に込め、天から降り注ぐ隕石のように青い炎の軌跡を描きながら振り下ろす。
変身時限定スキル【メテオスマッシュ】。
一度の変身につき一回しか使用できないが威力は随一である。
その一刀はもはや斬撃と呼べるものでなく、超危険な花びらを粉砕し、その命を絶った。
青い炎が例えモンスターであろうと、死は死であると悼むように一瞬揺らめいて消えていった。
最期の瞬間、彼女は走馬灯のように思い返していた。
私はいったいどこで間違えたのだと。
冒険者と呼ばれる生物を、嗜好品として襲ったことか?
身もわきまえず『アレ』から逃げ出したことか?
そもそも仲間と共に『アレ』に従わなかったことか?
わからない。
初めは変身したからにはファーさん無双しようかと思いましたが、世界樹はやっぱり仲間との連携が大事だよねと思い、ファーさんが活躍しながらも仲間がフォローする形にしました。
無双を期待していた方には申し訳ないですが、私的にはこちらの方がしっくりしましたので。