ダンジョンにファフニールがいるのは間違っているだろうか 作:ニャース
採掘の件以降、しばらく落ち込んでいたあなただが、リューの視線を気にしてどうにか気を取り直し、平常心を保とうとしていた。
……もっとも、よく見ると眉が若干下がっており、まだショックが抜けきっていないのは一目瞭然である。
グリモア生成が予想の遥か上を突き抜けた成果を得られたため、期待していた分、この落差はさしものあなたも堪えた。
普通の鉱物を自信満々に、ドヤ顔で仲間に見せて回った自分を、あなたはできることなら埋めてしまいたかった。
そんなあなたをリューは冷たい視線で見て……いなかった。
むしろ、なにか微笑ましいものを見るような、温かみに満ちたものだった。
(……この人は、ベルと同じですね。常識外れに強いのに、どこか抜けている面があり、支えねばと思わせてしまう)
戦闘時のあなたと、今肩を落としているあなたの落差に、思わずリューは噴き出した。
あなたは突然笑い出したリューに、ますます顔色を曇らせる。いっそのこと本当に穴を掘って入ってしまおうかと、シャベル代わりに剣を抜こうとする。
実際に実行する前にリューがあなたにあるものを手渡した。
「これ、この階層の地図です。よろしければこれで気を紛らわせてください」
リューの微妙に的を外した心遣いに、あなたは苦笑いをして礼をいう。
あなたは地図を見るよりも、自身の手で描く方が好きなのだ。
地図を全て埋めてフロアジャンプを解禁した際の喜びは、他人の描いた地図では味わうことができない。今後、深層に挑戦する際、初めは他人の地図を使うしかないが、新しい階層に挑戦する時はあなた自身の手で地図を描くことを固く決めている。
しかし、あなたに歩み寄ろうとするリューの気遣いは素直に嬉しいものである。あなたはリューにいわれるがまま、地図を眺める。
自分の手によるものではないが、向こうに採取場所がある、あちらにはモンスターの
なんだかんだいいながら、結局のところあなたは単純に地図が好きなのである。
しかし、地図を眺めているうちにあなたはふと違和感を覚えた。
――この地図、フロアジャンプが可能なくらいは描かれているが、まだ完全に埋めきっていないのではないか?
そのことを仲間に指摘する。
「ん? 地図が未完成だって? でもなあ、歩けるところは全て歩き通したはずだぞ」
「ヘスティア・ファミリア総員で作り挙げた地図です。抜けはないかとは思うのですが……」
「ぐおうぐお」
「…………もしかすると、隠し通路があるとお考えでしょうか?」
最後の春姫の指摘に、あなたは頷く。この地図は良く描かれているが、一区画だけ奇妙な空白が存在している。あなたはその区画に指を指し示す。
「……ん~? そんなに変か? 人の手で作ったものでもないし、これくらいの空白、できて当然だと思うが」
そういってヴェルフはあなたの言を否定するが、あなたもここは譲れなかった。
冒険者の勘が、否、
地図を埋めきらないと気が済まないあなたは、これだけは譲れないと断固主張した。
あきれ果てた目であなたを見てくる仲間に、あなたはダメ押しとばかりにもう一声出す。
中層に冒険者の木乃伊の遺体が見つかり、なんらかの強化種の仕業ではないかとエイナが話していたことを覚えているだろうか?
「ダンジョンに入る前に貴方から聞いたので、覚えていますが、それと今の話が関係ありますか?」
「いや、警戒だけは怠ってないけどよ……」
正解を得ない答えにあなたはヒントを付け加える。
他のファミリアに調査依頼を出しているはずなのに、未だに正体がわからないのは何故だと思う、と。
「少しばかり昔の話ではありますが、人の知恵を上回るモス・ヒュージの強化種が、ベル様が討伐するまで巧みに正体を隠していたことがございます。件の強化種も、同様のものではないでしょうか?」
確かにその可能性もありうる。だが、知恵が回るのであればいっそ、冒険者が立ち寄らぬ場所を棲み処にしないだろうか?
それがまだ地図にない、隠し部屋であってもおかしくはない。
「……確かに、可能性はあるといえばあるが、でも本当に隠し部屋があるとは限らないだろう?」
ヴェルフの言う通りあなたの勘は外れていて、地図の空白は本当にただの空白かもしれない。
しかし、なにもあなたは個人的な趣味だけで確認しに行きたい訳ではない。
強化種が潜んでいる可能性があるのならば、これ以上他の冒険者が犠牲になる前にあなたの手で打ち倒したい。
「……本気ですか? 冒険者は自己責任が原則。例え強化種が相手であろうと、他のファミリアの冒険者が志半ばで亡くなるのは、クエストでも受けていない限り、私たちが関与する問題ではないはずです」
リューが冷酷にも見える無表情であなたを見つめる。しかしあなたは決して目線を逸らすことはなかった。
あなたは駆け出し冒険者だった頃、ベオウルフというギルドに所属するクロガネという狼に助けられた経験がある。
道中のモンスターに数度攻撃されただけでも、重症を負っていたあなたと仲間たちにとって、タフで強く、おまけに傷を舐めて癒してくれるクロガネは非常に頼りになった。
同じくベオウルフのメンバーであるフロ、フロ…………フロストファングさんにも、迷宮を攻略する上でのアドバイスをもらったことがある。
冒険者の基本は自己責任だということはあなたも重々承知している。しかし、だからといって手を差し伸べてはいけないという決まりはない。
かつてあなたの命を狙ってモンスターをけしかけた、盗賊の命ですら救ったあなただ。名も知らぬ誰かであっても、救える可能性があるのならば見捨ててはおけない。
もちろん、あなたのワガママで仲間を危険に巻き込むつもりもない。初めての探索に付き合ってもらっておいて申し訳ないが、ここで一旦別れようとあなたは告げた。
「ははっ、バカみたいにお人好しなところ、どこかの団長さんにそっくりだな。水臭いこといってんじゃねえよ。同じ
「はい、ヴェルフ様の仰る通りです。もちろん私もお付き合いいたします」
「ぐおう!」
ヴェルフ、春姫、ダディが打てば響くようにあなたへの同行を願い出た。短い付き合いであるにも関わらず、危険を顧みずに付き合ってくれることにあなたは頭が下がる思いだった。
「で、【疾風】はどうするんだ?」
ヴェルフが意地の悪い笑顔で、返答を保留しているリューを促す。
リューはそれでもなお無言を貫いていたが、訴えかけるように揺れる春姫の瞳に、大きなため息をついた。
(……ベルに似ていると感じていましたが、こんなところまで似ていなくてもいいものを)
しかし、不思議とリューは不快ではなかった。
「……仕方ありませんね。あなたの言葉が真実であるとも限りませんし、無駄足になるかもしれませんが、私も付き合いましょう」
言葉は嫌々ながらも、リューの苦笑は親しみのもてるものだった。
あなたはありがとうと、みなに礼をいった。
「ところで、実際には
振り回された意趣返しといわんばかりに、リューが手痛い質問をする。
一割だ。…………ごめんなさい、三割くらいあります。
あなたは素直に白状した。みなが遠慮なく大声で笑った。
あなた達はさっそく、目的の空白地帯に向かって歩を進めた。道中モンスターに襲われるものの、ヴェルフ達と協力して一瞬で片をつけた。
ミノタウロスの群れがあなた達に恐れをなし、上層へと逃げ込もうとするアクシデントが発生したが、リューが【疾風】の二つ名に恥じない敏捷で追いすがり、全てを狩りとった。
リューはあなたよりレベルは一つ低いが、【ソニックレイド】を使わない限り、あなたよりも敏捷は高いようだ。レベルがステータスの絶対ではないことを認識する。
危うく冒険者達の危険を減らすどころか、増やすところだった窮地を救ってくれたリューに対し、あなた達は礼をいった。
「いえ。この程度造作もありませんので」
そうはいうものの、頬が微かに染まっていて、照れを隠しきれていなかった。
ミノタウロスの魔石を全て拾い終えた後、少々歩くとあなた達はようやく問題の場所へと到着した。
「……目的地に到着いたしましたが、おかしな場所は見当たりませんね」
春姫のいう通り、ぱっと見たところで隠し通路があるとは思えなかった。
「……すんすん。…………ぐうう」
ダディが臭いを嗅いでみるが、なにもわからなかったようで、申し訳なさそうな声を上げる。あなたはダディの腕を擦って気にするなと慰めた。
「とりあえず、壁でも叩いて空洞がないか確かめてみるか?」
ヴェルフがそう提案するが、あなたはその必要はないと断りをいれる。
「では、どうやって探すのですか?」
リューの疑問にあなたは実践で答えた。
あなたがやったことは単純なことである。すなわち通路をゆっくりと歩き、壁を注視する。
「それだけでわかるもんなのか?」
世界樹の迷宮で数々の抜け道を探し当てた手腕を信じてほしい。あなたはそれだけヴェルフに返すと、隠し通路を探す作業に没頭した。
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…………隠し通路はそれほど時間をかけないうちに見つけ出した。
あなたは仲間たちに声をかけて呼び寄せる。
「ここ……といわれても、私には他の壁と同じものにしか見えませんが」
あなたはリューの疑問を解消すべく、ダディに壁を思い切り殴りつけてほしいと頼む。
「ぐお!」
ダディは威勢よく返事をすると、あなた達に離れるよう腕を軽く振るう。安全な距離まで離れたことを確認すると、その剛腕を思い切り壁に向かって叩きつけた。
壁はいとも容易く崩れ去った。しばし埃がひどく舞っていたが、しばらくすると晴れてくる。
すると、奥へと続く隠し通路が現れたではないか!
「……おっ! マジか。隠し通路がありやがった!」
「こんな簡単に見つけ出すなんて、すごいです! ダディちゃんもありがとうございます」
「まさか本当に見つかるとは……」
あなたは採掘の汚名を返上し、新たなるルートを開拓した。そのことは胸を張って誇ってもいいものである。
あなたはダディと並んで今度こそドヤ顔を決めた。
しかし、その表情をすぐに引き締める。あなたの懸念が正しければ、この先には数々の冒険者を葬り去った、危険な強化種が潜んでいるはずだ。
あなたは剣の柄に手をかけ、いつでも抜けるようにしながら、慎重に先に進もうと仲間たちに語りかける。
みなが真剣な表情で頷くと、ゆっくりと隠し通路へ足を踏み入れた。
予想以上に通路は短いものだった。すぐに行き止まりにたどり着いてしまう。
だが、道はまだ続いていた。ただの行き止まりに思えたが、よくよく見ると下の階層に降りる階段が、息を潜むように存在している。
あなた達は警戒を保ったまま、慎重に階段を下りた。
――その時微かに香った花の香りに、普通の警戒では全く事足りず、より警戒を厳にすべきだったとあなたは後悔することになる。
いっぱしのボウケンシャーなら、地図に不自然な空白があったら抜け道を探しますよね。
そして花の香りにあっ(察し)となる。