3月14日:タイトルを変更。我ながらタイトルネーミングセンスが悪すぎる。
丹川視点
結局、あの後野球部に入る事となってしまった。
折角の断りの方便も台無しにされ、猫の手すら借りんばかりの必死の勧誘に根負けしてついつい頷いてしまった私はやはり意思薄弱な人間なのだろう。
そして自身がそう思うのもあれだが私はお人よしなのだろう。
左投手。皆が私に希望を見出す一つの可能性。
普通右の手を利き手として使う方が多い人間において左手を利き手として使う人は少数派だ。しかしながらそれが有利に働く物事は限りなく少ない。
しかし、野球のようなスポーツであればそれは大きな有利性を持つ。
左利きが少数派であるという事は必然的に左利きを相手にした経験のある相手も少ないという事だ。よって経験の少ない投げ方をする投手に対して相手打者は変則的な投手を相手しているような状態となる。
特に同じく少数派の左打者においてのキラー投手になれるという利点がある。
何故かと言えば打者の背中側に投手の投げる手があるためにリリースポイントが見極めにくく、配球がボールが投げ込まれる瞬間まで分からないからだ。
尤も、逆に右打者に不利に働くのだが、そこは前述したように対応した数の少なさで十分有利の方に持っていけるだろう。そうでなくては態々プロでも右利きなのに左投げに転向するような事はしない。
ついでに言えば左投手は左打者へのキラー存在として局所で起用される事がある。
そうした投手を俗に『左のワンポイント』と数少ない存在として一部のプロ野球チームで重宝されている。
そう、これだけの要素があり、左投手であれば私でも中継ぎくらいはこなせるのではないかと考えた。
幸い私は両手利き。右だろうが左だろうが投げる事においてはどちらでも遜色ない。最速120km/h位の球速は出せるし大したことの無いスライダーだが変化球の一つは投げれる。………しかし、女子で140超える球速が投げれる太刀川はともかく、130とそこそこのカーブを投げれる美藤すら負けているのに、ここにいていいのか、その答えは未だ出ていない。
皆はむしろ!と言うが、実力ではなく知名度のお陰だろう。流石にそれが分からない程鈍感でもない。
ともかく、私は今求められている。そしてここにいる。求められている以上、チートを封印していようともそれだけの信頼に答えなければ元社会人の名が、漢が廃るというものだ。何よりあれだけ美少女だらけだし!私も男だ。
まず、最初にやる事と言えば長所を伸ばす練習をする事だろう。
何か一つでも武器となる長所が無くては打者を打ちとる事なんて夢のまた夢だ。
さて、私の長所は……………。
……………。
なんだろうか?
球速?120までしか出ないのに何考えてるんだ。
制球?ボール球出しまくるし四隅に入らんのに?
変化球?変化しないスライダー1本ですが何か?
スタミナ?先発なら必要だけどリリーフでそれ要る?ロングならいるかもだけど重要ではない。
……………。
………うむ、まず長所を作る事から、かね。
太刀川視点
「カーブを教えて欲しい?」
「ああ、頼む。この通りだ。」
練習中、何かに悩んでいた様子の丹川君がそう言って頭を下げて頼み込んできた。
丹川君は中学時代、右肩を取り返しの付かない程の怪我で故障して以来、選手としての能力を殆ど失ってしまったらしいけどそれまでは私もとても尊敬していた大投手だった。実際にその試合を見た事もあった。
自信満々で中学生とは思えない剛速球を投げ込んで、直球を狙ったら落ちるか緩急極まった超スローカーブでバットを外す。アウトコースの遅いスライダーで打者からスッと逃げていくボールも強烈だった。
時折、直球が打者の手元でブレたような変化を見せる事もあった。今思えばあれはファストボールだったかもしれない。
低めにもバッチリコントロールが出来ていて常にストライクを狙っていくその姿勢は一見すれば自らの実力に驕っているようにも見えるけど、その実巧みで細やかな技術を持つ。彼の自信はその通りの実力に裏付けされた、当然の投球だった。
だからこそ、あれ程自信に満ち溢れていた頃の彼が今こうして自分に野球の技術を師事してもらおうとしているこの姿がとても信じられない。
最初、いや2度目に偶然廊下で実際に見て会った彼の姿はまるで別人のように覇気を失ってしまっていた。最初は面影から疑いはしたけれど、こんな所に来るはずがないと彼が丹川君であることを信じなかった。
だけど、ほむらちゃんが彼が丹川君であることを突き止め、その報告を受けた時にようやく確信した。
何故、どうして彼は野球を辞めてまでここにいるのかが不思議でならなかった。その理由がまさか私も今抱えている肩の故障だとは思いもしなかった。
私も子供の頃から野球が好きで男の子に交じって練習を沢山してきた。そのお陰で男の子にも負けないと自負する程の打者としても投手としても自信があった。
しかし、あまりに度を過ぎれば悪くなってしまうもの。私は自分も気付かぬうちに過度の投球で肩に負担を掛け過ぎていた。気づいたときには、既に肩が痛んでいた。
悔しかった。もっと野球がしたい。もっと野球が上手くなりたい。
そんな気持ちを抑えて練習に制限を掛けるのは練習疲れよりも辛かった。皆がまだ練習しているのに、そこからボール一つ投げれないのはとても歯痒かった。
皆は私を女性投手としては1、2を争うエース級と言うけれど、魔球を習得したという橘みずき、早川あおいというライバル的な存在がいるのに加えて、彼女達は十分な時間をとってより成長出来る。
対して私は練習制限を掛けざる負えない状態。これ以上の成長が見込めない私と二人との差は歴然だ。
だからこそ、私は自慢の直球に技術を加えて飛びにくく重く伸びるストレートを生み出した。これは二人には無い絶対的な強みだ。そう、二人には。
だけど二人に勝ったと言って全国で甲子園を目指ししのぎを削って戦う男の子達より強い訳じゃない。もしそうだったなら、男女の差なんてものは無かった筈だ。
それでも、甲子園は私の夢だ。女の子が何を言っているのかと、世間は笑うかもしれない。
それでも、目指したいものがあるならそれに一生懸命にならなきゃいけない。諦めてはいけない。
だから、彼にも諦めて欲しくなかった。自分勝手な願いだと分かっていても。
彼は当時中学生だった。でも、当時の彼にはプロが放つような『夢を持たせる輝き』のようなものを感じた。凄く楽しそうで、周りはそれに魅せられていた。私もそうだった。あの時のような投球が出来なくても、あの姿形をもう一度見せて欲しい。
女の子だからなんだ。肩を壊したからなんだ。才能を失ったからなんだ!?
努力して、勝つためにやれること全てやって、それから諦めればいい!
その為に彼への協力を惜しむつもりは無かった。多少強引だったけれども左でも投げてくれるなら、リリーフでもいいから投げて欲しいと頭を下げた。
彼は最後まで渋ってはいたけれど、「仕方ない。助っ人だと思ってやってはみよう」と承諾してくれた。
彼に脈が無ければどうあっても承諾してくれなかったと思う。でも、一先ずは受け入れてくれた。それは多分、彼の中にも何処か未練が残っているのだと思う。そう信じたい。
さて実際の所、丹川君の今の実力を測る為に一緒に練習したけれどやはり左投げでも左程、右投げと変わった投球は出来なかった。
直球は球速もそうだけどノビが若干足りない。スライダーは私の高速シュート、いやそれ以下しか曲がらない。
コントロールもノーコン並みの難がある。ただ唯一、スタミナは衰えたとは言え、今でも中々根性のある粘りの投球が出来る。
そこから考えると私も手っ取り早く強くなる為に変化球がもう1、2つ欲しいとは思うけれど、同じ左投手としての意見としては投げる人の少ない強力なスクリュー辺りを覚えて欲しい所。後はシュートが投げれればスライダー左右で揺さぶってゴロに打ち取りやすくなるし。
そもそも何故カーブなんだろう?彼は当時超スローカーブを投げれた筈だ。それなら性質はやや違うと言えど自力でも習得はそう難しい事ではないと思うんだけど。
そう聞くと彼は少し口ごもりつつ、
「いや、どうもあの時の感触が殆ど抜け落ちてしまって、もう今まで投げてきた変化球も最初から覚えなおさなくてはいけないんだ。それに、あのカーブは球速ありきな所があって成立するようなボールだったから余計慣れなくなってしまった。」
と話した。
私はそれに何処か違和感を覚えたけど、変化球が元のように投げれたのなら今の状態にはなっていないだろうと気にする事は無かった。
ただ、教えを請われた側の私も変化球に関しては絶対的な自信を持っている訳では無い。そもそも直球が決め球で、高速シュートは打ち取る為、カーブやスクリューは緩急の為に覚えている。だからあまり武器としては見ていない。
だが彼は違う。今の彼はスタミナ以外に何もない。例え将来復活して直球が武器になるとしても、今武器になる変化球が必要不可欠なんだ。
だとすれば唯のカーブ、スクリューでは余りに決め手に欠ける。スライダーはどうにもならないとして、決め球が無い事には………。
一瞬、私はSFFを頭に過らせて、その考えをすぐに消した。確かに元々彼の決め球だった変化球の一つだったけども、私には、部員皆には教えられるようなノウハウが無い。やはり私が覚えている3球種から教えるしかないか。
「うん、分かった。取りあえずカーブから教えるよ。これは私からの提案だけど、良ければその後スクリューも習得してみない?」
「………いいのか?太刀川とて自分の練習があるだろう?」
「ううん、気にしないで。元々私は制限を設けてるから、皆の練習が終わるよりも早く自分の練習が終わっちゃうし、寧ろ暇つぶしに付き合うと思ってくれていいよ。」
「済まない、助かる。」
投手とはプライドの生き物。差はあるかもしれないけど、私もそう思っている。そしてそれが投手の強さ。
打ち込まれても、ピンチに陥っても、相手を捻じ伏せようとする負けん気の精神が投球にも影響してくるから。
おそらく彼が失ったのは才能だけじゃない。自信だ。それの喪失が彼をより弱めた。
あの頃の彼からなら、きっとこの頭を下げるという謙虚な姿からも堂々とした威風を感じたと思う。今は、何も感じない。
だから武器を作るという事は同時に精神的な強さを得させる事に繋がる筈。彼が昔のような自信を持てばきっと―――伝説が蘇る。蘇らせて見せる。皆で甲子園に行くために。
しかし、我ながら彼のポテンシャルを見誤っていたのかもしれない。
この後の練習でただのカーブを教えた筈だったのがまさか明日には大化けするとは、想像もしていなかったよ。
「………ヒロ。今の、カーブよね?」
「やっぱり、そう思うよね。私が昨日教えたのは普通のカーブだった筈だよ。」
美麗が呆然とキャッチャーミットから零れ落ちたボールを見つめつつ、私に問いかけた。
そう、カーブ。少なくとも本人はそうだと主張している。だけど、普通のカーブに無い不規則な変化と『キレ』がそれを否定している。
本来カーブは緩やかで遅い為、緩急を主として投げられる場合が多い。ちなみに他の球種と違って全力で投げなくてもいいから、疲労が溜まりにくくて私も重宝している。
しかし、カーブにも種類というものがあって、大きな変化をする、もしくはキレる事によって決め球として三振を狙うものがある。特にその典型的な例がドロップカーブと言われる縦に変化するカーブで、日本プロ野球では打者の視点、変化を調節しやすいなどの理由から武器にする選手も多い。
実際、現在主流となっているフォークボールが台頭するまでは落ちる球の代表的変化球だった。
でも丹川君の投げたカーブは通常のカーブと『軌道』自体はそれ程大きく変わらなかった。
ただ、山なりの頂点に達した瞬間、不規則な変化を伴って鋭く曲がり落ちたんだ。
恐らく私やちーちゃんが投げる緩やかなカーブに慣れていて不意な変化に対応出来なかった美麗はボールを捕球し損ね、落ちたボールは地面を小さく転がって止まっていた。
まさか、あれは―――!
「………ナックルカーブ。スパイクカーブとも言われている、変化とキレで空振りを狙いにするカーブだよ」
その声の方を反射的に顔を向けた。そこには驚いた表情でさっきの私達のように落ちたボールを眺める小山君の姿があった。
主人公変化球
スライダー:1
ナックルカーブ:2 ←NEW!
地味にキレを除けば実はチート有主人公が投げるナックルカーブと同程度。
尚、実戦ではスロースライダー、超スローカーブ、SFF、ツーシームだけで事足りたので実はそれ以外の変化球は知られていない。なので回りからすれば今初めて身に付けたように見える模様。