『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第五部「バイオゾイド猛襲」 作:城元太
微細な粒子の脈動が構造色となり、バイオゾイドの流体金属装甲面は玉虫色に輝く。
村雨ライガーを上回る速度で迫る異形のゾイドに、鎌輪勢の伴類は一斉に怖気づく。
「怯むな、敵は戦慣れしておらぬ。妙なゾイドに惑わされるな」
声を張り上げ叫んでみたところで、戦意を失った伴類を留める事はできない。伴類とは常に、戦利が得られる側に付く日和見な烏合の衆に過ぎない。或る者は身を潜め、また或る者は露骨に鎌輪勢から離脱する光景が見受けられた。苦々しくその様子を覗っている間にも、小次郎の周囲には主力となる信頼と尊崇による主従関係で結ばれた強力な従類、そして上兵が、村雨ライガーを中央に据え陣を成していた。
「我に続け」
ムラサメブレードを横一閃に構え碧い獅子が勇躍する。雄叫びを上げ、伊和員経のディバイソン、三郎将頼のケーニッヒウルフ、桔梗のソードウルフが続いた。強力なデッドリーコングは、高速型ゾイドが主力の鎌輪勢にとって運用法が定められず、今回の参戦を見送り後詰めで控えていた。
その時小次郎は、大地を踏み締める獅子の動きに殊のほか違和感を抱いていた。
身体が重い。そして振動で意識が朦朧としている。
愛機たる村雨ライガーは、鋭敏に
「殿、ここはまず我が先陣を切ります」
「頼む」
小次郎も員経も、共に超硬角の貫通力を信じていた。幾多のゾイドを貫いてきた黒い猛牛の突進を、見た目にも華奢なバイオメガラプトルが防ぎきれるとは思えなかったからだ。
ディバイソンが頭部を低くし、超硬角を構える。炎を噴き上げ迫る銀色の骸骨ゾイドを、ディバイソンは真正面から受け止めるつもりである。
赤々と光る、剥き出しのバイオゾイドコアを貫くかと思えたその寸刻、銀色の影が宙に舞った。
ディバイソンが前肢を折って大地に叩き付けられる。切断された超硬角の先端が子飼川の葦原に弾け跳んだ。
「馬鹿な」
バイオメガラプトルは、衝突の瞬間バーニングジェットの噴射方向を直下に変え飛び上がっていた。同時に爪先に装備された凶悪なヒートスパイクがディバイソンの頭部を
鞭を思わせる
碧き獅子が泥濘を巻き上げ横転する。本来であればターンピック射出をすべき局面で、小次郎は身体の不調と相まってそれを失念していた。
(馬鹿な)
屈辱に塗れ、小次郎の怒りが頂点に達する。
一瞬、碧き獅子が炎の繭に包まれるかに見えた。
だが炎は途中で途切れ、葦原の泥が付着した村雨ライガーの姿に戻ってしまった。
〝ハヤテ〟の力が発動しないことに愕然とする。途端に、小次郎は耐えきれぬ程の眩暈に再度襲われた。
激しい頭痛、吐き気。それに操縦桿を握る腕、踏み締める両脚、己の身体全てに力が入らない。まるで自分が自分ではなくなったように。
村雨ライガーを引き裂かんと、銀色の骸骨竜が鋭利な爪を翳す。振り下ろされる直前、バイオメガラプトルの機体が弾け飛んだ。近距離より撃ち込まれたケーニッヒウルフの銃弾が、胸部に命中したのだ。
通常であれば完全撃破される攻撃である。だが銀色の影は悠然と起き上がった。
装甲面に波紋が広がる。弾丸は
前傾姿勢を取ったバイオメガラプトルが、首を振り立て口角を開く。胸部コアが赤光を放つと同時、涙滴にも似た粘着質の炎の塊を吐き出した。
報復の
未だに立ち上がれない村雨ライガーに向き直り、銀色の影は執拗に襲いかかる。灼熱の爪が振り下ろされる刹那、今度は丹色の狼の刃が受け止めていた。
「村雨、お前は小次郎様を乗せて逃げるのだ」
切り結んだ刃と爪の奥、ゾイドたる村雨ライガーのみが再起動した。桔梗の意思を酌んだ忠実なゾイドは、意識を失っている小次郎を乗せ速やかに後退する。そうしている間にも、ダブルハックソードとヒートハッキングクローとが、文字通り火花を散らしていた。
ソードウルフの操縦席で、桔梗は切歯扼腕していた。
バイオゾイド開発の経緯は知っていた。だが流体金属装甲維持の為の技術が未完成であり、実戦投入はまだ先のことと思っていた。
到底通常ゾイドでは太刀打ちできない。だがなぜこの様な強力なゾイドを、兄秀郷は与えたのかと。
(或いは龍宮の意向で、兄上は実験機を投入したのか。であれば間違いなく、この機体には欠陥があるはず。付け入る隙間は必ずある)
銀色の影の脚部関節が僅かに沈む。襲撃の間合いを読み取った桔梗は、空かさず剣狼を後退させた。
予測通り、突き上げて来た凶悪な脚部ヒートスパイクの一撃を、僅かな間合いで回避した。視界に横たわるディバイソンが映る。操縦席から伊和員経が這い出してくるのが見えた。
「お父様、御無事で」
安堵と同時、桔梗は周囲を冷静に俯瞰した。従類と上兵も、バイオゾイドの猛攻により麻の如く陣形を乱していた。小次郎が後退し、三郎も員経もゾイドを失っている。指揮を担えるのは自分しかいないと判断し、咄嗟に指示を出した。
「前線を下げる。豊田の
辛うじて前線を維持していた従類達も、桔梗の通達に従い一斉に煙幕弾を展開した。濛々とした白煙の中、視界を閉ざされたバイオメガラプトルが不気味な雄叫びを上げていた。
その日下総は炎上した。
病に倒れた将門は、鎌輪勢を立て直すことができず、多治経明の手によって館まで後退する。それを追って到着した上総、上野、水守そして常陸勢は徹底した焦土作戦を敢行したのだった。
銀色の輝きを纏うバイオメガラプトルが狂ったようにヘルファイヤーを民家に撃ち込み、その度毎に
長年に亘って培ってきた、小次郎達が育んだ緑の大地は、ゾイドの鋼鉄の軍靴で踏み固められ、蓄財した豊かな実りも奪われていく。更には、将門に助力をしたという理由を付け、官牧である常羽御厩までもが焼かれた。
黒煙は雲の如く下総の空を覆った。
漆塗りの如くに黒く焼け爛れた柱のみが残る廃墟の中で、野営する良兼達の軍の使う釜戸の灯が星の如く点々と光っていた。
将門は敗れた。