『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第五部「バイオゾイド猛襲」 作:城元太
白い機体と黒い機体が横たわり、それを白黒と金色に彩られたゾイドが検分している。撤収部隊に騒然となる鎌輪の館の中、その一画だけが切り取られたように鎮んでいた。
機体の目の前で立ち竦む人影がある。やがて人影に向い機首を下げたバンブリアンの操縦席から、強い常陸訛りが聞こえてきた。
「畏れながら申し上げますが、こりゃもうかっぽる(廃棄する)ほかねがっぺ。ディバイソンの方はコアが完全にぼっこわれ(壊れ)で、ケーニッヒの方も二本が足付け根からおっかけてる(折れている)。可哀想だが楽にしてやった方がええです」
「そうか、判った。子春丸、
一頻り頭を垂れ、引き取りの作業をこなした後、残骸と化したゾイドはジャイアントホイールの荷台に乗せられ、曳かれて行った。
(すまぬ、ケーニッヒウルフ、ディバイソン。俺が不甲斐無いばかりに)
血が滲む迄に唇を噛み締める。慟哭こそ聞き取れぬものの、小次郎は慚愧の念に駆られていた。
自分の身体さえ万全であれば。
未だに朦朧とする意識と身体が小次郎を
「
振り向きざまに屋敷に向かうその時、小次郎が脚を引き摺る仕草をしたことに、気付く者はいなかった。
「我等がバイオゾイドの威力を
左の眉から額にかけて白い布が当てがわれた伊和員経が控える脇、幾分緊張した面持ちで平将文が告げる。
「敵は鎌輪の目の前、
「リーオの剣がバイオゾイドに有効な事は、孝子によって証明済みだ。俺は直ぐに〝ハヤテ〟の力を呼び起こし、敵の大毅(≒大部隊)中央のバイオゾイドを蹴散らす。後陣は俺が空けた穴から雪崩れ込め。三郎は剣狼に乗れ。今のうちにZi―ユニゾンの構えも会得しておくのだ。員経は出撃を控え館の守備。孝子、デッドリーコングは出せるな」
「お待ちください殿。伊和員経、この程度の怪我で敵に引けを取るなどありませぬ。どうか出陣のお許しを」
小次郎は員経の前に回り込み、白布に覆われた右肩に静かに手を置く。
「無理をするな。
老境に差し掛かろうとする武者は俯き、承知致しました、と呟いた。
次々と小次郎は的確な指示を下し、欠損した兵力を補って余りある編成を組上げていく。その姿に、不安を匂わす様子は感じられなかった。ただ一人、桔梗の前を除いては。
(これで終わりとは思えない)
言い知れぬ胸騒ぎが
「小次郎様、内々にお伝えしたき議が」
桔梗は、評定の間で小毅編成中の小次郎の耳元に近寄り囁く。
「少し外す」
小声とはいえ張り詰めた声色に小次郎は席を立った。
二人は先程までケーニッヒウルフ達が横たわっていた馬場の隅に立ち、向かい合った。
「バイオゾイドの攻撃があれで終わりとは思えません。良兼勢は必ず次策を打って来ます。差し出がましき事ですが、どうか、此度の御出陣は避けられませんか」
小次郎が悲しく笑う。
「何処へと向かうのだ、この鎌輪を捨てて」
桔梗は口を噤んだ。
常陸、上総、水守、上野、そして裏で暗躍する下野の俵藤太を加えると、既に小次郎は周囲をぐるりと囲まれていた。唯一頼みとなるのは、相模の叔父平良文だが、海道方面は上総の軍勢によって分断されている。加えて海賊対策に兵力を費やしている以上、良文の凱龍輝やディスペロウが援軍に加わる事は望み薄である。一時は飛ぶ鳥を落とす勢いを誇った平将門の威も、一度の敗戦によって忽ち四面楚歌の状況に陥っていたのだ。
「案ずるな、今度こそ疾風ライガーによって乾坤一擲の打撃を喰らわし、蹴散らしてやる。そのためにも、頼むぞ孝子」
「……はい」
桔梗は違う意味で驚いていた。小次郎が自分を上兵として捉え名を呼ぶ時、決まって「桔梗」と呼んでいた。だが今、武骨で朴訥な坂東武者は「孝子」と優しく告げた。そこにどれ程の意味があるのかはわからない。或いは単なる気紛れかもしれない。しかしその瞬間、桔梗は言葉では語り尽くせない、込み上げる感情を覚えていた。
最早堪えることはできなかった。溢れ出した想いが、思わず口先から零れていた。
「小次郎様、この戦が終わったら、私を」
「私を、どうしろと?」
「いいえ、なんでもありません」
桔梗はそのまま、馬場の奥にまで駆け抜けて行った。
息を切らして駆け抜けた先、黒い猩々が聳え立っていた。
(精一杯戦う、例え此の命尽きようとも)
馬場の奥、次の戦に備えるデッドリーコングを、桔梗は潤んだ瞳で凝視していた。
下総国豊田郡下大方郷に位置する堀越は、鎌輪にとっても、また周囲の郷村にとっても重要な渡し場である。良兼達は、再三に亘り疾風ライガーの優速を生かせない泥濘の湿田周辺を戦場に選んで来た。しかし今回、平将門の率いる軍勢の中に黒い猩々型ゾイドがあることは、鎌輪勢にとって非常に心強いものであった。接近戦に秀でるデッドリーコングであれば
王狼を失い、代わって遠見を担う文屋好立の操るサビンガが、ウィングクラッシャーを煌めかせ陣内に帰還し報告する。
「敵の中央に、新たなバイオゾイドを発見致した。先のバイオメガラプトルに加え、角竜型、剣竜型を確認、その数5」
鎌輪の軍勢に動揺が奔った。サビンガの複合センサーアイが捉えた映像には、バイオメガラプトル同様構造色によって輝きを放つ骸骨の様なゾイドが示されていた。
生け垣の如くずらりとランスタッグの角の防衛線を張った鎌輪勢の前に、銀色の骸骨ゾイドが不気味な沈黙を保って佇んでいる。奇妙な曲線に彩られた角を持つ竜と、構造色とは別の、リーオの剣と同じ材質の二本の大刃を振り翳す竜が、バイオメガラプトルを中心に突出していた。
(バイオトリケラ、バイオケントロまで繰り出してくるとは)
桔梗は、デッドリーコングの操縦席の中、己の恐れていた事が現実として突き付けられたのを痛感していた。如何に大兵力であっても、鎌輪勢にとって初見のバイオゾイド相手では分が悪い。ましてや体調の整わぬ小次郎では、自在に疾風ライガーを操れるとも思えない。
デッドリーコングの操作盤の隅に、梵字で封印された火器管制を一瞥する。相も変わらず、コアは低く読経を詠唱している。空也は何も語らなかったが、それがこの黒き死の猩々型ゾイドにとって窮極の武器であることは、そのおどろおどろしい文字が物語っていた。
忽然と村雨ライガーが、デッドリーコングの隣に身を摺り寄せる。頭部を並べた碧き獅子の操縦席から、小次郎が身を乗り出している。
「孝子、この前の返答、未だにしていなかったな」
「何のことですか?」
村雨ライガーの接近より唐突に、小次郎は切り出した。
「考えたのだ。お前をいつまでも上兵扱いしていては、女子の身の上としても辛かろうと。員経や三郎とも相談した。そして決めた。
この戦が一息ついたら、俺はお前を側室として正式に招き入れたい」
新たなバイオゾイド出現以上の驚きであった。
「なにも……こんな時に。それに……良子様に……申し訳がたちません」
「案ずるな。この件は何より良子からの申し出なのだ」
強くなる向かい風を受け、小次郎の声も次第に高まっていく。
「良子が言うのだ、〝いつまでも孝子様をこのまま置いておかれる御積りか〟と。
「それは……一体……如何様の……事で……」
高鳴る鼓動で言葉に詰まる桔梗に、小次郎は構わず語り続ける。
「敢えて上兵に接するように勉めてきた。だがもう隠すこともないだろう。
孝子、俺はお前が好きだ。良子と同じぐらい好きだ。二人とも愛しておる。それでも良いか」
小次郎は高らかに笑った。「好いている」。桔梗はその言葉を陶然とする中、もう一度噛み締めた。
嬉しかった。これまで彷徨い生きてきて、最も嬉しかったと思えた。そしてこれが平小次郎将門の性分なのだと、桔梗は納得していた。
操縦桿を握り直し、改めて正面を見据える。
生き抜かなければならない。
怒りと喜びとが混在した戦場で、桔梗は、そして平将門は、バイオゾイド軍団を睨みつけていた。