『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第五部「バイオゾイド猛襲」 作:城元太
耐衝撃シェルアーマーは砕かれ、コアがほぼ露出している。既に瀕死のグスタフに、殺意
ウィングスラッシャーを展開した丹色の虎が、一陣の風の如く二者の挟間に舞い降りる。電光石火の一撃がヘルアーマーを斬り裂き、ほぼ同時の物理的打撃によってバイオトリケラを弾き飛ばした。
〝大事ないか〟
「
サビンガと融合したワイツタイガー(イミテイト)のエレクトロンハイパースラッシャーが、強力なバイオゾイドを捻じ伏せた瞬間であった。
〝兄者は。疾風ライガーは
「混戦故に、私も」
ウィングスラッシャーを収納し、ワイツタイガーは頭部を巡らせ黒煙の上がる鎌輪の館を見遣る。
〝館はもうだめだ。義姉上の行方も気になる。飯沼の
主君を守れず、その上その妻子まで戦禍に晒してしまった呵責に、員経は唇を噛み締めた。
突如戦場に、狂気を秘めた読経の詠唱が響き亘る。
「あのゾイドは……」
三郎、経員共に言葉を失った。視線の先には、鬼神と化したデッドリーコングとそれを背にした碧い獅子、そしていつの間にか現れた増援のバイオトリケラ3機が取り囲む姿があった。デッドリーコングの左腕に凶悪な武装が露わになっている。バーンナックルハリケーンと称される八振の刃の回転がバイオトリケラを捉える。堅牢を誇るフレアシールドを切り刻み、ヘルツインホーンを根こそぎ毟り取って頭部を切断する。飛び散った流体金属装甲が纏わりつき、デッドリーコングは銀色の液体塗れとなっていた。尋常為らざる光景に、三郎将頼は危急を要する事態を知る。
〝俺は兄者と孝子殿に合流する。員経殿は義姉上を捜せ。頼む〟
ワイツタイガーが煙幕弾を連続発射した。白煙にグスタフが紛れ、煙の中から丹色の虎が勇躍する。員経は口惜しさに苛まれながら、戦場を後にした。
「殿、三郎殿、御無事を。孝子よ……死んではならんぞ」
展開した煙幕の帳の中、満身創痍のグスタフは飯沼の畔へ消えて行った。
魔・戒・天・浄
封印を解放する際に唱えた文言が、そのまま操作盤の画面に貼り付いたままであった。
ただ救いたいだけだった。ただ守りたいだけだった。
目の前で命を奪われようとしていた主君――想い人――を救わんが為に、無我夢中で封印を解いていた。その帰結が、今の状況だった。
室利。
ビーストスレイヤーを翳してバーンナックルハリケーンを受け止める。バイオケントロが、本来の標的として付け狙ってきた村雨ライガーと対峙する余裕などデッドリーコングは与えはしなかった。攻撃目標を黒い猩々に変更した剣竜は、背中のバックランスを一斉発射させ顔面を狙う。命中寸前、瞬時に顔面を覆う鉄甲に阻まれ跳ね返り、棺桶から伸びた可動肢によって次々と粉砕された。
デッドリーコングの横合いから、片方の角の折れたバイオトリケラが現れた。先に三郎のワイツタイガーによって手負いとなっていた機体である。
デッドリーコングが八振の刃を正面に向ける。矛と盾、シザーアームとフレアシールドとの激突である。砕け散ったのは、片角となったバイオトリケラであった。電磁障壁を突き破り、フレアシールドの実体面に深々と刃を刺し入れたシザーアームが、バイオトリケラの身体ごと回転させ、そのまま頭部を捻じ切った。首を捥がれた銀色の骸骨ゾイドは、勢い余って胴体を堀越の渡しの水面に沈め、流体金属の血糊を転々と撒き散らした。
直線的な動きのバイオトリケラに比べ、バイオケントロはソードダンスのステップによって辛うじてその命脈を繋いでいる。狂戦士の本能を解放したデッドリーコングは、しかしその軽快な舞に更に激怒し、アイアンハンマーナックルを無茶苦茶に振り回し出し、その度に操縦席は揺られ、中の桔梗を著しく痛めつけていった。
朦朧とする操縦席の中、桔梗は幻想を見ていた。
明るい陽射しの中、百姓衆と共に土地を拓く小次郎将門の笑顔がある。そしてその傍らに、伊和員経より贈られた桔梗色の
『これは幻に違いない』
途端に視界が暗転し、無数のバイオゾイドが劫火を立ち上らせて出現する。背後に、闇に紛れ輪郭のみを浮かび上がらせる兄俵藤太の影が映る。
『兄上、龍宮の謀り事にいつまで加担なされる御積りか』
叫んだのかも、叫ばなかったのかもしれない。その時漸く、桔梗は意識を取り戻したのだった。
右腕と右足に感覚が失われている。いや、感覚はあった。激しい痛みを伴った、腕と脚が動かなくなっているという感覚である。
骨が、折れている。
デッドリーコングの暴走は、やはり搭乗者の身体を著しく傷つけていた。試みに左手で緊急停止操作を行ったものの、機能自体が全て狂戦士モードに奪われており停止する様子などみられない。
レッゲルが尽きるまで、止まらない。桔梗は直感した。
〝兄者、無事か〟
「三郎か」
四肢を硬直させ立ち竦む村雨ライガーの元に、丹色の虎が舞い降りた。エレクトロンハイパーキャノンと連装ショックキャノンを同時発射し、周囲のバイオゾイドを牽制して、敵との間合いを取った。
〝孝子殿のあの様相は何なのだ〟
「俺にも判らぬ。尋常ではない事だけは確かだ。あれでは中の者も無事では済まぬ」
それまで棺桶を向けていたデッドリーコングが、くるりと振り向いた。狂気の赤い光を宿した双眸が、碧い獅子と丹色の虎に向けられる。右腕に装着されたパイルバンカーが、狙いも付けずに撃ち出された。
〝孝子殿、気でも触れたか〟
「ゾイドの暴走だ。これでは近寄れぬ」
辛うじてパイルバンカーの切っ先を躱したワイツタイガーは、村雨ライガーを庇って身構える。僅かに距離が開いた為、デッドリーコングは猶も襲い掛かってくるバイオケントロへと向かう。
〝止むを得ない。俺はこれから文屋好立殿と合流し、ユニゾンを解く。その上分離したサビンガにて、デッドリーコングを捜索してもらおう。兄者も村雨ライガーも、今のままでは戦になるまい〟
三郎将頼の適確な箴言に、小次郎は言葉を捜した。理は適っている。だが、諦められなかった。このまま桔梗を見捨てて戦場を後にすることなど、出来はしなかったからだ。
〝俺だって孝子殿は大好きだ。だが今兄者が斃れては、義姉上を含め、館を追われた郎党衆全てが路頭に迷い、殺戮されるだろう。生き残る事こそ、棟梁の責務だ〟
その時ゆっくりと、村雨ライガーが飯沼の方角に向かって歩み出した。
「どうした、村雨よ」
主君を思う忠実なゾイドは、主君の体調悪化とデッドリーコングの狂気からの退避、そして落下したレインボージャークの気配を感じ取り、自らの意志で戦場を去る判断を下したのだった。脚気から来る意識障害により、浮腫んだ両腕は村雨ライガーの操縦把を握り愛機の意図に抗うことも出来なくなっている。結果として小次郎は、暴走するデッドリーコングの中に桔梗を置き去りにすることになった。悔しさに奥歯を食い縛ろうにも、力が入らない。視界が白濁して行く。あまりにも多くの物を失った負け戦である。
「桔梗、桔梗!」
揺れる村雨ライガーの操縦席の中、小次郎は譫言の様にその名を唱え、そしていつしか意識を失っていった。
陀羅尼の詠唱は止まらない。やがて振り翳したシザーハンズを受け止めたバイオケントロが、パイルバンカーに貫かれた。流体金属装甲と、内部の循環液を巻き散らし、疾風ライガーさえも翻弄したバイオゾイドは堀越の岸辺に骸を晒す。それでも怒りの収まらない死の猩々は、横たわったバイオケントロの肢体を持ち上げ、両腕で力任せに引き千切った。無数の破片を飛び散らせ切断されたバイオケントロの内部に、桔梗は見慣れぬ人型の装置を発見していた。
「あれは、機械兵ではないか」
土偶、と呼ばれる古代の偶像によく似ている。身体中に数十の管が繋がり、頭と思しき部分に三つの光が灯っている。バイオケントロから投げ出された直後、僅かに蠢いたものの、その躰は直ぐに動かなくなった。
「あんなものまで、兄は、龍宮は」
桔梗は痛みも忘れ叫んだ。
桔梗の叫びに呼応するように、デッドリーコングも狂気の雄叫びを上げていた。
堀越の渡しでの戦いは、鎌輪の館を陥落させたことにより、良兼勢の大勝となった。周囲の村々が強欲な略奪行為によって破壊され、小次郎達の築いてきた全てを焼き尽くしていった。バイオゾイドの戦闘の裏側で、良兼や良正、そして太郎貞盛の操るダークホーン、アイスブレーザー、ブラストルタイガーが、下総を焦土と化したのだった。
平将門は家族郎党と引き裂かれ、壊滅的な敗北を期した。散り散りとなった者達には、更なる試練が待ち受けていた。