『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第五部「バイオゾイド猛襲」   作:城元太

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第五拾四話

 耐衝撃シェルアーマーは砕かれ、コアがほぼ露出している。既に瀕死のグスタフに、殺意(みなぎ)るバイオゾイドが迫る。伊和員経の命運は、いま正に尽きんとしていた。

 ウィングスラッシャーを展開した丹色の虎が、一陣の風の如く二者の挟間に舞い降りる。電光石火の一撃がヘルアーマーを斬り裂き、ほぼ同時の物理的打撃によってバイオトリケラを弾き飛ばした。

〝大事ないか〟

(かたじけな)い三郎殿」

 サビンガと融合したワイツタイガー(イミテイト)のエレクトロンハイパースラッシャーが、強力なバイオゾイドを捻じ伏せた瞬間であった。

〝兄者は。疾風ライガーは何処(いずこ)に〟

「混戦故に、私も」

 ウィングスラッシャーを収納し、ワイツタイガーは頭部を巡らせ黒煙の上がる鎌輪の館を見遣る。

〝館はもうだめだ。義姉上の行方も気になる。飯沼の陸閑(むつへ)まで退き態勢を整えるぞ〟

 主君を守れず、その上その妻子まで戦禍に晒してしまった呵責に、員経は唇を噛み締めた。

 突如戦場に、狂気を秘めた読経の詠唱が響き亘る。

「あのゾイドは……」

 三郎、経員共に言葉を失った。視線の先には、鬼神と化したデッドリーコングとそれを背にした碧い獅子、そしていつの間にか現れた増援のバイオトリケラ3機が取り囲む姿があった。デッドリーコングの左腕に凶悪な武装が露わになっている。バーンナックルハリケーンと称される八振の刃の回転がバイオトリケラを捉える。堅牢を誇るフレアシールドを切り刻み、ヘルツインホーンを根こそぎ毟り取って頭部を切断する。飛び散った流体金属装甲が纏わりつき、デッドリーコングは銀色の液体塗れとなっていた。尋常為らざる光景に、三郎将頼は危急を要する事態を知る。

〝俺は兄者と孝子殿に合流する。員経殿は義姉上を捜せ。頼む〟

 ワイツタイガーが煙幕弾を連続発射した。白煙にグスタフが紛れ、煙の中から丹色の虎が勇躍する。員経は口惜しさに苛まれながら、戦場を後にした。

「殿、三郎殿、御無事を。孝子よ……死んではならんぞ」

 展開した煙幕の帳の中、満身創痍のグスタフは飯沼の畔へ消えて行った。

 

 魔・戒・天・浄

 封印を解放する際に唱えた文言が、そのまま操作盤の画面に貼り付いたままであった。

 ただ救いたいだけだった。ただ守りたいだけだった。

 目の前で命を奪われようとしていた主君――想い人――を救わんが為に、無我夢中で封印を解いていた。その帰結が、今の状況だった。

 狂戦士(ベルセルク)へと陥ったデッドリーコングは、桔梗の操作を受け入れることなく、触れる物全てを切り刻んでいく。縦横無尽に振り翳されるシザーハンドは、頑丈な猩々の四肢さえも引き千切らんばかりに、そして内部にいる者は肉片となって砕け散るのではないかと恐れるほどに振り回される。耳を弄する陀羅尼の呪が止め処なく鳴り響く。

 

 怛姪他(たにゃた)

 憚宅枳(たんたき)般宅枳(はんたき)

 羯喇致(からち)高喇致(こうらち)

 (けい)由里(ゆり)

 憚致哩(たんちり)

 莎訶(そわか)

 怛姪他(たにゃた)

 室利(しつり)・室利。

 陀弭儞(だみに)陀弭儞(だみに)

 陀哩(だり)陀哩儞(だりに)

 室利。

 室利儞(しつりに)

 毘舎羅(びしゃら)

 波始(ばし)

 波始娜(ばしな)

 畔陀弭帝(はんだみてい)

 莎訶(そわか)

 

 ビーストスレイヤーを翳してバーンナックルハリケーンを受け止める。バイオケントロが、本来の標的として付け狙ってきた村雨ライガーと対峙する余裕などデッドリーコングは与えはしなかった。攻撃目標を黒い猩々に変更した剣竜は、背中のバックランスを一斉発射させ顔面を狙う。命中寸前、瞬時に顔面を覆う鉄甲に阻まれ跳ね返り、棺桶から伸びた可動肢によって次々と粉砕された。

 デッドリーコングの横合いから、片方の角の折れたバイオトリケラが現れた。先に三郎のワイツタイガーによって手負いとなっていた機体である。

 デッドリーコングが八振の刃を正面に向ける。矛と盾、シザーアームとフレアシールドとの激突である。砕け散ったのは、片角となったバイオトリケラであった。電磁障壁を突き破り、フレアシールドの実体面に深々と刃を刺し入れたシザーアームが、バイオトリケラの身体ごと回転させ、そのまま頭部を捻じ切った。首を捥がれた銀色の骸骨ゾイドは、勢い余って胴体を堀越の渡しの水面に沈め、流体金属の血糊を転々と撒き散らした。

 直線的な動きのバイオトリケラに比べ、バイオケントロはソードダンスのステップによって辛うじてその命脈を繋いでいる。狂戦士の本能を解放したデッドリーコングは、しかしその軽快な舞に更に激怒し、アイアンハンマーナックルを無茶苦茶に振り回し出し、その度に操縦席は揺られ、中の桔梗を著しく痛めつけていった。

 

 朦朧とする操縦席の中、桔梗は幻想を見ていた。

 明るい陽射しの中、百姓衆と共に土地を拓く小次郎将門の笑顔がある。そしてその傍らに、伊和員経より贈られた桔梗色の(あこめ)を纏う自分がいた。互いに顔を見合わせ微笑み返す。まるで絵に描いたような幸せな光景が、偽りであることなど、桔梗は最初から気付いていた。

『これは幻に違いない』

 途端に視界が暗転し、無数のバイオゾイドが劫火を立ち上らせて出現する。背後に、闇に紛れ輪郭のみを浮かび上がらせる兄俵藤太の影が映る。

『兄上、龍宮の謀り事にいつまで加担なされる御積りか』

 叫んだのかも、叫ばなかったのかもしれない。その時漸く、桔梗は意識を取り戻したのだった。

 右腕と右足に感覚が失われている。いや、感覚はあった。激しい痛みを伴った、腕と脚が動かなくなっているという感覚である。

 骨が、折れている。

 デッドリーコングの暴走は、やはり搭乗者の身体を著しく傷つけていた。試みに左手で緊急停止操作を行ったものの、機能自体が全て狂戦士モードに奪われており停止する様子などみられない。

 レッゲルが尽きるまで、止まらない。桔梗は直感した。

 

〝兄者、無事か〟

「三郎か」

 四肢を硬直させ立ち竦む村雨ライガーの元に、丹色の虎が舞い降りた。エレクトロンハイパーキャノンと連装ショックキャノンを同時発射し、周囲のバイオゾイドを牽制して、敵との間合いを取った。

〝孝子殿のあの様相は何なのだ〟

「俺にも判らぬ。尋常ではない事だけは確かだ。あれでは中の者も無事では済まぬ」

 それまで棺桶を向けていたデッドリーコングが、くるりと振り向いた。狂気の赤い光を宿した双眸が、碧い獅子と丹色の虎に向けられる。右腕に装着されたパイルバンカーが、狙いも付けずに撃ち出された。

〝孝子殿、気でも触れたか〟

「ゾイドの暴走だ。これでは近寄れぬ」

 辛うじてパイルバンカーの切っ先を躱したワイツタイガーは、村雨ライガーを庇って身構える。僅かに距離が開いた為、デッドリーコングは猶も襲い掛かってくるバイオケントロへと向かう。

〝止むを得ない。俺はこれから文屋好立殿と合流し、ユニゾンを解く。その上分離したサビンガにて、デッドリーコングを捜索してもらおう。兄者も村雨ライガーも、今のままでは戦になるまい〟

 三郎将頼の適確な箴言に、小次郎は言葉を捜した。理は適っている。だが、諦められなかった。このまま桔梗を見捨てて戦場を後にすることなど、出来はしなかったからだ。

〝俺だって孝子殿は大好きだ。だが今兄者が斃れては、義姉上を含め、館を追われた郎党衆全てが路頭に迷い、殺戮されるだろう。生き残る事こそ、棟梁の責務だ〟

 その時ゆっくりと、村雨ライガーが飯沼の方角に向かって歩み出した。

「どうした、村雨よ」

 主君を思う忠実なゾイドは、主君の体調悪化とデッドリーコングの狂気からの退避、そして落下したレインボージャークの気配を感じ取り、自らの意志で戦場を去る判断を下したのだった。脚気から来る意識障害により、浮腫んだ両腕は村雨ライガーの操縦把を握り愛機の意図に抗うことも出来なくなっている。結果として小次郎は、暴走するデッドリーコングの中に桔梗を置き去りにすることになった。悔しさに奥歯を食い縛ろうにも、力が入らない。視界が白濁して行く。あまりにも多くの物を失った負け戦である。

「桔梗、桔梗!」

 揺れる村雨ライガーの操縦席の中、小次郎は譫言の様にその名を唱え、そしていつしか意識を失っていった。

 

 怛姪他(たにゃた)

 訶哩(かり)訶哩儞(かりに)

 遮哩(しゃり)遮哩儞(しゃりに)

 羯喇摩儞(からまに)

 僧羯喇摩儞(そうからまに)

 三婆山儞(さんばさんに)

 噡跋儞(たんばに)

 悉耶婆儞(しつやばに)

 謨漢儞(もかんに)

 砕闍歩陛(しじゃぶへい)

 莎訶(そわか)

 怛姪他(たにゃた)

 毘徒哩(びとり)・毘徒哩。

 摩哩儞(まりに)

 迦里(かり)・迦里。

 毘度漢底(びどかんち)

 嚕嚕(ろろ)・嚕嚕。

 主嚕(しゅろ)・主嚕。

 杜嚕婆(とろば)・杜嚕婆。

 (しゃ)・捨・捨設者(しゃせつしゃ)

 婆哩灑(ばりしゃ)

 莎悉底(さしつち)

 薩婆薩埵喃(さつばさったなん)

 悉甸覩(しつでんと)

 曼覩囉鉢陀儞(まんとらはだに)

 莎訶(そわか)

 

 陀羅尼の詠唱は止まらない。やがて振り翳したシザーハンズを受け止めたバイオケントロが、パイルバンカーに貫かれた。流体金属装甲と、内部の循環液を巻き散らし、疾風ライガーさえも翻弄したバイオゾイドは堀越の岸辺に骸を晒す。それでも怒りの収まらない死の猩々は、横たわったバイオケントロの肢体を持ち上げ、両腕で力任せに引き千切った。無数の破片を飛び散らせ切断されたバイオケントロの内部に、桔梗は見慣れぬ人型の装置を発見していた。

「あれは、機械兵ではないか」

 土偶、と呼ばれる古代の偶像によく似ている。身体中に数十の管が繋がり、頭と思しき部分に三つの光が灯っている。バイオケントロから投げ出された直後、僅かに蠢いたものの、その躰は直ぐに動かなくなった。

「あんなものまで、兄は、龍宮は」

 桔梗は痛みも忘れ叫んだ。

 桔梗の叫びに呼応するように、デッドリーコングも狂気の雄叫びを上げていた。

 

 堀越の渡しでの戦いは、鎌輪の館を陥落させたことにより、良兼勢の大勝となった。周囲の村々が強欲な略奪行為によって破壊され、小次郎達の築いてきた全てを焼き尽くしていった。バイオゾイドの戦闘の裏側で、良兼や良正、そして太郎貞盛の操るダークホーン、アイスブレーザー、ブラストルタイガーが、下総を焦土と化したのだった。

 平将門は家族郎党と引き裂かれ、壊滅的な敗北を期した。散り散りとなった者達には、更なる試練が待ち受けていた。

 

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