『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第五部「バイオゾイド猛襲」 作:城元太
一歩を歩む毎に焼け火箸を差し込まれるような激痛が奔る。それでも桔梗は先達となって、飯沼畔の葦原を搔き分け進んでいった。だらりとぶら下がった右腕に、引き摺っていく右脚。もし一度でも歩みを止めれば、二度と立ち上がれなくなる事を自分自身が知っていたからだ。
「孝子殿、暫しお待ちを」
後を追う良子は息も絶え絶えだ。まして幼い多岐には辛い道程である。鬼気迫る母と、そして桔梗の形相を見て、健気に小走りで歩んでいるが、両者の体力は既に限界が見えていた。
静寂に包まれる飯沼の畔、思わず良子は立ち止まっていた。気付けば、下卑た怒号やブロックスの哨戒飛行の音が絶えている。
「敵がいなくなってます」
良子は木々の梢の隙間に見える空を見上げ、耳を澄ます。
「もしかすると、一時陣を解いたのでは」
だが桔梗は直観的に悟っていた。
そんなはずがない。これは罠だ。私たちを誘き出すため、敵はわざと飛行を停止したに違いない。深い葦原を抜け、館を追われた鎌輪の衆を誘き出すための策なのだと。
しかし、夫と別離した心細さと、我が子を一刻も早く救いたいという親心が、良子を惑わせていた。
「良子様、お待ちを」
桔梗の留める声も聞かず、良子は多岐と共にふらふらと葦原の繁みが途切れる沼の砂州へ歩みを向けてしまったのだった。
同時刻、
「湖上より無数のバリゲーター群が出現、我が陣目指して直進して来ます」
決して広大とは言えない飯沼の水面に、突如として鰐型ゾイドの群れが
横臥した
「これまでなのか」
僅かなりとも主君を守ろうと、無人の村雨ライガーが低く身構える。だが、水上で無敵を誇るゾイド群は、いつまでたっても襲撃を開始しようとはしなかった。
指揮官搭乗機らしき〝南無八幡大菩薩〟の旗を掲げたバリゲーターTSが敵意の無い事を示す為、バイトファングの奥に備え付けられた操縦席を解放したまま単機を以てゆるゆると接近する。牙に片足を乗せた棟梁らしき無頼の者が、小次郎達の潜む岸辺に野太い声を張り上げた。
「平小次郎将門様、無事で御座いますか。我は守谷の大木村、須賀家八代目当主、大江弾正重房で御座います」
「重房! 信太流海の湖賊、藤原重房か」
陣内は一転して色めき立った。小次郎が仕官の為都に上り、その隙を狙って伯父国香や源家三兄弟のバーサークフューラー達が下総の知行を蚕食していた時期、旧恩を頑なに守って
「亡き御尊父、鎮守府将軍平良持様には一方ならぬ恩義を賜りました。将門様の危急を知り、急ぎ信太流海より参じましたが、途中何度か上総勢に阻まれ到着が遅れましたこと、誠に申し訳ない。何卒将門様の軍に加勢させてくだされ」
未だに身体の自由の利かない小次郎に代わり、三郎将頼と伊和員経、そして多治経明が葦原の畔に立ち、バリゲーターTSを操る武士が間違いなく大江弾正であることを確認した。上陸すると、臥せった小次郎の前に通されるが早いか、弾正は跪く。
「お懐かしうございます小次郎将門様。御尊父様の凛々しき姿が偲ばれます」
言葉を区切った後、無頼の湖賊は顔を伏せた。朴訥さは小次郎に優っていたようだ。込み上げる感情を呑み込むと、弾正は力強く言い放った。
「この重房、率いた手勢によって必ず将門様をお守り申す。水守や常陸勢は、見慣れぬゾイドを引き連れていたと聞き及びましたが、水上に出てしまえば我ら湖賊に敵うものでは御座らぬ。まずはこの場から退き、確固たる営所を再建し、雪辱を晴らしましょうぞ」
「弾正重房よ。忠義の心、疑うべくもない。だが
漸く半身を起こし応答ができるまでに回復した小次郎が問う。
「将門様の御懸念、武家の棟梁としては至極当然。さすればあれを御覧下され」
弾正の背後、
「デッドリーコングではないか!」
「配下の者が、上総勢によって拘引されていくレッゲルの切れたゾイドを発見し、一機を奪取致しました。水辺での戦闘に於いて、我ら湖賊に太刀打ち出来る者など、この坂東には居りませぬ」
弾正の口元には絶対の自信が覗える。小次郎は思った。こんな顔の男を知っている。だが奴は湖賊ではない。海賊だ。
潮風に焼かれた赤銅色の顔が、今は無性に懐かしかった。
「して将門様。敵について善からぬ噂を聞き申した」
鋭い眼光を放ちつつ、弾正は周囲を見廻す。
「敵陣に於いて、坂東武者には似付かぬ下衆な策士がおるようで。残敵掃討のため、一時撤退すると見せかけ、安堵して現れた敗残の者を寄ってたかって嬲りものにするというので御座る。もし御味方衆で未だ陣に合流しておられぬ方々があれば、至急お助けせねばなりませぬ。心当たりは御座らぬか」
小次郎を含め、周囲は凍り付いた。解放されたままのデッドリーコングの頭部操縦席に、僅かな血糊が認められる。
呂律の回らないはずの小次郎の唇が、はっきりとその名を叫んでいた。
「良子と多岐、そして孝子が」
小次郎は立ち上がった。ふら付き、四郎に凭れ掛かりながらも立ち上がった。周囲が止めるのも聞かず、そしてその決意に応え、村雨ライガーが頭を低く差し出していた。
「愛しき者を救うぞ、村雨」
黄金の
碧き獅子が、再び立ち上がろうとしていた。