その昔、一人の男がいた。
男は常に一人でいた。
愛してくれる家族も、生き抜く力も、肩を並べる仲間も何もなかった。
だからそれらが欲しくて欲しくてたまらなかった。
後に自身が持っていた異能を買われ、教会に就き、神へと身を捧げるようになってもその念は消えることはなく、ではそれ等を得るためにどうすれば良いかを考えた末、男は努力することにした。
骨が折れ、血反吐を吐き、傷付いても自分が欲するものを得るため、体が限界を越えようとも自身を鍛え上げた。
そして男が壮年の歳になる頃、気づけば周りに男が望んだものがあった。
家族があった、仲間があった、力があった、なによりそこに笑顔があった。
男は人々に英雄と呼ばれ、欲しいものを手に入れることが出来ていた。
幸せに満ちていた。
男はかつてない喜びに打ち震えていた。声にならない嗚咽が漏れ、目から涙がこぼれた、それは男の人生の中で片手で数えられる数の涙だった。
男はより努力するようになった、今度は自分の大事なモノを守れるように、誰よりも明るく、清く、誠実に。
だから、自分たちより尊い、清いものはあってはならないと天使に狙われた。
人の姿をした鬼だと天使に糾弾され、男は自分の人生を掛けて作り上げた全てのモノを奪われ居場所を無くした。
自分の力を使い、殺されることは免れたが心に残った傷は消えることは無く、各地を幽鬼のように渡り歩いていると今度は男の力が気に入らないと悪魔に打ちのめされた。
男の体も心もボロボロになったその時、堕天使達が甘い言葉で囁いた。
『あなた程誠実で勤勉で清い者はいません、魔を滅しませんか?』
いつもならば鼻で笑って突き返した言葉、しかし男のすり減った心ではその言葉には打ち勝てはしなかった。
言われるがままに男は堕天使達が言う魔を滅ぼした。
最後に捨て駒とされ、狭き牢獄に閉じ込められることになるとも知らず、男でも、女でも、子供でも、老人でも全てを壊した。
三大勢力が戦争を始めると、男は牢獄から知らない所に移され全身を鎖で繋がれるようになり、更なる苦が与えられた。
天使から迫害され、悪魔にいたぶられ、堕天使に弄ばれた男はもう全てがボロボロだった。最早抵抗をする気も起こらなかった。
多数の投薬、魔術、検査という名の拷問を受け。その日々の内に男の皮膚には鱗が生え、目が爬虫類のそれになり、体が少しずつ変化を始めた。
実験の全てが終わり、世界の全てに散々な目に遭わされた男は龍となっていた。
どこかもわからぬ実験場から戦地に連れ出され、また男は敵を壊した。どの種族であっても関係なくブレスで焼き、爪で裂き、十数メートルまで膨れた体で潰した。
相手の叫び声も、手に残る嫌な感触もいらない、もう男は、龍は終わりが欲しかった。
その先にも後にも龍の心を揺さぶるモノもなく、龍は神が魔王と共に死んでもその身を動かし続けた。
身を粉にして尽くしても糾弾された時から信心などもう欠片とて無いし、魔王も自身を痛めつけ、こうなる一端を担った悪魔達の親玉である。
どちらにもいい感情など無いし、そもそもこんな姿となった時から最早終わりを求めるだけの龍がそのようなことに関心などある訳も無い。
しかし龍が求めた終わりは突然に来た。何処からか飛んで来た槍が龍の瞳ごと頭を貫いたのだ。
「あぁ…やっと…」
流石の男であった龍も頭を串刺しにされればもはや生きる術も無く、その言葉を最後に死んだ。
何処か、せめて安息を得られる場所へ、欲を言えば自身の妻子がいる所へと願う男。
だが、どんなに願っても魂が天へと昇ることはなく、男の持つ異能が神器として残された。
異形の「龍の手」として。