煉獄の使者   作:あぷぺあら

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 かなりアクの強い作品となっておりますので、ご注意ください。


襲撃

 あいつは、ただ自分の居場所がほしかっただけさ。

 

 だったらどうしてあんなことをしたのかって?

 

 さあな、それはなんとも言えない。

 

 でも、ひとつだけ言えることがある。

 

 あいつは中途半端な自分が許せずに、ただ自らに試練を課していくだけの、

 

 哀しい男だったんだよ。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 帝都から少しだけ離れたその町で歩く、一人の男がいた。ステップを踏むような軽い足取りで、鼻唄まじりに夜の街道を歩く男は、名をローレン=ガルシアといった。

 彼は自らの商業を成功させ、富豪になった数少ない人間の一人だった。今や、商業界で彼の名を知らぬものは、よほどの愚か者か、商業界に足を突っ込んだばかりの新参者かのどちらかだった。

 

「降ってきそうだな……」

 

 男は一言そう呟いた。周期的に考えて、今日は満月となるはずだったが、生憎と分厚い雲がそれを覆い隠し、星空さえ見えない暗い夜となっていた。だが、男にとってそんなことは、至極どうでもいいことに過ぎなかった。

 手元の紙袋をほくほくした顔で見つめる彼の姿を見た者がいるとすれば、一瞬で距離をとるだろう。それほどの顔を彼はしていた。だが、それすらどうでもよかった。何故なら今日は、愛する娘の誕生日なのだから。

 

 娘は、町の中でも飛び抜けて美人だった。それは親の色眼鏡を考慮せずともはっきりとわかりきっている事だった。ただひとつ心配なのが、彼女に悪い虫が付くことだった。しかし、それはあり得ないと妻や周りの人間は言う。娘は――――アリア=ガルシアは――――思慮深い、懸命な判断のできる少女なのだから。

 それでも心配なものは心配だった。それは父親という生き物の、避けることのできない(さが)でもあった。

 

 嫌に静かな夜だった。

 

 どことなく不安を掻き立てるような、そんな気がした。

 まさか、娘へのプレゼントが喜ばれない? そこまで考えて、彼は頭を激しく振った。そんなことがあり得るはずがない。アリアがそんなひどいことを考えるような子じゃ、決してない筈だ。彼はそう考えると、深い溜め息を吐いた。恐らく疲れているのだろう。と結論付けて、気がつくと家まであと少しというところまで来ていた。

 

 だがひとつの違和感があった。

 

 ――――明かりが点いていない。

 

 日が沈んでから、もうだいぶん時間がたっている。だからといって寝るのにはまだ早い時間である。家族の身に何かあったのだろうか。恐ろしいくらいの速度で脈動しだす心臓を押さえて、ローレンは玄関の扉を開けた。

 

 そこには、外と寸分も違わない暗闇が広がっていた。いつもならすぐに玄関に駆けつける使用人も、愛する妻と娘も、そこにはいなかった。家の主人を迎えたのは、ぽっかりと口を開けた、虚ろな闇だけだった。

 次いで、微かな香りが漂ってきた。その臭いを一言で表すなら『死臭』だった。そんなものを嗅いだことなど、ローレンは一度もなかったが、それは間違いなく死臭であると本能が告げていた。

 

 何者かの襲撃を予感して、ローレンは覚悟を決めた。我が家を襲った賊を倒すことを。彼は決して戦闘慣れしているわけではなかったが、人並み以上には魔術を使いこなすことは出来た。いざとなればそれで敵を打ち倒すつもりでいたし、家族を傷つけた罰を与えるという意志が強かったために、何処からか自信が沸き上がってきていた。それが、全く根拠のないものだとしても。

 

 長い廊下を踏みしめ、リビングへと向かった。もしかしたらサプライズの類いかもしれないといった希望が、彼の心のどこかにあった。

 

 彼は鼻で笑った。サプライズを仕掛けられるのは、今日の主役であるアリアであるべきではないか。もう、驚き(サプライズ)は十分に終わった。もう種明かしをしてもいいのではないか。彼の心が一抹の希望を求めたところで、彼は靴の裏に言い表しようのない感触を得た。

 

 水にしては妙にねばついた、鉄臭い液体だった。ローレンの喉の奥から変な音が迸った。足元を見ると、暗闇でもわかるような量の血だった。そして、視界の端に写りこんだ、壁際にもたれ掛かる“何か”に目を向けてしまった。

 

 顎から上を木っ端のようにズタズタにされた、メイド服を着た人体だった。壁中に脳やら骨の欠片やらをぶちまけて横たわるそれは、ガルシア家に仕えていた使用人で間違いなかった。

 

 見ると、他にも数体の死体が横たわっていた。全てが急所を一撃で破壊されており、見るも無惨な状態にさせられていた。

 

 ローレンは(おのの)いた。だが恐怖はしなかった。寧ろ、犯人に対する憎しみの炎をその瞳に燃え上がらせていた。頭の中で唱えるべき詠唱を反芻し、やがてリビングの大きな扉の目の前に着いた。

 扉の取っ手に手を掛ける。金属から伝わったひんやりとした感覚と、未だ己の中に巣くう恐怖心とで思わず身震いした。だが歯を食い縛って取っ手を押し、扉をこじ開け、中の様子を確認しようとした。

 

「入っちゃ駄目! お父さん!」

 

 ローレンが足を踏み入れるとほぼ同時に、アリアの悲痛な叫び声が部屋の中に木霊した。

 

 真っ暗な部屋だった。

 

 いつもの暖かい家庭とは全く違う、冷たい空間だった。

 

 そしてローレンはそれを見た。

 

 部屋の中心に吊るしてあったシャンデリアの鎖に、首をくくりつけられて息絶えた妻の姿を。手足を縛られ、押し殺した泣き声をあげる娘を。そして、その背後に立つ人影を。

 きいきいと妙に耳障りな音を発しながら、妻の――――エミリアの死体がゆらゆらと揺れた。その顔は恐怖に歪み、涙で顔がぐしゃぐしゃになっていた。それはよほどの恐怖を与えられたことの証明でもあった。

 

 ローレンはアリアの後方に立つ人影を睨み付けた。暗すぎて、その人相までは分からなかったが、そんなことはどうでもよかった。ただ、使用人をすべて惨殺し、妻を手にかけ、娘すら傷つけようとする輩を、無事に済ますつもりはなかった。

 

「逃げて! 早く……」

 

 アリアの言葉が終わらぬうちに、鈍い音がした。棒のようなもので彼女の後頭部を突いたようだ。

 

 ローレンの怒りが頂点に達した。どんな手を使ってでもアリアを守り、犯人を痛めつけてやると決めた。

 

 雲が切れ、顔を隠していた望月が地上に光をもたらした。リビングの窓から射し込んだ淡い月の光が、倒れたアリアの後ろに立つ人物を照らし出した。

 

 ひょろりと背の高い中年の男だった。

 

 適当に剃られたであろう無精髭をしており、もじゃもじゃの黒髪が、肩の長さまで伸ばされていた。

 右手に持っているのは、ローレンの見たことがない形状の、マスケット銃に似た物だった。その、マスケット銃でいうところの銃口の部分を、アリアの後頭部に押し付けているような状態だった。

 

 だが、ローレンの目を引いたのはそこではなかった。目の前の男の中で一番異常な部位は、その目だった。

 あらゆる感情が欠如した目だった。アリアに銃口を向けている今でさえ、なんの感情も読み取ることができない、冷たい目をしていた。彼の目を見た後では、爬虫類ですら暖かみのある目をしているように感じた。

 

「お前の目的は……何だ?」

 

 ローレンはなんとか声をひりだした。ひどくかすれた声だった。

 

 男はうっすらと笑った。その笑顔も、薄っぺらいなんの感情も宿していない笑みだった。

 

「目的は、ただお前を殺すことだ。ローレン=ガルシア」虚ろな声で男が答えた。ローレンは、まるで植物と会話をしている気にさせられた。

 

 男の指が、引き金をひこうとするのを、ローレンはしっかり見ていた。もう、時間稼ぎは十分だった。

 

「《雷精の紫電よ!》」

 

 ローレンの指先から、紫に輝く閃光が迸った。

 

 【ショックボルト】

 

 容易に修得することのできる汎用魔術。相手の体に電気を流して気絶させる、低致死性(ロー・リーサル)の物。ローレンは一流とは言わないまでも、一節詠唱が出来るくらいには魔術の心得はあった。完全に意表を突き、男は動くことができないでいた。

 

 着弾した。

 

 その瞬間、光が霧散した。男は何事も起きなかったかのように、立ったままでいた。ローレンが目を見開き、口をわなわなと震わせた。完璧なタイミングであったにも関わらず、攻撃が通用しなかった。何かの魔術によって相殺されたと考えたが、何かしらの詠唱があったようには見えなかった。

 

 男は歯を見せて笑った。確信のこもった獰猛な笑みだった。ローレンはそこにはじめて、男の感情を見た気がした。

 

「お父さ……」

 

 凄まじい破裂音が響き渡り、ローレンの鼓膜を震わせた。だが彼はその瞬間を見ていた。男の銃から発射された弾がアリアの頭を粉々に砕くのを。

 

 壁や床が真っ赤に染め上げられ、空中に巻き上がった金の糸が月明かりを反射して煌めいた。ローレンの脚が力を失い、膝まずいた。鋭い痛みが走るそこを見ると、砕けたアリアの頭蓋骨が、深々と彼の太ももに突き刺さっていた。

 

 バン! と凄まじい音が再び響き、ローレンの右腕の肘から先が消し飛ばされていた。悲鳴をあげてのたうち回るが、男は銃を持ったまま薄い笑みを浮かべるだけだった。ローレンは浅い呼吸を繰り返しながら男を見上げた。「どうして、私を、殺す……」

 

 男は銃に何らかの操作を施し、がしゃんと音をたてるとローレンの眼前に銃口を向けた。「お前に死んでほしいと願う人間がいる。俺は、その願いを叶えるだけだ」

 

 引き金を引いた。仁丹のように細かい銃弾を至近距離で浴び、ローレンの顔面が爆ぜた。

 

「……終わったな」

 

 ローレンの体が力を失い、べちゃりとくずおれた。男はその死体の側に筒状の物を置くと、廊下を通って玄関をあとにした。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「すっげえ。あいつ、まじでやりやがった!」

 

 ローレンの自宅から道路をはさんで正面の家屋の屋根に、一人の若い男がいた。嬉しそうにけたけたと笑い声をあげて、手を叩きながらはしゃいでいると、背後に気配を感じたのか急に振り向いた。そこには先程の男がいた。それを見ると、若い男はにんまりと笑った。

 

「実に鮮やかな手口だったよ、フリューゲルさん。まさか本当にやっちまうとは。これで俺も、あいつらが吸い上げていってた利益を得られるというわけさ。ホント、感謝してもしきれねえよ!」

 

 フリューゲルと呼ばれた男は、ただ(くら)い瞳で若い男を見下ろしていた。相変わらずの感情のない目だった。

 

「しかし、惜しいことをしたな。あいつの娘はかなり上玉だったぜ? 取っ捕まえて()()()()をするには絶好だったじゃないか。まさか躊躇なく粉々にするとは思わなかったよ。あんなかわいい顔が……もったいねぇなぁ」

 

「アリア=ガルシアの拉致は、依頼には含まれていなかった筈だが?」

 

 何処までも落ちていきそうなほどに真っ暗な瞳に射抜かれ、男は一瞬怯んだが、どうやらフリューゲルは怒りを覚えているわけではないと知ると、皮肉げな笑みを見せて肩をすくめた。かなり動きがこわばってしまったが、心を落ち着けるためにもそうした。目の前の男が自分に牙を剥くことなど、考えるだけでも恐ろしかった。

 

「ただの冗談だよ。 ま、お前は冗談が通じそうな相手じゃないな。そうだろ、鉄 仮 面 男(ミスター・アイアンマン)?」

 

「冗談は、確かに通じないかもしれないな。だが、エンターテイメントなら用意しておいた」

 

 フリューゲルはそう言うと、若い男に小さな金属のようなものを放り投げた。それをつかみとると、灰色の金属製の棒に、スイッチのようなものがついた物体を渡されていた。

 それと同時くらいに辺りが喧騒としだした。騒ぎを聞き付けた憲兵隊がガルシア家の屋敷の中に入り込んでいるようだった。

 

「おい旦那。そろそろ()()()しねえと不味いんじゃねえか?」

 

 男はフリューゲルを見上げたが、フリューゲルはずっとガルシア家の様子を眺めているだけだった。その態度に、男はしびれを切らして立ち上がった。罵倒の一つでも食らわせてやろうと口を開きかけたが、それは掌で遮られた。「見つかるぞ」と言いたげな顔をしていた。だが、焦っているような様子は一切なかった。

 男は舌打ちをしてまた座りこんだ。憲兵隊の全員がガルシアの館に突入してしまい、表には野次馬が集うだけだった。

 

「スイッチを押せ」

 

 フリューゲルが男の耳元に低い声で告げた。男が半ば反射的にスイッチを押すと、大爆発が巻き起こった。

 爆風で憲兵隊の体がめちゃくちゃに引き裂かれ、曇天の夜空に撒き散らされた。砕けた家屋の破片が野次馬たちを襲い、一瞬にして辺りは地獄のような景色となってしまった。

 男は声をあげて笑った。すでに周辺は大騒ぎになっており、男の笑い声は届いていなかった。

 

「こいつはすげえ! 最高だよ、あんた!」

 

 男は子供のようにきらきらとした笑顔でフリューゲルを見上げた。そして目が合った。若干歪んだその顔に言い知れない恐怖を感じたが、どうやら笑っているようだとわかると、ふう、と息を吐いた。

 

「なあ」

 

 唐突にフリューゲルが声をあげた。それは周りの喧騒にかき消されることなく、男の耳に確りと届いた。

 

「お前は、煉獄を知っているか?」

 

 男はフリューゲルの問いの意味がわからず首をかしげた。フリューゲルは、先よりも笑顔を深くしていた。それはそれで言い様のない恐怖感があった。

 

「死んだ魂が、天国にも地獄にも行けず、苦しみ続ける場所のことだそうだ」

 

 フリューゲルの瞳が男をとらえた。それは妙な輝きを帯びていた。

 

「俺にとっては、ここがそうさ」

 

 異変は、そこで起こった。

 

 呼吸をすることが出来なくなっていた。息を吸おうとしても、まるで肺に入ろうとせず、かすれた音が喉から漏れるだけだった。

 

「な……にが……」

「お前は、俺を売ろうとしたようじゃないか」

 

 男の目が見開かれた。まさか露見しているとは考えても見なかった。

 

「俺を吊し上げることで、英雄になろうとしたか?」

 

 フリューゲルはしゃがみこみ、男の顔を覗きこむと、歯を見せて笑った。

 意識が朦朧とした。ただ喉をかきむしるようにしながら、釣り上げられた魚のように体を痙攣させた。そして光を見た。遊ぶように目の前を次々と通りすぎて行く、いくつもの光を。

 

「安心しろ。その蛍はお前を殺しはしない。煉獄へ導くだけだ」

 

 やがて男が白目を剥き、泡を吹いて力を失った。

 

 町中が声なき悲鳴に包まれていた。撒き散らされた『蛍』達が、町中の人間から呼吸を奪っていた。呼吸器系の筋肉を硬直させ、あらゆる生物から呼吸をする手段を奪う生物兵器『蛍の灯火』。かつて、()()()()()()()()()()()()大勢の人間を殺戮して回った残忍な蛍。その『大勢の人間』の中には、例外なく彼も含まれていた。そして、いまいるこの世界へと導かれた。彼の持っている常識をことごとく(くつがえ)す煉獄へと。

 

 フリューゲルの背後に、人がいた。メイド服を着た女だった。その可愛らしい格好からは想像のつかない残忍な笑顔を張り付けていた。フリューゲルはその気配を感じとると、腰からオートマチックの拳銃を引き抜いて背後の女に向けた。だが女は笑みを絶やさず、しかし両手はきちんと上に上げていた。

 

「見たことのない形をしていますが、どうやら銃のようですね。それならこうしておいた方が、双方安心できるというものです」

 

「この空間で生きているということは、不死者か?」銃口は女の心臓を捉えたまま、フリューゲルは訊いた。

 

 女は笑った。正解を導いた目の前の男を褒め称えるように。

 

「御明察です。私は不死者。“半”がつきますがね。尤も、あれほどまでに苦しい死に方をしたのはかなり久しぶりですが」

 

 女は先刻のことを思い出していた。まさか呼吸そのものを止められるとは思わず、無様な死に方をしたと顔をしかめるが、それよりもやるべきことを優先させる。

 

「依頼があります」

 

 フリューゲルを纏っていた殺気が一瞬で消え失せた。それを確認して、女も手を下ろした。

 

「客か」フリューゲルはそう呟くと銃口を下げ、ロックをした。

 

「ええ、客です。依頼内容はフェジテにあるアルザーノ帝国魔術学院に在籍する講師、グレン=レーダスの殺害。出来ますか?」

 

「金さえ払えばな」

 

 フリューゲルは笑いながら、拳銃の形を確かめるように撫でた。女には、その笑顔が今までに見た男の表情の中で一番分かりやすいものだった。

 

「ルミア=ティンジェルの誘拐ではなく、グレン=レーダスの殺害とはな」

 

 女の顔が驚愕に歪み殺気が爆発するが、フリューゲルは動じることなく、無表情のままだった。

 

「此方にも、情報網というものはある。だが心配することはない。俺もお前達も、世間一般では外道だろう、天の智慧研究会、第二団地位(アデプタス・オーダー)、エレノア=シャーレット?」

 

 その言葉を聞いた女――――エレノア=シャーレットは、にんまりと笑った。

 

「それでは、お願いしますわ。元帝国魔道士団特務分室、執行官ナンバー13・コードネーム《死神》フリューゲル=シュトロブルク様」

 

 

 




 どこからか漂うカウボーイビバップ臭……

 フリューゲルさんのモチーフは、トンプー1対ビシャス3対ヴィンセント6くらいです。
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