煉獄の使者   作:あぷぺあら

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傲慢

再 生(リジェネレート)細胞か」

 

 フリューゲルはカレンに目を向けたまま淡々と告げた。少女の光悦とした表情にも、醜悪な挽き肉となり、それでもまだ生きたままのアンディにも全く動じず、最初に口に出したのはそれだった。ソニドはその問いには答えず、まだ薄い笑いを浮かべたまま、カレンの頭を軽く小突いた。

 

 その直後カレンの体が揺らぎ、板張りの床に崩れ落ちた。数秒後に静かな寝息が聞こえてくる。彼女は満足そうな顔で眠りに堕ちていた。

 長い時間、連続して銃を撃ち続け、疲労が蓄積していたカレンの体はとうに限界だった。いくら高性能で反動が少ない銃であろうとも、体に与える影響が無いわけではない。興奮が一気に醒めたことによって彼女の体は休息することを選択していた。

 

「有り合わせの材料で作った、かなりの粗悪品だけどな。普通はこんなめちゃくちゃな再生はしないぜ? あとひとつ訂正だ。こいつは癌化された再生(キャンサード・リジェネレート)細胞。普通なら定着に数ヵ月かかるところを、癌 化(キャンサード)によって数日だけで体が適応するように出来る優れものさ。尤も身体中がこれに侵食されたら、普通に死ぬけどな」ソニドは言葉を切り、ぎらぎらと血に餓えた肉食獣のような輝きを持った瞳で、フリューゲルを見上げた。「完全に命への、神への冒涜だよ、こいつは。この世界の住人はこんなこと赦さないと思うだろう? 何せ神の御加護を“魔術”なんて形で体現する奴等だからな」

 

 フリューゲルはちらりとソニドへ目を向けたが、また蠢く肉塊に視線を戻すと口を開いた。

 

「神への冒涜そのもの、それがカレン=ユーズに対する贈り物か、ソウタ」

 

 ソウタ、と名前を呼ばれたソニドは鼻で笑うと口許を歪ませてフリューゲルへ顔を向けた。吸い込まれそうなほどの虚を宿した、その瞳を。

 そして楽しそうに両手を広げた。壇上に上がって説明会(プ レ ゼ ン)を開くように。

 

「勘弁してくれないか、旦那。ここは近世ヨーロッパに近い文化を持った場所だぜ? 奏太(ソウタ)なんて日本人のような名前だと悪目立ちしちまうよ、()()()()()()()()()ここはソニドと呼んでくれ。(ソニド)は奏でる物だからな」

「……例のものは?」

 

 勿論、そう言ってソニドはズボンから小さな小瓶を取り出した。中には赤い液体が詰まっており、光の加減によっては少し翡翠のような色にも見える不思議な物だった。

 

 ソニドはそれを三つ手のひらの上で転がしていると、フリューゲルが一つをつまみ上げ、中身の液体をまじまじと見つめた。濁ったその瓶の表面に、銃口のような空虚が映り込んだ。

 

「“卵”がこれだけだと殆ど作れないな、まだ先は遠そうだ」ソニドが小瓶を手のひらでもてあそぶ。

「これで何人分だ?」

「ざっと十五人くらいだ。旦那が提示した量に達するには、この瓶があと十数個は必要になるぜ? まあ、この世界の連中相手にはそれも時間の問題だろうがな」

 

 ソニドはまたその瓶を掴むと、ポケットの中へと無造作に入れた。

 

「しかし、俺が生体技術班に所属していたと知るや、直ぐにこいつを作るように頼んだよな。こんなものなくても、旦那ならこの世界を蹂躙することくらい楽勝なんじゃねーの? わざわざ“蛍”を作らせるなんてさ」

「……この世界のやつらは、そこまで一筋縄にはいかない」ゆっくりとフリューゲルがソニドを見た。頭上から見下ろされる虚無の瞳に、ソニドは一瞬たじろいだが、辛うじて仮面をつけることには成功した。相手に真意を悟られないようにする、微笑という仮面を。

 

 ソニド――――ソウタ自身、人心掌握には長けている自信はあった。なにせ戦場の後方で幾人もの負傷者を看る仕事をしていたのだ、必然的に精神をやられた患者と接する機会も増える。彼らを安心させるため、助からないときには死への恐怖を和らげるために彼は経験と話術、そして投薬をもってその心を掌握していた。

 だが目の前の男は、巨大な虚空は――――その心の片鱗すら読むことが出来ない。この男の心を読むことが出来るなら、きっと他の動物とコミュニケーションをとることも可能になっているだろうとすら錯覚できた。

 

 フリューゲルの体の事は十分に知っていた。人間を越えた力を得る代わりに、精神構造が蟷螂(カマキリ)に似ていく――――主に兵器開発部等の非戦闘員を最前線で活躍できるようにする措置だが――――

 ソウタにはその程度には感じられなかった。()()()()? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そ、れもそうか……技術的には大体第一次世界大戦前、充分物理的な方法で人を殺せるレベルの技術力だからな。――――まあ、これを売り捌くには都合のいい世界であることには変わりないんだが」胸ポケットから緑に輝く粉の入った袋を取り出しながら、持てる冷静さをつぎ込んで口を開いた。フリューゲルという虚ろに吸い込まれないようには、それが精一杯の努力だった。

「“鱗粉”中毒によって呼吸が止まった人間から、汚染された部分だけを抽出して精錬しないと、“成虫”は手に入らない。だが目標は、“蛍”無しに成し遂げらない」空虚たる瞳をその緑へ向けながら、フリューゲルはぼそりと呟いた。

 

 その『目標』すらソウタには全くわからない状態だ。フリューゲルが蛍を以て何を成そうとするのかは分からないが、ひとつだけ確かなことがあった。

 こいつは、この世界を破壊するつもりだ。何に使うにしろ、“蛍”は人を大量に殺戮するための生物兵器なのだから。

 

 その思いはソウタの中にもあった。

 

 自分の持つ技術が、この世界ではどれ程の影響を与えるのか見てみたい。当たり前に享受していたものが、別の世界でどれだけの猛威を振るうのか見てみたい。

 その為だけに彼はかつての戦争において使用された、大量破壊兵器による焦土――――禁忌区域へと向かった。その兵器の影響で時空がねじ曲げられた場所へと。曰くその場所は別の世界への入り口になっており、神隠しが多発しているという。もう今の世界への未練など、とうに投げ棄てていた。それほどまでに、彼のいた世界はつまらないものとなっていた。

 

 望み通り、それは起こった。肉体が引き裂かれるような苦痛に苛まれはしたものの、目を開けたときには自分の知らない世界があったのだ。心が歓喜に震えるのをその時、初めて感じた。自分は使い捨てにされる駒ではないということ、この世界で最も力を持つ人間になれたということを。

 そしてニュースを手に入れた。大きな都市が丸々一つ分、住民の呼吸をすべて止められた状態で壊滅させられたらしい。

 同郷の人間が、“蛍”を使ったかもしれない。その時、その考えはまだ疑いの段階だった。この世界には魔術と呼ばれる技術があると知ったからだ。それが自分には何の役にも立たないということも。

 

 そして、どこかの大きな学園が襲撃されたという事件を知り、その下手人の似顔絵が公表されたことによってソウタの疑念は確信へと変わった。

 その男は見たことがあった。戦力の強化のため、肉体改造を施されて戦場に送られた非 戦 闘 員(ノン・コンバタント)の顔写真の中にその男の姿があったことを覚えていた。

 その男の事に関する情報を集め回り、彼は戦慄した。

 俺のやりたかったことを、一足先にやってしまったやつがいる。それもかなり残虐な行為を以て。

 

 それからその姿を探し回った。あの男と協力すれば、自分一人よりももっと良い景色が見えるかもしれないと考えて。

 知識では知っていた。改造された人間がどのような末路をたどるのか。

 だが実際に目にしたものは、予想を遥かに上回る化け物だった。昆虫どころの騒ぎではない、もっと無機質でもっと強大な、無理に例えるなら銃そのものと言ったような男だった。

 

 しかしそれでも構わなかった。退屈な世界で、平和を謳歌しながらつまらない毎日を送るよりは余程ましだった。

 ちょっとしたサバイバル・ゲーム――――ゲームは難易度が高いほどスリルがあって面白い。だからソウタは、敢えて調査をする人間に対し、メッセージを送った。情報を錯乱させ、それでも惑わされずにたどり着いた者と遊ぶために。

 

 笑いがこみ上げた。薬を渡したときの、この世界の住民の歓喜に満ちた顔を思い出したからだった。すさまじく愉快だった。ソウタたちのいる世界では、そもそもそんなものに手を出さずとも、安価で副作用の一切ない(ドラッグ)などありふれているのだ。危険な副作用のある、しかも見た目で判断しやすい薬など、誰も使うはずがなかった。

 新しいものにはすぐに飛び付く。それが人間の性だった。甘い言葉と、珍しい見た目でその薬は次々と捌く事ができた。

 

()()()()()()()()()()()

 

 本心が心だけに収まらず、口をついて出た。

 

 いまだ寝息をたてるこの少女もそうだ。新しい力を与え、少しお膳立てをするだけで予想を上回るほどに狂愚(きょうぐ)してみせ、ソウタに対する疑心をすべて捨て去ってしまった。自らの行いが、どれだけ馬鹿げた行為であるのかも気づかずに。

 その時に抱いた感情は、嘲弄(ちょうろう)以外の何物でもなく、脳の足りていない猿を見下す感情にも酷似していた。

 

「傲慢な考えだ」だから不意に発せられた、フリューゲルの地の底から響き渡ってくるような否定の言葉を理解するのに、ソウタは少しの時間を要した。

 

「この世界の人間は、俺たちより余程人間らしいかもしれない」

 

 ソウタには目の前の怪物が何を言っているのか理解に苦しんだ。だが否定する気にはなれなかった。恐怖が完全に彼の心身を支配し、否定する気力をしっかりと縛り付けていた。

 

 ただ一言、「そうかい、俺にはそう思えないがね」

 

 そう返すのが精一杯だった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 目を開くと、そこは純白の世界だった。

 一瞬、自分がどこにいるか分からず、それどころか自分がどのような名前を、どのような姿を、どのような声をしているのか思い出せずにいたが、意識がしっかりするにつれて記憶も甦ってきた。

 手をゆっくりと握って開く。手のひらの感覚を確かめ、生きていることを実感したところで、横から声が飛んできた。

 

「ようやく起きたか、セリカ」

 

 そのふてぶてしい言葉を発した弟子を睨み付けながら立ち上がろうとしたが、体にうまく力が入りきれず、またベッドに倒れこんだ。

 

「体に力が入らないか? 一応傷は塞がったらしいが、生憎やられた相手が相手だからな」

 

 グレンがセリカを咎めるように見下ろして言った。どうやら相当に怒っているらしく、普段は見せない肌に突き刺さるような怒気を彼は纏っていた。

 セリカは肩をすくめる。グレンが何故怒っているかなど、とうに分かりきっていた。

 

「フリューゲルに魔術を放ったときにお前はわかったはずだ。あいつには魔術が通用しないということくらい。なのにどうして戦闘を続けた? 魔術が通用しなければ、お前はただの人間なんだぞ!」

「――――知っていた」

「は?」

「知っていたよ。フリューゲルに魔術が通用しないことくらい。一度会ったことがあるからな、その時に確認済みだ」

 

 グレンの顔が戸惑ったように歪んだ。尚更、何故戦ったのかと追撃される前にセリカは答えを出した。

 

「退くに退けないときなんて、お前にもあるだろう? グレン。私もそうさ。あの時戦わずにいたら、エントランスにいた生徒全員の命が危ぶまれる状況だったんだ。いくら相性が悪いといっても逃げるわけにはいかんさ」

 

 目線で問いかける。――――お前もそうだろう? セリカは口にこそ出さなかったが、その目線だけでグレンは言葉につまった。生徒を護るためならばと危険な戦場に飛び込み続けた彼に、その言外の指摘に対する反論は不可能だった。

 分かっている。グレンの中に燻る怒りはただの理不尽な感情に過ぎないと。セリカの指摘に、彼が何も返すことができない時点で恐らく彼女も理解していた。

 

「冷静さが足りないな、お互いに」

 

 セリカは口の端を歪めて皮肉げに笑った。人間を超越した長寿であろうとも、絶対の存在ではない。彼女自身にも欠陥は幾つもあった。ただそれが今回のことで浮き彫りになっただけだ。

 冷静さ。恐らくフリューゲルの方が、その事に関してはセリカよりも上手だろうとは簡単に予測できた。そもそも彼を見たあとでは、地を這う小さな虫ですら喜怒哀楽の激しい隣人のように思えるかも知れなかった。それほどまでにフリューゲルは冷たく、暗い闇を持っていた。それこそ長い年月を生きたセリカですら見たことがないくらいに。

 

 首に巻かれた包帯が気道を圧迫し、息がしにくかったが、セリカはそれをほどこうとはしなかった。普通に怪我をし、普通に病室に運ばれて治療を受けたという事実が()()()()()()()()

 この怪我が、()()()()()()()()()()と訴えかけてくれているような気がして、包帯の上を指で少しなぞった。ぴりぴりと痛んだが、それが彼女の体に傷を残したのだという事実にもなった。

 

「なあ、セリカ」

 

 グレンの声にセリカは顔をあげた。彼はセリカの前でしか見せないような、何処と無く弱々しい表情をしていたが、セリカは先を促した。

 

「俺はあいつと戦わなくちゃならない」

「私に説教を垂れておいて、お前は命を懸けた無謀な挑戦か? 偉くなったな、お前」

 

 セリカが睨み付ければ、ぐっとグレンの息が詰まった。やっぱりそう言われるか、と言うように。

 だがセリカはグレンに微笑みかけた。あまり慣れない表情であるせいかうまく笑えている気はしなかったが、グレンの肩の力が抜けたのを見ると、うまくいったようだった。

 

「あいつはお前を狙っていると言った。あくまで私は副産物に過ぎなかったらしいな。ただ邪魔をしたから、排除したってことみたいだ。だが標 的(メイン・ターゲット)がお前である以上、お前はあいつと戦わなくちゃならないのは必然だ。違うか?」

 

 グレンは目を見開いていたが、やがてこくりと頷いた。それを確認してセリカは続ける。

 

「だったら戦うしかないだろう? しかし困ったことに、私にはお前のクラスを後釜で請け負うには少々荷が重いようでな、お前には生きて帰ってきてもらわなくちゃ困るんだ」セリカはにやりと笑った。「私に面倒事を押し付けてくれるなよ? グレン」

「たりめーだ畜生。上手く焚き付けやがって」グレンはセリカに鋭い目線を投げつけたが、セリカは苦笑してそれを受け流した。

 

 セリカは記憶の中にあるフリューゲルの姿を思い浮かべた。“死”や“虚無”、あるいは“恐怖”その者の姿を体現させたような大男のことを。

 どこまでのことをすれば、あそこまで生物としてあるべきものを捨て去ることができるのか、彼女にも理解ができなかった。ただひとつ確かなことは、それほどの状態になった彼は他を寄せ付けないほどの力があるということだった。

 

 グレンもその事は十分すぎるほど理解していた。

 それでも進み続けると決めていた。殺すためではなく、止めるために。

 

 

 

 

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