煉獄の使者   作:あぷぺあら

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ちゃんと投稿出来ているでしょうか……?


激突

 フリューゲルにとって、今いるこの世界は何物でもなく違和感の塊に過ぎない。人々が何かしらの呪文を唱え風だの炎だのを繰り出す様は、彼にとってはファンタジーの世界の話だった。少年なら一度は憧れるであろうそんな世界で、しかし彼はその世界に広まっている技術――――魔術を手にはしなかった。正確には出来なかったのだ。

 

 以前は少し落胆したものだった。フリューゲルはそう記憶している。今ではもう、その時の感情を思い出すことなど出来はしないが。

 

 門兵が倒されてから追撃は訪れていなかった。別に隠すつもりは毛頭なく正面から堂々と突破するつもりであったが、先程の衛兵の死が伝わるには、如何せんこの世界の科学技術は足りていなかった。

 この世界の科学技術は、フリューゲルの予想だと産業革命直後の物だろうとは容易に予想がついた。帝都に蒸気機関車が走っていたからだ。武器の技術もあまり発達はしていない。尤も魔術という技術があるため、あまり必要の無いことなのかもしれないが。

 

 フリューゲルは手に持った鉄の塊を見た。数百グラムにしかならないその鉄は、それだけでも他人の命を奪い去るには十分すぎた。

 小指の先程の鉄の弾を急所に受けただけで人間は死ぬことができる。何とも皮肉なことだった。人の命は、場合によっては鉛玉数グラム分にしかならないのだから。

 

 派手な装飾が施された玄関に着いた。結局追撃を受けることはなかった。恐らく門に張られた結界を過信していたせいだろう。そう結論付けて学園の中に入り込んだ。広いエントランスの中で、複数の生徒が談笑していた。その中の一人、最も距離が近いところにいる女子生徒に声をかけた。

 

「すまない、グレン=レーダス先生の教室は知っているか?」

 

 一人で魔道書を読んでいたその生徒は、頭上から降ってきた声に上を向いた。そこには背の高い男がいた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そこの階段から上がって、一番奥の教室です」

 

 生徒は警戒心を解いて答えた。その瞬間、男の瞳が急激に色を失っていった。深い奈落の底へと堕ちていくように。そしてまじまじと見てしまった。あらゆる生物的な感情の欠如した、虚ろな色をした男の瞳を。

 

 強い恐怖を覚えた。まるで自らを丸ごと飲み込んでいきそうな気がして、悲鳴すらあげられなかった。

 

「感謝する」

 

 かちゃり、と女子生徒の眼前に何かが向けられた。ぽっかりと空いた穴だった。彼女にはそれが何かを知るすべはなかったが、そのままだと危ないということは脳内で鳴り響く警鐘によって理解はしていた。ただ動くことは出来なかった。

 

 銃声が轟いた。

 

 それと同時に男の姿が消え去っていた。そう彼女は理解したが、違っていた。自分が移動していたのだ。何者かに抱えられた状態で。彼女はゆっくりと上を見た。そして、その美貌を至近距離で見つめた。

 

 美しい。の一言だけでは済まされないような絶世の美女だった。揺れる金髪も、鋭い光をたたえた宝石のような瞳も、少女の中では勝てるものは一つもないと思わせるほどに。ただそのような美しい女性でも、この場の助っ人において彼女よりも頼りになる人物など少女は思い付かなかった。

 セリカ=アルフォネア。世界で数えるほどもいない第七階梯魔術師。元帝国宮廷魔道士団特務分室、執行官ナンバー21《世界》の名を持つ『人外』と称される程の人物。

 

「早く逃げろ!」

 

 彼女はよく通る澄んだ声で叫んだ。その一言で辺りの生徒は蜘蛛の子を散らすようにはけていった。

 

「君もだ。早く」

「で、でも」

 

 あんな賊程度、貴女の力があれば一瞬もかからずに倒すことが出来るでしょう? 少女はセリカにそう問いたかったが、不可能だった。少女を見つめる彼女の瞳が僅かに揺れ動いていたから。

 

「私とあいつはすこぶる相性が悪くてな。悪いが仕留めきれるかわからない」

 

 セリカの首筋を一滴の冷や汗が伝った。それは彼女の焦りをまざまざと表しており、少女を恐怖させるには十分すぎる効果があった。セリカはうっすらと笑っていたものの、それが余裕の無い表情であることは明らかだ。

 

 少女は走って逃げた。セリカの戦いに巻き込まれるわけにはいかなかったのもあるが、それ以上にあの男から距離をおきたかった。走りながらただ願った。セリカの勝利を。ただ、別れ際のセリカの様子は明らかに異常だった。だから少女は目指した。ロクでなしで優秀な教師として名高い彼のもとを。

 

 セリカはその後ろ姿をちらりと見やったが、すぐに視線をもとに戻した。銃を左手に持った背の高い男、フリューゲル。相変わらず探索系の魔術には全く引っ掛からない男だった。銃声が響いてこなければセリカですら気がつけない可能性もあった。微かな音ではあったものの、セリカが動くには十分すぎる音だった。あれほどの連射能力を持つなど、世界中を探そうともフリューゲルの銃だけだからだ。

 

 セリカは治まらない冷や汗を拭った。久しぶりに感じる死の感覚だった。

 

「何故お前は戻ってきた? 以前とはずいぶん目付きが違うじゃないか。女子を怖がらせる目など紳士としてあるまじきことだぞ?」

「あれから一年半、いや、じき二年か。それだけの時間があれば人は変わるのさ」

「そうか。私は何百年経っても変わらないままだがな」

 

 セリカは左手を前につき出して構えた。もう戦闘の準備は万全だった。

 

「『世界』の首でも取りに来たのか、『死神』?」

死神()が浚いに来たのは愚者(グレン)の首さ」

 

 二人とも、そこから声はなかった。ただ重圧は増していった。セリカは自らの体に流れる魔力(マナ)頂点(ピーク)に達するのを感じてた。

 

「《燃え上がれ・凍てつけ・()ぜろ》」

 

 瞬間、セリカの左手から放たれたのは光だった。それは業火の津波であり、絶凍の濁流であり、轟雷の激流であった。三重詠唱。恐らく彼女しか使い得る事の無い神のごとき御技。それは廊下の大理石を原型もなくなるほどずたずたに引き裂きながらフリューゲルへ迫った。

 彼は自らの後方へ右手に持っていた大きなアタッシュケースを放り投げると、左手の銃で二発の弾丸を放った。その二つの小さな金属片は、魔術の光に飲み込まれるや否や跡形もなく消え去った。

 

 

 魔術の奔流がフリューゲルの体に着弾した。その瞬間、嘘のように光が消え去った。彼は何事もなかったかのように立っていた。まだそよ風の方が彼に与える影響の方が強いと言うように。置き去りにされたのは、セリカと彼の間にあるめちゃくちゃにされた空間のみだった。

 それがフリューゲルの備える特性だった。ありとあらゆる魔術が彼の前では一切の効果を示さないのだ。攻撃用の黒魔も、回復用の白魔も例外なくすべてが。セリカには“異能”とはまた根本的に別の物だと、その特性に感じていた。彼自身にもコントロール出来ない、体質的な何かを。

 

 セリカにとってフリューゲルは最悪の相性だった。確かに彼女は魔術師としては人外の強さを持つ、ある種の化物としてよく知られていたが、魔術が通用しないとなると一気に不利になる。今は偉人の魂が込められた武器なども無いため、残留思念を読み取って偉人相当の実力を己が体に宿す魔術、【ロード・エクスペリエンス】も使えない。だが、勝機は零ではなかった。

 

 セリカは普段ほとんど使う事の無いナイフを取り出した。身体強化の魔術を宿せばフリューゲル相手にもなんとかなるが、直接攻撃すればその瞬間に付加効果(エンチャント)は霧散する。その為彼女は使いなれていない得物を使用するしかなかった。

 

 近接武器か。とセリカは内心せせら笑った。相手は魔術に頼らない遠距離攻撃の使い手としては世界最高峰の人間だというのに。

 それでも戦わないわけにはいかなかった。この男は以前とは別物の、人間としてのあらゆる感情が消え去った殺戮マシーンだ。セリカが知る心優しかった彼はもうそこにはいなかった。生徒たちや講師たちに被害を出さないためにも、彼はここで食い止めなければならなかった。

 

 不意に、セリカの左太股に激痛が走った。綺麗な穴が穿たれ、血がしたたった。しかし、傷口は一瞬で再生した。セリカの中にある不死性が、彼女の身体をすぐに修復していた。フリューゲルが銃口を向けるのが見えた。セリカは急いで障壁を展開すると、間髪入れることなくそれに火花が散った。あと少し遅れれば一度死ぬ所だった。

 

 セリカがフリューゲルへ接近した。ナイフの射程距離まで近づく必要があったからだ。身体強化魔術と重力軽減魔術の影響で人間の動きを遥かに越えた速度でフリューゲルに突っ込んだが、彼の目はセリカの姿をしっかりと捉えていた。

 

 銃身でナイフの刃を受け止められ、激しい火花が両者の間で散った。セリカはその事には驚きはしなかった。彼が何かしらの影響を受け、人間の身体能力を素で越えているのは周知の事実だったからだ。ナイフを銃の上で滑らせ、フリューゲルの首を裂きにかかったが、彼は数ミリずれれば切り裂かれる位の正確さでそのナイフをかわすと、セリカの体がわずかに浮いた。

 

 彼の膝がセリカの鳩尾にめり込んでいた。内蔵のいくつかが潰され、肋骨が粉々にされる嫌な感覚をセリカは感じる。咄嗟に障壁を張っていたものの、やはり無効化されていた。

 セリカの体が木の葉のように吹き飛ばされ、壁に激突した。壁にクレーターが形成される程の勢いで叩きつけられたセリカの背骨が大きな音を立ててへし折れた。

 

 フリューゲルの追撃をかわすため、廊下の影に逃げ込む。先程までセリカがいた場所に何発もの銃弾が撃ち込まれ、穴を開けた。一瞬遅れればミンチにされることは確定だった。

 もう身体は修復されていた。身体のどこにも支障が無いことを確認すると、廊下を曲がってきたフリューゲルを睨み付けた。蹴り飛ばされた腹を擦る。この時ばかりは筋肉の無いこの身体を呪った。普通、彼女は攻撃を受けることはなかった。魔術どころか直接的な攻撃などもっての他だ。 

 

 彼女は確かに不死者であり死ぬことはないのだが、痛みを受けないことはなかった。久々に受ける物理攻撃に、彼女は珍しく弱気になっていた。やはり相性が悪すぎる。ここは時間稼ぎに出ることにした。

 

「こんなに若い、いい女を痛めつけるとは、お前もいい趣味をしているじゃないか」

「そうか。一般的に四百歳越えの人間の事を『若い』とは言わないと思うが? セリカ」

 

 その言いぐさにセリカは怒りを覚えた。なんとしてもこいつはここで殺してやらなければならないという意志が急激に芽生えた。

 

 ナイフを投擲した。銃弾を遥かに越える速度でフリューゲルの身体にナイフが迫る。間一髪でナイフを避けたが、頬はぱっくりと裂けていた。セリカはその一瞬を見逃さなかった。廊下を滑るように撫でると、素早い錬金術でナイフをまた作り出してフリューゲルに接近した。まだ体制を崩したまま、そこから切り替えるのはいくら強化された人間だとしても不可能だった。

 

 セリカの頭に、頭が撃ち抜かれるビジョンが流れた。反射的に障壁を発生させると、銃弾が弾け飛ぶのをその内側からセリカは見た。

 

 バックステップで距離を取り、額の汗をぬぐう。一寸でもタイミングが遅れればまた死ぬ所だった。しかも今度は頭を砕かれて。それは恐ろしかった。そして、()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()

 

 彼が銃の弾を交換するのを見た。セリカの知る銃とは違い、交換は一瞬で済んだ。

 

 そして肌で感じた。あれは不死者を殺す銃弾だと。

 

 フリューゲルは(くら)い瞳でセリカを見つめた。永遠とも思えるほどの人生を歩んできたセリカですら、彼のあらゆる色を失った瞳を他に見たことがなかった。人生に希望を持てなくなった放浪者さえ、もっと生き生きとした目をしているように感じるほど、その瞳は深い闇に包まれていた。

 

「お前は気づいたようだな。そうだ。これは()()()()()()から直接持ってきた弾だ。これも俺と同じ、この世界にあってはならない存在さ」フリューゲルは見ただけではそうとわからない笑みを浮かべて告げた。

 

 その弾はフリューゲルと同じ、あらゆる魔術の効果を打ち消す物だった。セリカは身震いした。あれを食らえば、彼女ですら死に追いやられる可能性があるからだ。

 

「《消え失せろ!》」

 

 今までとは比べ物にならないほどの強烈な光がフリューゲルを襲った。それはセリカが生み出した神殺しの御技、【イクスティンクション・レイ】の輝きだった。あらゆる物質を分解し破壊する崩壊の光。そんなものを目眩ましがわりに使用するのは癪に障るものがあったが、それでも十分だった。

 セリカはフリューゲルの頭があるであろう辺りの場所にナイフを投げた。それが破壊された壁の、舞い散った粒子の中に飛び込む直前、ナイフが弾き飛ばされた。

 

 銃弾だった。

 

 セリカは障壁を発生させた。条件反射のようなものだった。だが障壁が破壊され、肩を貫かれた瞬間にセリカは己の愚かさを思い知った。鮮血が彼女の白い指から流れ落ちる。そしてそれに気づいた。

 

 傷口の再生がされない。

 

 傷口に残った微量な金属の粒子が、彼女の再生能力を著しく阻害していた。まるで初めから再生能力などなかったかのように。

 

 セリカの頭を狙った銃撃を、彼女はなんとかかわす。右のこめかみを掠め、切れた表皮から血が流れた。厄介なところに傷をつけられたとセリカは感じた。流れた血が右目の視界を邪魔するからだ。

 

 それでも構わなかった。遠距離武器の弱点は接近戦にある。彼女は新たにナイフよりも射程が長い剣を作り出すと、フリューゲルの心臓をめがけて突いた。

 

 フリューゲルが身を捻ってかわすのを見て、セリカは剣を横に振り抜く。だがフリューゲルは身体を折ることでその刃を避け、銃口をセリカの顎下へ向けるとその瞬間に銃撃を放った。セリカは身体をそらすようにしてかわすと、その勢いを利用するようにしてフリューゲルの顎に蹴りを入れた。

 

 触れた瞬間に強化魔法が消え、素の力で蹴るしかなかったが十分な効果はあった。フリューゲルの体がふらついたのだ。

 

 その隙を逃してはならないとセリカは追撃を仕掛けた。

 

 強化魔術が消されたといってもそれは一瞬のことであり、再び強化し直すなどセリカにとっては一瞬すら必要なかった。彼女は人間を完全に超越した動きで何度も剣撃を繰り出した。

 だがフリューゲルの恐ろしいところはそのセリカの動きに、辛うじてではあるがついてきていることだった。しかし限界はあり、彼の身体には少しずつ裂傷が作り出され、血液が消費されたことにより動きが鈍くなっていた。

 

 一方のセリカは傷口は痛むものの、強化魔術の恩恵が働いており体力の消耗はなかった。それが彼女を優位たらしめる要因だった。命を刈り取ろうと首を狙った斬撃を繰り出すが、それをフリューゲルは銃身で受け止めていた。それと同時にセリカは剣を上に振り上げ、彼の持っていた銃を弾き飛ばす。これでフリューゲルの攻撃手段は消えた。

 

「終わりだ」

 

 セリカは猛烈な突きを繰り出した。だが彼女の腕に伝わったのはフリューゲルを突き刺す感覚ではなく、なにか固いものを削るような感覚だった。

 

 フリューゲルが右手に握っていたのは大振りのナイフだった。それで剣の軌道を変え、脇腹を掠めるような形になっていた。ただそれだけではなかった。セリカは剣に付与した強化が消え去るのを感じた。そのナイフは先ほどの銃弾と同じ特性をもっていることを、セリカは感じ取っていた。

 

「ああ、終わりだな」

 

 頭上から低い声が降ってきた。

 

 フェイク――――セリカはそう理解した。フリューゲルは体力を失っていたのではない。そのふりをしていただけだ。彼女は己の愚かさを呪った。

 それと共に両足に激痛が走った。銃撃を受けている。それは再生せず、フリューゲルが()()()()()()()()銃弾でセリカの脚を撃ち抜いると遅れて気がついた。

 

 脚から力が消えた。激痛で立っていられなくなり、セリカは傷口を押さえて呻いた。フリューゲルがのしかかるようにして膝をセリカの腹に思い切り叩きつけると、セリカの中から不死の力が消えて行くのを感じた。それは数百年感じることのなかった“死”であった。

 

 フリューゲルはナイフをセリカの首筋にあてがった。

 

「今、お前は死を感じているだろう? それが生物として本来あるべき姿だ」

「私を殺して、その後はどうする?」

「さあ。あくまでお前は“副産物”だ。この後は依頼通りグレンを殺す」

 

 その言葉にセリカは言い知れない怒りを感じた。何としてもグレンを救わなければならないと、必死になって抵抗した。しかし人間のものとは思えない力で押さえつけるフリューゲルの体は、ぴくりとも動かなかった。

 

「セリカ!」

 

 名を呼ぶ声がした。それは息子がわりに育ててきたグレンの声だった。声をした方向に視線だけを移すと、焦った顔で駆け寄るグレンの姿が見えた。

 

「グレ……」

 

 セリカがその名前を呼ぼうとしたとき、ナイフを躊躇なく引き抜かれていた。瞬間、おびただしい量の血液が真っ赤な噴水のように吹き出した。

 セリカの体が激しく痙攣し出した。強い痛みに対する人間自身の体に備えられた反射反応だった。

 

「久し振りだな、グレン」

 

 大きく目を見開き、仰向けに倒れて苦しそうにもがくセリカを見つめていたグレンに、フリューゲルは嘲笑うかのように話しかけた。

 

 




戦闘描写、分かりにくかったら言ってください。
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