アルトリウス外伝   作:城縫威

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灰狼

木々の茂った森の中を一人の男が歩いている。彼の名はアルトリウス。アノール・ロンド、太陽の王グウィンに従う四騎士の一人である。二つ名を無双騎士アルトリウスと言う。遙か過去から大剣を扱ったアルトリウスの剣技に並ぶものは居らず、訓練でさえ戦場でさえ、大剣を振るう彼は正に無双であったとされた。故に無双騎士。四騎士の中でも別格に近接戦闘に特化した騎士だ。アルトリウスと同じく古参である鷹の目ゴーは長距離、竜狩りオーンスタインは中距離と指揮、王の刃キアランは暗殺に特化している。それぞれに隊を持つ隊長ではあるが、アルトリウスだけは部下に指揮を降すのが嫌で、オーンスタインに隊長を兼任させ自分は戦場の最前線に出るといった異端ぶりを振るっていた。これは彼が戦闘を好む気狂いではなく、彼が仲間をなんとしてでも守るといった思考から来ている。その信念は徹底しており、自分の隊に、私が取り零した敵だけを後で狙い、常に二人以上の複数で敵を討ち、負傷したものは直ちに後へと下がれ、と言うぐらいである。実際に彼は常に地上を走り、根切りするかのように一太刀の内に敵を葬り去っていく。無論、そんな無茶な戦法は確実にアルトリウスに傷を負わせていくが、アルトリウス自身、その戦法しかせず、更にはアルトリウス率いる隊が圧倒的に生存率を誇るため、戦法を変えるといったことはしなかった。

敵からしたら絶対に敵に回したくない鬼であり、味方からしたら、大いなる盾である。その戦いっぷりとは、敵全体を戦々恐々とさせる程で、切り込み隊長としての役も、これは本人に自覚はないのだが担っている。

ここで更に特筆する点は、彼が古龍達との戦いからずっと、自らの武具防具を新調していないという所だろう。勿論の事であるが、そんなことをすれば武器も防具も当然痛む。彼の使う刃は毀れ、鎧は傷つき、盾は脆くなる。盾鎧は頑丈には作られているが、並の騎士なら傷つくことを恐れ、必ず一つ大きな戦のあった後などに、自らの武具防具を新調する。では何故アルトリウスはそうしないのか。それは唯早くに死んでしまいたいという考えから来ている。彼という者は元より争いというものが好きではない。血に濡れることも、刃を介して殺す感触が手に伝わることも、それら全ては彼にとって、彼自身を苦しめる苦痛なのだ。仲間を守りたいが為に殺すことを選ぶ自分を嫌悪しており、死を望む。しかし仲間を守り通す為に生を望む。彼の中では激しい生と死への欲求が隣接して存在するのだ。生きることに執着し、死ぬことを渇望する。彼は生と死の矛盾を抱えて生きているということだ。

もう一つ理由を挙げるとすれば、アルトリウスが自らの罪を忘れない為、というのもある。戦いのために武具は血で濡れ、防具は血に染まる。それは積もり積もってゆく自らの罪だと、忘れてはいけない大罪だと、それらから目を逸らしてはいけないのだと、その心が、アルトリウスの武具や防具の新調を拒むのだ。それを知るものは居らず、誰かに聞かれれば必ず茶を濁し、はぐらかしている。

そんなアルトリウスだが、こんな人気のない森の中を歩くのかと言えば、一人だけになれる静かな場所を求めて森に来ている。アノール・ロンドの王宮にアルトリウス自身の部屋はあるのだが、彼が望んだわけでもない綺麗な装飾などがある綺羅びやかな部屋では、そわそわとして、アルトリウスには落ち着ける場所ではないのだ。だから戦いのなく、城の警備からも外れている時は、彼は人知れず城を抜け出し近くの森に足を運ぶ。息抜きに来ているため、鎧や大剣は部屋に置いてきて、護身用に城の警備に出ている銀騎士が使う直剣を腰に下げている。服装は庶民が着るような麻で仕立てられた服に、一食分の食料と筒いっぱいに水を満たした物、万が一怪我をした場合の包帯を入れた袋を背負っている。

 

──さて、少し開けた場所に出たら、そこで食事にするかな。

 

そんな事を考えながらアルトリウスが道のない森の中を歩いていると、どこからか、ガサガサと音がアルトリウスの耳に入ってきた。

 

──なんだろうか…猪の類か?距離もそこまで遠くない。食せるものだったら狩って、帰りに持って帰るか。

 

少し高い雑草を踏み越えて進んでゆくと、そこには一匹の狼がいた。毛並みは灰色で、まだ幼い狼だ。よく見ると足には怪我を負っており、胴には切り傷か血が滲み出ている。アルトリウスに気づいた灰色の狼は敵意をむき出しにアルトリウスを睨んだ。幼いが低く唸るような声を上げ、全身の毛が逆立ち鋭い歯が見える。

 

──猟師の罠にでもかかったのか、手酷く怪我を負っているな。しかし一匹とは群れから逸れたのか?

 

狼の威嚇など恐れもせずにアルトリウスは傷の具合を見ようと歩み寄った。幾千幾万の敵を前に戦うアルトリウスにとってこの程度の威嚇など怯むに値しないのだ。アルトリウスと狼の距離が十数歩まで縮まる。瞬間、狼は痛む足を堪えてアルトリウスに走る。アルトリウスは避けることなく立ったまま、あろうことか左腕を差し出した。狼は差し出された腕の意味など考えず、生き延びるために、ただ力の限り腕に跳びかかり噛み付いた。手負いであっても狼、顎の力は凄まじく、腕ごと噛み千切ろうとしてくる。すかさずアルトリウスは空いている右手で狼の首を軽く閉め、苦しく開いた口から血の流れる腕を引き抜き、狼を地面に押さえつける。アルトリウスは両手を空けるために、狼を地面に押さえつけたまま膝を首にあてがう。逃げ出そうと狼が足をばたつかせ、爪で引っかかれ、ズボンの布はボロボロとなり、肉の抉られた所から血が流れ出ていく。

「傷を見たら終わるんだ。少し大人しくしてくれ。」

アルトリウスはそう言いながら袋から水筒を出し、傷を洗うためにかけてやる。傷に染みるのか、より一層ばたつかせる足に、一旦片手で抑えながら、もう片方の手で直ぐ横に置いた袋の中から包帯を探り出し、足の傷から巻いていく。もがくのを抑えつつ胴の傷まで包帯を巻いてやるとアルトリウスは狼の拘束を解いてやった。狼は跳ね起きてアルトリウスから距離を取り、先程よりも一層濃くした敵意のもと、アルトリウスを睨む。

「まあ、それだけ元気があれば生きていけるだろう。」

残った包帯を服がボロボロに成った箇所に巻いて、アルトリウスは食料として持ってきた干し肉数切れを全部狼に投げてやった。

 

「傷で狩りが出来ないだろう。それを食べて治るまで休むといい。もっとも、私の話していることなんて理解できているのかわからないが。」

 

それだけ言い残して、アルトリウスは傷ついた狼に背を向けて歩き出した。狼はアルトリウスを追うことはなく、歩き去った方を数秒睨み続け、確実に敵がいなくなったと確認すると、投げられた干し肉に鼻をひくつかせた。何か毒が入っているのではないか、何者か知らぬ敵の投げた物など食せるのか、しかし怪我を負ってからずっと何も食べていない腹は空いて、何でもいいから腹を満たしたいという願望もある。狼は考えあぐねいた結果、空腹には勝てず干し肉を食すことにした。今までに食べたことのない味と香り、若干の塩っぱさが固い肉を噛む度に口に広がる。だが、吐き出すことはしなかった。何としてでも生き残ってやる、その思考が身体を支配し、奇妙な味に吐き出そうとする身体を押さえて噛み砕き、嚥下する。そしてもう一枚、また口にいれる。腹に下しても異変が訪れることはない。

 

──彼奴は何なんだ。何がしたい。何故肉をこちらに投げ渡した。何が目的なんだ。

 

投げられた肉は全て空きっ腹に入った。満足とはいえないが、かと言って贅沢を言える身では断じて無い。今は唯生きることに専念しなければと狼は歩き出す。

 

──留まっていてはいけない。彼奴等に嗅ぎ出されてしまう。私は、生き残るんだ。行けるところまで行ってやる。

 

血の足跡を残しながら狼は進む。疲労しきった身体に鞭を打ち、それでも尚生きようと抗う。狼の眼には信念が輝きだされていた。

 

「しかしあれだな。干し肉全てをくれてやるのは失敗したな。腹が空いて仕方がない。」

 

狼が進みだした一方でアルトリウスはせりだった丘に来ていた。高くせり出た丘は小さな崖とも言えるようなもので、後ろにも前にも木々は禿げて、代わりに草花が生い茂っている。アルトリウスは切り立った場所に、足を投げ出すように座り、袋の中に手を突っ込んでつい先程、中身の肉も水も、狼に使ったことを思い出した。なめし革のザラザラとした、大凡小さな子供の腕ほどの大きさの袋の中には残り短くなった包帯に空っぽになった筒一つ。腹を満たすものなど何一つ無い。革は一応煮るなりして柔らかくすれば食べれないことないが、そんな今何かを食べなければ餓死してしまうような状況下もないうえに、まずアルトリウスの頭の中で革を食べるなどといった考えが出るはずもない。

腹に入れる物も、喉を潤す物もない今、ただピクニック感覚で森に入って行ったアルトリウスは、普段の植物鑑賞に使う為の手帳も筆記具も用意してはこなかったのだ。やることもなくぼぅっとアルトリウスが近くの草花を見つめて日が落ちる頃にはアノール・ロンドに戻ろうと考えていると、アルトリウスの気を引く音がした。

 

──オォォオオォオォン……─

 

狼の遠吠えだ。アルトリウスの身体が跳ねるように起きる。本能的何かが告げる、あの鳴き声は先程の狼のものだと。その声は弱々しく、それでなお無理やり出したようなそんな物、何かあったに違いないとアルトリウスはその声の元へ走った。革袋などその辺に放り、何時の間にか抜き放った銀騎士の直剣を片手に持ち、邪魔な背の高い植物は切って進んだ。推測にして全力で走ればそう遠くない場所、アルトリウスにとって、例え種族の違うあの灰狼であっても、一度救った命が再度危機に遭うことを黙って見過ごすことはできない。近づくほどに灰狼と思える者以外の声が聞こえる。敵意に満ちた唸り声。

 

──あの灰狼とは違う狼…しかもその数は複数か。やはりあの灰狼、はぐれか?

 

はぐれとは仲間内の中で、馴染めなかったり、闘争でまけ、集団から外れた者のことを言う。

草木の奥に、アルトリウスは目標を確認した。それは先ほど見た灰狼とは打って変わって、身体が大きく、かつ体毛が黒黒としていた。その大きな身体に阻まれ灰狼は見えないが、大方複数の黒狼が灰狼を囲っているのだろう。無論、狼という存在は鼻も耳も常人の何倍にも鋭いものだ。アルトリウスが走って近づけば、それに気づかぬ狼はいないだろう。案の定黒狼達もアルトリウスに気づき、数匹、その巨躯を靭やかに撓らせて、その巨躯からは思いもつかぬ速さでアルトリスに走った。

「お前たちに恨みはないが、一時の命を救った友の為に!向かうのなら……討つ!」

正面から来た黒狼が、牙をむき出し跳びかかる。瞬間アルトリウスは身を屈め、切り上げるように剣を振るい、黒狼の首を落とす。左右から一匹ずつ、まず振り上げた剣で左側の黒狼の頭蓋を割り、直ぐさま身体をひねり、食い千切ろうと開けた口に剣を突き刺す。

ものの数瞬の出来事、三匹の黒狼は血飛沫をあげて、アルトリウスの身体を血で汚す。アルトリウスはまた走りだす、前方に見える黒狼は仲間の血の匂いに気づき、仲間の血で染められたアルトリウスを見た。牙をむき出しするその黒狼は、付近にいる黒狼とは違い、二回りくらい大きいのでは思われるほどで、身体には幾多の傷跡が見て取れた。

ーーこの狼たちの群れの長か。

 

黒狼の長が唸る、アルトリウスに他の手下たちが叶うはずもないと分かるのだろうか、のっそりとその身体全てをアルトリウスに向けると同時に天に向かって一つ、咆哮を上げる。

 

ーー……来るか!

 

アルトリウスの剣を握る手に力が篭る、相手は狼といってもそれらを纏める長、先程アルトリウスを襲った尖兵とはわけが違う、技も力も知恵も、それらを兼ね備えて狼は長となるのだ。幸いにも黒狼達はいきなり現れたアルトリウスに気が惹かれ、灰狼の方には向いてはいない。

黒狼たちから少し離れた所でアルトリウスは走るのをやめる。この黒狼の長は敵意こそむき出しにアルトリウスを睨むな、一直線にアルトリウスを襲うことなく、警戒心をもって、アルトリウスを見る。長の付近いる手下の黒狼達は、長にならって、先ほどの黒狼たちのようにアルトリウスに向かいはしないが、その身体は今にも飛びかかろうとしているのが目に見えて、抑えてられるのもあと少しだろう。

 

「我が名はアルトリウス!王グウィンが騎士、四騎士が一人のアルトリウスだ!」

 

名乗りをあげた瞬間、抑えの効かなくなった手下共がアルトリウスに向かった。アルトリウスは冷静に立ちまわる。剣でもって薙ぎ、剣で反応できないものは開いた右手で殴りつけた。黒狼の骨が思いの外固く、傷みが腕に伝わるが、気にせずアルトリウスは前に進む。アルトリウスの後ろで情けなく呻く手下の黒狼を一瞥した黒狼の長は、牙を向け襲いかかるわけでもなく、地形を利用し有利に立とうするでもなく、戦いを放棄した。

長にとって何が一番重要か、それは生き残ることである。確かに長になるためには先程述べたように技も力も知恵が必要であるが、それは群れを統べるためである。強い長が戦闘に立ち、大きな群れを支配し指揮をする。これによって一匹では狩れぬ獲物でも、連携によって咬み殺すことが出来るようになるのだ。故に長はどんな状況下においてでも自分が生存する方法を頭に入れて置かなければいけない。この黒狼の長は、倒された手下の黒狼達をみて、生半可なことではこのアルトリウスには敵わないと理解したのだろう。もしこの状況でアルトリウスに牙を向ける事を選択すれば、ほぼ確実といっていい程に傷を負う可能性がある。もし自分が傷を負えばどうなるか、追撃されて最後には殺されてしまうかもしれない、例え相手を殺せたとしても、その時自分がその場に立っていられるかも怪しい。そのような相手と戦うくらいなら、戦闘を放棄するほうが断然良いと黒狼の長は判断したのだ。最早最初の目的である灰狼のことについては忘れている。

ここで一つの考えが浮かぶかもしれない。この黒狼の長が、逃げた後、仲間を引き連れ、アルトリウスを襲うということである。これについては無いと言っていいだろう。何故なら、確かに今よりずっと多くの手下を集め、アルトリウスに襲わせたとしたら、多少の手傷を負わせることは出来るかもしれない。しかしながら、その他生の手傷のためだけに、黒狼側は沢山の痛手を喰らうことになるのだ。そんなことを長たる者がやるのは愚である。よって黒狼たちがアルトリウスを襲うことはないといっていい。此度の黒狼以外の者たちならアルトリウスの事を知らないので襲うかもしれないが、それについては致し方ないことだ。

アルトリウスは灰狼の前に立つ。灰狼の姿は痛々しく、巻いてやった包帯はボロボロで、傷口から滲み出る血で汚れていた。目は薄く開いている程度で、なんとか前を見ることが出来るといったような感じだ、満身創痍と形容してもいいくらいだ。だがそれでも、生きる意志を失わず、震える足で立ち、アルトリウスを睨んだ。お前はなんだ、何なのだとでも言うように、弱々しい唸りをあげてアルトリウスを見る。

 

「ふむ、傷だらけだな……。急いでアノール・ロンドに連れて行けば間に合うか?」

 

アルトリウスは顎に手を宛てて少し考えた後、まとめた結論から行動を起こした。何時も使っている大剣よりかは軽いとはいえ重い銀騎士の直剣とその鞘を適当に放り、灰狼が暴れるより先に抱き上げた。勿論、灰狼は持ち上げられた後も暴れようとするが、身体中に傷を負ってる身、アルトリウスから逃れるほどの力もなく、振り回した足も、ほんの少しだけアルトリウスをひっかく程度である。灰狼の抵抗を気にも止めず、本日二度目、アルトリウスはアノール・ロンドへ向けて走った。

 

 

「何時も通り城から抜けだして、帰ってきたら血塗れで帰るのだから何事かと思ったぞ!」

 

綺麗な金髪を後ろで三つ編みにした女性が城内の医務室からすぐそこの所でアルトリウスを叱っている。

 

「いや、そのだなキアラン。済まないとは思っているんだ。」

 

「済まないと思っているだけでは駄目だと何故理解できないのだ、お前は!」

 

言わずと知れた、四騎士が一人、アルトリウスを肩を並べる者、王の刃キアランである。身長がアルトリウスの半分以下で、どうしてもアルトリウスに対して怒鳴る時、見上げる形になるので迫力に欠ける。

 

「まったく、お前は四騎士の一人という自覚があるのか?何時も何時も自ら進んで傷を負うことを望んで……お前が傷ついて悲しむ者がいるのだぞ。幸いにも今回のお前の血塗れ姿は、お前自身の血じゃなかったものの、王に仕える一つの剣であると同時に、民を、兵士を導く一人の長なのだ、お前は……。」

 

「わかったわかった、そのことはちゃんと理解している。キアラン、君が私の事を心配してくれたことも重々承知しているから、どうか落ち着いてはくれないか?」

 

キアランがアルトリウスの日頃の行いを叱ってヒートアップしているのを落ち着かせようと言ったアルトリウスの言葉で、キアランの顔はカッと赤くなった。

 

「なっ、何故私がお前のことを心配しなければならないのだ、自惚れるのも大概にしろよ、アルトリウス!」

 

「そうだな、自惚れていたな、済まない済まない。」

 

アルトリウスはまるで妹を宥めるようにキアランに言った。

 

「アルトリウス!ちゃんと聞いているのか!?」

 

「あゝ、ちゃんと聞いているさ。だからキアラン、君も少し落ち着くんだ。」

 

アルトリウスはそう言って、キアランの頭を撫でた。

 

「……むぅ、そうやって子供扱いをするなと何度も……。」

 

「はは、私からしたらキアラン、君は何時だって子供だろうに。」

 

頭を撫でられていることが不服なのか、ただ単に照れくさいのか、あれだけ騒いだキアランはアルトリウスが頭を撫でることを止めさせずに、頬を膨らませてそっぽを向いた。

 

「そうだ、キアラン、君にたのみたことがあるのだが、いいかな?」

 

アルトリウスはそう言うと、キアランを撫でる手を離した。

 

「あっ……、いやなんでもない、なんだ?」

 

「今日連れてきた灰色の狼だが、多分はぐれでな、また野に返しても死ぬだけだと思って、私の部屋に住まわそうと思っているのだが。」

 

アルトリウスの言葉にキアランは顔を顰めて言った。

 

「大丈夫なのか?助けたとしても狼は狼、お前を敵として襲うのではないのか?」

 

「そうかもしれないな。しかしその時はその時、騎士アルトリウスとして、討つさ。」

 

「むぅ…それならいいのだが……。」

 

「そこでな?君にはあの狼の名前を決めて欲しいのだが、いいだろうか。」

 

「なんだそんなことか。よしっ、少し待ってくれ。」

 

キアランは地面に視線を移し、腕を組んで、思案し始めた。それにともなってアルトリウスも思案する。

 

「よし、決まったぞ。」

 

なかなかに良い名前が決まったのか、得意満面の顔をするキアラン。

 

「その名も、シロだ!」

 

「シ…ロ?すまないキアラン、何故シロにしたんだ?そんな要素、あの狼にあったか?」

 

「そんなものはない!シロは私の仮面から取った名だ。つまりは私の誇りから取った名だな。」

 

「そ、そうか……。」

 

悩んでいた割には案外普通なものを言われたアルトリウスはどうにも返答に困った。因みに、何故キアランの仮面からシロという言葉が出るかというと、キアランは四騎士であるため、王グウィンから四騎士の一人という誉れにキアランに何か一つ欲しいものをやると言ったのだ。その時キアランは白磁の仮面を王に求めた。故に白からシロ、と言う訳だ。

 

「なんだ、微妙な顔をしおって、そんな顔をするならお前も言ってみろ。」

 

「私はウルフだな。正直何にも捻りがないが狼を意味する言葉だ。」

 

「微妙な顔をする割にはお前も普通ではないか!なんだ、期待した私が馬鹿だったな。」

 

正にキアランの言った通りで、ぐうの音も出ないアルトリウス。

 

「ふむぅ……ならばこんなのはどうだ?せっかく二つの名の候補が出たのだから、それらを合わせるというのは。例えば……シフとかどうだ?」

 

「シフ…かぁ……。いいな、かっこ良さと愛らしさが含まれている。どうせこれ以上の名が出そうな気も無いし、シフ、うん、これでいこう。」

 

こうして灰狼の気は考えず、アノール・ロンドに住むことは決定され、さらには名前までも決められたのである。このシフと名付けられた灰狼は、後にアルトリウスの無二の親友となり、アルトリウスと同じ大剣を震えるにまでなる。しかしそれはアルトリウスとシフが出会い、しばらく後の出来事だ。最初こそ、キアランの読み通り、シフはアルトリウスに慣れず、敵意を振りまいてアルトリウスに何度か挑みかかった。しかしアルトリウスはそれら全てを軽く、いなしていった。シフも数年の月日が過ぎ、アルトリウスと長く関わってくると、アルトリウスがシフに対して対等に接し、友であるということ、そしてアルトリウス自身がどのような人物か知れると、自然と敵意は消え去り、あとに残ったのは切っても切れない繋がりだった。それはアルトリウス亡き後にも数百年と経っても切れぬ絆となった。それはアルトリウス以外の四騎士達も例外ではなく、アルトリウス以外の四騎士はアルトリウスを尊敬し愛した。アルトリウス自身も四騎士の皆を尊敬し愛していた。そしてそれは、例えどれだけの時が経っても変わらないのである。

 

                             ーー了ーー




他にも書かなければいけないのに手を付けずにこれを書くしまつ
しかしこの作品を読んで少しでも楽しんでいただけたら幸いです
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