獣耳天国   作:黒樹

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sideユズハ
※盲目飛び越えてますが気にしないでください


見えない彼と重ねる時間

最近、珍客が枕もとへと訪れる。盲目な私ユズハは目でその存在を確かめることはできないのですが、不思議とそのせいか他の誰にもわからないそれを見ることが出来ました。

初めて会ったのは二日前。何やらいつもとは違う気配を感じて、ふわふわとした気配に視線を向けるとその人は何やら物珍しそうに自分を観察する。そして、一通り眺めたかと思うと今度は私の耳や尻尾に触れてくるのだ。愛でるような手付きで優しく撫でる。その感覚に慣れないものを感じつつも私は受け入れる。何やら体の奥底から溢れてくる何かがあるのだが、とても気持ちのいいものなので私は彼に委ねてその時間を満喫することにしました。

御兄様達は戦に出掛けていていまやいない。退屈と心配の狭間に揺れ動いていた私にはとても有意義な時間だった。それに彼に撫でられた後はとても体調が良いのだ。

 

そんなこんなで、一週間が過ぎ……。

私はそろそろ彼に声を掛けてみようかと思う。

 

「あの……あなた様は?」

 

彼が部屋に入ってきた気配に声を掛ける。と、彼は驚いたようにこちらを見つめた。

 

「俺が見えるのか」

 

「はい…。いえ、見えるというわけではないのですが。毎日、会いにいらしては尻尾や耳を触られていくのでとても不思議な人だなと……」

 

「声も聞こえているのか?」

 

「はい」

 

どうやら彼は喜んでいるようだった。

 

「私はユズハといいます。あなた様は?」

 

「俺はヨミナだ」

 

「ヨミナ様ですか」

 

そう呼ぶと彼はとても難しそうな顔をした。いや、私が感じられるのは気配だけだけど、盲目な私には何故かそれが見えるようだった。

 

「ヨミナ様、か。ヨミナでいい」

 

「いえ、私の癖みたいなものなのでこのままでも」

 

「なら仕方ない」

 

淡々と諦めると彼はふよふよ浮かぶ。

しかし、やはり彼の視線は耳と尻尾に流されているようで気恥ずかしくなってくる。

 

「あの……どうしたのですか?」

 

「突然で悪いのだが、耳と尻尾に触らせてもらえないだろうか」

 

「へ?」

 

驚く私に彼は説明した。彼の声が聞けたのは私が初めてだと。触れられたのは初めてだと。だから、耳と尻尾を触らせて欲しいと。納得してはいけないのだろうか。

……とてもイケナイ行為のような気がする。けれど、私は今回初めて承諾してもふもふされた。いいですよ。そう言うと彼は優しい手つきで耳や尻尾に触れてくる。正直に言うと御兄様に頭を撫でられるより心地よかった。

 

 

 

「ふふ、そうなんですね」

 

それから他愛もない会話をして、仲を深めていく。彼は自分を古代の骨董品だと言った。よくはわからないが古代に生きた人間らしい。

とても充実した日々。彼に会ってからものすごく体調は良い上に楽しい。何やら御兄様に渋い顔で独り言とか言われたけど、確かに彼はここにいるのだ。たとえ兄でも私の友達を悪く言うことは許せない。

 

「ユズっち」

 

「ユズっち〜あ〜そ〜ぼ〜」

 

また何時ものように彼とお喋りしていると私の友達達がやってくる。そういえば、彼と話している間に彼女達が来たのは初めてだっけ。

すると、カミュさんが何かに気づいたようだった。

 

「あれ? ユズっち、お客様?」

 

「はい。ヨミナ様です」

 

オンカミヤムカイの使徒である彼女にとってこの類の人は初めてではないのだろう。

すると、そばにいたムティパカのムックルが唸りを上げてヨミナ様を見た。

 

「ダメ、ムックル」

 

「グルルルゥゥ……スンスン」

 

唸るのをやめ、ヨミナ様の匂いを嗅ぐ。

それに気づいたヨミナ様が懐から何かを取り出す。

 

「目敏いやつだな。ほら、肉だ」

 

香ばしい何かを投げる。同時にそれを空中でパクリと咥えたムックルはとても喜ばしそうに咀嚼し飲み込んだ。

 

「ガウ!」

 

「ムックル、甘えてる……」

 

信頼にあたる人物だと理解したのだろう。それよりも餌で釣られた感が否めないが、とても良い人だということは良く知っている。水を欲する私の為に水を汲んできたり、食べ物を運んできたりと彼女達がいない間は随分とお世話になっていた。

御兄様なんかよりよっぽど物分りがいいようだ。うちの御兄様ったら堅物なのだから。

ふと、ヨミナ様が何かに気づいたように二人を見た。

 

「君達も俺が見えるのか?」

 

「見えるって何が?」

 

「あー、この人特殊なんだよ。なんていうか魂だけのような存在かな。だから、カミュ以外は殆どの人が見えない筈なんだけど、なんでだろうね?」

 

「むしろ、今の俺が何なのか知りたいのは自分だよ。大体の予想くらいはしてるが、このような存在になる前の記憶だけがない。死んでるのか生きてるのかすらもあやふやな不安定な存在といったところか。まるでシュレーディンガーの猫だな」

 

「しゅれー…でぃんがー……?」

 

小首を傾げる私に「この時代の者は知らないか」と言ってやはりわからないことを言う。量子論の思考実験の一つとは何なのか。

箱の中に猫を入れて、それと同時に観測できない状態にして中では猫が毒物により生と死の半々の確率で、その現状を観測しないことにより矛盾した状態を生み出すとか。

 

「猫ってなんですか?」

 

「生命の一つだよ。ムックルよりも小さい小動物でとても気ままで気まぐれな愛玩動物として人間には飼われていたな。俺も一匹飼っていたよ」

 

「その猫ちゃんをなんで殺しちゃうんですか?」

 

「わざわざ危険な目にあわせる必要性か。科学者とは無慈悲で残酷なのかもしれないな。まぁ、俺もその類であったといえば、やはり怖いか?」

 

「いえ……。最後に一つだけ、いいですか?」

 

一瞬、翳る表情に私はとても冷たい何かを感じた。後悔の念が彼には積もっているようだった。

 

「何か……見られないようにして、いいことでもあるのですか?」

 

私の場合、何もかも見ることが叶わない。

青い空も。緑の高原も。赤い夕焼けも。皆の顔も全部全部全部、私には見ることができない。

唯一見えているのは、自分を幽霊だと楽観的に笑うヨミナ様の何かを隠したような姿だけだ。

 

「確かに。そのようなことをする意味はないのかもしれない。本来なら見られるものを見ないのは贅沢だ。当たり前のものを見られない者もいる。だからこそ、不確定な未来に可能性を求めた人間は罰を受けたのかもしれないな」

 

「……何故か。私にはヨミナ様だけがはっきり見えます。ですから私はそれだけで十分ですよ」

 

日々、濃くなっていくヨミナ様の気配と色が自分の暗闇の中に一輪の華のように咲く。

頬を掻きながらヨミナ様は苦笑い。

 

「本当に君には敵わないな」

 

「私はヨミナ様が語ってくれる物語以上の物語を耳にしたことはありませんよ」

 

ヨミナ様の語る物語を三人で日が暮れるまで聞いた。その日はとても良く眠れた。

 

 

 

□■□

 

 

 

戦は激化していくばかり。幾度ない進軍と後退の末、私はとても自由な時間を過ごしている。ヨミナ様も随分と好きなのかカミュさんの翼やアルルゥの尻尾やら耳やら楽しそうに触っているそうだ。

何故だか、他の人の尻尾やら耳やら翼やら触っているのを見ていると胸の中の何かが爆発しそうで、とても気分が悪くなる自分がいる。

そんな私もヨミナ様がいるお蔭で、一人で屋敷内を歩き回る程度はできるようになった。その度に心配して御兄様が飛び出してくるから困ったものだと相談すると、彼はやはり苦笑しながらも「心配なのはわかるな」と同情していた。その言葉に私はどうしても不安になる。

 

「そういえば、ヨミナ様はこんな場所でのんびりとしていてもよろしいのですか?」

 

「ん、あぁ……」

 

最近、頼り切りになってしまっている故に彼は自分のやりたいことを出来ていないんじゃないかと。もしかしたら彼にとっては迷惑なことなどあるのではないかと思って聞いてみたが、とてものんびりとした答えが返ってきた。

 

「肉体がないのは少々不便だが、そう焦っても仕方のないことだしな」

 

「ですが、私なんかの話し相手を毎日毎日、とても面倒ではありませんか?」

 

「いや、問題ない。俺だって好きでここにいるわけだし、ユズハといるととても安心する。……正直にいうと、一人は少し寂しいんだ」

 

泣いているような気がした。ヨミナ様の手を握るとやはり日が経つごとに存在が強くなっている。けれど、弱みを僅かに見せた彼は私達とそう変わらない、まるで御兄様と同じ感じがした。

でも、何故か……兄とは違うのだ。私が彼に感じているのは全く別の感情だと思う。それが今まで感じたことのない嬉しい感情で自然と頬が緩んだ。

 

「そうですか。なら、もう少しだけ……私にお付き合いくださいますか?」

 

「体調が悪そうならすぐに部屋に戻るぞ」

 

「はい」

 

そんな約束の矢先。タイミングを計ったようにバンと数歩先の扉が開いた。

 

「お前、また抜け出したのかユズハ! 一人で出歩くなとあれほど言っているだろう!」

 

物凄い剣幕の御兄様の顔が浮かぶ。心配してくれているのはとても理解しているのだが、もちろん私は一人ではないのだ。

 

「違います。御兄様、私はひとりではありません」

 

「なんでそんな見え透いた嘘を……」

 

「ヨミナ様」

 

腹に据えかね事前通りにヨミナ様は、御兄様――オボロの腰に拵えられた刀を抜く。咄嗟の現象にまるで反応できない御兄様の首元へと風が舞うより疾く剣先を突きつける。

 

「なっ!? わ、わかった。悪かったからそう怒らないでくれユズハ。体に障る」

 

刀が鞘に返還される独特な噛み合う音。どうやら私はヨミナ様の触るものまで見えるらしい。身の丈の半分程の刀が煌めくのが見えた。

 

「ふふっ、じゃあ行きましょうかヨミナ様」

 

悪戯の成功した子どものように笑う私にヨミナ様は見たことのない笑顔を見せてくれた。

刀を返還された御兄様の狐に摘まれたような顔を見られないのはとても残念だ。

 

 

 

 

 

彼のことを知っていくのは何も私だけではない。存在が認識できない御兄様やオンカミヤムカイの使いではない者達にはまだヨミナ様は見えない。

そんな者達を除いて、アルルゥやカミュは私と同等に彼を知っていく。

薬に詳しい。料理が上手。私達の体について異常な程の知識量。武芸の才も御兄様より格段に上。桜が好き。甘いものが好き。花が好き。動物が好き。

 

きっと私の知らない彼はまだいるのだろう。

カミュが言うにはヨミナ様はオンヴィタイカヤンという過去よりの来訪者らしい。滅びた彼らの魂の成れの果てが此処に辿りついた。

それが本当なら、ヨミナ様は死んでいるということになる。でも、その案にカミュは否定的で彼はまだ死んでいない妙な気配がするのだとか。

 

私達の大いなる父である。そして、私達の大神ウィツアルネミテアに滅ぼされた古代人。

彼は過去を語らないまま、そして私も過度に彼の領域には踏み込まないようにしていたら、今度はアルルゥが尋ねる。

 

「なんで、オンヴィタイカヤンは滅びたの?」

 

「ウィツアルネミテアに滅ぼされた。彼らは怨まれて当然のことをしたんだよ」

 

「当然のことって?」

 

「……世界で一番大切なものを壊された。それも彼らの傲慢のせいで」

 

大事な部分だけを省いた説明にアルルゥは納得したようだった。彼女の中には大切なものが一つだけ浮かんだのだろう。それで満足したようだった。

 

「アルルゥにはまだわからないか」

 

「ん……?」

 

その様子に少し安心したような顔の彼はとても和やかでやはり寂しそうなのだ。




これは思いついただけで続くかどうかもわからない作品です。息抜きです。期待しないでください。
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