獣耳天国   作:黒樹

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ほのぼの発車致します。


物見遊山(仮)
膝枕と抱き枕


 

熱い。痛い。苦しい。

燃える施設、肉体を穿った銃弾、止め処なく溢れる血液に朦朧とする意識。

しかし、苦しみを伴いながらも自分は達成感を得た。満足感に死んでもいいと思えるほど驚喜した。痛みが、代償が、大きくとも自分は後悔などしてはいなかった。

願いの行き着いた先は、当初の目論見とは外れる。

それでもいいと思えるほど、結果は良好だ。

役に立たないガラクタが壊れ、代わりに悲願を達成した。

 

だが、しかし……。

 

気分は良くなかった。頭痛がする。吐き気もする。名誉の負傷であるが、銃弾による穴はどこか心にぽっかり空いてしまった穴のように見える。

そうだ、虚しいのだ。

喜びを分かち合うわけでもなく、自己満足の為にこんなことをした。別にそこは後悔していない。が、何かしっくりとこない。

 

 

 

「ヨミ!」

 

 

 

何かが接近してくる。敵か味方かの区別すら付かなかった。

立ち上がらなければ……。

身体に力を込めるがもう身体は動かない。

失敗して崩れ落ちそうな身体を、誰かが支えた。

 

「なんで……なんで、逃げないんだ……」

 

「置いて行けるわけない。私はヨミのことが大好きだもん」

 

「サクラ……あの子はどうした?」

 

終末に寄り添う、うさ耳少女に朦朧とした意識の中で問う。

俺との約束を反故にして来るわけはない。

サクラは一度別れ、再び舞い戻ったのだ。

その細い身体で男一人の身体を背負う。

 

「ムツミに預けて来た」

 

「そうか」

 

それ以上の言葉は要らない。朦朧とする意識のせいか、足を引きずって歩いた。それを支えるので精一杯のサクラは談笑する余裕さえないのだろう。一生懸命に歩く姿がなんとも微笑ましい。

彼女に負荷が掛かり過ぎないように歩いたが、もう限界だった。

バランスを崩して、特殊合金素材の床に倒れこむ。

サクラの何もかもを擦り抜け、巻き込むことはなかったが、

 

「……悪い。このまま寝かせてくれ」

 

起き上がる気力など、残ってはいなかった。

 

「先に行け。俺は……起きたら追いつくから」

 

本当に誘い来る眠りから覚めることはあるのか。五分五分過ぎてよくわからない。このまま眠ればぽっくり逝く可能性もある。

 

「嫌だ。ぜっっったいにイヤ」

 

そして、この娘もたまに頑固だ、頑なに動こうとしない。ぎゅっと手を握り締めては見つめて来る。そんな見られたら寝れないだろう。

 

「ぷ、ふふっ、ククク……!」

 

それがなんだか嬉しくなって笑ってしまう。腹を抱えて捩る。

 

「ヨミ……?」

 

「い、いてぇ、笑い過ぎて腹が……!」

 

風穴が疼く。傷を刺激する笑いに苦痛の混じった苦笑を堪えて、痛みに悶える。

 

生きていることに歓喜した。痛みが生を教えてくれた。笑い過ぎてというより傷が痛むから腹を抱えているのだがサクラには何もわからなかった様だ。訝しげに見下ろして来る。それでも優しく手を頰に添えて心配して来るあたり、教育した者としてはやはり喜ぶべきことだろうか。

 

「なんで笑ってるの?」

 

「俺は幸せだなぁって……。だから、その幸せを壊さない為に約束してくれるか?」

 

「うん」

 

こっくりと頷くサクラ。

耳が、ペタン、と顔に当たった。

 

「何があっても諦めるな。おまえは自分の幸せの為に生きてくれ」

 

その言葉を最後に意識は薄れていった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

夢を見ていた。それは、間違いなく最後の記憶だ。朧げだが自分の記憶だと思う。断定は出来ないが肯定は出来るというなんとも奇妙な記憶に首を傾げた。自分の意識が目覚めているのを自覚するのはもう少し後、身体中がまるで麻酔をかけられたように動かないし何も感じないのだ。

 

–––そして、俺は突然襲ってきた激痛に身体を跳ねさせた。

 

何か柔らかいものに腕が包まれていた。それのおかげで肘を床に打つという二次災害は起こらなかったものの柔らかいものが、

 

「きゃっ!」

 

と、悲鳴を上げた。

反射的に「すまない」と謝罪。

首を回せば、そこには並んで横になっている絶世の美女が。

 

「おはようございます。ふふっ、とんだお寝坊さんですね、コトゥアハムルの死神様は」

 

クスリと微笑して抱き締めている腕は離さない。よく見れば自分の胸に掻き抱くように俺の腕が収まっていた。つまるところ、腕を組んでいたのは彼女と言うわけだ。そしてその感触は彼女の豊満な胸ということである。

 

「……どういう状況だこれは」

 

「つい、気持ち良さそうに眠っているのでご一緒してしまいました」

 

そうか、気持ち良さそうに眠っていたか。だといいがその惰眠に戻りたい、痛みに顔を歪めながら俺は絶対そんな顔はしていないだろうなと自分の寝顔を想像する。呻いていたに違いない。

 

–––そんなことより。

 

この絶世の美女は誰だと言いたい。目の前で和やかに微笑んでくれている彼女は見覚えの一つもない。ましてやこんな風に寄り添われる覚えもない。悶々と一人で考えていると頭の感触が戻ってきた。なんだか、頭はとても柔らかい枕に埋めているようだった。

 

「おはよう、ヨミ」

 

「あぁ、おはよう……」

 

膝枕だった。おそらくシャクコポルの何者かが自分を見下ろしていた。しかも、自分の名前まで呼ぶ始末、懐かしい呼び名だった。それどころか膝枕は懐かしい感触だ。面影もある。夢の中に出てきたうさ耳の少女も似たような顔をしていた。

 

「サクラだよ? 今の名前は、ヨハネだけど」

 

ご丁寧に教えてくれる始末。多分、覚えていないとか言われるのを防いだのだろうが、生憎と昔のサクラより随分と若い気がする。記憶が混濁していてはっきりとわからない。

身体を起こそうとして、痛みに顔を顰める。

隣の美女に腕を組まれているのもあって、躰を起こすことすら叶わなかった。

 

「まだダメですよ。あんなにボロボロだったんですから」

 

寝起きに知らない美女が優しい笑顔を浮かべている。ここは天国かもしれないと思い始めたところで、思考放棄してこの幸福に甘んじてようと受け入れ始めたが、悲しきことに美女に抱き着かれる謂れもないわけで。

 

「年頃の娘が見知らぬ異性に抱きつくんじゃない。お嫁にいけなくなるぞ」

 

主に理由は自分だが。

説教垂れたが本心はこのままがいい。

下心が露見したのか、というか若干させたが彼女達は首を傾げる始末。サクラに至っては「なに馬鹿なこと言ってるの?」と言いたげな表情で見下ろしてきた。

 

「私達は一度、会っていますよ」

 

「覚えが……」

 

ない。補足説明してくれた美女には悪いがない。だが、なんだろう、見たことある気はするのに喉に魚の小骨が刺さってなんとも言えない感じは。喉まで出かかっているのに吐き出せないような……。

その答えに痛む頭を悩ませていた時、第三者が答えを出す。

 

「–––フミルィル、その人起きたー?」

 

天幕の外から可憐な少女の声が聞こえてきた。バサリとその一枚の隔てた布を押し入ってきたのは、腰まで届く黒髪の綺麗な少女。俺はその姿に愕然としてしまったのだ。

 

「……ユズ、いや違うな」

 

もし彼女が言った固有名称が本当なら、未だ若い彼女は殆ど美女フミルィルと同い歳なのだろう。そして、その名前も聞き覚えはあったし忘れる理由もなかった。

違う。確かにユズハに似ているが違うのだ。そもそも雰囲気は似ているものの若干というか、かなり違うのも少し見れば一目瞭然だ。彼女は俺の知る誰かの一人。直接ではないにしろ知識としてはある。呆然と見つめているとその少女はゆっくりと歩を進めて隣に腰を下ろした。今更ながらに状況を気にしていないようだ。

 

「よかった。心配したんだよ。なにせボロボロで今にも虫の息だったからね」

 

「ありがとう。–––君の名は?」

 

「わたくしはクオン。まぁ、自己紹介とかは後にして死体に鞭打つようで悪いんだけど、ここじゃまともに休めもしないし一度集落の方に戻ろっか。あ、君はこれに着替えてね」

 

そう言って妙な装束を渡される。クオンはそれだけ言うとフミルィルとサクラを連れ立ち出て行こうとするが、垂れ幕の向こうへ消えた一人を除いて二人は今だに俺の隣に居座っていた。

 

「……二人は出て行かないのか?」

 

「またいきなりいなくなられても困るから」

 

「ふふっ、お手伝いしますね」

 

サクラ、フミルィルが自分の言い分を表明する。お手伝いは嬉しいが恥ずかしいから出て行って欲しいのだが……特に殆ど知らない相手に裸を見られるのは遠慮したかった。サクラ改めヨハネは別としても。

今の自分の服装は衣服を剥がされた村人だ。包帯以外には薄い布一枚と衣服ですらない。……というか、その布は白衣で他にはない全裸と白衣の奇妙な格好だ。昔なら変態認定は待った無しだっただろう。

 

「いや、いい……自分で着替えられる」

 

「そう言わずにお任せ下さい。何から何まで、私がお手伝い致します」

 

フミルィルの進言に悩む。この娘、とんでもなく男を惑わす魔性の気質が備わっている。

 

「そこまでされる理由が見当たらないのだが……」

 

「クスッ♪ それは内緒です」

 

彼女の謎の言い分が迷宮へと誘わせた。

 

 

 

 

 

結局、フミルィルに痛む身体の着替えを手伝われることになり、何度も当たる大きな果実にドキドキしながら理性を抑えつけた後、二人に挟まれながら樹氷のなる森を歩いた。山道だけに寝起きと傷だらけの身体では厳しいものの二人が支えてくれているのでなんとか倒れずに進んでいる次第だ。その先を馬のような生き物と一緒に先導するクオンはこちらをチラチラと気にしていた。

 

「どうした?」

 

「いや、ううん……フミルィルが男の人にここまで懐くのは珍しいなって。ヨハネだって普段はいつも誰にも興味なさそうだったのに今回は旅についてくるって言うし……」

 

「そんなにか?」

 

「うん。フミルィルは昔から愛想はいいし皆に分け隔てなく接するけど、ここまでっていうのは珍しいかなって」

 

雪を踏みしめた音と会話のみの空間でクオンは微笑ましそうに言ったが、俺としては左右から当たる果実の誘惑に負けそうで気が気ではない。だからクオンとの会話に興じたもののあまり集中はできなかった。身体中が悲鳴を上げているのだ。それを悟られないように歩くと二人が身体を寄せてくる。寝起きから天国か此処は。もう死んでしまっているのか、いやもう死んでもいいが、生憎とユズハに逢うまでは死ねないのだが。

 

取り敢えず、フミルィルの耳と尻尾に頬擦りしたい。

気持ちのいい柔らかさというか、美女というのとこれまでに触れたことのないその感触を知ってしまえば耳と尻尾の感触も気になるわけだ。見るからにふわふわしているし、しなやかに動く尻尾が欲を掻き立てる。

寝起き一発目の欲が食欲でもなく耳と尻尾に対する趣味嗜好というのは些か問題だが、それは仕方ない人間の本能というやつだ。

 

「……な、なんだこれは」

 

思わず、尻尾の質に感激した。

 

「きゃっ!」

 

尻尾に触れるとフミルィルが可愛い悲鳴を上げた。どんとこちらに勢い良くぶつかってくる。フミルィルを支えにしていた自分も巻き込まれるのは言わずもがな、隣のヨハネを巻き込み転倒してしまう。三人で組んず解れつ雪の上に転がるとサンドイッチが完成してしまった。フミルィルの服ははだけて上半身の衣全てが擦り下がり、半裸の状態で抱き着いてくるような状況。

 

「もう、君達なにやって–––」

 

目の前を歩いていたクオンが振り返る。もちろん、あられもない姿で抱き着く親友と、さっきまで怪我人だった男の絡み合っているシーン。

冷たい目でクオンは見てきた。溜息を吐くと同時に呆れたような声で窘める。

 

「また……。もう、気をつけてって言ってるよね⁉︎ ほら、早く服を着て」

 

怒られたのは俺ではなくフミルィルだった。ごめんねクーちゃんと謝って一生懸命に服を着直すフミルィルが俺の上で身体を揺らしながら居住まいを正していく。

 

「いつものことだから気にしないでいいよ」

 

隣のヨハネがさも当然のように言ってしまう。そんな日常に起こりえないラッキースケベが何度もあってたまるものか、俺は目を瞬かせた。

 

「いつも?」

 

「どんな服を着てもはだけちゃうの。傾国の美女が彼女の通り名」

 

「冗談だろ」

 

そんな通り名はどうでもいいが、いつもこんな風にはだけてしまうということは数多の男が彼女の裸体を目撃したわけで、権利もなにもないわけだがその男達を懲らしめたくなってくる。何故だ嫉妬が止まらない。これが傾国の美女の力か。

 

「因みに、俺以外に見た男は?」

 

「んーと、クロウとベナウィ」

 

「今度お話ししなければいけないな」

 

半分冗談を言いながら笑っていると手を差し伸べられる。

フミルィルが伸ばした手を掴み、立ち上がる。

心配そうに見つめてくるものだから大丈夫だと告げるとにっこりと笑む。

なるほど、これは傾国の美女だ。

不覚にも抱き締めたくなってしまった。

 

 

 

「ふぅ。どうにか日が暮れる前に着けたかな」

 

それから一時間ほど歩き、山道を抜ける。

眼下には、集落がひっそりと存在していた。

 

「……此処はどこだ?」

 

–––そりゃあ都合よくトゥスクルに着くとは思っていなかったが、これ以上先延ばしにしても意味のない問題だった。

 

まずは、情報を整理しよう。トゥスクルに向かうのはそれからでいい。どうせ、右も左もわからないのだから。




※クオンは父親だと理解していません。
重要でバラしてもいい情報はこれだけです。
ハクは後に出てくる予定です。
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