獣耳天国   作:黒樹

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二部はフミルィルをメインヒロインにしたい。


フミルィルの恋愛事情I

 

 

 

働かざる者食うべからず。旧時代の人間達はそんな言葉を残した。それは現代においても同様で誰が言ったのか残されていないはずの言葉もこの世界においては当たり前のように使われていた。三人娘、そのうちのクオン嬢が豪語するにはそう言うことらしく、集落に着けば翌日から仕事を言い渡される羽目になった。

 

まぁ、ヒモになって三人娘のお金を使い潰す気もなければそりゃ働かなければお金すらも手に入らないのは当然の摂理で、働かなければ面目も何もなくなってしまうのだが。

 

言い渡された仕事と言えば、運搬作業に畑の手伝いくらいのもので田舎の農家の手伝い(あの時代既に研究職と遺伝子改良した量産型の野菜のせいで苦ではなかった。むしろ廃れていた文化)みたいなものは既になかった。今世紀になって初めて昔ながらの風景を目にしたわけである。

そして、我が娘といえば軽々と数kgある麻袋を両肩に何袋も担いでみせるものだから少し面食らってしまった。さすがにそんな力は持ち合わせていない。自分は非力だ。どんな遺伝子を継いだらそんな怪力娘になるのか、あの細腕のどこにそんな力が眠っているのか疑問だけが残った。

 

「で、次の仕事は?」

 

「この水車小屋で粉を引くんだよ」

 

仕事が終われば次の仕事を持って来られる。不満を言うわけにはいかないがこちとら寝起きでコンディションは最悪なのを自己申告したい。しかし顔は変わらぬまま無表情でこう言った。

 

「わかった」

 

「じゃあ、わたくしは少し宿の方に戻るから。フミルィル、ヨハネ、戻るよ」

 

悲しきかな。ハブられた気がする。

振り返りもせず去って行く三人娘、薄情過ぎやしないかと文句を言ったところでだ、どうせいてもいなくても変わらないだろう。精神的に癒しが欲しくもないが……いや、やっぱり一人くらい置いて行って欲しかった。

 

「女将さんが言うには水車の粉挽き機が壊れたんだっけ」

 

水車は壊れている。事前にそう伝えられており、今じゃ直すまで人力で粉を挽かなければならないとか。単純な構造のものなら機材がなくても直せるのが昔の水車だ、それも木の歯車だけで組み上げているのなら直せる可能性は非常に高い。まずは水車を通常稼働させて回してみるも回らず首を傾げてみる。どこか噛み合っていない歯があるらしい、ギギギ、と壊れたブリキのような音がした。

 

「なるほど、あれか」

 

安全のために水車を止めて、今度は噛み合っていない歯車の一つを取り外し別の場所へと移動させても大丈夫そうな同じ大きさの歯車を嵌めた。水車をもう一度、動かす。そうすれば今度は正常に作動した。

 

「なんというか、パズルみたいで面白くないな」

 

終わってみれば、子供騙しな問題を解いたような気分になる。寝起きの問題としては中々良いくらいの難度だが、多少物足りない感が否めない。

 

「……虚しいな。さっさと終わらそ」

 

一人で喋っているのにも飽きたのでアマムニィの実を臼に突っ込む。磨り潰して出来た粉が食べ物になるとか。ゴゥンゴゥンという稼働音と臼を木槌で叩く音を訊きながら、作業の間、寂しげにポツリと佇んでいたのだった。

 

 

 

「ふぅ。十分か」

 

アマムニィと呼ばれる粉を掻き集めて麻袋に突っ込み、積み上げて座り込む。なんというか世界に一人取り残されたような孤独感を味わう作業なのか傲慢なのかわからない時間は終わった。

作業の間、ずっと思い出していたのはユズハのこと。置いて行った薄情な娘達のことはともかくとして、何してるんだろうなー、とか、心配してないかなー、とか、かなりホームシック気味な思考になりつつ思い出していた。まぁ、だからと言って娘達と離れてトゥスクルに帰るという選択肢は無いが。

 

「ヨ〜ミ〜?」

 

ホームシックになりつつある自分の背後から何故だか悪寒を感じる声が轟いた。憂鬱に浸っていた俺はゆっくりと振り返る。すると、クオンが何故か怖い顔で見下ろしてくるのだ。

 

「なんだ? 俺が何かしたか?」

 

「サボって何やってるのかな〜?」

 

「ちょっと待て、仕事は終わらせ–––」

 

「問答無用!」

 

しゅるりと尻尾が額に巻きつく。本当に問答無用でお仕置きを実行しようとしている。ギリギリ締め付ける尻尾に痛みを感じながら必死で抵抗した。むんずと掴んで、クオンの肩が盛大に跳ね上がる。

 

「ちょっと、いきなり何するかな!?」

 

「お前こそ何してんのいきなり!?」

 

「サボってた悪い子に罰を与えてるんだよ」

 

「よく見ろ、指定量は終わらせたぞ!」

 

「あ、あれ?」

 

首を傾げるクオン。麻袋の中身を確認してさらに首を傾げる。

 

「おっかしいな。あんな短時間で終わるはずないんだけど」

 

「あぁ。水車直したからな。と言っても、一からパーツを作るのは無理だから有り合わせで応急処置をしただけだけど」

 

「ふーん。もしかして、ヨミってそういうの得意?」

 

「得意も何も、こんなの子供でもできるだろ?」

 

話が噛み合っていないのは薄々と感じてしまった。いや、元から考えていれば分かることだったのだ。現代の子供は知識的に少し乏しく知恵は遥かに低い。

正直、子供の頃からこの程度のことは軽く出来ていた自分にとって、ジェネレーションギャップはかなり痛かった。

 

「ヨミ、クーには無理」

 

ちょいちょいと袖を引いて、現代っ子にしてはかなり聡明なヨハネが否定的な言葉を吐いた。というかかなりディスっているように見える。

 

「ヨハネ、あなたヨミが直せるのわかってたの?」

 

「むしろなんで出来ないの?」

 

ムッとクオンが顔を顰めた。

 

「言っておくけど、わたくしの方がお姉ちゃんなんだから!」

 

「……もしわからない問題があっても教えてあげないから、お・ね・え・ちゃん」

 

「そ、それは困るかなー」

 

お姉ちゃん劣勢である。クオンの方がお姉ちゃんというのは初耳だが、このやり取りを見るに力の格差は歴然としている。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

夜。四人で夕餉を囲む。

 

「んー、美味しい〜!」

 

そんな中、クオンは我先にと夕餉に手をつけ始めた。残りの二人も好きに摘むと何やら皮のようなもので食材を包んでかぶりついていく。対して俺は待て、からのお座り。クオンの胃袋に消えていく食材を眺めていた。

 

「……食べないの?」

 

「いや、そうじゃなくてだな」

 

おそらく、皮のような生地に食材を包んで食べるものなのだろう。見ていれば理解は出来た。困惑から一歩立ち上がった自分に横からフミルィルが白い手に皮のようなものを乗せて差し出してくる。

 

「まずはこうやってこの皮に具材を乗せて」

 

受け取った皮に箸で具材を乗せていく。あれよあれよという間に皮は具材でいっぱいに。その具材の乗った皮を受け取ると包んで差し出してきた。

 

「はい、完成。アマムニィ巻きです♪」

 

「……これは粉にしていたあの実か?」

 

「はい。ヨミ様の挽いた粉を発酵させて作ったアマムニィの皮です。めしあがれ」

 

自分の口元にフミルィルがアマムニィ巻きと呼ばれる食べ物を差し出す形になった。俺は恐る恐る、はいあーんを実行し、咀嚼し飲み込む。美女にはいあーんをされたことにより味など分からなかったが。

 

「お口に合いました?」

 

「あぁ、なかなかいいなぁこれは」

 

フミルィルの指まで食べてしまいそうだ。こう献身的に世話をされると抵抗できないというか、甘えたくなってくるのはこの娘の魅力だろうか。しかし、そんな幸せな時間も束の間、机の上の具材も何もかもが忽然と姿を消してしまっていた。消えた宿の具材達、もはや怪奇現象もかくやの不思議現象だ。

 

「ふぅ〜。満足かなぁ〜」

 

「お前まさかあれ全部食べたのか?」

 

「あれくらい少ないくらいだよ」

 

その現象の正体はクオンの胃袋だった。彼女の胃袋が夕餉を一瞬にして平らげるほどの機能性を見せたのだ。流石の自分もこんな短時間で大食いな上に早食いな女子としての異様性に驚いていると、彼女は彼女でのんびりと食後のお茶に興じてしまっていた。もうこの娘には何処から突っ込んでいいものやらわからなくなってきたところだ。

 

食後のまったりとした時間を送っていると甲斐甲斐しくお世話してくるフミルィル。なんというか、クオンと比べて良いお嫁さんになるかもしれん。なんて馬鹿なことを考えていると襖向こうから女将さんが出てきて、

 

「お風呂空きましたよ」

 

なんて丁度いいタイミングでお風呂の準備までしてくれるのだ。この旅館は至れり尽くせり。これは楽園としては最高の部類に入るんじゃなかろうか。忘れてはいけないのが別に遊んでいるわけではないという事実。物見遊山と少女達は称しているが、実際はクオン一人のわがままらしい。二人はとにかく國に帰っても平気だが、放っておくと何やらかすかわからないだとか。

つまるところ、俺はクオンを満足させないとトゥスクルに帰れない。一応、娘として面倒を見なければならないし、どっちかというと娘との旅を少し楽しみたい自分がいる。親として何も出来なかったのだ、少しくらいわがままを聞いてやってもいいだろう。……なんて父親ぶるのもできるわけもなく、言い出せない自分がいた。

今更、どんな顔して父親です、とか言えばいいのか。むしろそのポジション埋まってないか。ハクオロとか優秀な奴いるだろうに。

 

「お前ら先に入っていいぞ」

 

「いえ、どうぞどうぞ」

 

笑顔で返される。クオンは満面の笑みだった。女子は湯浴みが好きだと思っていたのだが……斯く言う自分も風呂は大好きなのに。

 

「じゃあ、私とヨミが先ね」

 

「おーい。何しれっと混ざろうとしてんの?」

 

「ヨミと別で入る意味がわからない」

 

ヨハネは頑なに混浴を勧めてくる。俺が可笑しいのか? 入っちゃうぞ。いいんだな。愛でるぞ。

 

「じゃあ、入るか」

 

 

 

 

 

「なんか思ってたのと違う……」

 

風呂場についての第一声がそれだった。服を脱いで意気揚々と突入したはいいものの構造上不明な点が一つ。純粋な極東の出身である自分にとって風呂とは湯船があり浸かるものなのだ。断じて、ミストシャワーのようなハイカラなものではない。むしろミストシャワーを用意されてもどうしていいかわからないまである。トゥスクルが余計に恋しくなってきた。湯船の張ったお風呂に入りたい。

立ち竦んでいた俺の心は何処へやら。今は遠き第二の故郷へと思い馳せる中、背中を押されて渋々と座らせられる。

 

「お背中流しますね」

 

「ヨハネか……む?」

 

可憐な少女の声だった。ヨハネではない別の誰か。ばっと振り向くと背後にはフミルィルがタオル一枚の無防備な姿を晒していた。

 

「ヨハネはどうした?」

 

「クーちゃんに止められて今はお部屋ですよ」

 

「……お前は何をしてるんだ?」

 

「はい、お世話です」

 

「まぁ、丁度いい。困ってたところなんだ」

 

主な使い方が分からず途方に暮れていたところを助けられたのだから文句は言えまい。さっさと任せて覚えようと決意して背中を任せることにした。

それにだ。二人きりで話す機会が欲しかったというのもある。なんというか、出会ってからこの娘の様子はところどころおかしいのだ。現状もそうだし。確かに好みだがこうも好意的になられると逆に不安になる。

 

「……そのなんだ、お前は誰の子なんだ?」

 

ついにお互いに無言な状態になってしまい、話し掛けた内容は気の利いた話ではなく、家族関連の話題。クオンとヨハネは実娘というのは納得がいったがどうもこの娘はそういう関係でもない。ヨハネ曰く、ちょっと特殊な状況によりユズハやサクヤに引き取られた娘という設定らしい。俺が隠し子を内していたわけでもなく、ハクオロ……はないとして。あの面子では検討もつかなかった。

 

「しがないちりめん問屋の娘ですよ。私は」

 

「あ、いや、そういうことでもないんだけどな……」

 

聞く内容からして悪かったのだろう。

現状に不満があるというわけではないのだが。

釈然としないというか、彼女の行動が気持ち悪いというか。

理解できないから、不思議に思ってしまう。

俺は数年前に何かしたのだろうか。

この娘に恨まれるようなこととか無いと思い…たいなぁ。

 

「なんでもいいからこういうのはもうなしにしてくれ」

 

「お気に召しませんでした?」

 

大変役得な状況ではあるが、かなり神経を擦り減らす。摩耗とかそういうレベルで。直視し過ぎるわけにもいかないし、下半身が反応するわけにもいかないし、押し倒すわけにもいかないし。そろそろ勘違いが天元突破しそうなんだ。自分に好意を持っていると錯覚してしまう。それで勘違いならばかなりまずいことになる。

ハニートラップは考えた。それ以前にフミルィルはかなり優しい性格というのがわかっているし、裏もなさそうなのでその線は消えてしまうのだから、結局答えには辿り着かない。

 

「おう。かなり拷問だわこれ」

 

お風呂イベントはドキドキと言うが意味が違う。何か違う。実際はそんなにいいものではなくかなりの拷問だった。

 

「そうですか……」

 

しゅんと落ち込んだ風に俯いてしまう少女、フミルィルの肢体はとても美しかった。白くてきめ細やかな絹のような肌も、彼女の髪も、耳も尻尾も全てが完璧である。何故だろう。正しいことを言っているはずなのに罪悪感が半端ない。

 

「俺は嬉しいんだが、その年頃の娘が無闇に異性に肌を晒け出すのはな……男の理性を惑わすと言うか、フミルィルが思っているより危険なんだぞ」

 

「嬉しい、ですか……?」

 

何故だろう。心なしかフミルィルの尻尾がぱたぱたと揺れ始めた。

 

「喜んでもらえたなら、勇気を出した甲斐がありました」

 

両手の指先を合わせてふふふっと微笑む。コロコロと転がすような笑みで、やはり彼女には誰かを引き寄せて止まない魅力というものがあるのだろうか。しかし胸を隠していたタオルから手を離せば解けたのは必然か。ゆっくりと胸の起伏に沿ってタオルが剥がれ落ちた。

 

「あっ……」

 

その声は当の本人だったのか、全裸を目にした自分だったのか、或いは別の誰かだったのか。

誰かの気配を外に感じた。咄嗟にフミルィルを押し倒す形で壁の穴から隠す。それがトリガーだった。

 

「ちょっと何やってるかな!?」

 

風呂場に開いた壁の穴。から、盛大なツッコミが風呂場に木霊する。勢い余ってドーンと壁を壊しながら入室して来たのはクオンだった。いったいどうして彼女がここにいるのか。

 

「クオン、覗きか?」

 

「ふ、フミルィルが居なくなって心配になって探しに来たらこんなことになってるから……というか君は何してるのかな!?」

 

「言い訳をするなら、動揺を隠せ。女が男を覗くなんて初めて聞いたぞ」

 

男が女風呂を覗くという鉄板ネタは訊いたことがあるが逆はない。

それはともかく。友人の押し倒された姿を見た、というのならまぁあの反応も当然のことだろう。

現状がまずい状況であるのは理解している。

理性がなければ、抱き締めていたところだ。フミルィルから漂ういい匂いのせいでもう殆ど限界だが。

 

「まずは離れなさい!」

 

「……こればっかりはクーちゃんでも嫌です」

 

「なっ!?」

 

フミルィルがまるで子供のように抱擁を求めてくる。下から手を伸ばして首に回すとぎゅっと抱き締めてきた。もう困惑しているのは俺だけではなく、クオンまで困惑しはじめた。

 

「ど、どうしたのフミルィル? まさか、エルルゥお母様直伝の媚薬を飲んで……!」

 

「おい待て何の話だ?」

 

「その……エルルゥお母様直伝のちょっと気分が高揚する薬を一本持ってたんだけど無くしちゃって……フミルィルってドジだから飲んじゃったんじゃないかなって」

 

なんつー恐ろしいものを娘に教えているのだ。きっとハクオロもその気分が高揚する薬の犠牲になったのだろう。そう思うとなんだか遠い国に同情したくなってくる。怪しい薬は薬でも、おそらく性的な興奮を促す程度だろうが。それでも麻薬の類より今は効果的である。というか麻薬より性質が悪い。

 

「むー。そんなお薬飲むわけないじゃないですか。お薬ならヨハネちゃんがヨミ様に飲ませるって言ってましたけど……私は飲んでません」

 

さらっととんでもない計画が訊こえた気がする。

わざとらしく頬を膨らませる、フミルィルが可愛い。

 

「……夢だったんです。こうしてコトゥアハムルの死神様と一緒にいることが。ずっと昔から好きだったから、こうして、今の間だけでも独り占めしたかった……」

 

フミルィルは自分の事を覚えていた。覚えている以上に彼女の中では大切な思い出だった。あんな何気ない一日だけの出会いが、彼女にとっては宝物だった。

何故、なのかは自分にはわからない。俺は何もしていない。していないはずだ。そうであるからこうやって口に出してもらわなければ理解はできない。

 

「……えっと、フミルィルとヨミって知り合いなの?」

 

事情も何もかもを飲み込めていないクオン、きっと彼女は自分の親が目の前にいることも、一度だけ会っていることも知らずに育ってきたからそんな反応なのだろう。

 

「まぁ、そんなところだ」

 

顔見知り程度だ。

 

「ん〜。親友としては複雑かなぁ」

 

事態はクオンが思っている以上に複雑で深刻だ。

 

「でも、フミルィルが決めたことなら仕方ないかな。お母様達がなんて言うか知らないけど。……じゃあ、わたくしはヨハネから薬を取り返しに行くから。……ヨミはフミルィルを傷つけたらどうなるかわかってるよね?」

 

知らずのうちに父親に向かって脅しをかける娘。顔は笑っているが目は笑っていない。何処かユズハを彷彿とさせるその姿は、背筋すら凍らせる程の迫力だった。

クオンはそそくさと退散していく。

待って。置いてかないで。この状況どうすればいいんだ。

 

「……気持ちはわかったから少し離れてくれないか」

 

「嫌なのですか?」

 

嫌だったならどれだけ楽だったか。

 

「少し気持ちの整理をさせてくれ」

 

「では、こうしてぎゅっと甘えるのはありですか?」

 

「……まぁ、うん」

 

「際限なく甘えますよ?」

 

「……まぁ、甘えたいと言われて断る理由はないしな」

 

押し切られた感が否めないが、損得で言えばかなりの得だ。

フミルィルは頬擦りしたり、鼻を擦り付けたり、匂いを嗅いだり、次第にエスカレートして口寂しいのか印をつけるように首筋や鎖骨を甘噛みしてくる。時には舐めたりととても艶かしい行動が見受けられた。

そんな子供の甘えとは掛け離れた甘えに興じている最中、ドタドタと廊下を走る音が訊こえ、風呂場に押し入るようにクオンが戻ってきた。フミルィルは親友が戻って来たのも御構いなしに甘え続ける。

 

「ちょっとストップ!」

 

「どうした?」

 

「ヨハネったらもう薬使っちゃったの! 夕餉の時にお茶に混ぜたって!」

 

「ふむ。……なるほど」

 

現状を分析するにフミルィルが間違って飲んでしまったのだろうか。

 

「なんでクオンはそんな離れたところにいるんだ?」

 

「あはは……効果がね、ちょっと強めで、どんな草食獣も野獣になるらしいから。ヨミはなんともないの?」

 

「今のところは……」

 

「……不能?」

 

「おいこら、流石に泣くぞ」

 

少なくとも父と母がいてクオンがいるのだ。コウノトリは赤子を運ばない。

 

「それで効果は?」

 

「……かなり強力だから、満足するまで牢屋に入れるくらいしかないんだけど。そうしないと犠牲者が出ちゃうからなぁ。まぁ、後はヨミに任せるから」

 

「いや、どうすればいいんだ」

 

「あとは任せるから!」

 

無情にも「あとは任せるから」を連呼するだけ。元はと言えばクオンがそんな怪しい薬を持っていた所為で、俺は被害者側だ。子の責任は親が取れとか言うやつだろうか。

結局、フミルィルが満足したのは朝になってからだった。夜の間中、甘噛みされ続けた痕をヨハネに見られて本気で囓られたのは翌朝になってからの話である。




※クオンだけ何も知りません。
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