二年も前なので自分で書いたものもうたわれるものの内容も用語も見返しているので見苦しいかもしれませんが御容赦を。
クジュウリ國の集落を出て三日程。何度かトラブルに見舞われながらも着々と歩を進めていた。目指すはヤマトと呼ばれる大國の首都『帝都』。次の目的地まで今日中に着くかどうかという処で、
「大丈夫か?フミルィル」
三人娘の一人、フミルィルの足取りが段々と重くなってきていた。元気娘なクオン、脚の強靭なシャクコポル族のヨハネと比べ、深窓の令嬢のような彼女は些か体力に自信がないらしく、道中何度も休憩することがあった。今日もまた一刻程の道のりを乗り越えてきたがそろそろ限界らしい。額には汗が浮かび、少し息が荒くなっていた。
「あともう少しだから、頑張ってフミルィル!」
「はい、大丈夫ですよクーちゃん。ヨミ様もご心配をおかけしてすみません」
励ますクオンに微笑みを返すフミルィルだが、その顔色はあまり良くない。本当にあとちょっとなのか疑問だ。彼女達、特にクオンのあとちょっとは俺にとって『あとちょっと』ではない。この旅で何度も経験している自分が言うんだから間違い無いだろう。
「疲れただろう。背中に乗れ」
フミルィルの前に跪き、背中を向ける。俗に言うおんぶの体勢でいつぞやの言葉を彼女に掛ける。
「よろしいんですか?」
「構わん」
「ふふ、ではお言葉に甘えさせていただきます」
まずフミルィルは勢い良く首に抱きついてきた。その所為か胸が大きく弾み、押しつけるように身を預けると腕を首に回して固定する。彼女の太腿を俺が支え立ち上がることでおんぶは完成する。
意図していたわけではないが、背中にはフミルィルの柔らかな大きな胸が当たり、掌には太腿の柔らかな感触がある。この状態であれば千里の道も歩けるような気がしてきた。
「ヨミ、疲れた」
「今、絶対狡いとか思っただろう」
「そんな事はない」
「嘘を言うな。あとでやってやるから」
「ならいい」
ヨハネも駄々を捏ねてきたが扱い方は昔と変わらない。
羨む兎娘を躱し、一行はもう一度歩き出した。
「ふふっ、なんだか懐かしいですね」
おんぶされているフミルィルが耳元で囁く。獣耳が頰を擽り若干擽ったいがとても気持ちが良い。彼女の甘い声もまた心地が良く、胸と背中で繋がった心臓の鼓動が伝わる。彼女の心音は穏やかに、でも少しだけ狂ったように大きく音を鳴らしていた。
「そうか?」
「私がヨミ様におんぶしてもらったのはだいぶ昔ですから」
「俺はずっと眠っていたからな。……夢のような感覚だったし、あまり実感は沸かない」
最近のことのように思い出せる、というのは語弊がある。夢を見ていた感覚だった。体感時間はきっと彼女より遥かに短く、そして永遠にも等しい。矛盾しているとは思うが、それが眠っていた時の感想だ。だから、長く寝ていたことも実感はないし、トゥスクルに居てユズハとサクヤ二人と出逢ったのが最近のことのようで遠く感じている。
永遠と刹那、あの日々が本当にあったかさえも今では少し不安に思う。
だが、確実に気持ちは強くなっている。
逢いたい、という感情だけが増幅している。
それだけは確かだ。
「大きくなったな」
「私はヨミ様が好む、大人の女になれましたか?」
昔は背中に隠れるくらい小さくて、二人背負えるくらいには軽かったのに。いや、今も軽い。軽いが流石に二人も背負えない。重さの都合ではなく面積の都合上だ。きっとそうに違いない。
そんな言い訳を考えているとフミルィルは期待するように聞いてきた。とても返答に困る。
「……いや、まぁ、そうだな。綺麗だと思うぞ」
何が目的でこんなことを聞いてきたのか。
変に惑わせようとする、傾国の美女恐るべし。
「それなら良かったです」
たった一言。安堵の言葉を吐くとフミルィルはギュッとしがみついてきた。全体重を預けて信頼し切ったように。そして、僅か数分も経つと可愛らしい小さな寝息が聞こえてくるではないか。
「眠った、か?随分と疲れていたんだな」
運動のしなさそうな彼女には過酷な旅だったのだろう。
俺は起こさないようにゆっくりと歩いた。
––––それから二刻ほど。
「誰だ役得とか言ったやつ……」
いくら胸の感触が役得とはいえ天国とは名ばかりの地獄に突入しようとしていた。あれから一度も休むことなく、旅路を急ぎ女一人を背負ったまま歩けば、腕も足も感覚は無くなり残ったのは背中の柔らかい感触のみである。まさに役得、かと思いきや思いの外辛いというのが俺の感想だ。
–––『天獄』
そんな言葉が思い浮かぶ。
『天国』と『地獄』の狭間。
「それとクオン、君はさっき言ったよな?もうすぐって」
クオン達の『もうちょっと』とか『もうすぐ』とか曖昧な言葉は宛てにならない。人間は学習しない生き物で、そして研究者であった自分も例外ではないらしい。
此処で呪うべきは自分の浅はかさだ。決して怒っているわけではないし、娘を信じないわけではない。だが、時に娘の行動や言葉の意味を理解するのは大事である。信じた上で『もうちょっと』の意味を考えた自分は正解であろう。
「あはは……多分、あとちょっとかな?」
今もぐっすり眠っているフミルィルを起こさないよう歩いているが、どうも起きる気配がない。何をしたら歩いている人間の背中で熟睡できるのか聞いてみたい処だが、その前にクオンが目を逸らした先で何かを見つけた。
「あ、あの人達に聞いてみるといいかも」
クオンが指差した先には数人の獣人の姿が。その一人はウマではなく、巨鳥に乗っている少女。そしてそれを取り囲むように小汚い格好をした荒くれ者達が……。
「おい、あれって……」
「取り込み中みたい」
「だけど、仲が良さそうには見えないかな」
解釈が間違っていなければ山賊に囲まれている少女。つまりは、お取り込み中という名のとんでもなくやばい状況というやつで、盗賊に襲われているということになる。
「困っているようだし、助けるか」
巨鳥に乗った少女は怖くて震えているようにも見える。状況を理解した一同はのんびりとした足取りを早め、巨鳥に乗る少女の元へと向かった。
「さぁ、大人しくするじゃんよ」
盗賊の頭らしき男が下卑た視線を少女に向けて近づく。ジリジリと包囲網が狭まる中、少女は怯えたように巨鳥の上で震えるのみで逃げようとはしない。
「コ、ココポ……」
涙目で何かの名前を呟く。
あと十歩、という距離で俺が割り込んだ。
盗賊と少女の間、中間に。
少女を庇うように盗賊と向き合う。
「な、なんだぁ?」
「あー、そのなんだ、お取り込み中申し訳ないが帝都まであとどれくらいあるか教えてくれないかね?」
第一声をどうするか迷った。その挙句に場違いな質問を誰でもなく問う、相変わらずフミルィルは背中ですやすや眠っているし珍妙な乱入者が割り入ってきたことに驚いたのか、盗賊達の足は止まった。
カッコ良く、というのは性に合わないから良かったものの、滑稽以外の何者にも映らぬ姿にはて?と首を傾げる。争い事があまり得意ではない自分にとって穏便に済むのが一番だ。と、思っての発言だったが盗賊達は俺を見た途端に顔色を変えた。
「へへ、馬鹿かおめぇ。態々カモられにくるたぁなぁ!」
「お、御頭、あいつの背中におぶられてるのすげぇ上玉じゃねぇですかい」
「悪い事は言わねぇ置いてきな!」
ゲへへ、と盗賊達が下卑た笑みをフミルィルに向けて浮かべる。
よほど騒がしかったのか背中のフミルィルが身を捩った。
「んぅ……帝都に、ついたんですか…?」
寝惚け眼を擦ってふぁぁと欠伸を漏らす。嫌々と肩口に頭を擦り付けてもう一度眠ろうとする。どうやら意地でも降りたくないらしい。
「処で少女よ、帝都はどの辺りだ?」
「えっと、まだ此処はクジュウリ……かと……」
「すまないが道案内を頼めるか」
「は、はい……」
少女はおどおどしながらも気の良い返事をくれた。
では、早速行こう。と盗賊達に会釈をしてその場を逃れようとする。
「ちょっと待つじゃんよ!なに無視してくれたんだ危うく騙されるとこだったじゃん!」
そうは問屋が卸さない。
盗賊の頭の声で我に返った賊共が包囲網を強化する。
一部の隙もなく、逃げる事は到底不可能。
目論見が失敗した事で俺は次の策を実行することにした。
「それはつまり、どういうことか教えてくれると有り難い」
「決まってるだろぉ。全部身包み剥がしてやるって言ってんじゃんよ。もちろん、女共は全員置いてきな。そしたら命だけは助けてやるじゃんよぉ!」
下卑た頭の笑いに「さっすが御頭優しい!」と野次が飛ぶ。伝染するように下卑た笑いの大合唱が響き、その声に再びフミルィルが身を捩り起きると「あらまぁ大変」と呑気に溢した。
「……二度は言わん。失せろ」
「は?」
「今の俺は機嫌が良い。見逃してやると言ったんだ」
む、二度目だ。
「少し危ないから離れていろフミルィル」
背中のフミルィルを降ろして腕をだらりと下げる。2、3歩ほど彼女が下がったところで最も近くにいた盗賊の一人に接近すると挨拶代わりの掌底を顎に当て吹き飛ばす。本調子ではないが十分な威力が放てたようで、盗賊其の壱はゴロゴロ転がると木に当たって止まった。盗賊其の壱が落とした分厚い鉈の柄を蹴飛ばし其の弍に当たる。軽く刺さった其の弍がカエルの潰れたような呻き声を上げた瞬間、肉を引き裂くように鉈を抜き取り、痛みに手放した短刀を拾い上げる。
回収した二つの武器を今度は何が起こっているのか理解出来ず棒立ちになっている二人の盗賊に投擲し、痛みに悲鳴を上げたところで盗賊の頭が我に返った。
「……ハッ!?テメェら何ボサッとしてやがる、かかるじゃんよぉ!」
「お生憎さま、もうあなた一人みたいだけど?」
いつのまにか傍にいたヨハネがそう告げると、ようやく気付いたかのように盗賊の頭が辺りを見回す。立っているのが自分だけだと気付いて舌打ちをした。
「此処は逃げ–––」
「させると思うか?」
一度牙を剥いた相手に容赦はしない。命まで奪いはしないが場合によりけり。背を向けた盗賊の頭の肩に手を置くと押すに合わせて足を払い転倒させると拳を鳩尾に叩き込んだ。
「へぶっ!?」
情けない悲鳴を上げて盗賊の頭は沈黙した。
◇
「あの……。ありがとうございます」
適当に盗賊達を一箇所に集めると積み上げ、作業が終わったところで襲われた少女がお礼を言ってきた。頰を僅かに染めながら巨鳥に乗る少女を見るとトゥスクルにいるアルルゥを彷彿とさせる。
「あぁ、別に気にするな」
「ホロロロロ♪ホロロ♪」
「うおっ!?」
「ダメ、ココポ……!」
懐かしげに人の大きさほどある巨鳥を見ていると、ココポと呼ばれる巨鳥が自分に体当たりをし弾き飛ばすとそのまま甘えるようにすりすり擦り寄ってくる。
うむ、なんというもふもふ感。力加減も絶妙で気持ちが良い。
ただ巨鳥の飼い主である少女はココポを諫めているが全く聞く気配がない。ムックルの物分かりが良いだけに意外というか、本来ならこれが普通である可能性も否定はできない。ムティカパと呼ばれる森の主を飼うあれが異常なのだ。
「……クロウやベナウィ、ううん……それとも……」
今まで傍観を決め込んでいたクオンがぶつぶつと独り言を繰り返す。その光景を横目に、俺はココポに揉みくちゃにされながら慌てる少女を見上げた。
「ふむ、これからどうするか……」
盗賊達をチラリと見る。
するとヨハネが耳をピコピコ動かした。
遠くを見て、警戒した表情。
次第に近づいて来る一団が目視出来た。
「さっきまで遠くで聞こえていた戦いの音が止んだ。ヨミ、統率された何かが近づいて来る」
「あぁ、今確認した」
新手かと思ったがどうやらそうでもないようだ。おそらく、軍のようなものだろう。行進する一団の統率された足音と装備を見れば一目瞭然である。先頭を行く一人を除いて誰もが同じ装備をしていた。そして、その先頭にいる者は何の冗談か奇妙な“仮面”をつけている。まるでハクオロがつけている仮面に似た、全く別の物。装備も一階の兵士とは違い、上等な着物を着ているようだった。
その者達は巨鳥に踏み潰されている俺の前に来ると、一糸乱れぬ行軍の停止をした。
「あの御方……まさか……オシュトルさま!?」
少女の声は驚きに満ちたものだった。
奇妙な仮面の男、名はオシュトルというらしい。
ヤマトの双璧とうたわれる右近衛大将。
少女の畏怖や尊敬の念を込めた声に「あれが……」とクオンも興味を示していた。
「おまえは……」
奇妙な仮面の男から驚愕にも似た声が漏れた。仮面の下の顔も少しばかり驚いているように見える。その視線の先にあるのは自分、つまりは俺を見て呟いたらしい。
「……ふむ。何処かで会ったか?」
「あぁ、いや……少し知人に似ていてな。済まない」
問い掛けると惚けるように奇妙な仮面の男が咳払いをした。
「其方達が賊共の首領を取り押さえてくれたか」
「降り掛かる火の粉を払ったまでだ」
「とはいえ感謝する。此度の策、賊の首領を取り逃しては失敗と同義であったからな」
勝手に話が進められていくが何が起こっているのか判らない、が正直なところだ。ヨハネが聞いた遠くの合戦の音も併せればなんとなく状況は読めてくるがな。
「このような場所では満足な謝意も伝えられぬ。其方達の功については、後ほど正式に表彰し、褒賞をもって報いよう」
そう告げると今度は少女へ向き直った。
「ルルティエ殿」
「は、はいっ……」
どうやら顔見知りらしい。
しかし、それほど親しくはないようだが。
「クジュウリ皇からの請願、これにて遂行されたものとして、よろしいか?」
一部イレギュラーがあったものの賊の首領はこうしてお縄についている。目的は達成したのだから、その確認をしているのだろう。何故少女に向けて確認しているのかは疑問だが。
「詳細はこの書簡に認めている故、皇にはよしなにお伝え頂きたく」
「た、たしかに……受け取りました……討伐の件……しかと父に伝えます……」
ルルティエと呼ばれた娘、実は姫らしい。
「某は別件にて失礼する。護衛の者もすぐに戻る故、それまでは其方達に頼みたいが……」
「ふむ。まるで俺が最初から受けることがわかっているかのような言い方だな。普通、一國の姫を任せるにしては随分信用ならない相手ではないか?」
「其方はそのような人物ではないだろう」
「ほぉ、まるで俺のことをよく知っているみたいだ」
「そう感じただけのこと。では、失礼する。全軍撤退!」
オシュトル率いる軍は来た道を引き返して行った。
あの男の顔、何処かで……。
だがまぁ気のせいだろう。この世界に自分以外の人間が残っているはずがないのだから。
アルルゥが当たらない(泣)