獣耳天国   作:黒樹

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不定期更新です。


帝都『白楼閣』

 

 

 

あの一件から何事もなく十日程の旅路は賑やかになった。

 

ルルティエとウコンという無精髭の偉丈夫、不思議な外套の二人組、顔が真っ白な貴人と傭兵達が旅路を共にすることになったからだ。ルルティエ姫は帝都に帝への献上の品を輸送していた最中らしく、偶然にも目的地が同じだった彼女と意気投合したクオンは同行を提案したのである。何やら打算めいた考えがあったように思うが自分には判る筈もなかった。

 

そして、帝都に近づくにつれ行き交う人達も増えていく。自分と同じく旅人であったり、商人の旅団もあれば、傭兵達が行軍をしていることもあった。

 

「見えてきたぜ」

 

なだらかな丘を越えようとしていた時、先頭を行くウコンが振り返り自分達にそう告げる。ちょうど丘の頂上に着いた時、見下ろした景色に絶句した。

 

「……まぁ、これはとても素晴らしい景色ですね、ヨミさま」

 

普段、おっとりとした雰囲気に表情のフミルィルが驚きに目を見開く。何故か自分の手を握って離さない彼女に苦笑しながらも、帝都を見て最初に思った感想を口にした。

 

「あぁ、確かにこれは驚いた」

 

丘より先に広がるのは外壁に囲まれた巨大な町。トゥスクルと比べても比較にはならないだろうその大きさは果てが見えるかどうか。その國の大きさは富と繁栄、この國の皇が優れている事を表す。建築物の一つ一つがしっかりとしており立派だと窺える。

 

「見て、ヨミ。あれ……」

 

そんな中、ヨハネが指差したのは帝都に聳える白く巨大で山のような建造物。家、とは呼べない代物であり、獣人の文化を見るにそれはあまりにも異質であった。オンカミヤムカイに似たような建造物があったような気もするが、それは現代での技術では到底建設が不可能であり、遺跡にも似ている。

 

そして、ヨハネが帝都を指差したように、俺の隣に外套を被った二人組が頬を指で突いてふにふにと遊んでいる。出会った当初から物珍しそうにずっと頰を弄ばれている。

 

「あれは聖廟だ。ニイちゃん」

 

「聖廟?」

 

「祭壇みてぇなもんだな。祭事をやることもあるし、まぁこの國のシンボルみてぇなもんだ」

 

確かに目立つ。國のシンボルとしては充分過ぎるくらいだ。オンカミヤムカイにも似たようなものがある。彼女達が祀るのはウィツアルネミテアであり、帝ではないが。

 

「行くぜ、ニイちゃん」

 

二人組を気にした様子もなく、ウコンが丘を下り始めた。

 

 

 

丘を下り門の前に来ると帝都の壮大さがより際立つ事になる。丘の上から見ていた帝都の門と外壁は想像以上に大きく、まるで外敵を拒むかのように聳え立つ。

正面門は旧時代の文献にあった古い建物のように、壮大ながらも豪華な装飾はなく、朱に彩られるばかりで落ち着いた雰囲気を感じさせる。

 

「まぁ、広いですね〜」

 

門を潜りフミルィルが間延びした声で感嘆の息をほぅと吐く。その先に広がっていたのは、丘の上から見た時とはまた違った景色だ。トゥスクルには見られない立派な造りの建物が無数に並び、大通りには石畳が敷かれている。

行き交う人々は皆笑顔で、露店等も建ち並ぶ。トゥスクルでは珍しい光景なのかフミルィルは物珍しそうに露店の一つを指差した。

 

「ヨミ様、あれはなんですか?」

 

「串焼きの屋台のようだな」

 

「屋台、ですか……?」

 

そういえばトゥスクルで屋台を見たことはなかったか。昔と変わらず『屋台』という文化が存在しないのだろう。しかし、歴史は消えても発想は似通っているのか、屋台車に暖簾を垂らした香ばしい匂いを放つそれを見て小首を傾げた。

 

「とてもいい匂いがします」

 

「食べ物を売っているからな」

 

「うふふ、不思議ですね〜」

 

フミルィルの尻尾がリズミカルに揺れる。しなやかで美しい少女の尻尾が。

 

「さて、俺達は大内裏まで荷を運ばなきゃいけねぇわけだが。ニイちゃん達はこの後どうするんでい?」

 

ふりふりと揺れる尻尾に見惚れているとウコンが今後の予定を聞いてくる。「ニイちゃんも飽きねぇなあ」と呆れられている気がするが、その質問に応えたのはクオンだ。

 

「まずは寝床の確保かな。都を見物しながら良い旅籠屋を探す予定だけど」

 

旅の定石というべきか、まぁ当然そうなる。確認する必要もないし相談がないのも納得できる、二人は全部クオンに丸投げしているのか話を一応は聞くだけ聞く姿勢だ。

 

「そうかい。良けりゃ良いとこ紹介するぜ」

 

「お気持ちは有り難いのですが、ご心配には及びません。私達、決めているところがありますので」

 

だと思ったが、ウコンの申し出をフミルィルが断った。クオンはまるで聞いていないというような表情。ヨハネは何かを察したのか「あ」と呟いて押し黙った。

 

「へぇ、なんて名前の旅籠屋なんだい」

 

「『白楼閣』という旅籠屋です」

 

「おぉ、そいつは奇遇じゃねぇか。仕事を終えると毎回その旅籠屋で宴をするのがならわしでよ、暇ならニイちゃん達も誘おうと思ってたんだ。まぁ、そっちのネェちゃん二人はニイちゃんとゆっくりしたいみてぇだが」

 

自分もあまり宴会は好きじゃない。のだが、フミルィルはころころと微笑うと手をポンと合わせてクオンから主導権を捥ぎ取りつつあった。

 

「いいですねー、宴会。楽しそうです」

 

「……ヨミにお酒を飲ませるチャンス」

 

おい、今、不穏なこと言わなかったか。

 

「飲まないぞ。飲まないからな?」

 

「なんでぇニイちゃん、酒に弱いのかい」

 

「あー、うん、まぁ……苦手な上に酔うと少しタガが外れるというか」

 

「そんなもん外しちまえ。誰も気にしねぇ」

 

ウコンの言葉に頷くわけにはいかない。ユズハとサクヤに会う前にそんな事件起こしてみろ、申し開きもないだろう。

 

 

 

 

 

 

それから色々とあったものの無事に大内裏に荷を届け、自然の豊かな区画に出た。といえど此処は街中、帝都の一部である。その中に目的の旅籠屋『白楼閣』は建っていた。

広大とは言い難いが広い敷地に大きさは他の旅籠屋とは別格、造りも何処か帝都の建物とは違いトゥスクルやその周辺諸國に近い何かを感じる。良い旅籠屋を作るために、という意思が外観から伝わってくる。きっと外観だけではなく料理や宿も素晴らしいものだろう。

 

「実はここだけの話、女将は色気があって腕っ節もすげぇらしい」

 

男同士の会話とでも言うかのようにウコンが耳打ちする。その言葉に反応したのはフミルィルとヨハネだ。フミルィルに至っては今も握っていた手を引っ張ってくる。

 

「急にどうしたんだ」

 

「ヨミ様は女の尻尾や耳に目がないそうなので」

 

返答に困る。間違いではなかった。

誰彼構わず触るわけでもないが……。

此処は一つ、何か言い訳を考えなければならないらしい。

 

「あー、ウコン、その女将はフミルィルよりも美しいか?」

 

「俺も見たことはねぇから判らねぇが……まぁ、さすがにネェちゃんほどってのはないと思うがな」

 

フミルィル程の美人がそこらにほいほいいるものならお目にかかりたいものだ。

 

「ところで、フミルィルそろそろ手を離してくれると……」

 

「あの方に、見つけたら絶対に逃すな、と言われていますので」

 

「随分と信用がないな……」

 

「……私と手を繋ぐのは嫌ですか?」

 

そして、随分と教育が行き届いているようだ。不安そうに見上げられれば良心が擽られる。美人というのもあって様になっている故の破壊力に鎖で繋がれた気分になる。悪くはないが、何があってもユズハ達は自分を逃したくないらしい。

 

「いちゃいちゃしてないでとっとと行くぞ、ニイちゃん。あいつら待ちくたびれてやがらぁ」

 

中に入ると内装は外観の落ち着いた雰囲気とは違い、とても美しく見るものを楽しませ心躍らせるものであった。まさに高級旅亭といった雰囲気で値段もそれなりにしそうだ。

 

「えっと……ねぇ、此処っていくらくらいなのかな」

 

「あー、同じ格付けの宿の五割増ってとこか?」

 

内装を見てクオンが不安げにウコンに尋ねると、そんな答えが返ってきた。その言葉にクオンの顔も微妙に引き攣る。

 

「うぐ……でも、一部屋くらいなら……」

 

金勘定を脳内で始めたクオンにウコンも苦笑しつつ、無精髭を摩りながら後付けをする。

 

「だがまぁネェちゃんなら気に入ると思うぜ。どうせあいつらもう始めてやがるだろうし来な、値段が割高な理由の一つを紹介してやるよ」

 

そう言われてウコンについて行く廊下の途中、覚えのある懐かしき香りが鼻腔を擽った。

 

「嘘……まさか……」

 

何やらクオンも気づいたようである。その正体に。証拠に彼女の尻尾はご機嫌に揺れながら足取りもウコンを追い越さぬ勢いで、今にも走り出したいのを堪えながら追随しているようだった。

 

「ついたぜ、ここだ」

 

ウコンが一つの扉をクオンに開けるように促す。

すると間髪入れずに彼女が思い切り扉を開け放った。

扉の向こうからは朦々と白い湯気が立ち込める。

その部屋はかなりの大部屋であった。

木材で組まれた巨大な浴槽があり、それには並々と溢れそうなほどお湯が溜められている。

 

「おぉ、風呂か!」

 

懐かしき浴槽のある風呂である。

この國にはないものだとばかり思っていた。

 

「…これがお風呂…初めて見ました……」

 

やはり、ヤマトやクジュウリにはこのような風呂はないのだろう。ルルティエが物珍しそうに浴槽を見つめている。

 

「さて、どうでぇニイちゃん。パァーッとやる前に此処で一汗流してくのは」

 

「そうだな。そうしよう」

 

久しぶりにまともな風呂に宴よりも心躍る。

食事も好きだが、風呂は同じくらい好きだ。

 

「お湯……」

 

俺が歓喜に打ち震えている中、自分よりも歓喜に打ち震えている獣人がいた。三人娘のうちのクオン嬢である。何やら虚ろな眼で浴槽に近づくと手でお湯を掬っては浴槽に溢した。

 

「うふふ…うふふふ…うふふふふふ……!」

 

何やら妖しい笑みを浮かべるクオン。その様子を見てウコンとルルティエが訝しげな顔をする。

 

–––次の瞬間。

 

ぽーん、と服を脱ぎ捨て一糸纏わぬ姿でお風呂に突貫した。

 

「ク、クオン様……?」

 

「あらまぁ、クーちゃん」

 

そしてそのまま湯船に飛び込み、お湯を掬っては跳ね飛ばしたりと水遊びでもするかのようにはしゃぐ娘を見て、俺はなんとも言えない表情をしてしまう。随分と前からお風呂好きなのは知っていたがまさか此処までとは……。脱ぎ散らかしたクオンの服を回収するフミルィルの普段の関係が如実に現れ、微笑ましくも苦笑してしまう。

 

「さて、ウコンよ覚悟はできてるだろうなぁ?」

 

だが、娘の裸を見たとあっては別だ。

横にいるはずの男に視線を向ければ既に奴は……。

 

「ほう、賢明な判断だ」

 

「脱ぐ前からいなかった」

 

「そうか。ならいい」

 

ヨハネはしっかりとウコンの行方を追っているようで、その耳はピコピコと動きながら遠ざかって行く男の音を探知していた。逃げ足の早い奴である。もし見たとあらば、記憶どころか存在を消すまでに至ったかも知れん。

 

「もぅ、クーちゃん。はしたないですよ」

 

「ん?もうフミルィル、お風呂では服を脱がないとダメだよ」

 

「いや、あの、クーちゃん?」

 

「私が脱がしてあげる」

 

服を回収し終えたフミルィルがクオンに近寄ると、彼女の着ている服に手を掛けて一瞬にして脱がしてしまった。フミルィルの豊満で肉付きの良い引き締まった躰が露わになる。細く長い腕、白い肌、柔らかな曲線を描く谷間のある大きな胸、色っぽい鎖骨、腰からお尻にかけての括れ、お尻から太腿にかけての緩やかかつ芸術的な曲線に、美しい脚、そしてその間までもが全部。

 

「もぅ、クーちゃんったら……」

 

ちらりと恥ずかしそうにフミルィルが此方を見る。色気のある表情でクスリと微笑み、誘惑してくるものだから堪ったものではない。もっとも意識しているかどうかは不明だが。

 

「ルルティエもこっちにおいでよ!」

 

「え、あの……?」

 

ちらりと傍にいた俺を見るルルティエ。

 

「俺は男風呂に入って来るから、遠慮せず入るといい」

 

少なくとも数日はこの宿の厄介になりそうである。そう思いながら、風呂場を後にした。

 




ハクがウコンからアンちゃん呼びだったはずなので主人公はニイちゃん呼び。
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